
「常務、記者会見の招待者リスト確認して下さい」
「業界紙はこれでいいだろう。あとは雑誌だな…。ここはテイストが違うから外して。広報の名簿と照らし合わせてくれ」「灰原さんのデザイン画のアップ、いつになりますか?」
「来週中に揃う。それ以後も、いいのがあれば秋冬のラインナップに入れていくからそのつもりで」「ニチメンのアポ、来週火曜日の2時に取れました」
「了解、IFCとの会食の方は?」
「先方の返事待ちです」17歳の少女、灰原哀をデザイナーに迎えたプロジェクトが本格的に動き出すと、新一の元にひっきりなしに案件が舞い込んでくる。
ただ、オフィスの中で書類を決済しているだけではない。
実際にこの目で確かめたりしなくてはならないこともある。
今日もこれから原宿のファッションビルへ、テナントの視察に行くところだ。
「常務、お車を正面に回しました」
「わかった、すぐ行く。今日はこのまま上がると思うから、君も定時で上がってくれ」
「わかりました」
不動産会社の人間と数カ所のテナントを回ったあと、新一は一人原宿の街を歩いていた。
『H2』に向かって。
平日だというのに街には高校生が溢れかえっていた。
オフィス街では当たり前のスーツ姿がこれほど浮く街も珍しいだろう。
新一の整い過ぎた容姿は、ただでも目立つというのに、この街では余計に目立っていた。
服部平次が店の外にいる新一の姿に気付いたのも無理はなかった。
幸か不幸か、身長差のせいだろう、蘭は新一がそこにいることに気付いていないらしかった。
「ちょお、出てくる」
「いってらっしゃい」
服部は蘭に新一の姿を見られないように、裏から回って新一に声をかけた。
「なんや、なに人の店覗き見してんねん」
「気付いてたのか」
「スーツはこん街じゃよぉ目立つからな」
「なるほど…な」
「ちょうどえぇ。工藤に話があんねん」
服部は顎をしゃくった。
顔を貸せ、と。
新一は、黙って小さく頷くと、服部の後に続いた。
服部は、女子高生で賑わう喫茶店へと新一を誘った。
深刻な話をするには不適当な気もするが、人に聞かれたくない話というのは、静かな店よりも、ちょっと喧しいぐらいの方が向いていたりする。
誰もが自分の話に夢中で、周囲を気にしていないからだ。
ちょうど奥の席が空いてたので、それでも落ち着いて話ができそうだった。
注文したブレンドが運ばれてくると、服部はいきなり爆弾を落とした。
「蘭ちゃんを抱いた」
新一の口元へと運ばれたカップがぴたりと止まった。
「なんだと?もう一度言ってみろ」
「あぁ、なんぼでも言うたる。蘭ちゃんを抱いた」
「蘭は俺の妻だ」
「けっ!何言うとるんや。一度も抱いたことないやろが」
「……………」
確かに、その通りなので、新一は何も言わずに服部を睨み付けた。
「そんなんで夫婦って言えるかい!蘭ちゃんがどれだけ悩んどったか知っとるんか?はよ、離婚して蘭ちゃん解放したり!」
話はそれだけだ、と言わんばかりにコーヒーを一揆に飲み干すと、服部は自分の分のコーヒー代を置いて立ち上がった。
「蘭と離婚する気はない」
立ち去ろうとする服部に向かい、新一はきっぱりと言い放った。
「なんやて!」
「もう一度言う。蘭と離婚する気はない」
「そうはさせへん!蘭ちゃんは俺が貰うた」
新一をぐっと睨み付けると、今度こそと踵を返して立ち去った。
後に残された新一は、ぐっと拳を握った。
(許さねぇ…あいつだけは…絶対に許さねぇ…。必ず…たたき潰してやる!)
ワナワナと震える拳を見つめ、新一は心の中で強く思った。
「いらっしゃい………あっ…」
マヌカンは新一を見て、深々と頭を下げた。
「どう?」
「はい、好調です。特にショーウインドウにあるあのドレスは、先週『芸能人のファッションチェック』で紹介されたんで、特に売れてますね」
「そう、仕掛けたかいがあったな。ところで、いまいるかい?」
誰とは言わなくても、マヌカンはちゃんと承知している。
「はい、2Fのアトリエにいらっしゃるはずです。お呼びしましょうか?」
「いや、ちょっと邪魔させてもらうよ」
マヌカンはすっと身を引き、奥の事務所に繋がるドアを開けた。「よ!」
アトリエでデザイン画を元にパターンをおこしていた快斗に、新一は短く声をかけた。
プレタポルテとしてラインにのったものは、『KUDO』のパタンナーによって型紙におこされるのだが、それ以前のサンプルやショーのためのものは、快斗が自らパターンをおこす。
場合によっては哀のように快斗の下でデザインを勉強するものによっておこされることもある。
以前は紙に線を引いておこしていたそれもいまではパソコンでできるようになった。
「ちょっと待ってて」
少しだけ顔を向け、そう応じると再びパソコンの画面に向かう。
ほどなく、快斗のしなやかな指がenterキーを押すと、快斗は大きく伸びをした。
「お待たせ」
「どうだ?」
「順調。それよりどうした?こんな時間に来るなんて珍しいじゃないか」
ここへ来るのはほとんど店が終わってからのことだ。
ビジネスの話なら、たいてい快斗が『KUDO』に出向く。
プライベート、つまりは抱き合う目的のために来るのだから、誰もいない時間にしか来ないのだ。
「ちょっとな。快斗の顔が見たくなった」
快斗はビックリして新一の顔を見つめた。
自覚がないのだろうか。
自嘲、とか卑屈、という言葉が合そうな笑みを浮かべている。
(蘭ちゃんのことで何かあったんだな…)
快斗にはすぐにわかった。
新一がこんな顔をするのは、蘭が絡んでいる時だけだからだ。
歪んだ愛情しか示せないことに気付いていない新一は、まっすぐな思いを向けようとして苦しんでいる。
それすらも自覚していないから、手に負えないのだ。
だが、快斗の口からそれを言うのでは意味がない。
新一が自分で気付かなくてはいけないのだ。
だからせめて、新一が気付くまで、新一の癒しになればと思う。
もちろん、新一がそれに気付いたら、新一の全てを手に入れるつもりでいるのだが。
「おいでよ」
快斗はアトリエの奥にある、一目につきにくい応接へと新一を連れていった。
ソファに並んで座ると、快斗は何もいわずに新一に口づけた。
舌を入れるようなセクシャルなキスではなく、啄むような触れるだけのキスを何度もくり返した。
やがて、目線が絡み合うと、新一は快斗の肩へ顔を埋めた。
「ごめん…、しばらくこうさせてくれ…」
快斗は何もいわずに、優しく新一の髪を梳いた。
ちょっと短かめ。やや快新度アップ…かな?BACK RED-INDEX NEXT