不安なのだ。
男同士で。
怪盗と探偵で。
交差しないはずの線を、無理矢理交差させて。
真摯に想いを告げたけれど。
彼はそれを受け入れてはくれたけれど。
想いだけではなく、身体さえも開いてくれたけれど。
でも、不安なのだ。
いつか、この手の中から彼が離れていく日が来るのではないか。
それが不安で不安で堪らないのだ。いまは間に合う。
「待ってる」
彼はそう言ってくれた。快斗はガバッと湯舟から立ち上がると、急いで身支度を整えた。
(ったく、ポーカーフェイスが聞いて呆れる)
尊敬してやまない父親から教えられた。
どんな時でも忘れたことのない言葉。
だが、新一のこととなると、大切なその言葉も、父親の顔すらも消えてしまう。
快斗はリビングに通じるドアの前に立ち、大きく深呼吸をすると、ドアのノブに手をかけた。
クリスマスは貴方と甘く
-3-
リビングのテーブルには、ラップのかかった皿がいくつも並んでいた。
昨日、自分が作った料理ではない。
新一が作ったのだろうか。
それとも、あのハイヒールの女性が…?
「新一…、これ…?」
「俺が作ったんだよ。お前程上手じゃないけど、味は悪くないはずだぜ?」
あの新一が一人で料理を…?
今夜、ここで自分と一緒にイヴを過ごすために…?
「ゴメン、新一。ほんとにゴメン…」
快斗は新一に抱き着き、涙を流しながら詫びた。
「ったく…、で?誰がなんて言ったって?」
新一は快斗を引き剥がし、ソファに座らせると反対側にでんと腰掛けて睨み付けた。
快斗は小さくなりながら、青子から聞いた一部始終を語った。
「で、それをお前は信用したんだな?この俺よりも」
「………不安なんだ。いつか新一が俺から離れていくんじゃないかって」
新一はテーブルを跨いで快斗に掴みかかると、快斗の頬を叩いた。
パシーンという音がして快斗が頬を押さえようとすると、反対側の頬に第2波が打ち付けられた。
何度も繰り替えし快斗の頬を叩きながら新一は叫んだ。
「バーロッ!お前、俺をなんだと思ってんだよ!俺のこと、なんにもわかってねぇじゃねぇか!」
新一だって不安なのだ。
夜を翔る白い怪盗が帰ってこない日が来るのではないかと。
「ゴメン…」
頬の痛みは新一の心の痛みなのだ。
新一の手が頬にそっと添えられ、新一の唇が快斗のそれに落ちてきた。
快斗は新一の身体を強く抱き締めた。
「クスッ、素敵な勲章ね」
その女性は快斗の顔を…というか、真っ赤に腫れ上がった頬を見るなりそう言って笑った。
新一に「結局、一緒にいた女性とは誰だったのか?」と尋ねたところ、新一はどこかへ電話をし、5分とたたずにインターフォンが鳴らされた。
青子が「すっごい美人」というように、確かに綺麗な顔だちをした女性だった。
「お前ならわかるはずだぜ?会ったことあるんだからな」
確かに見覚えがある気がするが、まっすぐに記憶の回路が繋がらない。
「え、っと…」
「おいおい、脳みそ腐っちまったのか?」
クスッと笑ったその女性の顔が、少女の顔とダブった。
「あ…、小さな名探偵の隣にいた…」
「あの頃の名前は灰原哀。いまは宮野志保よ」
差し出された手を取り握手をすると、「よろしくね怪盗さん」と言われてドキッとした。
「快斗に無断で悪いとは思ったけど、お前のこと話してあるんだ」
彼女のことは知っていた。
新一が叩き潰した組織の一員だった女性。
新一をコナンに変えた薬を作った女性。
自らも同じ薬を飲み、小さい姿となった女性。
確かに、彼女になら新一が信用するのも無理はない。
だが、快斗はまだ一抹の不安を拭いされなかった。
新一がグラスを取ってくるといって席をはずした時だった。
「似てるわね」
志保が快斗を見て、そう言った。
よく間違えられるよ、と答えた快斗に彼女は思いがけないことを言った。
「工藤君にじゃないわ。私によ」
「宮野さんに?」
「志保でいいわ。工藤君もそう呼ぶから」
「俺が志保ちゃんと似てるってどういう意味?」
ちゃん付けで呼ばれたことに苦笑しながらも、それをやめさせようとはしなかった。
「闇を知る者だけが持つオーラ、とでもしておきましょうか」
その一言で、快斗は警戒心を解いた。
新一の意図した一端が見えたのだ。
どんなに新一が快斗のしていることを承知していても、それが罪であることに変わりはない。
こればかりは、新一には拭えない快斗の枷なのだ。
だから、志保を引き合わせたのだ。
おそらく、彼女はこれからの一生を贖罪の為に費やしていくのだろう。
快斗は、志保との間にいい関係が持てそうな気がした。
3人で乾杯をし、新一の料理を食べ、ボトルが1本空になると志保は隣家へと帰っていった。
「悪かったな、快斗に何も相談しないで喋っちまってさ」
「いいよ、志保ちゃんなら信用できる」
「志保をさ、紹介したのはもう一つ理由があるんだ」
「なに?」
「お前の身体のこと」
何かあっても医者には行けない身体なのだ、ということをあのサンタモニカのビーチで知った。
本来、志保は新一より一つ年上で、いまは正式な医師免許を取得するために東都医大へ通っている。
一年間の短期交換留学でドイツに行っていたが、今日帰国することが1週間前に決まった。
朝、料理の仕込みを済ませると、ギックリ腰で動けない博士の代わりに成田へと出迎えに行き、米花駅前で買い物を済ませて来た。
青子が見たのはその時だろう。
「いまはまだ無免許だけどな、腕前はそのへんの医者よか確かだぜ」
なんといっても俺の主治医だしな。
強い毒薬を飲み、身体が小さくなり、もとに戻るためにまた強い薬を飲んだ。
それ以後、新一には市販薬は効かない。
全て志保が処方した薬を飲んでいる。
薬事法に違反しているのは承知の上だが、コナンのことは未だに誰にも話していないから、正規の医師の処方を受けるわけにはいかないのだ。
だが、すでに組織を壊滅させた新一とは違い、快斗の闘いはまだ続いている。
「快斗が医学の知識を持ってることは知ってるけど、自分じゃどうにもできないこともあるだろ?志保はそんな時、お前の役に立つから」
これがお前へのクリスマスプレゼントの一つ目。
そういって、新一は立ち上がると、サイドボードの上に置いてあった紙袋を手にした。
「で、これが二つ目」
快斗が袋を開けると、中にはきれいにたたまれたアンダーシャツのようなものが入っていた。
だが、手にかかる重みはそれが下着ではないことを伝えていた。
「新一、これって…」
「わかるか?防弾シャツ。軽くて薄くて、動きを邪魔しないから、お前にはちょうどいいだろ?」
確かにそのとおりだが、こんなもの平和な日本じゃなくたって売ってない。
特別に作らせたもの。
浮かんでくるのは、人の良さそうな顔をした初老の隣人。
コナンの秘密アイテムを作った自称天才化学者。
「3メートル離れていれば44口径だって止められるぜ」
不敵な笑みを浮かべた綺麗な顔は次の瞬間切な気に歪んだ。
快斗の首筋に新一の手がのびる。
「お前の闘いを俺は止めない」
「しんい…ち…」
「だから、約束してくれ。例え何があっても、必ず俺のところへ戻ってくる、って…。俺は…、俺はもうお前なしじゃ生きていけない…」
「新一!」
快斗は新一の両頬を挟むようにして、唇を貪った。
「あ…、かい…と…」
「いますぐ、新一が欲しい…」
新一は何もいわずに快斗の身体を引き寄せた。
翌朝、新一が目覚めた時、隣に快斗の姿はなかった。
代わりに小さな箱が一つ置いてあった。
手をのばし、そっとその蓋を開ける。
中には何も入っていない。
いや、小さく折り畳まれたカードが一枚入っていた。
そこに書いてあるのは数字の羅列。
さして難しくもない暗号を解いていく。『アナタヘノプレゼントハワタシガアズカリマシタ』
22個の文字の後には、見慣れたキッドのマーク。
「なんなんだ…、これ」
だるい身体を無理矢理起こし、ローブを羽織って階下へと降りていった。
「あ、おはよ。新一」
快斗がにっこりと笑う。
新一が起きるタイミングを知っていたかのように、ダイニングのテーブルにはトーストとサラダとコーヒーが用意されている。
「おはよ」
椅子を引かれて、大人しくそこへ座る。
トーストとサラダを平らげ、コーヒーに手をつける。
「快斗、これどういう意味だ」
快斗は真面目な顔になって、コーヒーカップを置いた。
「………新一に用意したプレゼントをあげる資格がいまの俺にはないって思ったんだ」
「資格?」
「そう、新一の一生を貰う資格がね。だから、キッドに預かって貰うことにしたんだ」
キッドに…って、結局オメェだろうが…とは言えなかった。
「そっか…、じゃあ俺がもう一つ用意したものもキッドに預かってもらうかな」
「なに?まだ何かあったの?」
小さな袋が快斗の目の前でヒラヒラと舞う。
快斗が手に取って中身を出す。
冷たい感触を手のひらにもたらしたそれは鍵だった。
この家の…、工藤邸の鍵。
「新一、嬉し〜!」
「おい!コラ!まだ、やるって言ってねぇぞ!」
「やだ、キッドには渡させないもん!」
快斗は取り返される前に、とキーホルダーを出して工藤邸の鍵をそれにつけた。
快斗君、まるもうけ! じゃなくって、快斗君のプレゼントはなんだったのでしょうか? いずれわかります。私が忘れなければ…。 BACK ATLIER NEXT