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この話はパラレルな設定となっています。
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東京・赤坂にあるホテルのラウンジ。
その片隅の目立たない席で快斗は紅子と打ち合わせ中だった。
「契約書を隅から隅まで読んだけど、正攻法での契約解除は難しいわね」
クールに告げる紅子に、快斗は仏頂面で応じた。
「じゃなに?契約が切れるまで待たなきゃなんないわけ?その前に向こうが潰れちまったらどうすんだよ!」
「落ち着きなさいよ。正攻法では、と言ったのよ、私は」
つまり、抜け道がある、ということだ。
「けれども、それには私一人の力では無理。内部事情に詳しい人が必要だわ」
「……………」
快斗は黙り込んでしまった。
快斗が知る『KUDO』の内部事情に詳しい人物といえば、一人しかいない。
『KUDO』の元・常務で社長夫妻の息子。
そして、快斗の最愛の人―――工藤新一。
彼以上の適任者はいないだろう。
けれど、彼がいまどこにいるのかすら、快斗は知らなかった。
「誰か心当たりがあるの?」
「……ないこともない。けど……」
快斗は新一の名前を出すことに躊躇した。
いくら身体の関係を持っていたとしても、新一と快斗は基本的にはビジネス・パートナーにすぎなかった。
まして、新一は『KUDO』を退社し、行方知れず。
ビジネス・パートナーという関係は崩れ、色気のある友人関係から脱却する前に姿を消してしまった。
それに、退社したといっても血を分けた親子なのだ。
無条件に、自分の味方になってくれるという自信は、いまの快斗にはなかった。
「黒羽君、いいこと?本気で契約解除したいと思うなら、その人となんとか連絡をつけてちょうだい。いいわね?」
紅子は、有無を言わさぬ勢いでそう言うと、伝票を掴んで立ち上がった。
一人残された快斗は、柔らかな椅子に深く身体を沈めた。
「簡単に言ってくれるよなぁ〜。こっちの事情も知らねーで……」
その時、快斗の視界の隅を横切った人物がいた。
「ん?あれは……」
そう何度もあったことはない。
けれども、その華やかな雰囲気は大き目の帽子とサングラスで隠し切れないものがある。
そう、愛しい人によく似た―――。
「うん、間違いない。工藤有希子だ。なんで、ここに……?」
人目を忍ぶような有希子の格好は、かえって快斗の関心を呼んだ。
彼女が向かったのはエレベーターホール。
パーティーなどに参加するためなら、エスカレーターで地階に向かうはずだ。
それに、彼女はドレスではなく、フェミニンなワンピースを着ていた。
一般人ならその服装でもパーティーで通用するかもしれないが、世界に名だたる『KUDO』のトップ・デザイナーではありえないことだった。
「ありきたりに考えるなら、浮気……ってとこか。けど……」
工藤夫妻のオシドリ夫婦ぶりは、業界だけでなく一般にも知られている。
そして、それが単にポーズではないことを、快斗は新一から聞いていた。
このホテルのエレベーターは、ロビーから中が見える。
工藤有希子を乗せたエレベーターは14階で停まり、彼女はそのフロアで降りたようだった。
「……………」
快斗は何か引っかかるものを感じていた。
そして、身体を起こすとまっすぐにエレベーターに乗り、14階のボタンを押したのだった。

























有希子は14階のある部屋の前で、一つ深呼吸すると備え付けの呼び鈴を鳴らした。
ほどなく、その部屋のドアが開く。
「いらっ……母さん!?」
その部屋から出てきたのは新一だった。
「新ちゃん、ゴメンネ。英理から新ちゃんに会ったって聞いて……」
新一は無言のまま、ドアを大きく開くと有希子を部屋へ迎え入れた。
有希子にソファを勧めると、簡易キッチンでコーヒーを淹れ、有希子の前に置く。
「ゴメンネ、新ちゃん。騙したようになって……。でも……どうしても新ちゃんと話がしたくて……」
新一は英理から「見せたいものがあるから、ホテルに行ってもいいか?」という連絡を貰っていたのだ。
つまり、それは英理が有希子を新一に会わせるためについた嘘ということになる。
新一は苦笑しながら、有希子の反対側へと座った。
「妃さんに連絡を取った時から、母さんに話がいくことは覚悟してましたよ」
英理は業界通のファッション・ジャーナリストというだけでなく、蘭の母親なのだ。
けれど、有希子の友人でもある。
新一がどうしても行方を知らせたくないのなら、英理から情報を引き出すという方法を取るべきではなかったのだ。
けれども、新一は情報を得ることの方を選んだのだ。
「で?話ってなんですか?」
「新ちゃん、お願い。『KUDO』に戻ってちょうだい」
「お断りします」
新一は、きっぱりと即答した。
「どうして?優作も新ちゃんを必要としてるわ」
「……………」
必要……。
一体自分の何を必要としてるというのだろう。
あの時、件のプロジェクトに反対した時、自分の意見を聞こうともしなかったあの父親が。
新一は首を傾げていた。
「お願い!新ちゃんに『KUDO』の未来がかかってるのよ!」
そういうことか、と一つの可能性に思い当たった。
『KUDO』が会社更生法の摘要を申請しようとしていることは、英理からも聞いている。
おそらく、その申請内容に自分が必要なのだ……と。
まさか社長として必要とされているということまでは考えてもいなかった。
「もう一度言います。『KUDO』へ戻るつもりはありません」
新一の目は冷たかった。
まるで蔑むものでも見るかのように。
「新ちゃん!母さんを見捨てるの?」
有希子が情に訴えるように叫ぶ。
だが、新一はまるで動じない。
「母さん、あなたが母親らしいことを一度でもしたことがありましたか?」
「しんちゃ……ん……」
有希子はハラハラと涙を流した。
「今度は泣き落しですか?無駄ですよ。僕は『KUDO』へ戻る気はありません。どうかおかえり下さい」
新一は、有希子の手を掴むとドアの前まで引っ張っていった。
有希子は最後にもう一度振り向いた。
「新ちゃん……」
「……………」
新一は黙って首を横に振るだけだった。
これ以上は、何を言っても無駄だと、有希子は仕方なく部屋を出るのだった。

























快斗が14階に降り立った時、そこはシーンと静まり返っていた。
エレベーターホールを中心に、東側と西側に繋がる廊下のどちらに有希子が行ったのかはわからない。
快斗はしばらく考えて、東側の廊下を歩いていった。
根拠など何もない。
ただ、そんな気がしただけだった。
ガチャ、と背後でドアが開く音がして、快斗は咄嗟に柱の影に隠れた。
その部屋から出てきたのは、見覚えのあるワンピースを着た女性だった。
(ビーンゴッ!)
顔を隠しているが、有希子に間違いはなかった。
快斗は物陰から有希子がエレベーターの中へ消えるのを確認すると、有希子が出て来た部屋の前に立ち呼び鈴を押した。
先ほど、有希子以外の人物は誰も出てこなかったから、ここの客がまだ部屋にいるのは間違いない。
なのに、一向にドアが開く気配がなかった。
快斗はしつこいほどに何度も何度も呼び鈴を押した。
「いー加減にしてくれよっ、かあさ…んっ……、か…いと……っ!?」
「久し振りだね、新一」
新一は呆然とドアに手をかけたまま、立ち尽くしていた。
が、しばらくして、我に返った新一は、勢い良くドアを閉めた。
「帰ってくれ……、快斗」
身を切るような思いで、新一はそう言った。
会いたかった……、ずっと。
この世で最も愛した人。
かいと……。
「やだね」
聞こえないはずの声が聞こえて、新一はハッとして顔をあげた。
目の前に快斗の顔があった。
閉めたと思っていたドアは僅かな隙間を残して開いていたのだ。
下を見ると、快斗がドアの間に足を挟んでいた。
快斗はドアに手をかけると、力一杯ドアを引いた。
膨らんだ隙間に身体を滑り込ませると、後ずさる新一の手を掴んでグイッと引き寄せた。
「会いたかった、しんいち……」
腰に手を回し、その華奢な身体を抱き締める。
「あっ……」
「しんいち…、しんいち…、しんいち……」
ただひたすらに名前を呼びながら、快斗はその温もりを確かめる。
甘い痺れが新一の全身に広がる。
「かいと……離して……」
これ以上、快斗に抱かれていたら封印が解けてしまうから。
それほどに、新一の身体は悦びに打ち震えていた。
「ダメ、離さない……」
快斗は左手で新一を抱きかかえたまま、右手を新一の顎に添えて上を向かせると薄い唇に自分のそれを重ねた。
何度も何度も重ねられる口づけは次第に深くなる。
息苦しいほどの熱い口づけに、新一の身体から力が抜けていく。
新一は、まだ少し躊躇いながらも快斗の背中に手を回した。
新一の口腔内に快斗の舌が侵入してくる。
「あぁっ、かいとっ……!」
快斗の背中に回された指先に力が入る。
そして、ついに新一の想いはその封印を断ち切るのだった。









ついに感動の再会!ここまで、長かったなぁ〜(←まだ終わってないって)。


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