-31-

この話はパラレルな設定となっています。
登場人物の紹介はこちら







二人は無国籍料理でお腹を膨らませて、麻布の家に戻った。
快斗が水割りの用意をして、リビングのテーブルに置く。
出てきたスコッチのボトルに、新一は小さく微笑んだ。
バランタインの17年もの。
新一はいつでもこれを飲んでいた。
「覚えてたんだ、俺の好きな酒……」
「あったりまえでしょ?新一のことなら何でも覚えてるよ」
好きなものも、嫌いなものも、得意なものも、苦手なものも。
どんなクセがあって、どこが感じるのかさえ……。
「……ば、バーロ」
「愛してるよ、新一」
チュッと紅く染まった頬に口づける。
甘いムードになりつつあるのを、新一は快斗の頭をコツンと小突くことで押し留めた。
「俺の話、聞いてくれんじゃなかったのかよ」
「ちゃんと聞くよ」
ちょっと拗ねた新一をやさしく抱きしめて、もう一度頬にキスをする。
シングルのグラスを差し出し、チンとグラスを合わせた。







「そろそろさ、自分の身の振り方を考えなきゃな、って思ってたんだ」
「うん」
訥々と話し始める新一の声を、快斗は最低限の相槌を打ちながら静かに聞いていた。
「けど、『KUDO』の名を捨てた俺に何ができるのかわからなかった。お前を……、お前のブランドを守りたいって思って日本に帰ってきたけど、その後のこととか何も考えてなかった」
新一が手の中のグラスを揺らし、カランと氷が琥珀色の海で音を立てる。
「他の業界に行くとかは全然考えてないし、かと言ってお前みたいにデザインとか、パターンとかできるわけじゃねぇから、お前の仕事を手伝うってのは出来ねぇし。結局、いままで積み上げてきたもんの中でやってくしかねぇんだよな」
「……それで?」
快斗は静かに続きを促した。
「今日、お前のアトリエで経理の…なんて言ったっけ、彼?」
「あぁ、山賀君?」
「そう。彼と話しながら思ったんだ。これから『KUDO』の力なしでやってくわけだろ?店舗とか、売上とか、全部お前のところで管理するのは難しいだろうし……。で、いろいろ考えてみてさ、俺、会社興そうと思う」
「え………?」
快斗はちょっと驚いた。
てっきり、新一は『Kaito Kuroba』の経営部分を任せて欲しいと言うと思っていたのだ。
「どうして?うちじゃダメなの?俺は新一と一緒に仕事がしたい」
そしたら毎日一緒に出勤して、アトリエでも一緒で、一日中一緒に居られる、と甘い夢をみていたりもしたのだ。
「ダメ……、なわけじゃないさ。けど、俺にだってプライドも野心もあるんだよ」
新一は苦笑しつつも、強い意志を持った瞳を輝かせた。
「お前とはどこまでも対等の立場でいたい。最高のビジネス・パートナーとして」
「しんいち……」
快斗は知らないことだが、快斗への愛ゆえに全てを捨てて日本を去ったあの頃の新一を知っている人―――例えば蘭や哀だが―――が見たら、工藤新一は完全に復活したと思うだろう。
いや、それ以上に、以前よりもよりしたたかに、より強くなって戻ってきたのだ。
快斗の愛を得て。
「やるならば、頂点に昇ってみせる。お前のブランドだけじゃなく、な」
デザイナーとしてではなく、アパレル・プロデューサーとして世界に名を轟かせる。
そう言って華やかに新一は微笑った。
「……………」
快斗は絶句するしかなかった。
そんな顔をされては、もう何も言うことなどできない。
「……わかった。けど、ずっと一緒だよね?」
「あったりめーだろ?言ったじゃねぇか、最高のビジネス・パートナーだって。それに……」
人生のパートナーは快斗しかいないのだから。
新一から貰う最高の賛辞に、快斗も華やかな微笑を返した。
「んじゃ、乾杯。新一の前途を祝して」
「俺達の華やかな未来に」
合わされたグラスが、祝福の鐘のように鳴り響いた。

























翌日から、新一は精力的に動き始めた。
まずは快斗のパソコンを借りて事業計画書を作り、それを持って銀行を回る。
恵まれたことに、『KUDO』での実績と信頼がモノを言い、新一が望んでいた額には満たないものの複数の銀行から充分な融資を得ることができた。
この不景気なご時勢にそれだけの結果を得られれば、満足しなければならない。
また、紅子の事務所へも赴き、快斗の契約解除に関する打ち合わせを重ねる一方で、新一の事業登記などの関係書類の作成なども依頼した。
事務所も快斗のアトリエに近い場所で手ごろな物件があったので、そこに決めた。
快斗は、同じビルにしようと言ったが、敢えてそれは却下した。
新一もそれを考えなかった訳ではない。
ただ、いまはまだ時期が悪い。
『MOON』が『KUDO』との契約解除を果たすまでは、対外的にあまり密接していると思われるのはよくないと判断したからだ。







そうして着々と準備を進めていく中で、新一は何人かの人物と連絡を取った。
その筆頭が哀である。







「新一さん!」
哀は、最後に会った日のように校門を出たところに佇む新一を見つけ、がらにもなく走り寄った。
「元気だったか?」
生命力、とでも言えばいいのだろうか。
最後に会った時のような弱々しさはまるっきり感じられない。
むしろイキイキとした笑顔に、哀は一瞬魅了された。
「モチロンよ。工藤さんこそ、何処で何をしてたのかしら?」
ちょっとした皮肉をこめて、哀は尋ねた。
「ま、いろいろとね……。話がしたいんだけど、いまから大丈夫?」
10歳も年下の少女の辛辣な言葉に少し苦笑を洩らす。
「えぇ」
哀は変わらないクールな微笑みを向けて、新一の後に続いた。

学校からさして離れていない喫茶店で向かい合って座る。
二人の前に紅茶の豊かな香りが運ばれてくるまで、二人は何も話さずに座っていた。
「哀ちゃん、まだ気持ちは変わってない?」
ウエイトレスが立ち去った途端、新一はいきなり本題を繰り出してきた。
なんの?と聞かなくても、哀にはわかった。
「もちろんよ。新一さんとでなければ、デザイナーになれなくても構わないもの」
「それが『KUDO』でなくっても?」
哀は頭のいい少女だった。
『KUDO』が現在どういう状況にあるかは知っていたし、快斗が契約解除に踏み切ったことも知っている。
それだけで新一が帰ってきたとはいっても、『KUDO』に戻ったわけでないことはわかる。
哀はコクンと頷いた。
「有名になりたいわけじゃないもの。『KUDO』だから契約する気になったわけじゃないわ」
「俺を甘く見てるな?半年で有名人の仲間入りさせてみせるぜ?」
不敵な笑みを浮かべた新一を、哀はきょとんとして目を瞬かせた。
そしてクスクスと笑い出す。
「よかったわ。らしくなってて……」
この少女には、情けない姿も見せてしまっているのが、いまになって恥ずかしく思える新一だった。
「快斗先生と仲直りしたのね?」
「あぁ、いま一緒に棲んでるよ」
「よかった」
その後、新一は具体的な計画を哀に話して聞かせた。



















哀の次に、新一が連絡を取ったのは、かつての秘書だった。
控えてあった彼女の携帯に連絡して、食事に誘った。
待ち合わせのホテルにやってきて開口一番『常務!』と叫んだ彼女を最上階のレストランへと連れていった。
最近の『KUDO』の様子を聞くともなしに教えてくれる。
どうやら、新一が退社したあと、白鳥付きになったらしくさんざん愚痴を零している。
メインディッシュが済み、デザートが運ばれてくると、新一は本題を切り出した。
「『KUDO』を辞める気はある?」
「え?」
彼女は思わず聞き返した。
「実は、今度事業を興すつもりなんだ。それで君をスカウトしたいんだ」
新一が知る限り彼女ほど優秀な秘書はいない。
それでいて、親しみやすい性格を新一は高く評価していた。
「と、言っても仕事が軌道に乗るのはまだまだ先のことだから、給料はそんなにあげられないけど」
実を言うと彼女を選んだ理由はそこにもあった。
彼女は自宅通勤で、給料は家に一部入れるだけで後は自分の小遣いとなると言っていたから、給料が下がっても、別段生活に困ることはない。
ご両親も健在だし、勤務先も好調とはいえなくても、先行き不安な材料はいまのところない。
だからと言って仕事を『腰掛け』とは思っておらず、やりがいのある仕事を求めているところも、彼女に目をつけた理由の一つだった。
そして、最大の理由。
面と向かっていったことはないが、彼女には薄々快斗との関係を知られているだろうということ。
なにせ、重役秘書といえばプライベートすら半分預けているようなものなのだ。
休日の予定から、ワードローブの中まで知られているような状態だ。
新一が初めて手がけた大事業で、『MOON』が『KUDO』のドル箱だということを差し引いても、担当も置かずに常務が直接采配を振るうのは異常である。
快斗との間に『親友』以上の密接な関係があると思われても仕方がないことだ。
まして、退社直前の落ち込み様も彼女には知られている。
新しい環境の中でも、快斗との関係はより密接でより濃厚に続いていく。
それならば、何もしらないような人物を雇うよりは、感づいていてそれでも何も言わない彼女の方がいいと思ったのだ。
新一が彼女の方を見ると、彼女はニッコリと微笑んだ。
「やります!やらせてください!」
即効で返って来た返事に、新一のほうが面食らった。
「いや、充分考えてくれていいんだけど?」
「考える必要なんてありません。明日会社があるかどうかもわからない状態で、白鳥専務のご機嫌取りなんてうんざりしてたんです。給料だって今月でるかどうか心配なぐらいなんですから。今夜、辞表書いて、明日提出してきます」
「クスッ、なら決まりな?あ、『KUDO』には僕のことは言わないように」
「わかってます」
二人は顔を見合わせて笑った。

こうして、新一の計画は好調に動き出した。

























麻布の家に帰り着くと、もうすでに灯りが灯っている。
「ただいま」
「おかえり〜。どうだった?」
新一は親指を立てて、今日の成果を報告する。
「二人ともいい返事をもらえた」
「哀はわかるけど、あの秘書サンもかぁ。新一モテモテだね」
茶目っ気たっぷりに片目を瞑ってみせる。
「バーロ。んなんじゃねぇだろ」
クスクスと笑いながら、新一は快斗の隣に腰掛けた。
「で?他の社員はどうすんの?」
「当分は彼女だけでオッケーだろ。必要に応じて増やしていくさ。心当たりはたくさんあるしな」
元・秘書が言っていたように、先行き不安な『KUDO』に見切りをつけようとしている社員は多いだろう。
だからと言って全員抱えられるわけでもなし、無能な人間は必要ないのだ。
必要な人材だけを、これから少しずつ引き抜いていく。
(いいときに踏ん切りつけたかもしれねぇな……)
新一はニッコリと微笑んだ。
快斗はまじまじと新一の顔を見つめていた。
新一の明るい笑顔に快斗は、これで良かったのだ、と思う。
『Kaito Kuroba』の経営だけだったら、こんな風に新一は笑ったりできないだろう。
限られたフィールドで、やれることをする。
それでも新一は、誰もが納得できるほど、その敏腕ぶりを発揮しただろう。
けれども、新一は本来攻撃的な性格だ。
こうして、無限に広がるフィールドでこそ、新一の能力は活きるのだと思う。
新一が作る会社が、どこまで進んでいくのか。
別の立場にあっても、その行く手を共に見れることを快斗は誇りに思った。
「ねぇねぇ!新一の会社、名前決めたの?」
快斗には、《新一の会社》という言葉が心の中で思うだけでも言いにくいと感じたのだ。
「あぁ」
「え?教えて!」
新一がどんな名前を付けるのか、快斗は楽しみにしていたのだ。
『MOON』も、哀のブランドネームになる『EYE』も、ネーミングは新一が考えた。
シンプルだが、自分達のイメージをよく伝えてるいいネーミングだと思う。
新一がどんな想いをネーミングに乗せるのか。
快斗はそれが知りたかった。
「レッド……、RED Corporationってしようと思う」
「レッド…、赤……。なんで?」
赤、という色は新一のイメージではなかった。
自分や哀の服のイメージでもない。
唐突に《赤》という色が出て来て、快斗は首を傾げた。
新一は、快斗の疑問を感じ取ると、快斗の唇に自分のそれを重ねた。
優しく触れた唇はすぐに離れ、快斗の耳許で小さく囁いた。
「血の赤よりも濃い赤い絆、それが俺とお前の絆だから」
陳腐だけれど、まさしく自分達は運命の糸で結ばれていたのだ。
レッドは、その糸の色。
何人にも決して断ち切れぬ絆の糸なのだ。
「しんいち……」
感極まったように、快斗は新一を抱き寄せた。
今度は快斗からキスを送る。
触れるだけではなく舌を絡め合う激しいキスがいつまでも続いた。









ようやくここまで辿り着いた。

最近、甘めなシーンが多くて私らしくないような気が……。


BACK RED-INDEX NEXT