嵐を呼ぶ東都祭
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青く澄み渡った空が広がる秋晴れの日。
ポンポンポンッと花火が上がる音とともに、キャンパス中のスピーカが東都祭の開幕を告げる。
東都祭には未来のエリートを捕まえようと、近隣はもちろん、少し離れたところからも女子大生がこぞって押し掛ける。
東都大生にとって、彼女達は今後の部費や研究費、そして打ち上げの飲み代となる大切な財源なのだ。
もちろん、表向きには収支は赤字となっているのだが、大学側もそれは承知の上で黙認している。
よって、東都祭ではいかにして女子大生を呼び込むか、趣向を凝らす。
また、そうした女子大生目当ての他大生も数多く押し掛ける。
そのため、東都祭は数ある大学祭の中でも一番の派手さと人出を誇っていた。三人の探偵と1人の怪盗もこの時ばかりは普通の大学生だった。
新一と快斗が在籍する心理学科はそれらしく夢占いのブースを出していた。
と言っても、そちらは専ら女の子が担当し、新一と快斗はもう一つの方、コンパ代稼ぎの為のカフェに狩り出されていた。
「いらっしゃいませ〜」
爽やかな営業スマイルで店(と言っても教室だが)に入って来た客の応対をする新一は、白いシャツに黒のスラックス、襟元には黒の蝶ネクタイをして、ギャルソンエプロンを腰に巻いている。
当初、新一は接客は苦手だ!と全面拒否をしていた。
だが、仕切り屋・中村(「誘惑は真夏の夜の夢」参照のこと)に、「女から金を取るには、イケメンを揃えるのが一番!よって工藤と黒羽には拒否権ナシ!」と断言され、二人を除く全員がそれに賛同した。
おまけに「ホストクラブじゃないだけマシだと思え」とまで言われては、新一も渋々承知するしかなかった。
いざ当日となると、先のように爽やかな笑顔(営業用だが)を見せ、銀のトレイを鮮やかに片手で操り、軽やかに動き回ってみせた。
負けず嫌いの新一が、なんでも器用にこなす快斗からトレイの扱い方の特訓を受けたのは、二人だけの秘密だ。
おかげで仲間達からは、
「アイツ、探偵にならなくてもギャルソンで食っていけるんじゃねぇの?」
「いや、工藤のことだから、ギャルソン探偵とかやりそうだぜ」
と囁かれた。
なかなか素顔を見せない新一ではあるが、さすが東都の心理学科ともなれば、半年のうちにかなり新一を理解していた。
「ハ〜イ、ひっさしぶり〜!」
「なかなか似合ってるわよ、新一」
幼馴染と元クラスメートの出現に新一はホッと胸を撫でおろした。
「わりぃ、ちょっと抜ける」
新一が仲間達に声を掛けると、カフェと化している教室は騒然とした。
「きゃあ〜、工藤君のカノジョ?どっちが?」
「なに?工藤君、抜けちゃうの?つまんな〜い」
どこの誰かもわからない女の子達の奇声にうんざりしながらも、新一は「またな」と声を掛けて手を振った。
「ちょっと、ちょっと〜!高校の頃よりキザ度上がってんじゃない?」
園子がからかうように肘で突く。
「バーロ!冗談じゃないぜ。その気もねぇのにめんどくせぇ」
「冗談じゃないぜ。その気もねぇのにめんどくせぇ」
「へぇ〜、高校の頃は鼻の下でろ〜んて伸ばしてたクセに。さては彼女できたな」
「バーロ、そんなんじゃねぇよ」
笑いながらも新一は内心慌てていた。
確かに恋人はいるのだ。
彼女ではないだけで。
だが、この二人に本当のことを言う訳にはいかない。
蘭になら、バレても構わないとは思う。
驚きはするだろう。
だからといって、軽蔑したり、嫌悪したりするようなことはない。
恋愛感情こそ、なくなったがそう確信できるだけの長い年月の紆余曲折を過ごしてきたのだ。
だが園子は違う。
仲のいい友人には違いないが、新一にとってはあくまで元クラスメートであり、蘭の親友でしかなかった。
それに園子の性格を考えれば、軽蔑も嫌悪もしないだろうが面白がって根掘葉掘聞きだそうとするだろうし、あの噂好きな性格ではあちこちに言ってまわるだろうというのは目に見えている。
快斗との関係は単なる恋愛のようなナマ易しいものではない。
そう思うからこそ、好奇の目には晒されたくはなかった。
とにかく、いまはシラをきりとおすしかなかった。
ぶらぶらとキャンパス内を3人で歩く。
園子は食い気と色気の両方を発揮して、あちこちの屋台を覗きながら、「いい男いないわ〜」とチェックに余念がない(一応、渡米してしまった京極との仲は続いているのだが…)。
「ハ〜イ、新一!うまいこと抜けられた?」
背後から慣れ親しんだ声が掛けられる。
振り向いた視線の先には、新一と同じギャルソンスタイルの快斗が同じように女の子を連れて歩いていた。
「新一、紹介するよ。俺の幼馴染みで中森アホ子ってんだ」
「バ快斗!誰がアホ子よっ!」
幼馴染みと紹介された少女が快斗の後頭部をガシガシ叩いている。
「イテテッ!青子、名探偵の工藤新一君だよ」
青子と呼ばれた少女の手がピタリと止まる。
少女はくるりと新一の方に向き直ると、ぴょこんと頭を下げた。
「あ、初めまして。バ快斗の幼馴染みで中森青子っていいます」
青子という名に新一は聞き覚えがあった。
夏休みの初日、前日のコンパで悪酔いした新一は快斗の家に連れ込まれた。
その時にかかってきた電話に向かって、快斗が呼び掛けた名前。
親し気に話す相手が気になって苛ついたのを新一は思い出した。
新一がそんなことを考えていたとは知らず、青子は新一に話し掛けてきた。
「あの、いつも父がお世話になってます」
「え?」
なんのことやら判らず、新一がきょとんとしていると、快斗が口を挟んだ。
「青子の親父さんは刑事なんだよ。新一も知ってるんじゃないかな?警視庁捜査2課の中森警部」
中森警部といえば、怪盗キッド専任の熱血警部だ。
知ってるなんてもんじゃない。
(快斗のヤツ…、いけしゃあしゃあと…。何が、知ってるんじゃないかな、だ。俺の反応を楽しむために、わざと言わなかったに違いねぇ!)
ニッコリと青子に微笑んで見せる新一は、腸を煮えたぎらせていた。「ねぇねぇ、彼って新一君にそっくりじゃない?」
「うん…」
園子に囁かれ、蘭の記憶が甦ってくる。
新一が姿を消していた時に渋谷で見かけたカップルの姿が。
新一の耳にも蘭と園子の会話が聞こえてはいたが、コナンであったことは言えないため、それを無視して二人を青子に紹介した。
「あ、紹介するよ。俺の幼馴染みの毛利蘭と蘭の親友で俺の元・クラスメートの鈴木園子。二人とも中森警部には会ったことあるんだ。蘭は毛利探偵の娘だし、園子はキッドが何度か予告を出した鈴木財閥の娘なんだ」
よろしく〜、と女同士はまたたくまに意気投合し始める。
「中森警部って、キッド様専任の熱血刑事さんよね?」
新一の背後で園子が蘭に囁く。
「キッド…様?」
青子が耳聡くそれを聞き咎める。
青子の疑問に答えるように新一が付け加えた。
「園子は怪盗キッドのファンなんだよ」
えぇ〜っ???と青子が驚愕の眼差しで園子を見る。
「あら、間近に見たことはないけど、あの優雅な身のこなしはきっと素敵なオジサマよ〜!」
オジサマ呼ばわりされた快斗が密かに脱力したのを新一は見のがさなかった。
(ザマミロ!俺に彼女が中森警部の娘だってこと黙ってるのが悪ぃんだよ!)
ささやかな復讐を果たし、新一は満足げに笑った。
苦笑を押さえながら、快斗は新一の肩に手を置くと、話を摺り替えた。
「ところで、新一達はどこへ行くつもりだったの?」
「いや、特に決めてねぇ…」
「んじゃ、服部達んとこ行かない?あいつら、なんかオモシロイことやってるらしいよ」
そうして、5人は連れ立って、法学部棟へと向かっていった。
(こいつらが、未来の裁判官や弁護士だったりするわけ?アッタマ痛ぇ〜)
それが、服部達のところへ辿り着いた新一の率直な感想だった。
なぜならそこは『バニー喫茶・Jura(ユーラ/ドイツ語で法学の意)』とあったのだ。
しかも、バニーに扮装しているのは全員男なのである。
「いらっしゃいませ〜。なんや…お前らかいな…」
「「ぶっ…、ぶわっはっはっは!!!」」
快斗も新一も、服部の姿を一目見て吹き出した。
服部は剣道で鍛えた筋肉質な身体に白いファーのついた赤いバニーの衣装を身につけていた。
「服部、サイコー!」
「似合ってるぜ!」
ヒィヒィ涙を流しながら、爆笑し続ける二人にさらに追い討ちをかける人物が声をかけた。
「営業妨害ですよ、黒羽君!工藤君も…」
二人の背後で仁王立ちしている白馬はビニールレザーのボンテージ・バニ−になっていた。
「「は、白馬〜!」」
二人は腹を抱えてギャハハハハハと大受けしている。
「ええ加減にせぇ!」
「失敬ですよ、二人とも!」
「でも、似合ってるわよ、服部君」
「ら、蘭ちゃん?おったんか?園子ちゃんまで…」
「白馬君もね」
「な、中森さん?」
快斗と新一の失礼な態度に気を取られ、二人の幼馴染み達がいることに服部も白馬も気付いていなかった。
「白馬君…って、前に一度お会いしてますよね?覚えてます?」
「えぇ、あなたのような素敵な方を忘れたりはしませんよ。黄昏の館でお会いしましたよね?」
(そのカッコでキザっちいこと言ったって締まらねぇよ)
快斗も新一もまだ笑いを堪えながら、心の中で呟いた。
あの時、黄昏の館にいたうちの4人がここにいる。
それなのに、そのうちの2人はそれを言うことはできないのだ。新一と服部。
快斗と白馬。
新一と青子。
快斗と蘭、園子。
蘭と快斗、青子。
蘭、園子と服部。
蘭と白馬。
そして何よりも、新一と快斗。新一は自分と快斗を取り巻く奇妙な(と言っても、半分以上は快斗の意図したものだとわかっているが)縁に苦笑するしかなかった。
いずれも新一がコナンにならなければ、そして快斗が怪盗キッドでなければ、ありえなかったかもしれない関係なのだから。「新一」
物思いに耽っていた新一に、他の5人の目を盗むようにして快斗が話し掛けた。
「何を考えていたかはわかるけどさ、俺達は出会うべくして出会ったんだからそれでいいじゃん」
「快斗…」
柔らかい快斗の微笑みはいつも新一を穏やかにさせる。
「そうだな…」
新一も穏やかな笑みを浮かべた。
(あ〜、もうキスして押し倒したくなるような顔しちゃって…。誰にも見せたくないよ〜)
という快斗の気持ちも空しく、その新一の笑顔をしっかり見ている人物がいた。
恐怖のバニー喫茶の一角を陣取って、話に花を咲かせていた7人だったが、青子が話の腰を折るように立ち上がった。
「中森さん?」
「あ、あの…トイレどこ?」
「廊下を右に行って、階段の手前にありますよ」
「ありがと、白馬君。ごめん、ちょっと行ってくる」
青子はバッグを掴むと、トイレへと一目散に駆けていった。
それから、15分ぐらいした頃だった。
「ねぇ、青子ちゃん遅くない?」
「んー、また迷ってんのかなぁ。あいつ方向音痴なんだよなぁ」
「へぇ、蘭とおんなじだな」
「ちょっと新一!余計なこと言わないでよね」
探してくる、と言って快斗が席をたったその時だった。
「きゃああああああああああああっ!!!!!」
法学部校舎に、女性の悲鳴が響き渡った。
まずは顔合わせ。ほぼオールキャストですね。 これから、あの面々もでてきますし…。 BACK ATLIER NEXT