「快斗の家で?いいのか?本当に?迷惑じゃないのか?」
「もちろん!それに言い出したのはおふくろなんだからさ」
年の瀬もあっという間に押し迫り、快斗から「俺の家で一緒に正月を迎えよう」という電話をもらったのは大晦日の朝だった。
一人暮らしの新一には大掃除も正月を迎える準備もなく、事件もなければいつもの休日と同じだった。
ロスにいる両親からは、今年も帰れないという手紙がクリスマスのプレゼントと一緒に送られてきていた。
いままでは、蘭がいろいろと気を配ってくれていたが、その蘭も今年は家族3人で水入らずの旅行をのんびりと楽しむつもりらしい。
もっともあの夫婦のことだから、別居は解消したといってものんびりとはいかないだろうと新一は思う。
とにかく、ひとり寝正月を送ることが決定していた新一にとって、快斗からの誘いに妨げになるものは何もなかった。
初詣には何を願う?
「お邪魔します」
新一が快斗の家を訪れたのは、あと数時間で新年を迎えるという時刻だった。
「いらっしゃ〜い」
快斗の母がにこやかに出迎えてくれると、新一は持っていた袋を快斗の母に渡した。
「つまらないものですが」
「あら、花びら餅。よく手に入ったわねぇ」
花びら餅とは、初釜の席などで使われる正月用の和菓子である。
この時期には、予約しておかないとほとんど手に入らない。
夏に、泥酔して快斗の家で世話になった時に、この母子が揃って甘党だということを知った新一は、すぐさまよく有希子が利用していた米花町の和菓子屋に予約を入れたのだった。
ケーキやチョコレートでもよかったのだろうが、新年を迎えるのに洋菓子というのもどうかと思うところが、自分も日本人なんだと新一は思った。
「口に合うかわかりませんけど、母が好んでいた店なので味は保証できると思います」
「嬉しいわ。私、大好きなのよ」ダイニングに通されると、すっかり大掃除もおせちの支度も済んでいるらしく、すっきりと片付いていた。
表を歩いて冷えきった身体を暖めるように、コーヒーを啜る。
新一がこの家に来て、10分近く経つというのに、快斗はいっこうに姿をあらわさない。
「あの、快斗は?」
「また、お隣に呼ばれちゃったのよ。そういえば、新一君、大学祭で青子ちゃんを助けたんですってね?」
「いえ、僕は特に何も」
謙遜ではなく、本心からそう思っていた。
自分は自分にできることしかしていない。
快斗が、そして蘭がいなければあんなに早く彼女を救出することはできなかった。
白馬が側にいることなく、あんなに人目の多いところでなければ、快斗一人でも十分に彼女を助けることができた。
新一は、そう思っていた。
「ただいま〜!あ、新一来てるの?」
玄関のドアが開いたかと思うと、バタバタと快斗が駆け込んでくる。
「あら、早かったのね、快斗。もっと、お隣でゆっくりしてくれば良かったのに…」
「母さん、ヒドイ!」
「だって、お前がいると新一君とゆっくりお話できないんですもの」
「新一〜!母さんが苛める〜!」
「俺もおばさんともう少しゆっくり話したかったよ」
「新一まで…ひどい…」
がんばって隣の大掃除片付けてきたのに〜、と拗ねる快斗を快斗の母と二人で笑いあった。
「ふ〜、腹一杯」
「俺も…」
で〜んとダイニングテーブルの上に置かれた年越し蕎麦を『紅白』を見ながら片付けた。
いまは、籠に山と積まれたみかんがテーブルの上に乗せられている。
炬燵ではないけれど、絵に書いたような年越しの情景。
新一が、もう何年も経験していないことだった。
(こんな年越しはコナンの時に蘭の家でして以来だな…)
台本通りのギャグをかます演歌歌手のトークを聞きながら、新一はぼんやりとそんなことを考えていた。
一人暮らしに不便を感じたことはない。
食事はコンビニや外食でほとんどだったが、もともとそんなに食べる方ではない。
本や事件に夢中になって、食べないこともしばしばだった。
好きな時に好きなことをしていても、誰にも何も言われない。
そんな生活が気に入っていた。
もともと両親が家にいる時ですら、そうしていたが…。
だが、誰かとこうして笑いあえる家というのもいいもんだ。
そう新一は思っていた。「新一、そろそろ行こっか?」
「へ?」
我に返った時、『紅白』は華々しいフィナーレを迎えていた。
「行くってどこへ?」
「初詣」
そういえば、初詣でもコナンの時以来行っていないことを新一は思い返した。
コートとマフラーを差し出され、新一は腰をあげる。
「行ってらっしゃい」
快斗の母が、座ったまま二人に手を振った。
「おばさんは行かれないんですか?」
「これ以上お邪魔したら、快斗に怒られてしまうわ」
「そーゆーこと!さ、新一。行こっ!」
快斗は新一の腕を引っ張って、外へと出た。「ほんとに良かったのか?」
新一は駅までの道を歩きながら、快斗に聞いた。
「ん?なにが?」
「おばさんだよ。初詣一緒しないで…」
「あぁ、気にしない、気にしない。毎年そうなんだから」
いままでは、クラスメート達と集団で初詣に行ってたんだ、と快斗は言った。
「けどさ…」
新一は一人で新年を迎える寂しさを思う。
いままで、そう思いながら過ごしてきたわけではない。
いま、こうして快斗と二人でいるから思うことだ。
「母さん、一人じゃないから」
「え?」
「父さんと一緒なんだよ」
快斗はにっこり笑ってそう言った。
何も言わないし、聞かないけどわかっている。
まるで追い出すように、初詣に行けと言われていた。
明け方、家に帰ってくると必ず線香の匂いが残っていた。
父親が亡くなってからできた、黒羽家の新年の習わし。
さすがに小学生の間は、追い出されはしなかったが『紅白』が終わると「早く寝なさい」と言われていた。
「俺が新一と一緒に新年を迎えたいのと同じようにさ、母さんだって父さんと二人っきりで新年を迎えたいんだよ」
最愛の人とね、と付け加えられ新一は照れたように顔を逸らした。
遠くで除夜の鐘が鳴る。
快斗が腕時計を確認すると、新しい年をちょうど迎えたところだった。
「新一、あけましておめでとう」
人気のない夜の住宅街で、快斗は新一を抱き寄せてキスをした。
「どうせなら除夜の鐘もつきに行きゃよかったな…」
「なんで?」
「お前の煩悩、払ってもらえるから」
「やだね。俺は一生、新一っていう煩悩に塗れて過ごすんだから」
そういって、快斗はもう一度新一の唇にキスを落とした。
終夜運転の電車に乗って、大勢の人で賑わう神社へと向かった。
余りの人の多さに、このまま回れ右したくなるのを我慢して、人の波に揉まれていく。
ふいに快斗が新一の手を握りしめた。
「バッ…、んなとこでんなことすんなよ」
思わず新一はその手を振り解こうとしたが、この人混みではそれもままならない。
「大丈夫だって、人が多すぎて誰もまわりのことなんて気にしてないから」
確かに足下も見えない程に、押し合う参拝者の列では周囲を気にする者はない。
「それに、誰かが気付いたとしたって、単にはぐれないためだと思うって」
いくらなんでも、大学生にもなった男同士ではその言い訳が成り立つとも思えないが、快斗にはこの手を放す気がないとわかって、観念することにした。
牛歩のごとく前に進み、二人が拝殿に辿り着いたのは、神社に着いて1時間程してからだった。
賽銭箱へ小銭を放り込むと、二礼二拍して祈願をする。
『快斗の闘いが一日も早く終わりますように』
新一はそう願った。
心から。
信心深いわけではない。
どちらかと言えば、無神論者だと思う。
それでも、新一はそう願うしかなかった。
自分の力ではどうすることもできないから。
快斗は新一を巻き込もうとはしない。
探偵でもある新一から情報を取ろうと思えば取れるのだ。
罪を犯すつもりはないが、快斗がそれを望めば、新一だってそれぐらいのことはするつもりだ。
だが、快斗は決してそれを望みはしなかった。
だから、新一には快斗の闘いを見守るしかない。
だから、一日も早く快斗が白い闇から解放されるのを願うのだった。
一礼をして隣に佇む快斗を見ると、視線が合った。
「何、お願いしたの?」
「ナイショ、御利益なくなったら困るだろ?」
そう信じているわけではないが、言いたくないから言い訳に使わせてもらう。
「信じてなんかないクセに」
神頼みなんて不確かなものに頼る新一でないことは、快斗も十分承知していた。
「なら、初詣しようとか言うなよ」
「それもそうだね」
アハハと笑いながら、参道を外れて歩いた。
「快斗〜!新一君!お雑煮食べるわよ!」
快斗の母が待ちくたびれて快斗の部屋のドアをノックしたのは、かなり陽も高く昇った頃だった。
いっこうに起きてこない二人が昨夜何時に帰ってきて、何時に寝たのかを快斗の母は知らなかった。
(いつもなら気配だけで目を覚ますクセに…)
どんどんどんと激しくドアを叩くが、決してそのドアを開けようとはしなかった。
二人が男同士でありながらも、恋愛関係にあることを知っている母親としての、それは新一に対する心配りであった。
(ったく…、帰ってきてから何やってたんだか…)
二人が快斗の家に戻ったのは、まだ深夜と呼べる時間だった。
ただ、すぐに寝てしまう気にはなれず、かといって母親がいる家の中でセックスする気にもなれず、話をしながらじゃれあうようなキスを何度も何度も繰り返した。
ようやく二人が寝たのは初日を拝んでからだった。
快斗の母は、ふぅっと溜息を溢すと、そっと階段を降りていった。
そうして、その日の昼過ぎ。
快斗の母はようやくお雑煮を食べることができた。
その時新一が顔を真っ赤に染めていたのは、決してお屠蘇のせいではなかった。
クリスマスに引き続き甘めですね。BACK ATLIER NEXT