そして…季節はめぐる


年度が改まった4月1日。
快斗と新一は桜の花が咲き乱れる東都大のキャンパスにいた。
もちろん、春休み中のことであるから、授業はない。
新入生歓迎会の打ち合わせがあるのだ。
「工藤と黒羽は班長やれよ」
「「ゲッ!」」
毎度のことながら、仕切り屋・中村が話し合いの場を仕切っている。
「どっちかってゆーと、俺『偽一』がやりたい」
と言い出したのは快斗だった。
ちなみに『偽一』とは、ニセ一年生のことで上級生が怪しげな一年生に扮するのだ。
昨年、つまり快斗と新一が入学した時の『偽一』は黒服に身を包んだ子分を従えたヤクザの息子だったり、関取のような体型のオカマのホステス(?)で上級生に名刺配って営業したり、学生結婚したけど奥さんに逃げられた2浪の新入生だったり、といかにも怪しいものばかりだった。
真実を見抜く名探偵と日頃、扮装ばかりしてる怪盗には通用しなかったが……。
「黒羽が『偽一』なんてムリムリ!お前目当ての新入生がどれだけいると思ってんだよ!」
「ちぇ〜」
俺の変装技術をもってすれば完璧なのに〜、とエグエグと抱きついてくる快斗を新一は突き放した。
「バ〜カ。お前が完璧な変装したらかえって怪しいだろうが…」
「でもやりたい〜」
「どんなのがやりてぇんだよ」
「んとね、新一のストーカーで、カメラ持って追いまわすってのどう?」
いっぱい一緒にいられるしぃ〜、とほざく快斗の頭をグーで殴った。
「却下だ!却下!」
「いってぇ〜!本気で殴んなくたっていいじゃん!」
「工藤、黒羽」
名前を呼ばれて二人が声の主の方を見ると、中村がポンとふたりの肩を叩いた。
「満場一致だ。頑張ってくれ」
どうやら二人がふざけあってる間に、満場一致で二人は班長に決定してしまったようだ。
「え〜〜〜〜〜っ!」
「めんどくせぇ〜〜〜〜」
いかに二人が異議を申し立てたとしても、この二人のカリスマ性を知る他の学生たちが認めるはずがなかった。
















新一と快斗は学食で新入生歓迎会の資料を見ながら、あれこれとプランを練っていた。
班長となったからには、どのグループよりも面白いことをやってやる。
快斗と―――。
新一と―――。
―――競い合うのも悪くない。
どうせなら他のグループを巻き込んでもいい。
午後からの班長ミーティングに向けて、二人はここでブレストすることにしたのだった。
「なんや、お前らも来とったんか」
「服部。法科も新歓の準備か?」
「そや。白馬もおんで」
服部の後からどよ〜んとした白馬が顔を出した。
「なんだ?また落ち込んでんのか?」
「朝からず〜っとこないな感じやねん。もぉ鬱陶しくてかなわんわ」
「君達には僕の気持ちなんかわかりませんよ」
白馬はいじいじと煮え切らない。
「キッドにしてやられた、ってわけじゃねぇよな……」
そのはずがない。
もうキッドは現われないのだから。
白馬にそれを言うわけにはいかないけれど。
「なんでも好いた女からバレンタインのお返しがもらえなかったんやて」
「はぁ〜?」
「白馬、日本ではバレンタインは女が男にチョコ贈るって知ってるか?」
「えぇ〜っ?」
確かに彼がいた英国では、男も女も関係なく愛を込めた品物を贈るのが慣わしだ。
「あぁ、僕としたことが…。常識知らずな男と思われてしまいます…」
白馬はいっそうどんよりと落ち込んでいく。
ふと、新一の脳裏に掠めるものがあった。
「白馬のチョコってひょっとして……これか?」
言いながら、バッグに突っ込んだまま忘れていた快斗の部屋にあった包みを差し出した。
「くくく、工藤君!どど、どうして君がこれを?」
「快斗の部屋にあったの持って来ちまったんだけど、白馬の好きな人って快斗か?」
そうだと言われたらどうしてくれよう…。
快斗に手を出そうなんて二度と思わないようにするには……と真剣に考えながら聞いた。
「違いますっ!!!」
大きな声で即答された。
「じゃあ、なんで快斗の部屋にこの包みがあったんだ?」
「こっちが聞きたいです!どうして僕が中森さんに贈ったチョコが君のところにあるんですか!」
一瞬の沈黙の後、快斗の大爆笑が続いた。
「ブワァーハッハッハ!なんだアホ子にやるつもりだったのか」
「黒羽君!答えになってませんよ」
「そのチョコは俺んちのポストに入ってたんだよ。お前、手渡しじゃなくポストに入れたんだろ?」
「……」
沈黙が快斗の話を肯定している。
「大事なモンをポストに入れるときは表札ぐらい確認しろよな。俺んちはアホ子んちの隣なんだよ」
「そ、そんなぁ〜」
白馬はヘナヘナとその場にへたり込んだ。
「それに、カードにはちゃんと宛名を書けよな。俺宛てかと思って全身鳥肌モンだったぜ」
快斗は白馬らしいと言えばらしすぎる歯の浮くようなクサい文章を思い出して身震いした。
「返事が来ぃへんハズや。黒羽んとこにいっとったんやからな」
「いや、その前にバレンタインに贈るってのがそもそも間違ってねぇか?」
3人とも容赦なく白馬の傷に砂を塗りこんでいく。
「白馬」
快斗が目一杯落ち込んでいる白馬に声をかけた。
「アホ子はいまんとこフリーみたいだしさ、頑張れよ」
「黒羽君っ!」
白馬は快斗に抱き縋ろうとした。
特別、深い意味はない。
単に英国風の親愛の情を示そうとしただけだ。
だが、白馬はその場で転倒した。
新一が白馬の足を引っ掛けたのだ。
「あ、わりぃ」
ぞんざいな侘びを入れると、新一は快斗を促した。
「快斗、そろそろいかねぇとまた面倒を押し付けられるゼ」
「だね」
「服部、またな。白馬、元気出せよ」
蛙のように地面とお友達になっている白馬を服部に任せて、二人は文学部棟へと戻っていった。













「しんいち♪」
「な、なんだよ……」
新一の隣で快斗がニマニマと笑っている。
「嫉妬してたんだ?」
快斗が何を言わんとしてるのかはわかっている。
快斗の部屋から白馬のチョコを持ってきてしまったこと。
それに、いまさっき白馬を転倒させたこと。
でも、新一にはそれを素直に認められない。
顔を真っ赤にして俯く新一を、快斗はそっと見つめた。
「新一、今日が何の日か知ってる?」
「何ってエイプリルフールだろ?」
それがどうしたとばかりに新一は首を傾げた。
「それはそうなんだけど……ね。でも、それだけじゃないでしょ?エイプリルフールで何か思い出さない?」
「何かって……あっ!」
エイプリルフール。
それは快斗と新一が初めて出会った日。
怪盗キッドと江戸川コナンというお互い偽りの姿で。
音もなくホテルの屋上に舞い降りた白い怪盗とあどけない子供の顔に似つかわしくない真実を求める蒼い瞳で迫る小さな名探偵。
二人は今、まだ完全にとはいかないけれど闇の呪縛から解き放たれて、お互いを唯一絶対の存在とした。
「あれからもう3年になるのか……」
「長い様で短いよね」
「あぁ……」
あの出会いがなかったら、いまここでこうして二人肩を並べてることはなかったかもしれない。
探偵と怪盗という立場を崩すことなど、なかっただろう。
それほどまでに、強烈な出会いだったのだ。
新一は、いまのこの幸せを改めて噛み締めていた。
あの、見渡す限りの白い世界の中で感じていた喪失の恐怖。
決して手放さないと固く心に決めて、なりふり構わずに快斗を追い求めた。
それで自分がどうなっても構わないとまで思う程に。
雪の中、この手に取りかえした快斗の温もりを手放すことは決してできないだろう。
―――新一は大きく息を吸い込んだ。
「快斗、あのさ……」
そこまで言って、新一は口籠る。
「なに?」
「……う………ん、あの……」
新一らしくない歯切れの悪さに快斗は黙って新一の言葉を待った。
こういう時の新一を急かすと逆ギレされるのを、快斗は身を持って知っていた。
長い沈黙の後、新一は呟くように言った。
「一緒に……暮らさないか……?」
快斗は目をパチクリとさせ、新一に気付かれないように手の甲を抓ってみたりした。
まさか新一からこんなことを言い出してくれるとは思ってもみなかったのだ。
胸が熱くなる。
幸せすぎて―――。
いまでも週に半分くらいは、工藤邸に泊まり込んだりもしていた。
鍵だって貰っている。
だけど、一緒に暮らす、というのはそれとは違う特別なものだ。
「し…んい…ち……」
新一を呼ぶ快斗の声は僅かに掠れていた。
「あ、あんなことあったから……、その……、俺と一緒の方がいろいろと安全かもって……。でも、快斗にゃおばさんがいるしさ……。やっぱ、おばさん一人にするわけにはいかねぇよな。それに、俺の家にはちげぇねぇけど、父さん達に聞いてみねぇと………」
慌てた新一は支離滅裂なことを言い出す。
快斗はプッと笑って、優しく新一を抱き寄せた。
「ダメだよ、新一。もう、俺その気になっちゃったもん。取り消し不可!」
「かいと……」
「う〜ん残念!学校の中じゃなかったら、このまま押し倒しちゃうのに〜」
「バカ……」
「でも、キスはさせてね」
ゆっくりと近付いてくる快斗の瞳が潤んでいるのを見て、新一はそっと目を閉じた。










暖かい感触が新一の唇に重ねられる。










生きている……。
俺達は………生きている………。
これからもずっと………一緒に、生きていこう……。





















東都大学の入学式が行われる日、工藤邸の前に一台のトラックが停まり、いくつもの段ボール箱が運びこまれていった。





THE END


偽一は私の大学で行われていた習慣です。
けっこうマジに信じちゃうんですよね。
それから、白馬君のチョコの謎。
不満のある方もいらっしゃるかもしれませんが、ここでの白馬君は自信過剰ですが、
お間抜けなノーマルという設定ですので、
お許しください。
横恋慕な白馬君はいずれまた別のお話で。
とにかく、これで完結です。
長い間、お付き合いありがとうございました。


BACK ATLIER NEXT