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この話はパラレルな設定となっています。
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新一は社長室のソファで、目を伏せたまま黙って父・優作の話を聞いていた。
「どういうことなんだね?仮にもこの『KUDO』の次期社長夫人になろうという女性が、他社の、しかもあんな小さな店で働いてるなんて。外部に知れたら、いや社内にだって示しがつかんだろ!一体、蘭君は何を考えてるんだ!」
優作は愛用のパイプをくわえた。
「お前が嫁を貰うなら蘭君がいいというから、承知したんだ。女房一人馭せないようでどうする?」
それでも新一は口を開かなかった。
「蘭君なら小さい頃から知っているし、お前が望むならと思って工藤の家に迎えたが、あまり自覚がないようだな。もし工藤の名を汚すようなことにでもなったら…」
「父さん」
新一は優作の言葉を遮った。
「心配いりませんよ。蘭のことは考えがあってさせているんです。そろそろ打ち合わせがあるんで失礼します」
そう言うと新一は立ち上がり、社長室を出ていった。




部屋に戻るなり、新一はイライラと煙草に火を着けた。
(なにが『工藤の家』だ…。そんなものどこにもないじゃないか!)
新一にとって、工藤の家は空っぽの箱だった。
広い敷地に構える重厚な家。
ピカピカに磨かれた調度品で飾られた邸内。
隅々まで手入れされた庭。
だが、それらを行うのは全て家政婦の仕事であった。
工藤の家で家族が楽しく過ごした思い出など一つもなかった。
小さい頃は、一人でただ時が過ぎるのを待つように、本を読んで過ごした。
親しい友人などいなかったから、誰かが遊びにくることもなかった。
広い邸内、
空っぽの箱の中で、新一はただひたすら時を過ごした。

ふと、新一は蘭と暮らす新居を思い浮かべた。
空っぽの家が嫌で結婚を期に世田谷にある工藤の家を出て、麻布に新居を構えた。
狭くはないが、広くもない。
と言っても、一般家庭から見れば充分豪邸と言えるのだが。
蘭と二人で暮らすあの家は、家と呼べるのだろうか。
新一は、今までのことを思い返した。
一年の婚約期間を経て、結婚をするにはした。
だが、今日にいたるまで一度として蘭を抱いたことはない。
それが夫婦として不自然であることはわかっている。
蘭が本当の意味で夫婦になれることを望んでいることも。
しかし、蘭を大切にしようと思えば思う程、性的な欲求は薄れていく。
それが何故なのか、新一にはわからなかった。
(家もある。家族もいる。なのに……、何かが足りない………)
空っぽの箱の中で育った新一には、足りないピースが何なのか、全くわからなかった。













その日、蘭は服部のショップでの仕事を終えると、駅とは反対方向の道を歩いていた。
なにか目的があって歩いている訳ではない。
ただ、なんとなく思い立って歩いていた。
イルミネーションに飾られた並木道を抜け、青山通りに出る。
家に帰るつもりなら、ここを右に曲がって渋谷へと出なくてはならない。
(帰りたくないなぁ・・・)
ただ新一の帰りを待つだけの家。
蘭にはあの家は広過ぎたし、静か過ぎた。
しんと静まりかえった家では、例えテレビをつけても、寂寥感を拭い去ることはできない。
蘭は、点滅する信号に背中を押されるようにして左へと曲がった。
しばらくして、蘭は自分の選択が間違いだったことに気付いた。
きっちりと降ろされたシャッターを照らすスポットライト。
ライトの中に浮かび上がる『MOON』のロゴ。
そこは、新一と快斗が濃厚なキスを交わしているのを見てしまった快斗のアトリエがある本店ビルだった。
蘭は立ち尽くしたまま、スポットライトに浮かぶロゴを見つめていた。

快斗が通用口の扉に鍵をかけ表通りに出ると、店の前に佇む女性の姿が目に入った。
待ち合わせなどでないことは一目瞭然だ。
なぜなら、待ち合わせなら、通りの方を向いて、きょろきょろと待ち人が姿を現わすのを待つものだ。
だが、その女性は通りに背を向けて、店のシャッターを一心に見つめていた。
その女性をよく見ようとして、その顔に見覚えがあることに気がついた。
「蘭…ちゃ…ん?」
女性はゆっくりと自分を呼ぶ声の方に振り向いた。
「黒羽…く…ん…」
少し後ずさって、立ち去ろうとする蘭の肩を掴んで引き戻す。
「待って!俺に会いに来たんじゃないの?」
「違うわ!」
「それでもいいよ。少し話がしたい」
蘭は立ち去ろうとした格好のまま、身体を硬直させた。
やがて、全身から強ばりが消え、蘭は小さく頷いた。










奥まったボックス席で、蘭と快斗は向かい合って座った。
快斗はいつものバーボンを。、蘭はアルコール度数の低いカクテルを頼んだ。
話がしたいと言ったのに、快斗は黙って座っている。
蘭は永遠に続くように思われる沈黙を撃ち破るため、たどたどしく口を開いた。
「これからどうする…つもりなの…?」
「何が?」
快斗は穏やかな笑みを浮かべながら聞き返した。
「新一とのことよ!」
「クスッ、このままだよ。ずっとこのまま…」
「このままって…?」
快斗はグラスを持ち上げ、カランと氷を鳴らしてバーボンをひとくち口に含んだ。
「俺には新一が必要だし、新一も俺が必要だと言ってる。離れることは不可能なんだ」
「だからって…その…」
身体の関係が必要なのか、そう聞くのはさすがに躊躇われた。
「男同士でセックスするのは変?」
「変よ…やっぱり…」
「どうして?」
「だって…、普通じゃないわ」
「普通って、何?男と女なら愛しあってなくてもセックスするのは普通?男同士なら愛しあっててもセックスしないのが普通?」
淡々と語る快斗の顔を唖然としながら蘭は見つめた。
「黒羽君と新一は愛しあってるの?」
「そうだよ」
「じゃあ、私は?新一はどうして私と結婚したの?」
「俺は新一じゃない」
新一じゃないからわからない、そう言いたいのだろうと蘭は思った。
だが、快斗の口から溢れた言葉は反対の言葉だった。
「新一じゃないからわかることもある」
蘭は無言のまま、快斗に先を促した。
「新一は蘭ちゃんを大切に思ってるよ、この世の誰よりも。新一のその気持ちは神聖すぎるんだよ。新一は気付いてないみたいだけどね」
「どういう…意味?」
「小さいころの新一のことは俺より蘭ちゃんの方が良く知ってるはずだよ」
「ちゃんと…、ちゃんと説明して!お願い!」
「新一はさ………」
快斗はゆっくりと話しはじめた。
「新一はさ、いつも一人だったんだよ」
不在がちの両親の帰りを、広い家でいつも一人で待っていた少年。
朝、目覚めた時も一人。
学校から戻ってきても一人。
食事をするのも。
夜、ベッドに入る時も。
家政婦がいることもあったが、それは家族ではない。
時間になれば、自分の家へと帰って行く。
一日の疲れを癒す家族が待つ家へと帰る家政婦の背中を見送りながら、新一は両親の帰りを待っていた。
「飢えてるんだよ、新一は。温かい家庭にね。蘭ちゃんの家にはそれがあった」
蘭の頭に幼い頃の新一が浮かんできた。
決して料理上手とはいえない母の手料理を嬉しそうに口にしていた新一の姿が。
「新一にとって、蘭ちゃんは温かい家庭そのものなんだ」
だから、蘭を大切にする。
「それなら、どうして?どうして家に帰ってこないの?どうして…」
どうして私を抱いてくれないの?
言葉に出すのは憚られたが、蘭は心の中でそう叫んでいた。
快斗には、言葉にならない蘭の悲痛がわかっていた。
「さっき言ったよ。神聖すぎるってね…。『家庭の温もり』を象徴化するあまり、セックスなんていうドロドロとした行為でそれを穢したくないんだよ」
「そんなの夫婦じゃない…」
「でも、それが新一が一番欲しいもんなんだよ」
「新一の欲しいもの…は、『家庭』。私じゃなくて……『家庭』……」
蘭は愕然とした様子で、立ち上がるとふらふらと出ていった。
すでに快斗の存在は、蘭の頭の中にはなかった。







快斗はグラスにバーボンを注ぐと、クイッと呷った。
蘭が出ていったドアを眺めながら、呟いた。
「蘭ちゃん。新一が一番欲しているものを与えることができるのは、蘭ちゃんしかいないんだよ。どんなに新一を愛しても、俺は新一に『家庭』は作ってやれないんだ…」
残りのバーボンを一気に飲み干すと、快斗も席を立って出ていった。






快新度は低いけど、快斗君にはけっこう美味しい見せ場!

次も快新度は低めです。ごめんなさい…。


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