嵐を呼ぶ東都祭
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「きゃああああああああああああっ!!!!!」
響き渡る女性の悲鳴にガタンと音を立てて快斗が、そしてほんの僅か遅れて新一が立ち上がった。
かと思うと、二人とも悲鳴の聞こえた方へと廊下を走り抜けた。
「快斗!今の悲鳴って…」
「あぁ、青子の声に間違いない!」
ザワザワとした人だかりができている教室の前で、新一は手っ取り早く野次馬を捕まえて状況を確認した。
何人かの目撃者の話を合わせて、なんとか経緯を掴んだ。簡単に言うと―――、
突然に、廊下を歩いていた男が通りすがりの女の子を捕まえて、ナイフを突き付けた。
男はそのまま何かを喚きながら、手近の使用されていない教室へと立て篭った。
―――ということらしい。「………っくしょう」
「快斗…」
拳を握り締めて俯く快斗の肩に、新一はそっと手を乗せた。
新一がいまでも蘭を大事に思うように、快斗も青子を大事にしている。
快斗、いや怪盗キッドならば救出はたやすいだろう。
だが、救出するだけではダメなのだ。
立て篭った男にしかるべき処置を与えなくてはならない。
それにはキッドの姿が邪魔になる。
それに青子がキッドを毛嫌いしているのは(園子の手前、はっきりとは言わなかったが)その態度で充分察することができる。
ましてや、青子はあの中森警部の娘だし、傍には快斗をキッドと疑う白馬もいる。
そういえば…、と新一は周囲にたかる野次馬の群を見渡した。
集団の後ろの方に探していた人物を見つける。
二人ともジャージの上下を身につけている。
さすがにあのままの恰好で駆け付けることはできなかったらしい。
服部の後に携帯電話で話をしている白馬の姿が目に入ると、新一はものすごい剣幕で走り寄った。
「白馬!」
「な、なんですか?」
終了ボタンを押しながら振り向いた白馬は、新一の気迫に気圧された。
「どこへ電話した?」
「白鳥警部に。僕は一課で懇意なのは白鳥警部ぐらいですから」
「バーロッ!なんてことすんだっ!!!」
新一は自分の携帯電話を取り出すと、大急ぎで目暮警部に電話をかけた。
「もしもし、工藤です。白鳥警部と連絡とれますか?」
白馬はきょとんとしながら、新一の様子を伺っている。
「そうです。ですが、警部と白鳥警部、それとあと1名で…。パトカーは正門ではなく裏門へ」
服部も何事かと新一を見る。
「じゃあ、お願いします。くれぐれもサイレンは鳴らさずに。それと…拉致されているのは中森警部のお嬢さんです」
電話の向こうで「なんだって?」と叫ぶ目暮警部の声が聞こえたが、そのまま終了ボタンを押す。
新一は小さく息を吐き、それから快斗のいる方に振り向いた。
「快斗!」
「オッケー!まかしとけって!」
何も打ち合わせなどしていないのに、快斗は新一の意図するところを読み取ってくれる。
現場から遠ざかっていく二人を呆然と見送ると、白馬は服部と顔を見合わせた。
「どういうことなんでしょうか?」
「さぁ?アイツらの考えてることはよぉわからんわ。それよか、俺らができることをせんとな」
「そうですね。それでは、犯人の説得でもしましょうか」
「せやな」
二人は、野次馬の群を掻き分けて、男が立て篭もる部屋の前へと進んでいった。
「快斗!」
「なに?」
「予告状出してるか?」
「はぁ?」
猛スピードで法学部棟校舎の階段を駆け降りているという時に、新一は的外れにも思えることを聞いてきた。
「出してないよ!これといったモノがないから。なんで?」
「いや、中森警部が忙しかったら、娘が心配でやきもきしてるだろうなって思ってさ」
怪盗キッド専任であるから、予告がない時はヒマとは言わないものの、娘の安否を気遣って駆け付けるぐらいの余裕はあるだろう。
快斗は新一の何気ない心配りに愛しさを募らせた。
「親父さんが来るまでに、俺達でカタつけよーぜ!」
「あったりめぇだ!俺は事務棟へ行く。快斗は…」
「わかってるって!」
新一と快斗はふた手に別れ、慌しくキャンパス内を駆け回った。
いまはとにかく時間がない。
悪戯に時間を延ばすことは、拉致されている青子にも負担がかかる。
新一は事務棟に駆け込むと、学生課のドアを押した。
一方、快斗は東都祭の事務局がある学生会館の一室にいた。
「実行委員長は?」
「あ、俺だけど?」
スーツを着込んだ3年生が立ち上がる。
「時間がないんです。説明はあとでしますから、俺と来てもらえませんか?」
新入生の総代に選ばれながら、それを一蹴した男として快斗を知っていた3年生は、その様子から何かはわからないが緊急事態と察知した。
「あ、それと裏門にパトカーが来るんで、誘導お願いします」
パトカーと聞いて、他の実行委員達もただならぬ事体が起きているのだということを認識したようだった。
委員長は2、3の指示を出すと、快斗の後に従った。
東都大学・学長室。
重厚な調度品で飾られた部屋で、開校以来の緊急会議が行われていた。東都大学学長・一之瀬徹。
東都祭実行委員長・早川直樹。
警視庁捜査一課の目暮警部と白鳥警部。
東都大学学生課長・長田幸助。
そして黒羽快斗と工藤新一。会議は全員が顔を揃えてから5分とかからずに終わった。
「では、警部さん、後を頼みます」
学長のその言葉に全員が立ち上がり、やるべきことをするために部屋を出ていった。
「学長、嬉しそうに見えるのですが?」
学生課長の長田が遠慮がちに問い掛ける。
「その通りだよ。頼もしいじゃないか。これだけの事態に彼等は自分がすべきことを見誤らずにいる。大の大人を先導してな」
「学長」
「日本の若者もまだまだ捨てたもんじゃないな」
ハッハッハと笑う学長を、凡人の代表のような学生課長は呆然と見つめていた。
「長田君、何をぼけっとしとるんだね。君にもいまやるべきことがあるだろう?」
「は、は、はいっ!」
可哀相な長田は転がるようにして部屋を出ていった。
再び法学部棟へと戻ってきた新一と快斗を出迎えたのは、服部でも白馬でもなくポツンと取り残されていた蘭と園子だった。
「ちょっと、新一!どこ行ってたのよ!青子ちゃんが大変なんだから!」
「わかってる」
「服部君と白馬君が立て篭もった人を説得しようとしてくれたんだけど、なんか訳わかんないこと言い出して…」
「なんだって!快斗、急ごう!」
新一が声をかけた時にはもう快斗は走り出していた。
目暮警部達もそれに続く。
「蘭、一緒に来てくれ!園子、裏門に高木刑事がいるから、このこと伝えて!」
「え?」
「まかせて!ほら、蘭早く行きなさいよ!」園子のことが心配なのか、何度も振り返る蘭を手で追い払うように急かす。
園子も裏門へ移動しようとして、ふと立ち止まった。
「そういや、裏門ってどこにあるのかしら?………ま、いっか。なんとかなるでしょ」
手に持っていたショルダーバッグをぶんぶん振り回しながら、園子はずんずんと歩いていった。
「快斗、どんな感じだ?」
再び男が立て篭る部屋の前で中の様子を伺っていた快斗に声をかける。
実行委員によってやじ馬は階段の向こう側へと追いやられたため、近くにいるのは快斗と新一、蘭、そして目暮警部。
少し離れたところに服部と白馬が佇んでいる。
快斗は壁から耳を離すと、力無く首を振った。
「なぁ、快斗。青子ちゃんってどんな子だ?」
「そうだなぁ、小父さん…中森警部のことすごく誇りに思ってて、威勢がよくて、おふくろみたいに口うるさくて、甘ったれで、泣き虫なやつ…かな」
淡々と辛そうに話す快斗が痛ましい。
「こういう状況では?冷静に判断できるか?それともパニックする方か?」
「…いや、あいつ天然なんだよ。だから冷静な判断ってのはちょっと無理。蘭ちゃんみたいに強くはないけど噛み付いて、暴れまくって、泣き喚きながら支離滅裂なこと言って犯人を疲れさせるタイプかな。でも、パニックは起こしてないから人の話は聞けるよ」
「そっか。犯人がアレじゃ、疲れは感じねぇだろうけど、青子ちゃんが自棄になったりはしないなら一安心だな。あとは、中の様子がわかるといいんだけど」
蘭が新一の袖を引っ張る。
「ねぇ、あの穴って向こう側に通じてるんじゃない?」
蘭が指差したのは、直径10センチ程の換気口。
防塵用のネットが付いている。
「あのネットを外せば、中の様子が見れるかもな。快斗、俺をもちあげられるか?」
「もちろん」
「え?私の方が軽いよ?」
いかに新一が痩せているとはいえ、快斗と体型はあまり変わらない。
快斗だとて、筋肉隆々というわけではないから、蘭には新一よりは自分の方が適任に思えた。
「大丈夫!新一、軽いから。それにそのカッコじゃまずいでしょ?」
そうだった、と蘭は自分の着ているものを見ていまさらながら思う。
いまさら、新一相手に気合いをいれてオシャレするつもりはないが、そこは女の子。
お気に入りのミニスカートをはいてきていたのだ。
快斗は壁を向き、背中で手を組む。
新一は、その手を足掛かりに快斗の肩の上に立つ。
「快斗、大丈夫か?」
「あぁ」
「じゃあ、そのまま右に10センチずれて………オッケー」
「どう?」
「う…ん、ちょっと見えにくいけど。まずいな…、青子ちゃんだいぶまいってるみたいだな。でも…。いいよ快斗、降ろして」
快斗の肩から降りると新一は顎に手を当てるお決まりのポーズでしばし考え込んでいた。
やがて顎をあげると、ただ傍観してるしかなかった目暮警部と白鳥警部の方へと向いた。
「やはり強行突入したほうがいいですね。ただ、犯人が青子ちゃんのかなり近くにいるんで、もう少し引き離さないとまずいです」
新一は実行委員を捕まえて、梯子とロープとサッカーボールを持ってくるように指示を出した。
「快斗、なんとかして青子ちゃんの安全を確保できる距離まで引き離して」
「了解」
「蘭…、蘭にも頼みたいんだ」
「なに?私でできること?」
「あぁ、結構重要な役回りだよ。上のフロアから窓ガラス蹴破って突入して欲しいんだ」
「えぇっ?」
「工藤君!!!いくらなんでも蘭君に…」
ひたすら新一のすることを傍観していた警部達もこれには口を挟んできた。
ベランダも何もない外側の窓を、素人の、しかも女性に蹴破れとは。
いくら蘭が空手が得意でも、警察としては黙って見過ごすわけにはいかなかった。
「警部、いまは時間がないんです。空手の強いやつならここの学生にもいるでしょう。でも、そいつの腕がどれほどのものか、僕は知りませんし、試合とは違ってこういう状況ですからね。その点、蘭はいろいろ経験がありますし、信頼してますから」
コナンだった時、何度蘭に助けられたことか。
新一は、いまこの場で、蘭以上の適任者を見つけることはできなかった。
インカムから蘭のスタンバイ完了を知らせる白鳥警部の声が聞こえてくる。
「了解。快斗、頼むぜ」
「まかせなさいって!」
梯子に昇った快斗が直径10センチの小さな穴から紙飛行機を投げ入れる。
明らかに意志をもって動く紙飛行機は教室の中を大きく旋回しながら男の目の前で鳩に変わる。
鳩は再び大きく旋回する。
ふらふらとしながら、男は闖入者を追い払おうと鳩を追い掛けはじめた。
「新一!」
「よし、蘭行けぇ!」
そういう新一もサッカーボールを軽く放ると思いきりドアに向かって蹴り飛ばした。
バキッという木の折れる音とガッシャーンというガラスの割れる音が響き渡る。
蘭は着地をするとすぐに体勢を立て直し、得意の回し蹴りを炸裂させる。
男の手から落ちたナイフを新一が手の届かない所へと蹴り飛ばす。
一拍遅れて部屋に入ってきた快斗が青子を保護する。
快斗が振り返った時には、男は床に寝っ転がってのびていた。
快斗と蘭に身体を支えられるようにして教室から出てきた青子は、そこに父・中森警部の姿を見て、緊張の糸が切れたようにワァワァと泣き出した。
「お父さぁ〜ん、恐かったよぉ〜!」
「青子、無事で良かった。もう、大丈夫だからな、な」
父親の胸に縋り付いて涙を流す青子の姿を皆が微笑まし気に見ていた。
「あんな中森警部の顔見るの、初めてだ」
ぽそっと呟いた新一に、快斗は「そう?」と答えた。
「俺は毎日。っていってもおじさんが家にいる時だけだけどな」
いない時はキッドの予告状が出た時だから、あの父娘を引き離しているのは自分だと思うと心が痛む。
隠れて溜息をこぼしていると、中森警部が二人の前へと歩み出た。
「工藤君、この度は本当にありがとう。さすがに、救世主の異名は伊達じゃないな」
この警部から面と向かって賛辞をもらうのはこれが初めてだ。
新一が面喰らっていると、中森警部は表情を険しいものに変えた。
「だが、キッドの現場ではこうはいかんぞ。指揮権はこの私にあるのだから、それに従ってもらおう」
やっぱり中森警部はこうでなくっちゃ、と思いつつ新一はにっこりと笑った。
「快斗君もいろいろとありがとう。今日のところは青子を連れて帰るが、また遊びに来てくれ」
中森警部は蘭にも一つ会釈をすると、デレデレと鼻の下を伸ばした親バカぶりを発揮しながら、青子とともに去っていった。「そういや快斗、わざと彼女が中森警部の娘だってこと黙ってただろう?」
「まぁね。新一が驚く顔見たかったからさ」
「悪趣味」
「だって新ちゃん、なかなか驚いてくれないし」
「バーロ、こっちは毎日驚かされっぱなしだよ」
「え〜?そんなの俺聞いてないしぃ」
「あったりめぇだ!誰が言うもんか!」
「新ちゃんの意地っ張り〜」
ハハハと笑いながら、目暮警部達が事件の後始末をしているのを見ていた。
一応、事件は一件落着。 でも、本当に書きたいのはこの先なのです。 BACK ATLIER NEXT