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この話はパラレルな設定となっています。
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「なんやねん!」
「ちょっと!服部君!」
服部平次は荒れていた。
『KUDO』の大阪でのプロジェクトに一枚噛んで、それが頓挫して以来資金繰りが苦しくなっていた。
心が荒んでいる状態で、いいデザインなど生まれようはずがない。
快斗が新一を失った時、そうだったように。
だが、『MOON』と違って、『H2』は小さな店だ。
形ばかりは企業体を整えているが、結局は服部の個人事業に等しい。
ダメを出すスタッフはいなかった。
唯一、それが出来そうなのは蘭なのだが、蘭は黙ってそんな服部の様子を見守っていた。
結果として、服部らしさが失われた服が店頭に並ぶようになる。
『H2』にやってくる客は皆、オシャレに敏感な中高生ばかりだ。
いいとなればスゴイ速さで客が集まってくるが、つまらないと思えばあっさりと引いていく。
一時期の賑わいが嘘のように、いま『H2』は閑古鳥が鳴いていた。
「日曜やゆうのに、売上がこんだけかい!」
札束を撒き散らし、大声を張り上げる服部を蘭は黙って見ているしかなかったのだ。
服部は蘭にいまの窮状を話してはくれないのだから。
「そろそろ春夏の生地を買い付けとかんのならんのに、これやったら新作が出せんようようになるわっ!」
「売れてないわけじゃないわ。お客さんは入ってるもの」
確かに客は来ている。
それも蘭の功績である。
蘭は持ち前の明るさと親しみやすさで、いままでの常連だった女の子達といろんな話をしていた。
無駄話とも思えるような恋愛相談やら学校でのこと、勉強のことなど。
それがセールストークにも繋がった。
彼女たちの好みを頭に叩き込んで、好きそうなものを勧める。
「あなたに似合うと思って取っておいたのよ」などとチヤホヤされれば、彼女たちも悪い気はしない。
蘭は、『H2』の蘭お姉さんとして彼女たちに慕われていた。
そういった子が話し込んでいった挙句に、申し訳程度にTシャツや小物類など、さして値段の高くないモノを買っていってくれるのだ。
いま、『H2』の売上は蘭一人の功績と言っても過言ではないほどだった。
服部はそれにすら気付いていなかった。
視野が狭くなっている上に意固地になって、蘭の助言を求めることをしなかった。
そして……。
「蘭ちゃん、少し都合してくれん?」
「え?」
「俺に出資してくれんか?ちょおまとまった金が必要やねん。そやけど、売上がこんなんではキツイねん。せやから……」
服部が言いたいことはわかった。
だが、蘭にそんな余分なお金などなかった。
「私、そんな大金なんてないわよ?」
「そないなことないやろ。工藤から慰謝料もろたやろ?あいつのことや。さぞたんまりもろたんとちゃうか?」
「慰謝料なんて、貰ってないわよ……」
それは事実だった。
蘭はどんな理由があろうとも、新一を裏切ったのだと思っているから、自分から慰謝料を請求するなどということはしなかった。
一方、新一は離婚の原因は自分にあるという自覚はあったので、慰謝料を請求されればもちろんできるだけ言われた金額で支払うつもりはあった。
だが、傷心のままパリへと慌しく逃げてしまったこともあり、それっきりになっていたのだ。
しかし服部はそんな事情など知らない。
「なんやて〜?そないなアホな話があるかいな!工藤が蘭ちゃんへしたことを思えば1000万…いや、1億もろたってええとこやで?よっしゃ、俺が工藤に話つけたるわ!」
勝手にそう言って、服部は小さな事務所を飛び出していった。
あとに残された蘭は、呆然としながら服部の背中を見送った。
そして、ふと我に返ると事務所の電話に飛びついた。
「大変!新一に連絡しなくっちゃ!」
お金の散乱した誰も居ない事務所で、蘭は新一と連絡が取れることをひたすら願いながら呼び出し音を聞いていた。

























「わかった。心配すんなって」
新一は蘭からの電話を新しく借りた事務所を出たところで受けた。
一通り事情を聞いて、新一は蘭を慰めた。
「アイツのことはこっちでなんとかするよ。けど蘭、お前に慰謝料を払う気はあるんだぜ?なんてったって悪いのは俺なんだからさ……」
「ありがとう。でもそのことについてはまた改めて話しましょう?いまは間が悪いみたい……」
「……そうだな」
蘭の返事に新一も苦笑で答えた。
「じゃあ、落ち着いたらまた連絡するね?」
「あぁ、待ってる」
携帯のボタンを押して通話を切る。
そして、『MOON』が見えてきたところで、シャッターの閉まった店の前に突っ立ってる人影が目に入った。
「ここにおったら絶対掴まえられると思うとったわ」
ジーパンのポケットに手を突っ込んで、少し背中を丸めて立つ服部は、幾分ガラが悪くなったようで、新一はその綺麗な柳眉を顰めた。
「お前と話すことなどないと思うが」
新一は、軽くあしらうように脇を抜けようとした。
「待ちや!」
服部は新一の腕を掴んで引き止める。
新一は服部を睨みつける。
だが、服部も負けじと新一を睨みつけた。
「俺には話があるんや。顔貸してもらおか?」
「フンッ、しょーがねーな。来いよ」
新一は顎でアトリエへの入り口がある裏口を指し示した。







「快斗、わりぃけど応接貸してくれ」
アトリエのドアを開けると、新一は快斗にいきなりそう言った。
そして快斗の返事を待たずに、勝手知ったるアトリエの応接室のドアを開けた。
快斗は訳もわからぬまま、応接室へと入っていく新一とそれに続く服部の姿を見送った。
「やれやれ……。メンドーにならなきゃいいけど……」
新一が応接から出て来るのを待つ間に、快斗はスケッチブックを広げて、鼻歌を歌いながらサラサラと鉛筆を滑らせた。







「で、話って?」
蘭からの電話を受けている新一が服部の話を知らないはずがない。
知っていて敢えて知らない風を装っているのは、新一の作戦でもあり、また蘭の為でもあった。
ただでさえ物事が見えなくなっている服部が、蘭から新一に予め話が回っていると知ったら……。
逆上して蘭になにをするかわからない。
蘭をこれ以上悲しませるのは、新一の翻意ではなかった。
蘭の為でなかったらいちいち話など聞くまでもなく、警察なり、弁護士なりに連絡してしかるべきようにしていただろう。
そうとは知らない服部は、熱くいきり立ってバンッと大理石のテーブルを叩いた。
「工藤、蘭に慰謝料を払ってないそうやな?蘭がおとなしゅうて言い出せんのをえぇことに厚かましいやっちゃ!お前、自分が蘭をどないに苦しめたかまだわかっとらんのや!」
大きな声をあげる服部を冷ややかな目で見る。
「それで?」
まるで何も感じていないかのような新一の態度に、服部は顔を赤くしていきり立った。
「慰謝料、払ってもらおか。1億や、ビタ一文まからんで?」
「お前にそんなことを言われる筋合いはない。これは俺と蘭の問題だ」
「せやから蘭がおとなしゅうて言い出せんから、俺が来たゆうとるやろ!俺は蘭の代理や!」
服部は伝家の宝刀のように、蘭の代理と名乗った。
なにせ未だ籍はいれてなくとも蘭はいまや服部のもの。
言わば『内縁の妻』なのだ。
内縁の夫たる自分が代理を務めるのはなんら不自然なことではない。
服部はこの時、自分の勝利を確信していた。
だが……。
「蘭の代理ねぇ……。それは失礼しました。それでは委任状をお持ちですか?」
新一は慇懃無礼なまでに丁寧に聞き返した。
蘭の話から、服部が委任状など持ち合わせてるはずがないと、新一にはわかっていた。
だからこそ、わざとバカ丁寧に聞き返したのだ。
「なん…やて……?」
服部はたったいま確信したばかりの勝利が崩れていくのを知った。
「委任状がないなら、これ以上話す必要はないな」
「……っ」
服部は唇を噛み締めた。
「だいたい、蘭はお前が言うような大人しいヤツじゃないさ。アイツは賢くて芯の通ったヤツだ。必要なことはきちんと言ってくるさ」
仮にもこの工藤新一が一度は伴侶としたのだ。
それぐらいの女性でなければ、例え幼馴染みであっても選んだりはしなかった。
それに、蘭との付き合いの長さなら、新一は服部など眼中にない。
なにせ生まれた時からの腐れ縁だ。
蘭の性格は知り過ぎるほど知っている。
それが夫婦として上手くいかなくなった一因ではあっても。
服部はワナワナと拳を震わせ、「覚えとれよ!」とヤクザな捨てゼリフを吐いて、アトリエから出ていった。

























快斗は頃合いを見計らって、紅茶を入れたマグカップを新一に持っていった。
立ち上がる湯気からはほのかにブランデーの香りがする。
「サンキュ!」
そう言って受け取ったカップに口をつける新一の横顔を見ながら快斗は思った。
もとより新一は策士である。
策によって数々のビジネス・チャンスを物にしてきた百戦練磨のビジネス戦士に、服部のような猪突猛進なヤツが敵うはずなどないのだ。
だから、穏やかならぬ様子の二人が入って来ても、快斗はなんら心配はしていなかった。
服部があくまで話し合いという形を見せる以上は、服部の勝利など有り得ないのだ。
ただ、激昂した服部が腕力に物を言わせようとするのを危惧して、快斗はアトリエにいた。
伊達に茨道な人生を歩んできたわけじゃない。
ケンカの仕方なら心得ていた。
(ま、心配なかったな。だいたいこの俺が敵わないんだからさ。服部なんかに勝たれちゃ、俺の立つ瀬がないってーの!)
「どうした?」
快斗の思考は、新一の声に遮られた。
「何でもないよ。それよか見て?今日の一枚!」
快斗は傍らに置いていたスケッチ・ブックを差し出した。
新一は差し出されたそれを受け取ると、まじまじと見た。
「なんか不思議な感じだな。熱いような冷たいような……。『氷の焔』って感じ」
「そう思える?」
快斗はニコニコとしながら、新一の顔を覗き込んだ。
「あぁ」
新一も素直に頷いた。
「今日、俺、絶好調って感じ!これがさっき入って来た時の新一のイメージ。表面上はクールなんだけどさ、内側ではすっごい熱く燃えてるような気がしたんだよね。そしたら、あれだしさ……。どう?」
快斗が得意げに語るのを新一は呆気に取られながら聞いていた。
そして。
「やっぱ、オメェってスゲーよ!」
新一は至極感心していた。
服部に対し、負ける気などさらさらないが、対抗心はある。
腹違いの兄弟だということも。
蘭のことも。
快斗が今夜、自分をイメージしたというデザインはまさにそれを見抜いているのだ。
「でしょ〜?俺って天才!」
自画自賛する快斗にクスクスと笑いながら、新一は愛し気に快斗を見た。
こうして、共に進んで行けることを。
「快斗……」
「ん?」
「お前を……」
ちょっと照れくさそうにはにかむ新一が、可愛らしく見える。
(ほんっと!気が抜けないよね、新一は……。次の瞬間には全く違う表情を見せるんだからさ!)
そんな快斗の様子に気付いているのか……。
新一は快斗の肩に顔を埋めて囁いた。
「お前を愛してよかった」
快斗はビックリしたかのように新一の顔を見つめると、噛み付くようなキスを仕掛けた。
「いますぐ新一が欲しい……」
そう返して、そのままソファに新一の身体を押し倒した。








らぶらぶな二人はちょっとお休み(最後はらぶらぶだけど)。
女王様に跪く次の犠牲者は誰だ?(大笑い)

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