新一の眼前には白い世界がただどこまでも続いていた。
「かいと……?かいと…っ!快斗ーーーっ!!!」
どんなに大きな声で快斗を呼んでも返る声はない。
キッドの白い服はこの白一色の世界では保護色となり、肉眼で見つけだすのは不可能だった。
「嘘だろ?快斗…っ!」
だが新一は慌てずにリュックの中から、追跡用メガネを取り出してかけた。
レンズの端に小さな点が表示されると、新一は小さく胸を撫で下ろした。
(チッ、結構流されたな……。でも、よかった…アレやっといて……)
快斗の気持ちを受け入れたあの日、誕生日プレゼントとして贈った腕時計に新一は発信機を仕込んで置いたのだ。
四六時中電波を発信するものは、快斗に気付かれるだろうし、バッテリーを食う。
それに、かえって快斗を窮地に陥らせることにも成り兼ねないので、新一が受信機を立ち上げると作動するように博士に頼んで作ってもらった特別製だ。
新一はメガネを一旦外すと、地形と方角を確認した。
幸いクレバスに落ちてはいないようだった。
(早く探さないと……)
いる場所がわかったとしても、快斗が生きてそこにいる保障はない。
雪に埋もれていれば、押し潰されている可能性だってあるのだ。
新一はスノーボードでレンズに表示された場所へと急いだ。






白き怪盗は白銀に消える

-3-






表示が教える場所へと到着したが、快斗の姿を見出すことはできなかった。
(くそっ!雪の下かよっ!)
新一は追跡メガネの範囲を目一杯絞った。
レンズに表示されたポイントが動く。
センターにポイントが来るように、少しずつ身体を動かす。
クロスしたゲージのちょうどセンターにポイントが来たとき、新一は動きを止めた。
(この下か!)
新一はその場にしゃがみこむと、雪を掻き分けた。
(快斗!頼む!生きてろよ……!)

いくら雪を掻き分けても快斗の身体は出てこない。
分厚い革の手袋をしているというのに、新一の手はかじかんで感覚は失われていた。
ただ快斗を死なせまいとする気持ちだけが、新一を支えていた。






どれくらい掘ったのだろうか。
新一はそこに雪ではない何かを見つけた。
「快斗っ!」
新一はいままで以上に一心不乱に手を動かした。
最初に出てきたのは、快斗の背中だった。
新一は頭があるであろう場所の雪を掻き分ける。
(快斗っ!死ぬなよっ!死んだら承知しねぇからなっ!)
ようやく頭が出てくると、新一は手袋を口でくわえて外し、快斗の顔を叩いた。
「快斗っ!おいっ、しっかりしろっ!快斗っ!快斗っ!」
何度も顔を叩き、身体を揺さぶり、名前を呼んだ。
だが、快斗からは何の反応も返らない。
首筋に手を当てて、脈をみようとしたが、新一の手の方が感覚を失っていてわからない。
(とにかく快斗をここから掘りださねぇと)
新一は上着を脱ぐと快斗の顔の下に引いた。
生きているのなら、これで呼吸はできるはずだ。
そうして新一は快斗の身体を押し潰す雪をどんどんと退けていった。
手袋を外したことも忘れて。
左腕が露荷なった時、新一はハッとして手を止めた。
白い雪の中に、違う色を見つけたのだ。
白銀の世界を僅かに汚す赤いシミを。
「くそっ!」
新一はその赤いシミの源を掘りおこすと、持っていたハンカチで固く縛った。
快斗の全てが雪の中からあらわになると、新一は快斗を抱きおこし服の前を開け、心臓に耳を当てた。
トクントクンとそれは弱いが確かに脈打っていた。
新一は大きく安堵の溜息を吐いた。
「快斗っ!しっかりしろっ!快斗っ!快斗っ!」
頬を叩き身体を揺さぶり何度も名前を呼んだ。
「このまま死んだらオマエの墓の前で服部とキスしてやるからな!」
なぜそんなことを叫んだのか。
新一にもわからない。
強いて言うなら、快斗が一番嫌がりそうで、自分が一番嫌だと思っていたからだろう。
「俺にそんな気色わりぃマネさせたくなかったら、しっかり俺を捕まえてろっ!」
快斗が気を失っているからこそ言える新一からの愛の言葉だった。
色気に欠けるのはいつものことだ。
それでも快斗の意識を引きずり出すには充分だったようだ。
「んっ……」
「快斗っ!」
ピクリと快斗の閉ざされた瞼が動き、ゆっくりとそれが開かれる。
新一はもう一度快斗の名を呼んだ。
「し…んい…ち……?」
新一は名前を呼ばれると泣き出しそうになるのを堪えて、快斗の頭を抱き締めた。
「かいとっ……。よかった……」
「っつ……」
快斗が左腕の痛みに眉を顰めた。
「左腕……どうなってる……?」
「多分、大丈夫。ちょっと擦っただけだ……」
「そっか……」
新一の冷たい手の感触が快斗の頬をなぞる。
「モノクルなくなっちまったな……」
「……新一、ありがと……」
快斗が礼を言った途端、今度は新一の方が崩れ落ちた。
「しんいちっ?」
快斗の無事を確認して気が緩んだのだろう。
疲労が一気に新一を襲った。
慌てて抱き起こし、新一の顔に触れた時、その熱さに快斗は驚いた。
「新一、熱っ!熱、出てるよ!」
その時になってようやく気がついた。
新一が寒さの中、スキーシャツとトレーナーという薄着でいることに。
見れば、自分の頭があったはずのところに新一の上着は置かれている。
その手の冷たさゆえに、気付かなかったことで快斗は自分を責めていた。
そこでまた一つ気付いた。
(なんでこんなに手が冷たくなったんだ……?まさか新一、素手でこの雪を……?)
熱を出すのも無理はない。
快斗はあの展望台に昨日のうちにいた。
だけど、新一はおそらくまだ夜明け前に登り始めたのだろう。
登り続けてようやく到着したころにあの雪崩だ。
自分を探して、また歩き続け、自分を掘り起こして。
しかも、上着を脱いで。
手袋を外して、素手で。
いったいどれだけの時間がかかったのだろう。
「馬鹿…。なんでこんな無茶なこと!凍傷になったらどうすんだよ」
「快斗が…側に…いてくれる…なら……、手なんかなくても……」
答える新一の息は絶え絶えになってきていた。
「新一……。待ってて、すぐに麓へ降りよ?俺が連れてくから……」
快斗は新一の身体を抱きかかえる。
新一のスノーボードを見つけると、それをつけて麓へと滑っていった。











麓の町に快斗はアパートメントを借りていた。
そこに新一を運ぶと、薬を飲ませて寝かせた。
実際、熱を計ってみると40度を超えている。
快斗は、自分の腕の手当ても済ませ、つきっきりで新一の看病をした。
三日三晩、魘された新一だったが、快斗の献身的な看病のせいか四日目の朝になると熱はひいた。
そして5日目、二人はその町を後にしたのだった。


























「ここまで来て、このまま日本に帰るわけにはいかねぇよなぁ〜」
すっかり元気を取り戻した新一は、意地悪い笑顔を快斗に向けた。
日本語で書かれたガイドブックを手にして。
「新一……、もしかしてそっちがメインだったりしてない?」
快斗はいじけたように拗ねて見せた。
快斗にも新一が何を言わんとしているのかがわかったからだ。
スイス・ベルナー地方と聞いて、あの場所を思い浮かべないシャーロキアンはいないだろう。
かのシャーロック・ホームズが落ちたライヘンバッハの滝は、ここから程遠くない場所にある。
新一もロンドンへは何度も行ったけれど、スイスは初めてだった。
わざわざスイスまで来て(それも鉄道で僅かのところまで)、このまま素通りというのはシャーロキアンとしては我慢がならないことなのだ。
「誰のおかげで、こうして日本に帰れるんだっけ?」
「わかったよ!わかりました!もぉ、新一には敵わないよ」
新一はにっこりと笑った。
こうして笑いあえることができて、本当によかったと心から思う。
一時は本当にダメかと思ったのだ。
快斗も。
自分も。
だけど、いまこうしてここにいることができる。

マイリンゲンの町につくと英国旅籠のモデルとなったパークホテル・デュ・ソバージュに部屋をとった。
新一はゆっくりとシャワーを浴び、暖房の効いた部屋で本を読んでいた。
ホテルの目の前にある『ホームズ博物館』に行き、そこで買ったものだ。
新一と入れ替わりにシャワーを浴びていた快斗が戻ると、新一の隣に腰掛けた。
「で?あいつは組織のヤツだったのか?」
「いや、違うみたい。俺の首を土産に組織と取引するつもりだって言ってたから」
「そっか……」
では、まだ快斗の闘いは終わらないのだ。
そう思うと新一は胸が痛くなった。
早く快斗が心の底から笑うことができればいいと願っているから。
「でもね、新一」
「ん?」
「キッドはしばらく休業するよ。こんなことがあるとさすがにヤバイかもしれないし……」
新一を、大好きな人たちを巻き込みたくないから。
快斗は、未だ見つからないパンドラを思いながら、そういった。
「あっ、いけね、忘れてた!」
いきなり大きい声をあげて立ち上がった新一に快斗は驚いた。
新一はがさごそと荷物をひっくり返している。
そして、下のほうからハンカチに包まれたものを取り出した。
「快斗にプレゼント」
差し出されたそれを快斗は怪訝な顔をしてそれを受け取った。
大きさの割には硬くて重い。
そっとハンカチを開くと、そこにはピンクダイヤモンドがあった。
「新一、これ……?」
「いいから、いつもみたいにしてみろよ」
快斗はバルコニーへ出ると月にそれを翳した。
ピンクダイヤモンドの中で月の光がゆらゆらと揺らめき、それはやがて1つの紅い塊となった。
「ウソ……」
快斗の瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。
「新一、これ……」
快斗は月にダイヤを翳したまま動けないままでいる。
新一は、そっと快斗の背中に寄り添った。
「園子の親父さんがな……」
新一は鈴木会長との一件を話して聞かせた。
この宝石の経歴を調べて欲しいと言われたこと。
何気なく手に取って、なんとなく思いつきで月に翳してみたこと。
そうしたら、紅い塊が見えたこと。
鈴木会長に、本当のことは全て言わないまでも、ちょっと大袈裟にパンドラのことを教えて、新一に処分を任せるように仕向けたこと。
「その代わりにさ、今度の鈴木財閥のパーティーで必ず快斗にマジックショーをやらせるって言っちゃったんだ。だから、よろしくな」
「新一……」
パンドラが見つかって。
それを砕くことも許されて。
その上にマジシャンとして、この上もないステージまで与えられて。
「新一、ありがとう。最高のホワイトデーだよ」
「へ?あ……」
新一は忘れていた。
今日が3月14日だということを……。
「なに?わかってて、今日これをくれたんじゃないわけ?」
極まり悪そうに目を反らす新一に、快斗はクスッと笑った。
「いいけどね。俺も何も用意できなかったし」
「快斗…、欲しいもんある……」
「なに?コナン・ドイル広場にあるホームズの銅像とかダメだよ。もうキッドはいないんだからね」
「バーカ、そんなんじゃねぇよ」
新一は、頬を赤らめて快斗の耳許に囁いた。
「快斗が欲しい……」
「!」
快斗は驚いて目を見張った。
それから、フワリと微笑むと新一の唇に自分のそれを落とした。











「快斗っ……」
「新一、愛してるっ……」
「あぁっ…、快斗っ……。俺もっ……」
英国旅籠の静かな夜に、二人はお互いを激しく求め合った。
決して無くすことのできない存在を、身体の奥にまで刻み付けるように。






怪盗キッドは、白銀の中を最後に姿を消した。

ユングフラウの雪の下に、モノクルを残して。


方針をちょっと変更。
白馬のチョコの謎は次にまわします。
たいしたもんじゃないけどね。

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