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この話はパラレルな設定となっています。
登場人物の紹介はこちら




イタイ……、

イタイ……、

イタイ……。

ナニガ……?

アタマガ……?

ココロガ……?

ナニモ……、
ナニモカンガエラレナイ……。

ナニモカンガエタクナイ……。













会社を早退して自宅に戻った新一は書斎へと籠り、鍵をかけ、窓にはカーテンを引いた。
蘭は『H2』へ行っているから、家の中には誰もいない。
誰にも咎められることなく居られることが、いまの新一にはありがたかった。
まだ、陽もあるというのに、新一はサイドテーブルからグラスとバランタインのボトルを出した。
バランタインをグラスに注ぐと、一気に呷る。
薄暗い部屋に琥珀色の液体が醸し出す香りが充満していく中、新一は精気を失ったようにしてソファに身体を預けていた。
(快斗に、子供が……)
その言葉ばかりが、新一の頭の中で何度も繰り替えされていた。
そうしていったい何時間の時を過ごしたのだろう。
鳴り出した携帯電話にビクンと新一の身体が震えた。
ディスプレイに表示された名前をぼんやりと見つめる。

黒羽快斗。

(そういえば、約束してたんだっけ)
だが、身体は動こうとはしない。
いまは、誰にも会いたくなかった。
たとえ、それが快斗であっても。










しかし、携帯電話の音がきっかけで、新一は少し冷静さを取り戻した。
かなりの量を飲んでいるはずなのに、不思議と酔ってはいなかった。
いや、酔ってはいるのだろう。
ただ、思考だけははっきりとしていた。
(俺は、なぜこんなに動揺してるんだ……?)
考えてみれば、快斗は出会った時にはすでに結婚していたのだし、いままで子供がいなかったほうが不思議なくらいである。
その理由が、快斗の女遊びで、ほとんど家に帰ったことがない、ということも知っている。
だからと言って、まったく帰ったことがないわけではないし、夫婦としてのセックスがあるのは不思議でもなんでもないのだ。
なのに、なぜ自分はこんなに動揺しているのか。

新一は、オーディオ・セットにCDをセットした。
(そういや、前にもこんなことがあったな)
快斗の謂れ無き盗作疑惑の直後、蘭が服部の店で働くことになった時のことだった。
蘭の笑顔を引き出したのが、よりによって快斗を貶めようとした服部だったことが気に入らなかった。
服部じゃなかったら……?
それが新一の知らない男だったら、蘭に笑顔が戻ったことを喜んでいたのかもしれない。
いまになって、そう思う。
蘭が、服部に抱かれたと知った時も、服部を憎む気持ちはあったが、蘭に対して怒りは湧かなかった。
(そうだ、あの時だって動揺なんかしていなかった)
極めて、冷静な気持ちで服部の話を聞き、蘭と話をした。
それなのに、快斗が父親になると聞いて、どうしてここまで動揺しているのだろう。
快斗に子供ができるのが、羨ましいのか?
血を分けた子供、というのが欲しいと思うことはある。
人一倍、その気持ちは強いのかもしれない。
『家庭』に恵まれなかった新一は、『家庭』に対し、強い憧れを持っていることは気付いている。
だが、現状はどうなのだ。
子供どころか、蘭を抱くことすらできず、蘭は服部の手で女になった。
いまでは、すっかり服部の店にいりびたりになって、新一より遅く帰って来る日も珍しくはない。
それでもなお、蘭を手放したくはない、という気持ちはあるのだ。
(だけど…、俺は蘭をなんだと思っているのだろうか……?)
いくら新一が、『家庭』に対し歪んだ愛情を持っているにしても、蘭に対する気持ちが『妻』に対するものではないということぐらい、これだけことが起これば気付いていた。
蘭は子供の頃から、家族同然だった。
だから、結婚話が出たとき、『家庭』という言葉から連想したのが蘭だったのだ。
結婚して、同然がとれて、家族になった。
だが、ようやく新一にもわかる。
(家族ってのは、器だけあってもダメなんだな……)
家族との触れ合いをしてこなかった新一には、家族のなんたるかがわかっていなかったのだ。
蘭を愛している。
だけど、それは恋人だとか、妻だとか、そういったものではなく、母親とか、姉妹とか、そういうものに近いのだろう。










(なら……、快斗は俺のなんなんだ?)

新一は蘭と快斗を比べたことなどなかった。
いままで新一の世界では快斗と蘭は、別次元に位置していたからだ。
だけど自分がこんなにも動揺する理由がわからず、初めて蘭と快斗を比べてみた。

蘭は大切だ。
守ってあげたいと思う。
小さい頃、家族同前のように傍らにいた少女。
愛している。
そう思ってきた。
でも、蘭が服部に抱かれたと知っても、怒りも憎しみも蔑みの感情すらも浮かんではこなかった。
あったのは、『家族』を失いたくない、という気持ち。
もし、蘭がいなかったら……?
それでも、新一の生活は何も変わらないだろう。

快斗は必要なのだ。
仕事上のパートナーとして。
共に酒を飲み、遊びに興じる友人、―――親友として。
快斗と過ごす時間は、いつでも瞬く間に過ぎていく。
だけど、単なる友人ではない。
男同士ではあるけれど、身体の関係を持っている。
ゲームのつもりで始めた関係だったはずなのに。
快斗の存在そのものが、自分に強く生きる勇気とやすらぎを与える。
(俺のやすらぎは蘭だと思っていたのにな……)
だけど、快斗は恋人というわけではない。
快斗も自分も結婚して家庭を持っているのだから。




愛人―――。
ふと、その言葉が新一の中に浮かんだ。




―――新一の中で何かが弾けた。
『愛人』
新一はその言葉から、服部の母・静香を連想した。
父・優作の一夜限りの愛人。
新一は彼女に向かって吐いた暴言を思い出した。
「恥知らず」
確かに自分はそう言ったのだ。
公衆の面前に平次を伴ってきた彼女に。
ふと、新一は気付いた。
青子から、青子の子供から見れば、自分こそ恥知らずなのだ。
男なのに。
同性なのに。
母子から快斗を奪う自分こそが恥知らずなのだ……。













「わあああああああああああぁっ………!!!」













新一は頭を抱えて咆哮した。
新一の身体はガタガタと震えていた。

タエラレナイ……。
タエラレナイ……。
タエラレナイ……。

自分が投げつけた悪意を、投げつけられることに。










そして、新一は結論を出した。

このままではいけない。
快斗から離れなくては……。
快斗は怒るかもしれない。
仕事でまで、離れる必要はないかもしれない。
でも、自分が耐えられない。
手を伸ばせば、届く距離にいて触れることすらできないのは。







快斗、快斗、かい…と……。
ずっと、一緒にいたかった……。




いま、初めて気付いた。




自分が快斗に対して抱く感情は愛なのだと……。










(笑っちまうよな…。本気で好きだって気付いたと同時に別離を決意してるんだからさ……)
ハハ……と乾いた笑いをしようとして、瞳から熱い雫が流れ出た。
たった一筋、頬を伝ったそれは、新一が初めて流した涙だった。



















蘭が帰ってきたとき、玄関に新一の靴が脱ぎ捨てられているのに驚いた。
家に灯りが点いていなかったからだ。
荷物を置くと、書斎へと向かった。
「新一…?戻ってるの?」
ノックの音がして、書斎のドアが開く。
「つけるな!」
真っ暗な部屋の中から、新一の声がする。
蘭は電気のスイッチに伸ばしていた手を引っ込めた。
「……電気、つけないでくれ」
「どうしたの?」
暗がりの中、蘭は書斎の中へと入っていった。
「新一、すごくお酒臭いわよ」
「……………蘭」
蘭にしがみつくようにして、新一の手が蘭を抱き込んだ。
「新一?」
「ごめん……、しばらくこのままでいてくれ……」
蘭にはなぜだか新一が泣いているような気がした。
嗚咽が聞こえたわけではない。
涙を流すでもない。
啜り声がするわけでもない。
それでも、蘭は新一が泣いているのだと思うのだった。
(知らなかった……。新一がこんなふうに泣くなんて……)
蘭の知っている新一は、いつも強く自信に溢れていた。
悔しそうにしてたり、辛そうにしていることはあっても、泣くことはなかった。
(新一、何があったの?何がそんなに辛いの?)
だが、蘭は口に出してそれを聞くことはなかった。






新一君、ぐるぐるしてます。ちょっと…いや、かなり女々しい。

う〜ん、ちょっと直也っぽくなったかも(笑)。

新一度100%、新蘭度20%、快新度0%ってとこかな?


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