「おかしい…」
新一はカレンダーを見て呟いた。
今日は2月23日。
快斗のスキー教室は昨日終わって、戻ってきているはずだ。
いつもの快斗なら、「逢いたかったよ〜!」とか言って、その日の夜にでも押しかけてくる。
ま、帰ってきた日は、疲れもあるだろうし、おばさんの手前、家でゆっくりしているかもしれない。
でも、翌日には快斗は間違いなく来る。
なのに……。
もう、日が傾き始めているというのに、快斗が来ない。
人が行動パターンから外れたことをする時、それは何か非常事態が起きているということを新一は経験で知っていた。

「もしもし、工藤ですけど…」
「あら、どうしたの?快斗になんかあったのかしら?」
「え?」
快斗の自宅に電話をした新一は、快斗の母が言った台詞に言葉を失った。
その言葉からすると、快斗は自宅にいない。
当然、新一のところにいるのだと思っているのだろう。
「おばさん、快斗は…」
「あら、新一君と一緒じゃないの?」
「いえ、昨日まで快斗はスキー教室だったし」
「その後よ。帰ってきたかと思ったら、大きな荷物を持って出かけていったから、新一君と旅行にでも行くんだとばかり…」
嫌な予感がする。
「おばさん、いまからそっち行ってもいいですか?」
「え?それはいいけど…」
新一は了解の言葉を得ると、工藤邸を飛び出して行った。






白き怪盗は白銀に消える

-1-






タクシーを飛ばして、10分で快斗の家に着くと、挨拶もそこそこに快斗の部屋を見せてもらった。
快斗の母親は、何も言わずに新一がしていることを見つめている。
さすがは、初代の妻、二代目の母…だ。
快斗の行方を心配はしても、慌てることはない。
快斗の部屋は、きれいに片付いていた。
だが、何度かこの部屋を訪れたことのある新一には、微妙な変化が見て取れた。
快斗の部屋からなくなっているもの。
クローゼットの中の奥にあった大きなバッグ。
フードのついたダウンジャケット。
机の上に置いてあった写真が2枚。
まだ、亡き父親が写っている家族の写真とロスで撮った新一と一緒に写っているもの。
そして、パスポート。
どう見たって、ちょっと旅行にという状態じゃない。
新一にはわかった。
快斗は闘いに赴いたのだ。
でなきゃ、自分にも何も言わずに行くはずがない。
「……カヤロ」
新一は、拳を握り締めながら、小さく呟いた。
拳を握り締めていないと、泣き出してしまいそうだった。
こうなることが怖かったのだ。
いつか、自分の前から前触れもなく消えてしまうことが。
自分を快斗の闘いに巻き込まないために。
自分の罪で、名探偵を汚さないために。
(俺は清廉潔白じゃねぇって言ってるだろーが…)
犯罪を犯すつもりはない。
快斗の闘いに協力するつもりも。
それは、自分にも覚えのある思い―――。

だけど、守りたいのだ。
支えたいのだ。
自分の大切なものを。

新一は、迷っていた。
これ以上、この部屋を探ることは、快斗の意に背くことになる。
知ってしまったら、じっとしていることなんてできないから。
快斗が持っていたフォトスタンドがあった場所を見つめながら、新一は立ち尽くしていた。
「……新一君」
快斗の母が新一の背中に声を掛けた。
「行きなさい」
「おばさん…」
新一は、快斗の母の顔を見た。
強い意志を持った眼差しで新一に微笑みかけてくれていた。
「私は、ただ待つことしかできなかった。あの人が帰ってくるのを。ただ見ることしかできなかった。死神があの人を連れて行くのを。でも、新一君は違うわ。新一君には快斗を追いかける能力があるし、死神を追い払う力がある。新一君にはその権利もあるのだから」
快斗の母は淡々とした口調で、新一を諭した。
「力を持っているのに、使わないのは罪よ」
その言葉が新一を決心させた。
「……はい」
新一は快斗の部屋を隅々に渡って、チェックし始めた。
クローゼットの中の服、机の引出し、本棚に並ぶ本のページの一枚一枚に至るまで。
快斗の母は、新一の様子をしばらく見ていたが、やがて階下へと降りていった。

「あとは、この中か」
新一は黒羽盗一のパネルの前に立った。
ここのキーは快斗の掌紋。
快斗がいない今、開けることはできない。
無意味と知りつつ、新一はシルクハットの部分に自分の手を当てた。
すると、音もなく形無き扉がその口を開けた。
「ウソ……」
いつの間に、自分の掌紋を手にしたのか。
そりゃ、その気になれば、いつだって手に入れられるだろうが、断りもなく…というよりは、水臭いと思うのだった。
新一はわずかに開いた隙間を押し広げると、身体を滑り込ませた。

「やっぱり…」
隠し部屋に入って、そこにキッドの衣装がないことに、新一は真っ先に気付いた。
予測はしていたが、少しずつ現実が浸透してくるにつれて、身体が震えてくる。
新一はまず手近な棚に手をつけた。
薬品類は、なにがどれくらいなくなっているのかわからなかった。
導線類もそうだ。
最後にこの部屋に入ったときから、何度も怪盗キッドは仕事をしている。
そのつど仕掛けのためにそれらを使っているだろう。
次に、新一はデスクの上のパソコンを立ち上げた。
片っ端からファイルを開けてみるが、組織に繋がるようなものは何もなかった。
消去したのか、それとももともと存在しなかったのか…。
「いずれにしても、総ては快斗の頭の中……か」
快斗はIQ400という驚異的な知能指数の持ち主なのだ。
パソコンを諦めて、デスクの引き出しを開ける。
一番上にはドライバーなどの工具が、二番目には小さなネジやチップなどがきちんと整理されている。
下の引き出しを開けようとして、何かがひっかかった。
鍵がかかっているのではない。
3センチほど隙間を見せたそこへ適当に掴んだドライバーを入れ、つっかかっているものを取り除いた。
ようやく開いた引き出しにあったのは、黒いリボンがかかった包み。
黒い縁取りのあるカードが添えられている。
「これは……」
カードの内容は暗号で書かれている。
新一は、ここが快斗の家だということも忘れて、暗号の解読に没頭した。
快斗の母親が、新一の様子を見にきたのも気付かずに。






「…………解けた」
我にかえって時計をみると、すでに深夜といってもいいような時間になっていた。
新一は慌てて、でも音を立てないように階下へと降りると、快斗の母は深夜のお笑い番組を見ながら声をあげて笑っていた。
いつもながら凄いと思う。
快斗の安否が気にならない筈がないのだ。
それなのに、自分のすべきことを弁えて、どっしりと構えている。
快斗の母親を見ていると、「母は強し」という言葉をいつも思いだすのだ。
(頭あがらないよな、この人には……。うちの母さんとは偉い違いだぜ)
快斗もこの母親には弱いらしい。
新一はリビングのドアをそっと開けると、控えめに声を掛けた。
「あの……」
「あら、新一君」
新一の姿を認めると、快斗の母は立ち上がってキッチンに行くと、コンロの火を点けた。
「すみません、こんな遅くまで……」
「何言ってるの。ここは新一君の家と同じなんだから。それよりお腹空いたでしょ?シチュー作ったから食べてね」
「あ…ありがとうございます」
「いやぁねぇ〜。他人行儀なんだから…。新一君は快斗のお嫁さんなんだから、家族でしょ?」
シチューを温めなおす間にと出されたお茶を口に含んでいた新一は、それをブッと吹き出した。
「お嫁さん……って………」
「あら、快斗がお嫁さんなの?」
どこかで聞いたようなことを言われて、新一は心の中で前言をあっさり撤回した。
呆然としている新一の前にシチューを置くと、クスッと笑った。
「で?快斗の行き先はわかったのかしら?」
「はい」
新一は、短く肯定しただけで、場所は言わなかった。
「おばさん、俺、行きます」
「……………無茶はしない、と約束してくれる?」
新一に何かあったら、新一の両親にも快斗にも合わせる顔がないから。
寂しそうに、苦しそうに、快斗の母は笑っている。
「はい」
新一は思った。
快斗の母のこの笑顔を心に刻み付けておこうと。
そして、心からの笑顔で迎えてもらえるように、快斗とともに帰ってこようと。











泊まっていけばいいのに、という快斗の母の心遣いを丁重に断って、新一は黒羽家を後にした。
















「けどな〜、なんなんだよ!これは!!!」
工藤邸へ戻る道すがら、新一は上着のポケットに突っ込んだ小さな包みを手にして呟いた。
それは、バレンタインデーの日、快斗が郵便受けで見つけた白馬の名前が書かれたカードのついたチョコレートだった。
「ことと次第によっちゃ、許さねぇからな……」






チラチラと舞い降りてきた初雪が、新一の強く握られた拳の上ですぅっと溶けていった。



新一に黙って姿を消した快斗。それを追い掛ける新一。
そして、波瀾を呼ぶのか?白馬からの謎のチョコレート。
新一君、秘かに嫉妬に燃えていたりしています。

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