学年末試験が終わったその日、快斗が新一に言った。
「新一のスケート合宿っていつだっけ?」
「9日から4泊5日」
「それまでは?」
「多分、警部に呼ばれるんじゃねぇ?試験中は遠慮してくれてたみてぇだし」
警察のせいで名探偵が留年、なんていうゴシップが流れでもしたら、警察の威信ににかかわると小田切警視から厳しいお達しがでていたことを、新一は知らない。
だが、3日と開けずかかってきた呼び出し電話がまる2週間、一度も鳴らなかったのはそういうことなのだろう、と思っていた。
「そっか・・・。んじゃ、しばらく会えないや・・・」
試験期間は自粛していた怪盗稼業に精を出さないとならない。
なにしろ、ロシアの秘宝だの、財閥の隠し財産だの、予定はめじろ押しなのだ。
快斗も探偵の新一にあからさまに犯罪を語ることはしなかった。
それに、何も知らずにいる方が、新一のためにはいいのだ。
だが、新一は全て承知していた。
それでいて、何も言わずにいてくれるのだ。
快斗は胸の痛みを心にしまって、明るい笑顔で言った。
「じゃあさ、新一が帰ってきた次の日、外でデートしよ!」
この寒空に誰が好きこのんで、しかも男同士でデートなんて冗談じゃねーぞ!という反論も空しく、ごねて甘えて縋って拝み倒す快斗に新一は陥落したのだった。






バレンタインデートは友人・知人にご用心!






そして迎えた2月14日。
朝目覚めた新一は、目が覚めてしまったことを深く後悔した。
うかつにも、快斗と約束した時には、今日がなんの日かなんて気にしてなかった。
だが、スケート合宿の間、周りがその話題一色になっていれば、いくら新一がそういうイベントに無頓着であっても、気づかざるを得ないのだった。
(いっそ寝過ごしたことにして、快斗が来るのをここで待ってよっかな・・・)
新一は少し早目に家を出た。
米花駅に着いたのは、予定より10分以上前だった。
「寒っ!こんなとこで10分も立ってたら、風邪ひいちまう!」
新一は駅前のスターバックスに入り、コーヒーを片手にバッグから文庫本を取り出して読み始めた。

短編を3つほど読み終えて、ふと時計を見ると約束の時間を10分ほど過ぎている。
店の窓から待ち合わせ場所を確認するが、そこに快斗の姿はなかった。
(珍しい・・・。あの快斗が遅刻なんて)
日頃、待ち合わせに遅れるのは新一だった。さすがは予告を違えぬ怪盗キッドと思わせるほど、時間ぴったりに現れるのだ。
念の為と携帯を確認するが、不在着信の記録はない。
新一は、快斗の携帯に連絡しようかと思って、しばらくディスプレイを見ていた。
(ま、いっか。なんかありゃ電話してくんだろ)
コーヒーを一口飲んで、新一はまた文庫本に目を落とした。






「あ〜、いたいた!」
聞き覚えのある声がして顔をあげると、快斗がそこに立っていた。
「ごめん、遅れて……実はさぁ〜」
快斗が言い訳しようとしていた背後から、見知った少女が顔を出した。
「ごめんねぇ〜、工藤君」
甘ったるい口調は、快斗の幼馴染み・中森青子のものである。
軽く挨拶をすると、青子は事情を説明してくれた。
「快斗が出掛けるって言うから、てっきりデートなんだと思ったんだよねぇ〜」
何気なく青子が口にした台詞に、新一はズキンと胸が痛んだ。
デートには違いないのだ。
人には言えないけど。
しかし、何も知らない青子はそのまま話を続けた。
「だってさぁ、バレンタインなんだよ?出掛けるっていったらそれしかないって思うじゃない。だから、快斗にカノジョ紹介してよって言ったんだ」
どうやら、カノジョを紹介するしないで揉めてて遅くなったらしい。
「さ、もういいだろ?本当に新一と約束してたってわかったんだからさ」
快斗がイライラとした素振りで、青子を追い返そうとする。
「え〜〜〜?もうちょっといいじゃない。私、もっと工藤君とお話したいよ〜」
「あのなぁ〜!」
キャンキャンと騒ぎ立てる二人に、新一はクスッと笑った。
「快斗。いいじゃねぇか、別に急ぐ用があるわけじゃねぇんだろ?」
「だよね〜!」と言ったのは青子。
快斗は早くウキウキラブラブデートを楽しみたかったのだが、新一がそう言うなら……と、コーヒーを買いに席を外した。
「バレンタインなのに工藤君デートしないの?」
デート……してるのだ、とは言えず、「まぁね」と曖昧に返した。
「カノジョなんていないし」
取りあえず、嘘ではない。

青子が驚愕の奇声を発する。
「えぇ〜〜〜〜っ!工藤君、こんなにカッコいいのに〜!あ、え〜とこの前の………そう、蘭ちゃんは?」
「単なる幼馴染みだよ。蘭にはカレシいるしね」
「へぇ〜、そうなんだ…」
そういう関係だった時期もあったけど、ということを新一は言わなかった。
言う必要がなかったから。
代わりに青子のことを聞いた。
「青子ちゃんは?」
「へへっ、募集中。今年もチョコあげるのって、お父さんだけなんだ」
青子は無邪気な笑みを浮かべて答えた。
「そうなんだ…。チョコっていえば、快斗は高校でも相当もらってたんじゃねぇの?」
「うん、い〜っぱいもらってたよ。学校中駆け回ってね。でもね……」
青子が、耳を貸して、と身を乗り出してくる。
新一も素直に耳を寄せた。
「あのね……………ゴニョゴニョゴニョ……」
「………うそだろ?」
「ホントなの。笑っちゃうでしょ?」
青子から聞いた話は、いますぐにでも腹を抱えて笑いたいような話だった。
「な〜に二人でナイショ話なんかしてんの?俺にも教えてよ!」
快斗が二人分のコーヒーを持って立っていた。
「やだね。青子ちゃんと俺の秘密」
「そうよ、快斗には教えてあげないもん!」
「なんだよ〜」
青子にコーヒーを差出しながら、快斗が拗ねたように口を尖らせた。
新一はそんな快斗の顔を見ながらクックックと笑いを漏らした。






コーヒーを飲むと、青子は「オジャマサマ〜」と言って帰っていった。
「俺達もそろそろ行こうか?」
「どこへ行くつもりなんだ?」
「トロピカルランド」
「………正気か?」
にっこりと笑顔を返す快斗に、新一は目眩を感じた。
今日はバレンタインデー。
当然、トロピカルランドはカップルがわんさかいる。
なんでもない日だったとしても、男二人でトロピカルランドに行くなんてかなり寒いものがある。
それなのに、何もよりによってこんな日に行くことはないのではないだろうか。
それを快斗に言うと、快斗はこともなげに答えた。
「こんな日だから行きたいんじゃん。新一とデートしたいんだもん」
新一は頭を抱えてその場に座り込みたい衝動にかられた。
道のど真ん中でそうするわけにもいかず、かろうじて立っていたが。
「行かねぇ…。俺は行かねぇからな!」
「え〜っ?行こうよ〜、デートしようよ〜!」
快斗が駄々をこねはじめると、ハッキリいって手がつけられない。
所詮、好きなのだ。
快斗のことが。
でも、ただ許してしまうほど新一は素直ではなかった。
「………バレンケンシュタイン」
新一が呟いたのは、さっき青子から仕入れたばかりのネタ。
見事に快斗に効いたようだった。
快斗は固まっている。
「さっき、話してたの、それ?」
「あぁ。イベント好きのお前がバレンタインを知らなかったとはねぇ……。俺だって知ってたぞ?」
知らないわけではない。
忘れてるだけなのだ。
余り変わりはないかも知れないが…。
新一はこの話がよほど気にいったとみえて、またクックックと笑っている。
「いいじゃんかよ〜。いまはちゃんと知ってるんだから、新ちゃんに悲しい思いさせないでしょ?」
「…………バカ」
開き直った快斗はニッと笑って新一の顔を覗き込んだ。
その顔がとても素敵に思えて、新一は赤くなって俯いた。
















夢の国・トロピカルランド。
予想通り、ここはカップルでごった返している。
新一には、どうしても周囲の視線が気になってしまう。
快斗はといえば、まるで気にしていない様子で、この寒空の中



来るのをあんなに渋っていた新一も、入園してしまうと、開き直って遊んでいた。
「次、ジェットコースター乗ろ」
「ジェットコースター……………か」
「あれ?新一、あーゆーの苦手だった?それとも疲れた?」
新一の様子がつい先程までと違うことに、快斗は気付いた。
「いや、あれが始まりだったんだなぁ、って思ってサ」
「なんの?」
聞かずとも、予測は出来ていた。
二人の間にトロピカルランドが存在したことはない。
だから、新一のいう『始まり』は………。
「そういや詳しいこと話したことなかったよな。俺はここでコナンにさせられたんだ」
考えて見れば、コナンの話を快斗にしたことはなかった。
「新一、どこかで一休みしよっか」
新一がコナンの話に自分から触れたのは、これが初めてのことだった。
新一が話したくないのなら、聞かなくてもいいと思っていたから、快斗から聞いたこともなかった。
でも、知りたかったのだ。
ずっと。
自分が新一に出会う前に歩んできた全てを。
新一が初めてこの話題に触れたこの機会を逃すつもりはなかった。
賑やかなカフェテリアの一角に場所を移して、新一はあの日の出来事を全て話した。
「新一はここに来たくなかった?」
話を聞き終えた快斗が最初に聞いたことはそれだった。
新一の心の傷に触っていないか、心配なのだ。
「いや、それはねぇな。コナンの頃にも何度か来てるし」
その度に何かしら事件があったけどな、と新一は苦笑しながら言った。
ここでは、本当にいろんなことがあったのだ。
ジェットコースターでの殺人事件に始まって、組織の取引を目撃し、毒薬でコナンにされた。
スケートリンクでの事件も、記憶を失った蘭と命をかけた鬼ごっこをすることになったのも、ここでのことだった。
それでもここへ来るのをやめようとは思わなかった。
「ここって……、トロピカルランドってさ、快斗のマジックと似てる……」
「へ?」
唐突な新一の呟きに、快斗は間抜けな声を漏らした。
「華やかで、夢があって、楽しくて、なんか気持ちがあったかくなる。日頃、殺人なんて殺伐とした所にいるせいかな。そーゆーのが欲しくなるんだ……」
自慢のポーカーフェイスもどこへやら、という感じで快斗は驚きに目を見張り、次いで顔を赤くした。
「あの……新一君。俺が欲しいって、聞こえるんですけど……」
言われて新一も真っ赤になってうろたえた。
「バ、バーロ!そういう意味じゃねぇよ……」
「うん、でもすっげぇ嬉しい……」
溶けかかったアイスクリームを一口食べて、快斗は話題を変えた。
「俺もジェットコースターには因縁があんだよね。実はさぁ、前に青子っていうか、警部に疑われて…」
今度は快斗がここであったことを話しはじめた。
3Dシアターに拉致されて、マジックで抜け出しながら、40分で仕事を終えてきたこと。
遅れそうになって、ジェットコースターに掴まって、ボロボロになりながら戻ってきたこと。
「大ペカソ展の下見でもさぁ……」
言いかけて快斗は口を噤んだ。
「下見でどうしたんだ?」
「いや…、なんでもない」
スケートリンクでヒドイ目にあった、と言いたくなかった。
アレ以外に新一に弱味を見せたくなかったのだ。
怪盗キッドとしてではなく、恋する一人の男として。
だが、新一にはなにかピンとくるものがあった。
「ほぉ〜、俺に隠し事するわけ?俺って、その程度の存在なんだ」
尊大な態度で快斗を見る。
こうなった新一は、はっきり言って無敵だった。
「白状します」
結局、スケートが大の苦手だということを、しっかり白状させられた。
「よし、じゃあスケートしようぜ!」
「新ちゃ〜ん、カンベンしてよ〜」
「俺が教えてやるから」
その時、快斗に下心が芽生えた。
大っぴらに手を繋いだり、抱き着いちゃったりできるかも……、という下心が。
「……………行く」

そんな二人を見ている視線があったことに、二人は気付いていなかった。






だが、現実はそんなに甘くはなかった。
「ほら、いつまでも手すりに掴まってるんじゃない!」
「へっぴり腰になってるぞ。まっすぐ立つ!」
新一の指導ははっきり言ってスパルタだった。
「もうダメ〜、ちょっと休憩させて」
「なんだよ、だらしないなぁ」
「新一、俺につきあって全然滑ってないじゃん。少し滑っておいでよ。俺、ここで見てるからさ」
「じゃあ、10分だけ。10分たったら、また特訓してやるからな」
新一は、快斗から離れると、姿勢を低くして弾丸のように滑っていく。
スピードが乗ってくると、クロスからバッククロスへと華麗な滑りを見せながら、混雑しているリンク内を抜けていく。
「チキショ〜、新一カッコイイよ。俺も新一にいいとこ見せたいのに……」
リンクを蝶のように舞う新一に近付く一人の少女がいた。
「あれ?」






「新一!」
「蘭?なんでここに?」
「デートよ」
確かに少し離れたところに、蘭のいまのカレシ・新出智明が立っていた。
新一は、軽くそちらにむかって会釈した。
「新一もデートでしょ?」
「いや、俺は……」
蘭はクスッと笑った。
「さっきね、カフェテリアで新一のこと見かけたんだ」
「え?」
「あんな風に笑う新一、初めて見た。相手が黒羽君だったのは、ちょっとビックリしたけどね」
ちょっと……で済むようなことなのだろうか。
新一が何かを言う前に、蘭は言葉を続けた。
「すっごく幸せ、って顔してたよ。黒羽君もね♪」
女の子は恋愛には敏感なんだから、と付け加えて。
「蘭………。お前、気持ち悪いとか…思わねぇの?」
「う〜ん、別に思わなかったよ。じゃあ、またね。今度ゆっくり話聞かせてね」
「あ、あぁ……」
お幸せに〜、と手を振ってから蘭は、新出のところまで軽やかに滑っていった。

新一は、ざっとリンク内を見渡し、快斗を探した。
快斗はずっと新一を見ていたためすぐに気付いて、新一に手を振った。






「新一、蘭ちゃんと何話してたの?」
「あ、見てたのか。俺達のこと、すっかりバレてた。お幸せに、だとよ」
「ありゃりゃ。でも、よかったよね、祝福してもらえて」
「まぁな」
たった一人の幼馴染みに、白い目で見られることなく暖かく見守ってもらえたことは、本当に幸運だったのかもしれない。
思えば、ロスの両親といい、快斗の母といい、二人がただの友人ではないと知りつつ、何もいわずに見守ってくれている。
自分達は、本当に恵まれた環境にいるのだ、と二人は改めて実感した。
「快斗、青子ちゃんも気付いてるのかなぁ」
「どうだろ。アイツ、鈍感で天然だからなぁ〜」
「蘭が、女の子は恋愛に敏感だって言ってた」
「あちゃ、じゃあアホ子も気付いてるのかも……」
「気付いてるとしたら、青子ちゃんって案外大物かも」
う〜ん、と快斗は考え込んでしまう。
「さ、休憩終了!特訓再開しようぜ!」
「げ〜〜っ!もういいよぉ〜」
「ダメダメ!」
嫌がる快斗の手を掴んで、新一はリンクの中央へと出ていった。
蘭が二人の関係を知って、それでなお見守ってくれるとわかって、新一は少し吹っ切れたのか、初めて手を繋いだのだ。
それに気付いた快斗は、大人しくリンクの中央へと引きずられて行った。





















すっかり夜も更けた頃、なにかと疲れたデートを終えて、新一と快斗は工藤邸に戻ってきた。
路地を曲がったところで、家の前に蹲る黒い塊が目に入る。
「くどぉ〜〜〜っ!!!どこ行っとったんや〜」
黒い塊は、新一の姿を認めると、すっくと立ち上がって駆け寄ってきた。
黒い塊が動き、街灯にその姿を照らされて、正体が明らかになる。
「服部?」
黒い塊の正体がわかると、快斗がさりげなく新一の前に出た。
「黒羽?工藤、コイツと一日一緒やったんか?」
「あぁ。なんか用か?」
「ちょお…な…」
服部がちらりと快斗の方を見る。
「新一。俺、先入ってるから」
快斗が気を利かせたように、家の中へ入ろうとする。
快斗だとて、服部と新一を二人きりにするのは気が進まない。
以前、新一は「服部に告られた」と言っていたし、それだけじゃない何かがあったのだろう、と薄々気付いてはいる。
聞いていいことなら、何も言わなくても新一が話してくれるだろう。
そうしないということは、あまり触れたくないことなのだろう。
気にはなっているが、問い詰めるようなことはしたくないので、特に何もしなかった。
それに、服部を工藤の家に入れるのは嫌だったのだ。
一度、上がってしまえばなんやかやと居座ることもできる。
せっかくのバレンタインなのだから、二人っきりで過ごしたかった。
だからと言って、このままこうしていても仕方がない。
人通りが少ないとはいえ、天下の往来で無茶なことは服部もしないだろう。
万が一、なにかあっても新一が大声をあげればすぐに出られるように、いや、家の中に入る振りして門柱の影で様子を伺っていればいいのだ。
そう考えてのことだった。
「快斗」
門扉を開けるため服部の横を通り抜けようした快斗の腕を取ったのは新一だった。
「いろよ、ここに。俺にはお前に聞かれて困るような話はねぇからさ」
快斗はちょっと驚いたように新一を見た。
快斗は何も言わずに微笑んだ。
「服部、早く用件を言え」
新一は快斗の腕を取ったまま、服部をきつく促した。
「……………」
服部は何も言えずに俯いていた。
新一に言いたいことはたくさんあるというのに…。
「用がねぇんなら、行くぞ」
痺れを切らした新一は掴んでいた快斗の腕を引っ張った。
慌てて、服部が顔を上げる。
「ま、待ってぇな…、す……」
それでも、新一の顔を見た瞬間、言葉を飲み込んでしまう。
苛ついた表情で、服部を見ているからだ。
自分を見止めるまでには、楽しそうに快斗と笑いあっていたのに、だ。
(やっぱ、アカンのやろか……。工藤は、黒羽んことが……?せやけど……)
それでも未練でいっぱいなのだ。
服部にはコナンだった新一を支えてきたのは自分なのだという自負がある。
ずっと思いつづけてきたのだ。
鳶に油揚掻っ攫われたように、横からポッと出てきた奴に渡したくないのだ。
服部は、意を決した。
「工藤…、好きや……」
そう言って、ポケットに入れていた小さな包みを新一へと差し出した。
「俺の気持ち、受け取って欲しいんや……」
服部の一世一代の告白を、すかさず快斗がヒュ〜と囃したてる。
新一はギロッと快斗を睨みつけ、足を思いっきり踏んづけた。
「ぃてっ!新一、ヒドイ!」
「っるせ〜!テメェはちょっと静かにしてろ!」
ここにいろと言ったくせに〜、と言おうと思ったが、二人が真剣な顔をしてるので、快斗は黙って成り行きを見守ることにした。
新一も同じことを考えていた。
服部は真剣な顔で新一に思いを伝えてきているのだ、ということはヒシヒシと伝わってくる。
真剣ならば、真剣に答えなくてはならない。
想いには応えられないのだから。
「服部、前にお前はそういう対象にはならないって言ったよな」
まっすぐに服部の目を見て新一は答えた。
月明かりによく映える蒼い瞳が、さらに服部を魅了した。
「あぁ…っ、覚え…とるよ。せやけど…、諦められんのや……」
服部の声が切なげに震えている。
「好きや、好きや、好きや……。初めて会うた時からずっと気になっとった」
堰を切ったように、服部が自分の想いを語り始める。
「あの頃の工藤を…、辛い頃の工藤を支えてきたんは俺やったハズや」
快斗の正体を知らない服部は、コナンのことを遠まわしに言った。
「服部、そいつは違うぜ。コナンだった俺を支えていたのは、必ず組織を潰すという決意だ。元の姿に…工藤新一に戻るという意地だ。お前に助けられたと思うことはあっても、支えられたと思ったことはない」
新一の言葉に、服部は快斗が新一の過去を知っているのだと気付く。
「工藤……、コイツに…黒羽にコナンのこと言うたんか…?」
言ったわけではない。
快斗は最初から知っていたのだから。
新一は何も言わなかった。
快斗も何も言わずに、新一の顔を見ていた。
「工藤は…コナンのことを言うてまうくらい、黒羽んことが……ええんか?」
服部が、苦しげに新一に問い掛ける。
「コイツはなんも知らんやろ!工藤がどんな辛い目におうたんか!こないなヤツに…、ひょっと現れてでかい面しよって、工藤ん隣におるのが当たり前のような面したヤツに工藤は渡さへん!!!」
さすがの快斗も、これにはただ黙って見ているということはしたくなかった。
何も知らないのは服部の方なのだ!
同じ苦しみを背負ってるのは俺の方なのだ!
永い永い想いの刻を過ごしてきたのは俺も同じなのだ!
そう叫びたくて、堪らなかった。
だが、快斗がそう叫ぶ前に、新一の怒号が炸裂した。
「黙れ!いいかげんにしろ!お前に快斗の何がわかる!何を知ってる!何も知らずにいいかげんなことを言うな!」
快斗の腕を掴んでいた新一の手にクッと力が入った。
(俺に勇気を……!)
次の瞬間、服部と快斗に衝撃が走った。
服部は底無しの地獄を、快斗は現とは思えぬほどの天国を味わったのだ。
なぜなら、新一が快斗の首筋に腕を絡め、口づけたのだから。
何度も何度も角度を変えて与えられる口づけに、快斗も新一を抱き締めて応えた。
激しく貧るようなキスではなく、優しく甘く蕩けるようなキスで。
決して人前では甘えたりしない新一からのキス。
それが、いかに新一にとって勇気がいることか、快斗にはわかっていたから。
快斗のことを話さずに服部を納得させるための非常手段なのだとわかっていたから。
(こんなオイシイこと、二度とないだろうなぁ……)
なんて、ちょっとフザケタことを快斗は考えていた。
快斗には恋の勝者としての余裕がある。
すると、快斗の視界からふと服部の姿が消えた。
新一もそれに気付いたのか、甘い唇が離れていく。
見れば服部は、愕然と膝をつき、ボロボロと涙を流していた。
頬を伝った涙が地面に丸いシミを作っていく。
「はっとり」
頭上で新一の声がして、服部は涙でグショグショになった顔を隠しもせずに顔をあげた。
「快斗は俺の半身なんだ。この先、俺が快斗以外のヤツを選ぶことはない」
新一は静かにそう言った。
新一の腰を抱いていた快斗の手がピクリと反応する。
快斗に対して言われた言葉ではないけれど、いや、だからこそ価値のある新一からの愛の言葉。
快斗は、いま、心の底から新一を愛しいと思った。
もちろん、ずっとそう思い続けていたのだけれど。
快斗の想いに気付いているのかどうか、新一は静かに続けた。
「例え快斗に出会わなかったとしても、俺が服部を選ぶことはない。お前は友人で、探偵としてはライバルで、それ以上の想いを抱くことはできねぇんだ」
梅雨の季節、自分で自分がわからなくなっていて、中途半端にしてしまった服部の想い。
きちんとけじめをつけることが、新一には精一杯の応えだった。
「くど……、幸せ……なんか?」
「あぁ」
ぶっきらぼうな返事ではあったが、この時新一はフワリといままでに見たことがないような極上の微笑みを浮かべていた。
「さよか……」
服部はゆっくりと立ち上がると、ブルゾンの袖で涙を拭った。
「そんならええわ」
「……………」
何と返せばいいのかわからず、新一はただ服部を見ていた。
服部は快斗の前に立つと、先程までの悲嘆にくれた泣き顔はどこへやら、思いっきり睨みつけて言った。
「工藤、泣かすような真似しおったら承知せぇへんで?そん時こそ、俺が貰うたからな!」
服部の捨て台詞に快斗はクスッと笑った。
「だからさぁ〜、それだけはないって。新一もそう言ったじゃん」
不敵な笑みを浮かべ、快斗はこれみよがしに新一を抱き寄せた。
服部は拳を握ってワナワナと振るわせていたが、やがて大きな溜息とともにポンと快斗の肩を叩いた。
「仲良うせぇや」
「もちろん」
「厭味なやっちゃ……」
そして、服部はそのまま二人に背を向け、去っていった。






「おぉ〜、背中に哀愁が漂ってるねぇ〜」
背中を少し丸めて歩く服部の背中を見て、快斗がそう呟いた。
「快斗、酷くねぇか?」
「そっか?どうせ本人には聞こえてねぇんだし…」
「あ、いけね。服部に言わなきゃいけねぇことがあったんだ」
門扉に手をかけていた新一は、大きい声で服部を呼んだ。
「なんや、工藤?」
「大阪行きの件、忘れんなよ!」
服部はしばらく硬直したままだったが、やがて引き攣った笑みを浮かべて「わかっとる」と短く答えた。
先程よりさらに丸くなった背中を見て、「新一の方がよっぽど酷いよ」とは快斗は言わなかった。





















翌日の夜になって、新一の家から戻ってきた快斗は郵便受けを開けてそのまま硬直した。
きれいにラッピングされたチョコレートの箱が二つ。
一つは、ピンク色の包装紙に赤いリボンがかかっている。
添えられたメッセージカードを見て、思わずそれをポロリと落とした。
「はいぃぃぃ〜っ?」
落ちたカードに書かれていた言葉。
それは身の毛もよだつようなクサイ愛の言葉。
それよりも恐ろしいのは、最後に書かれた『白馬探』という名前であった。
「うっそだろ〜っ?」
月に向かって絶叫をあげた快斗を責めることは誰もできないだろう。




もう一つは、別の意味で恐ろしい贈り物だった。
黒い包装紙に黒いリボン。
それに添えられたのは白い百合の花と黒い縁取りのついたメッセージカード。
いかにも怪しいと言わんばかりのこのチョコレートを、快斗は部屋に持ち帰ると机の引き出しの奥へとしまいこんだ。
家のゴミ箱に捨てる訳にはいかなかったから。
母親の目には触れさせたくない。
あの人は、何も知らないのだから。






快斗は一晩中机に向かっていた。
そして、そのまま一睡もせずに1週間のスキー教室へと出かけて行くことになったのだった。




バレンタインだというのに、わけのわからないものに…。

とうとう、服部君は引導を渡されてしまいましたね。

そして、怪し気な白馬君からのチョコレート。

その真相は、ホワイトデーに。

次は『白い怪盗は白銀に消える1』です。


BACK ATLIER NEXT