そして、4月7日―――。
この日は東都大学の入学式にあたる。

この春より、めでたくというか、当然というか、2年生になった工藤新一と黒羽快斗には、本来なんの関係もない日だった。
が、心理学科には、とんでもない新入生歓迎の慣習がある。
新入生を十数人ずつのグループに分けて行われるその歓迎会には『偽一(ぎいち)』というニセの新入生がいて、あれこれ問題を起こすのだ。
元来お祭り好きな性格の快斗は、この『偽一』に立候補していたのだが、仕切り屋・中村によって、その願いはあっさりと却下されていた。
大体、新一ほどではないにせよ、快斗はその存在はすでにキャンパスの外にまで知られている。
そんな快斗が『偽一』をできるわけがない、というのが心理学科全体の見解である。
が、ことはそれだけでは終わらなかった。
カリスマ的な存在を良く知る心理学科の全員の策謀により、二人はめでたく班長をつとめることとなった。
そのために、今日は午後から大学に行かなくてはならなかった。










プロポーズは蜜月の始まり

-1-












「一緒に……暮らさないか……?」

そう新一が言い出したのは、二人の記念日、エイプリルフールのことだった。
でも、それはその日のための冗談などではない。
一緒にいたい。
それは、新一の、そして快斗の真剣な想いであった。

とりあえずは、本当の家主である優作の許可を取り、ついで快斗の母の承諾を得た。
どちらの親も二人を信用しているのか、それとも放任なのか、あっさりと認めてくれたのはよかったが、二人して新入生歓迎会の班長なんてものになってしまった上に、事件の呼び出しやらマジックショーやらで忙しく、引っ越しをする時間など全くと言っていいほどなかった。
ようやく纏まった時間が取れたのが、今日だったのだ。

「新一〜!来たよ〜!」
「おう!早かったな」
時計の針は午前10時を過ぎたところ。
昼過ぎには出掛けなくてはならないから、そんなに早くもないのだが。
ついさっき起きたばかりの新一にとっては、早いと感じてしまうのだった。
快斗を迎えいれようと、新一は玄関の扉を大きく開けた。
ドアの前にはちょっと照れくさそうに笑う快斗。
その背後にある荷物を見て、新一は僅かに眉を顰めた。
「………そんだけか?」
快斗の脇に置かれた段ボールは両手で足りるほどの数しかない。
「まーね。そんなに遠い場所じゃないし、取りあえず必要なもんだけ。足りなければ、すぐに取りに行くしね」
「そっか……。なら、とっとと運んじまおーぜ?」
新一は一番手近にあった段ボールに手を掛けると、それを2階へと運んでいった。

「ここ、使ってくれ。足りないモンがあれば、言えよ?どっかに眠ってるのがあるかもしんねーし」
快斗の部屋は新一の部屋の隣に用意されていた。
泊まりに来た時に使わせてもらってた部屋だ。
いまはきちんと掃除されていて、前はなかった家具が入れられている。
作り付けのクローゼット。
小さめの書棚とライティングデスク。
明るい陽射しが差し込む出窓には、ベージュのカーテンがかかっている。
充分すぎるほどのものが、快斗の趣味に合わせて用意されていた。
「サンキュ、新一。けど、一人で大変じゃなかった?」
「からっぽのモン運ぶだけだから、それほどでもねーよ」
だが、この部屋には一つだけ足りないものがあった。
「ところで新一君……。俺、どこで寝るの?」
全てが整っている部屋にベッドだけがない。
和室ではないから、布団を引いて寝るというのでもないだろう。
「ワリィワリィ、お前ベッドは持って来ると思ってたから、片づけちまったんだ」
「あちゃ〜、
「取りあえず、今夜のところは客間のベッドでもなんでも使ってくれ」
「んじゃ、新一のとなりで寝る〜♪」
ゲシッ!
快斗の臑に新一の蹴りが入る。
「いって〜!」
「ば、バーロッ!ふざけてねぇで、早いトコ荷物片付けろよな!遅れると中村がうるせーし……」
「は〜い……」
部屋を出ていく新一の背中に、不本意そうな声を掛けて快斗は黙々と荷物を片付けた。

ドアの向こう側で新一が顔を真っ赤にしてるとも知らずに……。





















「これでよし、っと……」
パンパンと手で身体をはたいて、グルッと部屋を見回す。
ライティングデスクには、教科書とノートパソコン。
用意してくれた書棚には、本よりもCDやMDの方がたくさん並んでいる。
まん中の段にはミニコンポ。
何を持って来るか考えた時に、これだけは必要だと思った。
新一は静かに本を読んでるのが好きだし、音楽に興味がない。
だから、部屋にもプレーヤー一つなかった。
書斎には優作のものすごいAVシステムがあるけど、スピーカー一つで何十万もするようなものを気軽には借りれない。
ましてや、あの優作のものとなれば……。
マジックの練習に使うのだから、これで充分足りる。
それ以外の荷物はほとんどが衣類だったから、部屋の中はまだなんとなく殺風景だ。
それでも今日からここが快斗の部屋だということに、ついつい頬が緩む。
(あとはコレ……だよな……)
ライティングデスクに置いた小さな包みを手に取った。
その時、トントンとノックの音がして、新一の声がする。
「快斗、終わったか〜?」
快斗はすばやくその包みを引き出しにしまうと、ドアを開けて新一を招き入れる。
「バッチシ。段ボール、どうすれがいい?」
「あ〜、あとで地下室にでも放り込んどく。それよか、そろそろメシにしねぇ?もう、出来るんだけど……」
「何?新一が作ってくれたの?言ってくれればやるのに……」
「いいって。簡単なもんしか、作ってねーし」
そう言われて行ったダイニングには、きっちりとセッティングがされている。
グリーンのランチョンマットにほうれん草とベーコンのパスタ。
トマトとモッツァレラチーズのサラダも添えられて。
綺麗なバカラのフルートグラスまでが置いてある。
「新一……」
「今夜はコンパだろ?だからさ……、簡単だけど引っ越し祝いしよーぜ?」
キッチンから持ってきたモエ・シャンドンのミニボトルを掲げて新一がニッコリ笑う。
快斗はギュッと新一を抱き寄せた。
「新一、愛してる……」
快斗は想いを込めてそう囁いた。
それはわかってるのだけど、新一はらしくないことをしてるという自覚もあり、照れくさくなって呟いた。
「………パスタがのびる」
ムードも何もあったもんじゃないが、逆にそれが新一らしくて快斗はつい笑ってしまった。
「……乾杯、しよーぜ?」
まだ、腕の中で真っ赤になってる新一に頷いて、快斗は抱き締めていた手をそっと離した。






ポンッ、という音をさせてシャンパンが抜かれ、金色の液体がグラスを満たす。
グラスを合わせると鈴のような音が鳴る。
少し冷め始めたパスタとサラダを食べながらの楽しい食卓。
食後の紅茶を快斗がいれて。
後片付けは二人で。
仕度を済ませて、一緒にキャンパスへと向かう。
「帰りは別だろ?鍵、持ったか?」
「バッチリ♪」
クリスマスに貰ってから肌身離さず持っていた鍵を、新一に見せる。
こんなことが、これからは日常となる。
そんなことが嬉しい。

工藤邸の庭にも桜の花が満開に咲き誇り、二人の新しい門出を祝福しているかのように、並んで大学へと向かう二人を見送っていた。





















新入生歓迎会が終わった後、2年生以上で班ごとの打ち合わせ…と称した飲み会がある。
ここで1年生の反応を肴に酒を飲むのが、恒例になっているのだ。
と言っても、4年生はすでに就職活動も始まっており、参加は極僅か。
出席者のほとんどが2、3年生だ。
全体でのミーティングが済んだあと、それぞれの班に分かれて行動を開始した。






「よ〜し、今日は歌うぞ〜!」
快斗達の班はカラオケボックスへと繰り出した。
もちろん、それを指定したのは快斗。
どうせ別行動するならば、新一と一緒では楽しめないものがいい。
それに、快斗は本来こういうバカ騒ぎもカラオケも大好きなのだ。
大学に入学してから1年間。
驚くことに、カラオケボックスには2回しか来たことがない。
ちなみに1度目は、まだ入学したてのころに服部の汚点をばらした新一に恥をかかせようと服部が連れてきた。
2度目は、その服部の汚点という証拠写真を見るために、快斗が言い出した。
結局、それ以後一度もカラオケには行かなかった。
それだけ新一と一緒にいたのだ。
新一がいない時でも、だからといって他の誰かと行こうという気にはなれなかった。


「とりあえずビール10本と上寿司20人前!」
新一の班は食事メインでリーズナブルな学生向けの寿司屋へと集まった。
もちろん、その理由も快斗に同じである。
快斗が魚嫌いだと言うことが発覚してからというもの、学食で焼き魚定食を頼むことすらしたことがなかった。
とりあえず、魚でなければOKということで、海老・蟹・貝以外はまったく口にしていないのだ。
別に快斗がいない時なら、問題はないのだが、それでもなんとなく……本当になんとなくだが、食べたいという気がしなかったのだ。
(どっちかってーと、快斗が一緒の時の方が食いたい気になるんだよなぁ……)
そんなことをつらつらと思いながら、新一は帆立のにぎりを口にした。






「「はぁ〜、なんだかなぁ〜」」
二人は、それぞれの場所でそう呟いた。
楽しくないのだ。
どんなにバカ騒ぎしようと。
どんなに酒を飲んでも。
新一が嫌いなカラオケを何曲歌おうと。
快斗が嫌いな魚をどれだけ食べようと。

何かが足りない―――。






夜9時半を少し回ったころだった。
「「そろそろお開きにするか……」」
二人はそれぞれの場所で、また同じように呟いた。
どちらの場所でも、「え〜?もう?」とブーイングが起こる。
彼らにしてみれば、黒羽快斗と……、工藤新一と……、一緒に飲む機会なんて珍しいのだ。
できることなら、少しだけでも一緒の時間が長いといいと彼らは思う。
けれど、快斗も新一も、一度気付いてしまった気持ちを無視できなかった。

帰りたい……、新一のいる家に……。
帰りたい……、快斗のいる場所に……。
二人の家に……。

「「ゴメン、やっぱ帰るわ。ちょっと用事があるし……。ここまでの分は精算しておくからさ。追加は個人負担ってことでよろしくな」」
それぞれ支払を済ませて外へ出ると、家路へと急いだ。








ものすご〜く久々の『Campus〜』更新!
この話がないと『Sweet Home』で???になるので。
でも肝心なところは、出し惜しみしてます(笑)。
もうちょっと待ってね!




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