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この話はパラレルな設定となっています。
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「おい、秋冬の生地の手配はどうなってる?」
「それより、今度の宣伝計画だけど、モデルのスケジュール押さえてあるんだろうな?」

新一がいなくなった日本では『KUDO』は混乱をきたしていた。
いや『KUDO』だけではない。
新一が見ていた全てのブランドが混乱していた。
突然の退社とはいえ、引継ぎはきちんと行われていたにも関わらず、
いかに新一の能力がずば抜けていて、絶大だったのか。
周囲は改めて思い知らされたのだった。

「はい、『KUDO』で……、黒羽さん!」
不幸にも電話に出た社員は思わず立ち上がった。
「どうなってる訳?頼んだ生地と違うのが入ってきたんだけど?」
「も、申し訳ありません!すぐに業者に連絡して……」
電話に向かって90度に頭を何度も下げている。
「今日中に入るんだろうね?」
「それは業者に聞いてみないと……」
今度は硬直したかのように、身動ぎしない。
「新一がいたときはこんなことなかったし、あっても即日交換に来たよ」
「申し訳ありません。お役に立てず……」
「ほんとだよね」
ツーツーと信号音だけが聞こえてくる受話器をその社員は盛大な溜息とともに戻した。











新一が日本を出発した翌日、『KUDO』に電話をしてきた快斗はそこで初めて新一の退職を知った。
そして、自宅にも携帯にも電話をかけたがどれも機械的なアナウンスが使用されていないと告げるだけだった。
その後にアトリエにやってきた哀から、前日のことを聞かされた。
約束をすっぽかされた後、何度も新一の携帯に電話を入れた。
そのときは、まだ電波が通じないか電源が切られているといったアナウンスが流れていた。
会社にも連絡したが、会議だ、打ち合わせだと席を外しているらしく、その度に秘書が申し訳なさそうに答えていた。
折り返し電話をくれるようには伝えていたのだが、結局一週間の間に新一から電話がかかってくることはなかった。
昨日、仕事が立て込んでいて連絡できずにいたのだが、一夜明けてみたら全ての連絡先が使用できなくなっていたのだった。
そして快斗は思い知ったのだった。
新一が意図的に自分の前から姿を消したのだということを……。
その日から、快斗は荒れた。
イライラとしてスタッフや取引先に当たることが多くなり、仕事にも身が入らなくなっていた。
引き裂かれたり、丸められた何枚ものデザイン画がアトリエ中に散らかっていた。
アトリエのデスクにはスコッチのボトルが置かれていた。
快斗は浴びるように酒を飲んでは、デザインを描き、それを破棄してはまた酒を飲む。
それをずっと繰り返していた。
眠ることすら忘れて……。
快斗のは描くことしかできなかった。
たとえどんなに描けなくても。
そうして数日が過ぎ、快斗は見るからにやつれていった。
さすがにマネージャーがこんな状態で取材や接待を受けるわけにはいかないと、スケジュールのほとんどをキャンセルした。











快斗にしても、『KUDO』の社員達にあたっても仕方がないことはわかっている。
こんな状態でデザインしたって、いいものなんかできないということも。
それでも、仕事に打ち込むことでしかやり場のない気持ちを押さえることはできなかった。
快斗には新一の他にはデザインしかなかったのだ。
(新一……、どこにいるんだよ……。会いたい、会いたいよぉ……、新一……)
デスクの上のスコッチのボトルを掴んで、そのまま口をつける。
新一が好きだったバランタインの17年物だ。
我ながら女々しいと思う。
こんなもので自分の目の前から姿を消した人を思うなんて。
こんな自分を見たら、新一はなんと言うだろうか。
美しい眉を顰めて、「酒クセーぞ」とでも言うのだろうか。
激しく叱咤して、顔に似合わない罵詈雑言を浴びせ掛けるのだろうか。
それとも、「なにバカやってんだ」と呆れるのだろうか。
いずれにしてもいい顔はしないな、と思いながらもさらにボトルに口をつけた。
(新一……、何があったんだよ。なんで、俺の前から姿を消したんだよ……)
突然の辞表。
解約された携帯電話。
快斗が約束を取り付けたあの日の声。
いろんなことが快斗の頭をかけめぐっていた。
(自宅の電話まで解約するなんて……)
快斗はガバッと身を起こした。
(自宅はどうなってんだ?例え新一がいなくなったとしても、蘭ちゃんがあそこには住んでるじゃねぇか!)
快斗はいまのいままで蘭の存在を忘れていたのだ。
快斗は、造り付けの簡易シャワーを浴びて少しでも酒を抜き、着替えを済ませると表に出てタクシーを拾った。
















麻布の自宅の前に立ち、快斗は呆然としていた。
鍵は閉められ、どの部屋にも灯りは点いていなかった。
それだけではない。
売家と書かれた看板が玄関先に取り付けられていた。
(どういうこと……?蘭ちゃんは……?)
快斗はすぐに蘭が服部の店で働いてることを思い出した。







再びタクシーを拾い、青山へと引き返す。
表参道でタクシーを降りると、竹下通りの『H2』へと向かった。
「いらっしゃ…………、黒羽く…ん…」
「蘭ちゃん、新一はどこ?」
快斗は挨拶もする余裕もなく、蘭に詰め寄った。
ちょうどその時、他の客が店に入ってきた。
「私、今日は7時に上がるから……」
蘭はそれだけ言い残して、いましがた入ってきた客に応じた。





















竹下通りから一歩入ったところにある落ち着いた紅茶専門店。
蘭は仕事を引けたあと、快斗をその店に誘った。
蘭は気がついていた。
先程、店に来た時、快斗からお酒の匂いがしていたのを。
それに、見るからにくたびれた様子をしている。
だから、この店に誘ったのだ。
蘭はお酒が好きな方ではないし、精神的に穏やかでない時は紅茶がいいだろうと思ったのだ。
「ねぇ、蘭ちゃん。新一はどこにいるの?麻布の家はどうして売りに出されているの?蘭ちゃんはいまどこに済んでるの?」
快斗が矢継ぎ早に蘭を詰問する。
蘭は、こうなることを予感していたから、ゆったりと紅茶を飲んだ。
「私達、離婚したの。だから麻布の家を売りに出したの。私、いまは服部君のところにいるの」
蘭は快斗にも紅茶を飲むように促しながら、質問に答えていった。
ただ、快斗が一番知りたいことを蘭は敢えて答えなかった。
「で?新一は?新一はどこにいるのさ?」
快斗が焦れたように、蘭に詰め寄った。
それでもなお、蘭は動じることなく静かに答えた。
「ねぇ、黒羽君。新一はね誰よりも黒羽君を愛してるよ。私もようやくそれがわかったから離婚することにしたの」
新一もね、という言葉を蘭は心の中で呟いた。
「それにね、心から私を好きだっていってくれる人もいるし」
蘭は柔らかく微笑んだ。
それが服部のことだというのは、快斗にもわかった。
だが、そんなことは快斗にとってはどうでもいいことだった。
「新一が俺を愛してるってなら、なんで俺にも黙って姿を消したのさ。蘭ちゃん、知ってるんでしょ?新一の居場所。頼むから、教えてくれよ」
快斗は懇願するようにテーブルに手を掛け、俯いていた。
「ごめんね…私も知らないの」
「そう……なんだ………」
最後の手がかりも消えてしまった。
快斗は魂が抜けたようにゆらりと立ち上がった。
「黒羽君、家族ってなんなんだろうね……」
快斗はちらりと蘭を見た。
蘭の言葉は快斗に問いかけている様だったが、蘭は快斗のことを見てはいなかった。
快斗は力なく伝票を掴むと、レジに1万円札とともに置き、おつりも受け取らずに出ていった。
















快斗の辛そうな背中を見送りながら、蘭は呟いた。
「ごめんね……黒羽君」
本当は知っているのだ。
新一の居場所を。
何かがあった場合の連絡先だけは新一から聞いていたから。
夫婦としては破綻してしまった新一と蘭であったが、お互いが信頼できる幼馴染みであることには変わりはなかった。
ましてや、蘭は新一にとって快斗の他に唯一信頼できる人物であった。
快斗に対する隠し事なのだから、蘭以外の誰にも打ち明けることはできなかったのだ。
それは蘭が新一と共有した最初で最後の秘密。
蘭はそれを大事にしたかったのだ。
新一との思い出の一つとして。

「新一もごめんね……」
遠い地にいる新一に対しても蘭は謝っていた。
蘭が独り言のように呟いた言葉。
せめて新一の想いの一端だけでも快斗に伝えたくて。










「誰も傷付かずに幸せになれたらいいのに……」
みんな傷付いている。
愛する人の幸せを願いすぎて……。










蘭はティーカップに残った紅茶を飲み干した。






快斗君、荒れ捲りです。


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