嵐を呼ぶ東都祭
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男はここ東都大学の卒業生でもあった。
エリート街道を一直線に歩いてきた男だったが、学生として優秀であるのと、社会人としてそうであるのは大きく違っていた。
この不況の波によってリストラという大きな挫折を強いられた男は、なにか拠り所を求めて、母校の大学祭を訪れたはいいものの、華やかに行われる様子に、一層人生の落伍者という敗北感を募らせたようだった。
もともとアル中気味だったのだろう。
ここへ来た時には、すでに出来上がっていたのかも知れない。
アルコール類はビールしかない東都祭で、ベロベロに酔っぱらって校内を徘徊していたらしい。
使用されたナイフは所謂サバイバル・ナイフと呼ばれるもので、男が学生の頃から常に持ち歩いているものだ。
「それじゃあ、時間ができたら事情聴取に来てくれたまえ」
そう言って目暮警部は犯人をパトカーに乗せると、自分も乗り込んで東都大学を後にした。
蘭と園子も、事情聴取のため警視庁へと向かう。
「さて…、俺達も行こっか…」
快斗が新一を促して、場を離れようとした時だった。
「待ってください」
二人を引き止める者がいた。
新一は、冷ややかな目でそちらを見た。
「なに?」
忘れ去られたかのように、後ろの方でただ立ち尽くしていた白馬と服部が二人の行く手を塞いだ。
「聞きたいことがあるんや。ちょお付きおうて貰えんやろか?」
新一は快斗を見る。
「俺はいいけど?」
「わりぃ快斗。もう少し付き合ってくれ」
盛大な溜息を一つ洩らしてから、新一は白馬達に向き合った。
「で?ここで立ち話なわけ?できれば、座りたいしノドも乾いてっから何か飲みてぇんだけど?」
暗に「付き合ってやるから奢れ」とにおわせながら、新一は言った。
「じゃあ、何か買ってきましょう。その教室で待っててください。コーヒーでいいですか?」
「あ、俺、ココアね!砂糖増量、ミルク増量でね!」
はいはい、と返事をして白馬と服部は席をたった。
5分程で二人は戻ってきたが、飲み物を目の前に置いたまま、何をどうやって聞くべきか迷い、だんまりを決め込んでいた。
「いい加減にしろよ。話がないなら行くぜ」
快斗、行こう…と快斗を促して立ち上がった新一の腕を白馬が掴んだ。
「ま、待って下さい。その…」
「なんで…なんで俺らが工藤にそんな冷たい目ぇで見られなあかんのや?」
意を決した服部がようやく口を開いた。
「まだ、わからないのか…」
新一は呆れて脱力した。
「お前ら、探偵だって名乗ってるよな」
「はい」
「それのどこが悪いんや?」
「お前ら二人とも探偵失格だよ」
新一は腕を組み、目を伏せたまま冷たく言い放った。
白馬も服部もきょとんとしている。
「どうやら一から説明しなきゃなんねぇみてぇだな」
新一は目の前に置かれた紙コップを手にすると、コーヒーを一口啜った。
「探偵にとって一番大切なことは?」
「犯人を捕まえることやろ?」
「事件を解決する能力でしょうか」
新一は何度目かわからなくなっている溜息をこぼす。
「まず、そっから間違ってんだよ。一番大切なのは…依頼人の利益だ」
「それは弁護士の場合ではないでしょうか?」
「いいんじゃねぇ?同じだって」
「せやけど、今日の事件に依頼人はおらんやろ」
「いるさ」
「誰や?」
「誰なんです?」
「学長と東都祭実行委員長。事件を知ったのは俺達が知らせに行ったからだけどな」
淡々と新一の説明は続く。
今回の事件が明るみに出れば、当然世論からは学長の管理責任が問われる。
東都祭は学生主催とはいえ、問題が生じれば『東都』の名を使っている以上、学生だけの責任では済まない。
また、実行委員会側も不祥事を起こせば、来年以降の東都祭の開催自体が問題になるし、今回は犯人がアル中であったため、今後アルコールの販売を認められない場合もある。それに大学生とはいえ、まだ未成年のものもいる。ことは東都大学だけの問題ではなくなる可能性を十分に孕んでいるのだ。
「それを無視して、白馬はすぐに警察へと連絡した。服部もそれを止めなかったということは、そこまで考えていなかったんだろう?」
二人は俯いたまま、何も言うことができなかった。
あの状態で警察が大挙して押し寄せれば、大騒ぎになって東都祭はめちゃくちゃになっていたかもしれない。
あの程度の騒ぎで済んだのは、新一の助言を汲んで少数で一目につかないようにしたためだ。
「それが一つ目。二つ目は、単独で犯人を説得しようとしたことだな」
もう少しきちんと状況を把握していれば、相手が普通の状態でなかったことはわかっていたはずだ。
それを怠って、説得しようなどと形式に走ったばかりにかえって青子を危険な目に合わせた。
「白馬は青子ちゃんとも顔見知りだったんだろ?中森警部とも…。もしものことになったら、警部になんて言うつもりだったんだ?」
「工藤君だって、強硬突入なんて無茶してるじゃないですか」
白馬が鉾先を変えようとするかのように、言い縋ったのに対し、新一は侮蔑の光を称えて静かに言った。
「方法は無茶かもしれないが、青子ちゃんの安全は100%守ったぜ?」
服部は口を噤んだままだった。
あの時、服部の中にはもう一つ別の打算があったのだ。
新一の不在に一気にカタをつけて、いいところを見せよう、という打算が。
その気持ちが功に逸らせた。
「蘭さんのことは?いくらなんでも彼女にあんな無茶をして」
「蘭にできないことを頼んだりはしない。あいつはあれぐらいのこと軽々やってみせると知ってるしな」
「しかし!」
「仕方ないだろ。快斗と蘭以外にそれを任せられるヤツがいないんだから」
二人は絶句した。
それは、自分達は信頼に値しないということなのだから。
「三つ目は…」
「まだあるんですか?」
「あったりめぇだ!お前達のその格好」
白馬は自分の姿を見直した。
「別にどこにも問題はないようですが?」
「バーロ!大アリだ!その下に着ている服で人前に出たくない気持ちはわからなくもねぇが、悲鳴が聞こえて着替えに走るってのは問題だろ!公然猥褻じゃねぇぐらいに着てるんだから、一目散に駆け付けろよな!」
白馬と服部には、もはやいうべき言葉はなかった。
「お前らが警察官ならそれでもいいんだ。けどな、探偵だって言うなら、もう一度よく考えてみろよ」
話は終わったとばかりに新一は立ち上がった。
「快斗、お待たせ」
快斗もゆっくり立ち上がると、新一に続いて教室を出ていった。
あとには、ただ立ち尽くす白馬と服部が残された。
「なぁ快斗」
「どうしたの?」
それまで無言で歩いていた新一が前を向いたまま、話し掛けてくる。
快斗はそっと新一の背中を押して、人目に付きにくい場所へ誘い込むとそっと抱き寄せた。
「あいつらにさ、偉そうなことを言ったけど…、一番探偵失格なのは俺かもしんねぇな」
力なく微笑む、新一の笑顔が痛かった。
辛そうにこんな台詞を言わせているのは自分だから。
怪盗キッドだと知って、それに目を瞑り、自分を受け入れさせている。
「新一…、いいんだよ。それで新一が楽になれるなら…」
いつでも、俺を警察に突き出して。
「バーロ、それができるぐらいなら、こんなに苦しんだりしねぇよ…」
キャンパスの人目を忍ぶ暗がりで、二人は深く唇を貪りあった。
ゴメンネ、新一。
新一、ゴメン…。
心の中で快斗は何度もそう繰り返した。
「人を愛するのが、こんなに苦しいって知らなかった…」
離れていく唇とともに、新一はそう呟いた。
「新一もキッドに負けず劣らずキザだよね〜」
「茶化すな!俺は大マジメなんだぞ!」
ぷうっと膨れっ面を見せる新一に、アハハと笑いかえすが、すぐにふざけた笑みを引っ込める。
「新一はもっといい探偵になれるよ。愛する苦しみを知って、それゆえに罪を犯してしまった人たちを救うような…」
「快斗……」
二人はもう一度、今度は触れるだけのキスを交わした。
「さぁ、俺達も戻ろう?」
「……だな」
文学部棟へ戻った二人をものすごい形相で出迎えた人物がいた。
「工藤〜〜!!!黒羽〜〜!!!よくもフケやがったなぁ〜!」
仕切り屋・中村の地を這うような声に、二人はたじろいだ。
「あ…」
「ゴメン…」
「おかげで、今日の売り上げが予算達成できなかったんだぞ!お前ら二人とも残る2日間は休憩ナシで働いてもらうからな!」
「なにぃ〜」
「せめて、昼メシぐらいは…」
「ダメだ!今日一日で三日分休憩取ったんだから我慢しろ!」
はぁ〜〜〜〜っ、と大きな溜息をハモりながらつく。
二人の活躍を知らないということは、新一の判断が正しかったことを示す。
人の口に戸は立てられないから、いずれは中村の耳にも届くだろうが。
「覚悟決めて働きますか」
「しょうがねぇか…」
すっかり陽が落ちるのが早くなり、あたりは夕日を受けて赤く染まり始めていた。
終わった…。ちょっと短かめだけど…。 ただこれが書きたいためだけの長〜い前振りにおつき合い有り難うございました。 BACK ATLIER NEXT