勝つか?負けるか?学年末試験
「お!おった、おった!やっぱ、ここやったか!」
けたたましく服部が来たのを、新一も快斗も唇に人差し指をあてて、睨みつけた。
そう、ここは東都大学キャンパス内にある図書館の閲覧室。
『静粛に』と書かれた黄ばんだ紙が壁に貼ってあったりする場所だ。
快斗と新一は、冬休みが明けるとここへ日参していた。
それもこれも、1月末にある学年末試験のためだ。
大学の学年末試験は、高校のそれとはかなり違う。
期間や日程はある程度決められているものの、必ずしも試験が行われるわけではなく、教授に評価方法は任せられている。
出席重視で試験は行わない教授もいれば、試験の代わりにレポート提出をさせる教授もいる。
試験が行われても、ノートの持ち込みが認められている場合もある。
自筆ノートなら可という場合もあれば、コピーでも可という場合もる。
はたまた辞書、教科書まで持ち込み可という試験もある。
もちろん、一切の持ち込み不可という試験も当然ある。
東都大学は卒業までに必要な単位数が決められていて、4年生までにそれをこなせばいいのだが、もしこなせなくなると、5年目をしなくてはならない。
1年間に申請できる単位数が決まっているので、2年間で終わらせて、3年目は遊び倒すということはできない。
だが、3年までに申請した単位を全て取得できれば、4年生の時は卒業論文の8単位とそれに付随するゼミの2単位だけで済むから、かなりラクになる。
3人の探偵と1人の怪盗がいる文系の学部はそれほどでもないが、理系の学部ではなによりも卒論が大変なので、3年までに単位を取得しておくことは、卒業に関わるほどの重要課題なのだ。
切羽詰まっているわけではないが、単位は多く取れていることにこしたことはない。
二人が図書館へ日参しているのも、レポートや試験勉強をするためだ。
新一の家でもいいのだが、そうしない理由は2つある。
一つは、工藤優作の蔵書がいかにすごくても、推理作家という職業柄、偏りがある。
レポートに必要な資料を揃えるには、図書館の方が向いているから。
もう一つの理由は……快斗が不埒な行動をおこすため、勉強がはかどらないから。
試験日程や課題が発表になった日、新一の家でレポートにさっそくとりかかったのだが、1時間もしないうちに快斗は飽きてきて、キスを仕掛けたり、お尻を触ったりし始めた。
さんざん、ちょっかいを出したため、レポートは当初の予定の半分もおわらず、結局、快斗は新一を押し倒すことなく工藤邸を後にした。
翌日から、新一は予定通りにレポートをこなすために、快斗は新一を押し倒す時間を残すために、図書館ですることになったのだ。
とにかく、予定をこなすために必死にレポートを仕上げる二人の元に飛び込んできた服部は新一の隣の(快斗とは反対側の)椅子を跨ぐようにして座り、両手を顔の前で合わせた。
「工藤、法学概論聴講しとったよな?ノートあるやろ?」
法学概論は、法学部の専門科目なので文学部の新一には、受講資格はない。
だが、聴講制度というものがあり、単位にはならないが、講義を受けることはできるのだ。
4月に服部から法学部の講座案内を見せてもらった時、担当講師がメディアでも興味深い話を披露していた人物だったので、聴講を申し出た。
メディア慣れしているせいか、話術に長けた人で、講義の面白さは、快斗も新一に付き合って一緒に聴講してることで窺い知れる。
それを服部は知っていたが、大学生になってからの付き合いの快斗より、もう3年目になる新一の方がノートを借りやすいという単純な理由だった。
もちろん、わざわざ聴講するぐらいだから、ノートはばっちり取ってある。
「貸してぇな。出席重視やいうから、出席カード出したあとは寝とったんや。そしたら、今年から試験もやる言うんや。頼む!」
「……おまえなぁ、あれ法学部の必須だろ?文学部の俺にノート借りに来てどーすんだよ。白馬から借りろよ」
「それが、アカンのや。あいつ、『君と僕とはライバルですから』とかケチくさいこと言うて、貸してくれんのや」
「……正論だな」
「それやったら、文学部のお前はライバルちゃうしな」
「見返りは?」
「はぁ?」
「当然だろ?タダでノート借りようなんて甘いぜ」
新一はニヤッと笑う。
快斗は黙って二人のやりとりの成り行きを見守っている。
と言っても、内心ではこの後のお楽しみの時間が減るとばかりに、(とっとと消えろ〜!)と叫んでいたが。
服部は、必須科目を落とすわけにはいかないと、悲壮な顔で呟いた。
「明日の昼メシ奢る」
「安いな」
服部の提示した条件を、新一はあっさりと斬って捨てた。
「ほな、晩メシ」
「それも却下」
「……ホームズの初版本」
新一なら絶対に食指を動かす条件を提示してみる。
案の定、新一は身を乗り出してくる。
「持ってるのか?」
シャーロキアンでもない服部がそれを所有しているとは思えず、新一はそう確認した。
「いや……これから手に入れようかと……」
なんだ……、と新一は椅子に腰を落とした。
「そんな不確かな取引は成立しねぇよ」
簡単に手に入るものではないからこそ価値がある。
それを巡っての事件があったとき、服部だってその場にいたのだから、それを知らないはずがない。
もっとも、直接的な動機は違うところにあったが……。
いつオークションに出てくるかもわからないし、それを競り落とすだけの金もないくせに、と新一は思う。
「どんな条件ならええんや〜?」
「春休みに快斗と大阪へ行くから、ガイドよろしく。それと、ホテル代はお前持ちな」
リー●ロイヤルホテル堺のハリウッドツインで3泊4日で、とつけ加える。
ちなみにハリウッドツインとは、今年新しくできたツインルームで、2つのベッドが隙間無く並べられ横幅がクイーンサイズと同等となる部屋だ。
快斗は、新一の大阪行き発言に、ちょっとビックリしたが、特に口を挟むことはしなかった。
「堺〜?寝屋川とは反対方向やんか。1時間はかかるで?うちに泊まればええやんか」
「それでもいいけど、ノートはいらないんだな?」
さすがに大阪県警本部長宅へ快斗を連れていくのは気が引ける。
別に、連れていったからって、どうなるもんでもないのだが。
それに、全て承知してる…というかされてしまってる、お互いの親がいるところですら、気恥ずかしいのだ。
服部の両親のいる家では、やはり落ち着かない。
「しゃあないなぁ〜、背に腹は 変えられん。ったく、高いノートや……」
快斗と二人分なのだから、軽く5万にはなるだろう。
食事代でもよかったが、服部に任せると、快斗の嫌いなアレが出てくる可能性があったので、やめておいた。
「来年からはまじめに授業受けろよ」
がっくりと肩を落としながら、立ち上がった服部に新一はニッコリと微笑みながらそう言った。
そして……。
「それとパトカーはお断りだからな!」
そう付け加えることを新一は忘れなかった。
その日の夜、快斗の作った夕食を二人で食べて、いまはデザートタイム。
さっぱりとしたチーズケーキとアッサムティーを並べて、和やかなひと時を過ごす。
「服部ってさぁ、めちゃくちゃ要領悪くない?」
快斗がチーズケーキを口に放り込む。
ちなみに快斗のケーキには甘さを補うためにたっぷりとブルーベリーソースがかけられている。
「そっか?別に気にしたことねぇからなぁ…。被害被ってねぇし」
確かに。
あの様子では、新一はいつだって被害を利益に変えているのだろう。
それが、件の人物を要領が悪いという所以なのだが。
「あ、でも事件の時なんか、ちょっと思ったことあるな。要領悪いっていうか詰めが甘いっていうか…」
うんうんと快斗は賛同の意を表した。
「コナンだった頃のことだから、そんな服部に頼らなきゃなんねぇのが歯痒くてよぉ〜」
笑いながら、新一はティーカップに口をつける。
「やっぱ?」
「あぁ。そういや悪かったな」
「なにが?」
「大阪行き、勝手に決めちまって」
快斗はブンブンと音がしそうなくらい首を振った。
「とんでもない!俺は嬉しかったぜ?俺も一緒にどっか行こうって言うつもりだったし」
きれいに平らげられた皿を重ね、キッチンへと運んで行く。
手早く洗って水切りカゴに入れると、新一の隣へと戻る。
「大阪でよかったか?」
「もちろん♪ぜひ、通天閣のてっぺんに新一を招待したいな」
「……遠慮しとく」
「え〜〜〜?最高の見晴らしなのに〜!」
快斗がいつそこに上ったのかなんて、聞かなくてもわかる。
メモリーズ・エッグの時に決まってるから。
スコーピオンに撃たれて、残していったエッグとモノクルと鳩。
エッグはともかく、モノクルなんてヤバいものを回収できなかったほどで。
でも、キッドが死ぬ訳ないと信じていた。
(あの頃から、好きだったのかもしんねぇな……、ほんとは…………さ)
いま考えても、わからない。
無条件にそう信じていた訳なんか……。
「どしたの?」
「ん?お前が狙撃されたときのこと、思い出してた 」
「あぁ」
「あん時、どんな状態だったんだ?」
「モノクルのフレームに当たって、バランス崩して落ちた」
顔は無傷よ〜!なんてふざけたことを言いながら新一へと顔を近づける。
いまなお現役の怪盗は、チュッと新一の唇を翳めとる。
そして何ごともなかったように続ける。
「落下した衝撃で捻挫しちゃってさぁ。さすがに追いかけっこできる状態じゃなかったから、名探偵の気配がして咄嗟に隠れるしかなかったんだよね」
「んじゃ、あの時あそこにいたのか?」
「そ♪小さな名探偵が俺の鳩とモノクル、隠匿してるところもバッチリ!」
愛だよね〜、なんて言われて、新一は顔を真っ赤にした。
もう一度、今度はもっと濃厚なキスをすると、耳許に囁いた。
「泊まってもいいよね?」
「ダメ」
即行で期待とは正反対の返事が返ってきて、快斗は文句を言った。
「なんで〜?」
「お前みたいに、怪物なみの脳味噌持ってねぇんだよ、俺は!レポートやんねぇとマジでヤバい」
「ちぇ〜〜〜〜っ」
「俺が一つでもA評価取れなかったら大阪行きは中止するぞ」
「……………アカルイ未来のために精進します」
不本意と大きく顔に書いて、快斗はそう言った。
その顔がおかしくて、新一はプッと吹き出した。
「よろしい」
「でも、もう1回キスさせてね」
さっきよりも濃厚な全てを奪い尽くすようなキスをおくる。
「……んっ」
新一の口から、甘い吐息が洩れると、快斗はようやく新一を解放した。
「感じちゃった?」
「…………ったく、このバカイト!」
ハハハと笑いながら、快斗は立ち上がって玄関に向かった。
「んじゃ、また明日ね。レポートがんばってよ。そのために快斗君、我慢してんだから〜」
「バーロ!とっとと帰れ〜!!!」
バイバ〜イ!と大きく手を振って、快斗は帰っていった。
「「……寄るなよ」」
今日から試験期間に突入というその日、学食に姿を現した白馬に快斗と新一は声を揃えてそう言った。
白馬は、その自慢の顔(あくまで本人視点)を半分隠すようなマスクをつけ、ゴホゴホと咳をくり返していた。
「熱あんじゃねぇの?目、トロンとしてるぜ?」
「無理すると、あとでキツイよ」
「大丈夫ですよ。それに、ゴホッゴホッ…今日は絶対に落とせない法学概論の試験があるんです」
「言うたって?健康管理かて探偵の基本やって……」
「健康しか取り柄のない服部に言われたくないと思う……」
快斗は新一にこっそり呟いた。
新一も小さく頷きながら、肩を揺らして笑っている。
「なんや、なんぞ言うたか?黒羽……」
まさに地獄耳とはこのことだ。
「べっつに〜?」
「工藤もや!何笑うてんねん!」
「さぁね?それより、お前はどうなんだ?法学概論」
「工藤のノートがあるから大丈夫や!」
「……服部君、まさかとは思いますが持ち込み不可ってわかってますよね?」
そう言っては、ズズッと鼻を啜る。
「うそやろ?」
平次の顔が青ざめる。
慌ててバッグの中からノートを取り出す。
「3限まであと15分もありませんよ?」
白馬は少しマスクをずらしてチーンと鼻をかむ。
鼻のかみすぎで、赤くなっている。
「うっさい!わかっとるわい!ちょお静かにしとってや!」
快斗と新一は顔を見合わせ、同じことを思った。
((やっぱコイツって、詰めが甘いよな…))
試験日程の最終日。
午前中、全学部共通で語学の試験が行われる。
1限の英語が恙無く終わり、いまは2限の第2外国語である。
文学部棟では快斗と新一がフランス語の試験を受けていた。
「「楽勝、楽勝!」」
別に声に出していたわけではないが、快斗も新一も同じように呟いていた。
数ヶ国語を操る怪物並みのIQの持ち主である快斗と、会話はともかく読むだけなら原書でミステリーが読めるという新一にとって、大学での語学など朝メシ前だった。
一方、法学部棟では服部と白馬がドイツ語の試験を受けていた 。
「あかん、さっぱりわからへん……」
辞書の持ち込みは許可されてるが、そもそも文法がよくわからないから、問題が理解できない。
一方、白馬も初日から無理を続けているせいか、体力も集中力もとうに限界を過ぎていた。
1限の英語は、長いイギリス生活のおかげでほとんど母国語だったからなんとかなったが、ドイツ語となるとそうはいかなかった。
「限界です……」
朦朧とした意識の中で、蚯蚓がのたくったような字で答を書き込んでいった。
「そこまで」
試験官の声が聞こえた途端、キャンパス中に「終わった〜」という声が響き渡った。
4日間に渡る試験日程も終わり、明日から長い春休みがやってくる。
しかし、学生達のキャンパス・ライフはまだまだ続くのだった。
『Campus Life』と銘打ってる割には、大学生活の様子が余りにも少ないので書いてみました。
しっかし、わっかりやすいですね〜。
快斗&新一が勝ち組、白馬&服部が負け組。
当然です。ここは快新サイトなんですから。愛よ!愛!BACK ATLIER NEXT