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「それじゃあ、皆さんお疲れ様でしたぁ」
新一達は本社近くのスナックを貸し切って、ささやかながら関係者達の慰労会を行っていた。
なにしろ、1日7時間、1社持ち時間30分だから1日に14社、4日間で56社の取材をこなしたのだ。
もちろん記者会見を行えば、1日で済むことだし、取材の間にそのことを質問してきたところもあった。
だが、あえてそれを行わなかったのはゴシップでゴシップを消すという目的が別にあったからだ。
そのためには、一社一社、誠意を持って応対し、火種を蒔くのがもっとも効果的だったからだ。
「常務、常務が一番の功労者なんですから、今日は思う存分飲んで下さいね」
新一の秘書がビール瓶を傾けながら、隣に座った。
「あぁ、そうさせてもらうよ」
酌を受けながら、新一はにこやかに笑った。
宴もそろそろお開きになる頃、にこやかに笑っていたはずの新一の身体がぐらっと傾いだ。
「常務?」
慌てた秘書が様子を伺うと、新一はスースーと寝息をたてていた。
「どうした?」
「いえ、常務が…」
「常務がどうしたんだ?」
騒いでいた他の社員達も何ごとかと集まってきた。
「いえ、お休みになられてしまったようで」
「…仕方ないよなぁ、4日間、ほとんど寝ずにこの件を片付けたんだ。緊張の糸が切れたんだろ?」
「おそらくは…。すみません、タクシーを呼んでいただけますか?」
スナックの店員に頼んでタクシーを呼んでもらう。
「常務のご自宅は?」
「麻布です」
「いくらなんでも、君だけで常務をお送りするのは無茶だよ。俺も一緒に行こう」
出席していた社員の中でもラガーマンのように屈強な一人が同行を申し出た。
「助かります」
「麻布なら、いい店知ってるぜ?常務をお送りした後で飲み直さないか?」
「お、いいな」
「んじゃ、俺ら先に行ってるから、常務をお送りしたら携帯に電話してくれよ」
「あぁ」
話がまとまって、全員が店を出る。
ふと、誰かが何気なく尋ねた。
「あ、安い店だろうな?」
「安月給の俺がいく店だ。安心しろよ」
「よかった…。なにせ、スポンサーがいなくなっちゃうんだからな」
ハハハハハ、と一同に笑いが起こった。
『KUDO』の社員に担がれて、4日振りの帰宅を果たした新一は、ベッドで横になっていた。
(んもぅ!なにもこんな体調で飲みに行くことないじゃないの!ったく、見栄っ張りなとこは変わってないわね)
蘭は新一の顔を見ながら、呆れていた。
4日ぶりに見た夫の顔を、蘭はいつまでも見つめていた。
(相変わらず、綺麗よねぇ。女の私が気後れしちゃうもん。それに、睫毛。なんて長いのかしら。羨ましい…)
ずっと、見つめていると、わずかに新一の唇が動いていた。
「なに、新一?」
蘭はその言葉を聞き取ろうと、新一の口元に耳を寄せた。
ほとんど音にならないその言葉は、蘭の一番聞きたくないものだった。
「かい…と…」
蘭は呆然として立ち上がると、そのまま自分のベッドに潜り込んだ。
起きる気配のない新一の横で、蘭は泣き続けた。
翌朝、新一が出社するのを普段と同じように見送ると、蘭も支度をした。
新一から了解を貰っていた職探しに出るのだ。
『KUDO』の名を出さなければ、仕事をしてもいい、ということだったが、やはり何かあった時に外聞があるのはまずいと思い、カルチャースクールにでも通おうと思っていた。
だが、昨夜、新一の切なくなるような寝言を聞いてしまい、何があっても困らないように仕事をしよう、と泣きながら考えたのだった。
一晩中泣き腫らした顔で職を探すのは気が引けたが、一日でも早く職に就きたかった。
(でも、私になにができるのかしら?)
職歴らしい職歴といえば、『KUDO』にいた5年間だけだ。
一般事務職だった蘭には、これといった特種技能はない。
自慢の笑顔も最近は曇りがちだ。
企業は無理でも、小さなショップぐらいなら自分の乏しい経験でも何か約に立つことがあるかもしれない。
それに、新一のことを抜きにしても、やはりアパレルの仕事がしたいと思っていた。
蘭は支度を済ませると、原宿へと向かった。
原宿、そこはファッションの街。
土・日ともなれば、身動きも取れない程の人が集まる。
だが、今日は平日。
それも、まだ昼前となれば、人は少ない。
それでも、修学旅行で来ているらしい制服姿の集団が何組もいる。
原宿に店を並べるショップのほとんどは小さな企業体で、他に店を持たない。
雨後の筍のように、次々とできるショップの影で消えていくショップも多い。
この街で、ティーンエイジャーを相手に、人気を得ることはそれほどまでに大変なことだった。
「たった1年で知ってるショップがこんなに減ってるなんて……」
蘭は思わず溜息を漏らした。
『KUDO』で働いていた頃に、何度となくこの街を訪れた。
仕事というわけではなかったが、ファッションのことをいろいろと知るには、この街が一番だった。
いろんなショップに通っては、人気商品やファッション傾向などを聞いた。
その時に懇意になったショップや店員を頼りにきたのだが、店員はすでに辞めていたり、ショップは違う店に変わっていたりしていた。
「私、やってけるのかしら…」
昨夜聞いたあの新一の寝言に悔しさが溢れ、勢いでここへ来てしまった。
だが、蘭は改めてアパレル業界の浮き沈みの激しさを実感した。
蘭は路地裏の喫茶店に入って、溜息をついた。
「あれぇ?蘭ちゃんやないか。どないしたんや?」
不意に声をかけられて、顔をあげると、そこには良く知った顔が立っていた。
「服部君……」
学生の頃にアルバイトしていたショップで、一緒にアルバイトをしていた。
妙に気に入られて、「恋人にならへん?」とか言われたが、新一しか見えていなかった蘭は、「他に好きな人がいるから」と断っていた。
友人としての付き合いは続いていたが、それも蘭の婚約とともにすっかり疎遠になっていた。
「なんや、景気の悪い顔しとんなぁ。工藤新一と結婚してラブラブな新婚さんちゃうんか?」
「うん、ちょっと落ち込んでたの」
「俺で良かったら、話聞いたるで?」
「ありがと」
蘭は新一とのことは伏せ、仕事を探していることを話した。
「『KUDO』の若奥様が職探しとは穏やかやないなぁ。そんなに『KUDO』の内状は火の車なんか?」
「そうじゃないわ。私も何か打ち込めるものが欲しいのよ。それでね」
「工藤はそれを許したんか?」
「もちろんよ」
「ほな、俺の店手伝うてみぃへん?」
「服部君の店?」
蘭は服部が『H2』というブランドでティーンエイジャー向けのショップを原宿に出してることを知らなかった。
「せや、去年の暮れにな、独立したんや」
「おめでとう!どんな店なの?」
「ストリート系のな、ユニセックスファッションなんや」
「すてき!」
「せやろ!ほな、さっそく来てや!」
蘭は引きづられるようにして、『H2』へと向かった。
蘭は服部にジーンズやTシャツ、ジャケットなどが所狭しと飾られるショップの中を案内してもらっていた。
「客はほとんど高校生や。蘭ちゃんは年下受けがええから、販売とかむいとると思うで」
「そうかしら?あんまり自信ないけど…」
楽しそうに話をする二人の姿を、この街にそぐわないスーツ姿の男が見ていた。
拳を握りしめながら、二人の様子をしばし眺めると、男は踵を返して立ち去った。
服部君登場です。今回は新一の出番が少なくて、書いててちょっと寂しかった…。 次回はたくさん出てくると思うから、楽しみです。 BACK RED-INDEX NEXT