ロスでのバカンスを過ごし始めて1週間。
快斗も新一もクタクタに疲れきっていた。
「はぁ〜、お前の両親ってタフだよなぁ…」
タキシードのサッシュを外しながら、快斗が呟く。
「言うな…快斗。俺はあれに18年間も付き合わされてきたんだぞ!」
ディズニーランドから始まって、ナッツベリーファーム、ハリウッド、リトルトーキョーなど、
思い付く限りの観光地を巡らされた。
それは昼間の話で、夜は夜でパーティーやコンサート、ミュージカルへと付き合わされたのだ。
工藤夫妻にしてみれば、新一と瓜二つな快斗を一緒に連れて回り、「Mr.&Mrs.クドウの息子は双児だったのか?」と言わせたいだけだったのだが、当の二人にはいい迷惑だった。
「あぁ〜〜〜!もう我慢できねぇ!!!」
ついに新一がキレた。
ズカズカと部屋を出ていく新一を呆然と見送ると、快斗は脱ぎ散らかされたタキシードをハンガーにかけ、
新一の後を追った。
サンタモニカの熱い夜
-2-
「別居?」
「どういうことだね?新一」
物凄い剣幕で「別居する!」怒鳴り込んできた新一に、夜会服のままリビングでイチャイチャとしていた
工藤夫妻は何を言われているのかわからず、きょとんとしていた。
「だ〜か〜ら〜!サンタモニカにセカンドハウスがあるだろ?そこの鍵、貸してくれって言ってんの!」
「新ちゃん、母さん達を見捨てるの…?」
さすが元・女優、やることがいちいち大袈裟だ。
呆然と3人の様子を見つめる快斗はそう思った。
「これ以上、父さんと母さんに振り回されたくねぇの!」
「新一」
いきり立つ新一に優作は強く、そして静かに愛しい一人息子の名を読んだ。
「な、なんだよ…」
「鍵を貸すのは構わないよ」
「あなたっ!」
有希子は優作の言葉に驚いて、思わず大きな声を出した。
優作はそっと有希子に目配せを送り、彼女がなにか言おうとするのを止めた。
「だが、一つだけ聞きたい。新一、そう…いうことなのか?」
問いかける優作の目は真剣さを称えていた。
「新一は…、それでいいのか?」
余計なことを言わずに、優作はただそれだけを聞く。
新一は優作の真意を汲み取ると、まっすぐに見返した。
「あぁ。俺がそうしたいんだ」
「そうか…、わかった」
優作は書斎へと向かい、キーボックスから一つの鍵を取り出すと、後についてきた新一に渡した。
「一週間だけだぞ。最後の一週間はまた、ここに戻ってきなさい」
「………わかった」
「今夜はもう遅い。行くなら明日の朝にしなさい」
「………あぁ、そうする」
新一の横を通り抜け、優作は有希子を伴って二人の寝室へと消えていった。
何も聞かず。
何も言わず。
ただ、黙って鍵を渡してくれた父に新一は心の中で感謝していた。
リビングで一人待っていた快斗を認め、新一は微笑んだ。
「これであの二人から解放されるぞ。一週間だけだけどな」
「新一…」
「俺達ももう、寝ようぜ」
「……あぁ」
優作と新一が何を話していたのかまでは、快斗にはわからなかった。
ただ、二人の真剣でただならぬ様子が、少しだけ羨ましく思った。
サンタモニカビーチに面した工藤優作のセカンドハウスは、本邸とは違いこじんまりとした家だった。
もともと追い掛けてくる編集者から逃れるための緊急避難用として造られた物で、
仕事用の書斎と寝室、リビングダイニング、キッチンそれにバスルームがあるだけだ。
それでも一部屋がかなり大きく造られているので、建て坪はかなりになる。
「ん〜、なんか落ち着く」
リビングに置かれたソファにどっかりと腰を下ろし、快斗は思い切り伸び上がった。
パタパタとキッチンの扉を開けて、ビーフジャーキーとカシューナッツ、
それに冷蔵庫にあった缶ビールを2本物色した新一は、それらを抱えて笑いながら快斗の隣に座った。
「バーカ、初めてきた家で言う台詞じゃねぇだろうが」
「それはそうだけどさ、あっちの家のあの広さには慣れないよ。それに優作さん達もいるしね」
快斗は苦笑する。
工藤夫妻、特に優作はなにかと快斗の世話を焼きたがった。
父親がわりを務めようとしてくれているのはわかっていたが、
新一とゆっくり話す暇もないくらいなのには、さすがに過剰ではないかと思う。
新一に言わせれば、あれでも遠慮がちにしているというから、驚きだ。
新一にしても、日頃親の監視を受けない生活をしているので、
口喧しい親でなくてもこうもベッタリされると欝陶しいものがあった。
それに………新一には心に決めた思いがあった。
「快斗、買い出しにいくぞ。冷蔵庫の中からっぽなんだ」
「え〜っ!せっかく新ちゃんと二人きりになれたのにぃ〜」
「今夜、魚料理決定!」
手にしたばかりの快斗の弱点を行使して、不埒な行為に及ぼうとする快斗を制した。
「あ〜っ!それだけは勘弁して〜っ!」
涙目で訴える快斗を柔らかな微笑みで見つめながら、外出を促した。
近くのスーパーで買い物を済ませ、早速ランチの用意にかかる。
キッチンに二人で立ち、ローストビーフのサンドイッチを作る。
よく冷やしたオレンジティーと一緒にお腹を満たす。
一心地つくと、二人は海パンにTシャツという格好でビーチへと出た。
「人、少ないな」
疎らに咲いたビーチパラソルを見て快斗が呟いた。
「あぁ、この辺はプライベートビーチだからな」
ぼんやりと歩く快斗の背中を新一は見ていた。
それは微妙な違いでしかなかったが、新一には十分だった。
快斗のこういう姿は珍しい。
いつだって隙を見せず、凜として前を見ている。
何を考えているのかは想像がつくが、らしくない姿を見るのは忍びなかった。
(快斗のバカヤロー、俺が気付かないと思ってんのかよっ!)
新一は少し意地悪をしたくなった。
「快斗!」
かけられた声に快斗か振り向くと、ペタッと顔に張り付いたものがあった。
それは星の形をした海の生き物。
快斗はそれをまじまじと見ていた。
「なんだ、ヒトデは平気なんだな」
「………し〜ん〜い〜ち〜!よくもやったな!待てぇっ!」
「ハハハハハ」
波打ち際を二人が走り抜ける。
「うわぁっ!」
快斗に飛びつかれた拍子に、新一は砂に足を取られ転倒した。
同時に、快斗も倒れ、二人の身体は波の中を転がった。
「新一…」
快斗は新一の身体を押さえ付け、ゆっくりと口づけた。
「ひょっとして、バレてた?」
「あったりめぇだ、俺を誰だと思ってる!」
「だね…。新一ありがとう」快斗は亡き父の面影を追っていた。
いつもならこんなことにはならない。
父のことを知る優作。
自分を甘やかす優作。
そして、優作と新一。
二人を見ていて、忘れていた思い出が甦ってくる。
あれはいつだったか、父と浜辺を歩いていた時のことを。
新一には気付かれていたのだ。
そうして、思い出を追い掛けて、深い闇へと沈みそうになっていくのを。
バカ騒ぎで沈む心を、引き上げてくれる新一をとても愛しいと思った。
快斗はもう一度、深く口づけた。
「あ〜ぁ、Tシャツがびしょぬれだぜ」
新一はTシャツを脱ぎ捨てると、沖の方へ向かっていった。
「快斗も来いよ!泳ごうぜ!」
「………あぁ!」
快斗もTシャツを脱ぐと新一のところまで、走った。
「快斗…」
新一は快斗の身体を見て、息を飲んだ。
無数に残された銃痕。
快斗の戦いがいかに壮絶なものかを物語っている。
「さすがに他のやつには見せられない身体だけどね、ここなら見る人もいないし。でも、新一になら見て欲しいな」
「………バーロッ。俺だって同じだろ?」
呟くような声で、新一は言った。
日が暮れるまで泳ぎ、戯れ、セカンドハウスに戻る。
夕食を済ませ、穏やかな食後の一時を過ごす。
こうした時間を供に過ごすのは初めてだというのに、
もう何年もこうしてきたかのような落ち着いた時間だった。
「新一、明日はどうする?」
「別に決めなくてもいいんじゃねぇ?成りゆきでさ」
「だね、そろそろ寝ようか」
「あぁ。快斗、先に寝室行っててくれ。俺、シャワー浴びてくる」
新一がバスルームへ消えていくのを見て、快斗はコーヒーのカップをシンクへと置く。
寝室の扉を開け、快斗は呆然とした。
「ウソ…だろ?」
そこにあるのは、キングサイズのベッドが一つきりだった。
立ち尽くしていた快斗の背中が押される。
「なに突っ立ってんだよ、寝るんだろ?」
それでも一向に部屋に入ろうとしない快斗に、新一は足を止めた。
「寝ないのか?」
「新一…俺、リビングのソファで寝るから…」
一つきりのベッドに、バスローブ姿の新一。
これで理性が狂わないわけがない。
そう思って快斗はソファで寝ることを申し出た。
新一は、快斗の前に立つと、囁くように小さな声で言った。
「バーロッ、察しろよ。俺を抱きたいっていったのお前だろうが…」
瞬間、快斗の思考が真っ白になる。いま…なんて言った?
一緒に寝ようって…。
それは、そういう意味なのか…?
この手で、君の身体を抱いていいのか…?快斗は新一の身体を抱き寄せると、激しく唇を求めた。
ずっと…、
ずっと、願っていた。
思いを寄せた、その日から…。「んふっ…、かい…とっ…」
途切れる吐息の中、新一は必死に快斗の名前を呼ぶ。
「バーロッ…、がっついてんじゃねぇよ…」
「ダメ、嬉しすぎて、全然余裕なんかない…」
ベッドの端に座って、さらに唇を交わすうち、快斗の身体がベッドに沈んだ。
「し…んいち…?」
「少しだけじっとしてろ」
新一は快斗の着ていたTシャツをたくしあげて脱がせた。
快斗の身体に残された銃痕一つ一つを指でなぞり、触れるだけのキスをする。
「これ以上…、これ以上銃痕を増やしたら、承知しねぇぞ」
「新一…」
もう一度、唇を重ねあうと快斗は体勢を入れ替えた。
波間を漂うように、
心を重ね、
身体を重ね、
一つになっていく…。
「愛してるよ、新一」
「快斗…」
窓の外では潮騒が二人を包むように優しい音色を奏でていた。BACK ATLIER NEXT