シーツの海でもつれあう二つの身体。
「快…斗ぉ…」
甘く強請るような声は、繰り返し自分の名を呼んでいる。
「新一…」
愛しい人の名を呟いて、その身体を抱きしめる。
「もっと…強く…激しく…抱いて…っ」
「新一っ!」
深まる欲望を口にされ、快斗はその熱を一気に叩きつけた―――――。






誘惑は真夏の夜の夢
-1-






ガバッと快斗は跳ね起きた。
「夢か…」
自分の部屋のベッド。
当然、傍らに愛しい存在などあるはずもなく、ただ下着を汚していることを確認すると、
一つ苦笑を洩らし、新しい下着を手にバスルームへと駆け込んだ。
「やっべぇ〜、俺ってば相当溜まっちゃってるかも…」
冷たいシャワーを浴びて、身体に残る熱を冷ましながら、快斗は一人言ちた。
一ヶ月前、長い間の思いをようやく受け入れてもらい、
快斗と新一の関係は友人から恋人へとその名を改めた。
だが、二人の間は何も進展していなかった。
キャンパスではほとんどの時間を一緒に過ごすが、それは友人としても変わらず、
お互い副業を持つ身であれば、デートも数えるほどにしかしていない。
ほとんどの場合が、新一が呼び出されてしまうのだが…。
キスならば、隙をついては掠め取るように何度もした。
その身体を熱く抱きしめることも何度かはあった。
だが、その先となると、拒まれるのが怖くて、何度となくチャンスはあったのだが、
なかなか手を出せずにいたのだった。
「あ〜〜、もうなにやってんだか。しっかりしろ、黒羽快斗!」
ぺしぺしと、両手で頬を叩いて気合を入れるが、実際のところ新一がどう反応するかわからないでいた。
自分のことを「愛してる」と言ってくれた言葉は、本物だと思っている。
ただ、その言葉一つを引き出すために一ヶ月以上の月日がかかったのだ。
身体の関係、それも男同士のセックスともなれば、それ以上の月日がかかるのではないだろうか。
日増しに夢の中の新一は、その妖艶さを色濃くしていく。
新一がOKしてくれる前に、自分が暴走してしまうのではないか。
それが気掛かりで、快斗は寝不足の日々を続けていた。








「工藤!黒羽!」
キャンパスを歩く二人を呼ぶ声がした。
二人が振り返った視線の先には同じゼミの学生がいた。
「よ、中村。何?」
「何じゃねぇよ、来週のゼミコン出欠出てねぇのお前らだけなんだからな」
「中村が幹事なんだっけ?」
「そ、なんとか頼むよ。お前ら二人に俺達の財布がかかってんだから」
「はぁ?なんだよそれ?」
俺達というのはおそらく他のゼミ仲間のことだろう。
だが、彼等の財布と自分達二人がどう関係するのかわからずに、新一は間の抜けた声を出した。
「ちょ〜カッコイイ黒羽君と工藤君が参加するなら、会費1000円上乗せするわ!ってのが、
女の子達全員の返事なの!」
「なるほどね。俺達が参加すれば、安く飲めるってわけか」
「そ、出席率もグ〜ンとアップするしね。頼む、俺らを助けると思って!」
拝むように手を合わせる級友に、二人は視線を交わし、ニィッとわらった。
「んじゃ、俺達、タダにしてくれる?」
「する、するから!」
「やりぃ!」
と嬉しそうに答えたのは快斗。
「しゃあね〜なぁ」
と面倒臭そうに答えたのは新一だった。






暑気払いを兼ねたゼミのコンパは、とある遊園地の花火大会が会場だった。
男も女も浴衣を着用というのが、決まりとなっていた。
無論、強制ではないが大学生らしい遊びの一つであり、新一も浴衣姿で参加した。
しかしながら、男物の浴衣を着ていても、華奢な体型が強調されてしまう。
そして、それは駅で待ち合わせをしていた快斗の姿を見たときに深く思い知らされた気がした。
快斗の均整のとれた体格は、浴衣姿でさらに強調されていた。
決して筋肉質ではないのに、躍動感が溢れた体躯。
キャンパスでも『他人の双子』と言われるほど似通った容姿だけに、
新一は快斗より少し色が白く、線の細い体格が嫌になった。
「なんかムカツク…」
「ん?どうしたの?」
拗ねて、その場から動こうとしない新一に、快斗は振り返りながら尋ねた。
「…同じ顔してるのに、快斗の方がカッコイイ」
「ハハハ、新一だって綺麗だよ。白い肌に浴衣の藍がよく似合ってる」
「男が綺麗なんて言われて嬉しいもんか!」
ますます拗ねる自分を優しく見つめる快斗の瞳に気づき、新一は顔を背けた。
(バーロ、なんて目で見るんだよ。どんな顔すりゃいいか、わかんねぇじゃねぇか…)
新一の白い頬がみるみる赤味を増していく。
そのとき、ドーンという大きな音とともに夜空に大輪の花が咲いた。
「やべぇ、始まっちまったぜ」
赤い顔を誤魔化しながら、新一は快斗の横を駆け抜けた。
「急がねぇと、中村にどやされるぞ」
「あ、待てよ、新一!」
後ろを振り返ることなくどんどんと歩いていく新一は、快斗のその優しげな瞳の裏側で、
(同じ浴衣姿でも、鮮やかな色合いの女物のほうが似合うだろうな)
という、邪な想像をしているとは夢にも思っていなかった。






次々に上がる花火に、観衆が見とれる中、二人は自分たちのグループを探していた。
「工藤!黒羽!こっちだ」
人ごみの向こう側から、中村の声が聞こえた。
声のする方を見ると、少し高くなったところから懐かしいキャラクターの絵が描かれたうちわを振っている中村の姿が目に入った。
人ごみをすり抜けて、ようやくその場所にたどり着く。
「遅ぇよ!苦労して最高の場所を抑えた幹事の身にもなってくれよぉ〜」
中村が泣きを入れるのも、最もだった。
一段高くなっているその場所は、周囲の人が邪魔で花火が見えないということもなく、また造り付けのテーブルやベンチがあるので、慣れない浴衣でも裾を気にすることなく飲む事ができる場所だった。
「よく押さえたな、こんな場所」
「まかせろ!開園1時間前から並んだんだぞ!」
感心したように快斗が言うと、中村はふんぞり返って答えた。
「1時間前って…朝の9時か?」
「おうよ!」
中村の家は千葉だと聞いているので、9時にここへくるには家を8時前に出たことになる。
花火大会の開始は夜の7時。
中村は炎天下の中、10時間もここで過ごしたことになる。
「お前1人でか?」
「まっさか!さすがに俺だって周りでカップルがイチャイチャしてるってのに、1人で10時間も寂しく待ってられっか!」
中村の話によれば、まずリーダーシップを取っている中村が場所を取り、他のメンバーは昼頃やってきて、交代で園内のアトラクションを楽しみながら時間を潰したらしい。
いくらここの花火大会は有名とはいえ、たかだかゼミのコンパのためにそこまでする中村に、新一は呆れて呟いた。
「信じらんねぇ…」
幸い呟きは、花火の音と群集のざわめきにかき消され、中村の耳には届かなかったようだった。


小ぶりな花火の連射が始まるころ、4・5人の女の子が立ち話を続けている3人に気付いた。
「あ〜!黒羽君、工藤君遅い〜っ!」
「立ってないで、こっちきて一緒に飲もうよぉ〜!」
「あ、私工藤君の隣がいい〜!」
「じゃあ、私、黒羽君の隣ね!」
「ちょっとぉ〜、抜け駆けはずるいわよ!」
女の子たちの黄色い声に圧倒されながら、二人はあっという間に引きづられて行った。

テーブルの上には、缶ビールや缶チューハイ、カップ入りの日本酒など様々な種類のお酒とファーストフードのフライドチキンや枝豆、ポテトチップにチョコレートなどのつまみがぎっしりと並んでいた。
二人は示された場所に座りながら、キシッと音をたてて、缶ビールのプルトップを上げた。
「じゃもう一度、乾杯しようぜ!」
中村の声にみんなそれぞれの缶ビールやチューハイ、カクテルのミニボトルなどを突き出した。
「かんぱ〜い!」
快斗と新一は駆けつけ一杯の缶ビールをゴクゴクゴクっと飲み干した。


「はい、工藤君」
と、女の子から缶ビールを差し出され、新一はそれを受け取りながら尋ねた。
「バランタインねぇの?」
「バランタイン?」
「そう、12年ものでいいんだけど」
そう、とにっこり笑って返されても、訊かれた女の子はそれがなんなのかわからず、きょとんとしていた。
ワインの銘柄ならともかく、本人が好きでなければ、女の子でスコッチの銘柄に精通している人は少ないだろう。
女の子が困った顔をしていると、新一は後ろから肩をがしっと掴まれた。
「あんなぁ〜、学生の、しかも野外のコンパでそんな贅沢なもんあるわけねぇだろうが!」
仰ぎ見ると、中村が苦笑していた。
「あ、中村君!バランタインってなんなの?」
「スコッチの名前だよ」
「ねぇねぇ、贅沢って…いくらぐらいするの?」
「そんなの買ったことねぇからわかんねぇよ。少なくとも俺には手がでねぇよ」
女の子と中村のやりとりを黙って聞いていた快斗がクスッと笑った。
「そんなことないよ。新一の言ってた12年ものなら4000円ぐらいかな」
なぁ〜んだ、と女の子たちの落胆したような声があがった。
ブランド物や高級品には敏感なだけあって、自分が使うものでなくても、チェックが入るのだろう。
「でもね、17年ものだと1万円以上はするし、スコッチの最高峰と言われる30年ものなら7万円以上するよ。もっとも、ディスカウントショップで買えば、もっと安く買えるし、店でボトルを入れたらもっとするけど」
へぇ〜、と女の子達の間から感嘆の声がもれる。
「工藤君はいつも何年ものを飲むの?」
「17年ものだけど」
途端にきゃ〜という黄色い声があがる。
新一が作家・工藤優作の息子であることは誰もが知ることだし、ブルジョワな生活を送っているだろうことも簡単に想像できる。
しかしながら、一般庶民な男達はどこか面白くないものを感じるのだった。
「ったく、いったいどんな店で飲んでんだよ。まさか銀座のクラブとか言うんじゃねぇんだろうな」
「どこって、家でだぜ?家に美味い酒があるのに、わざわざ外で飲むことねぇだろ?」
皮肉混じりの問いにしれっとして新一が答えると、周囲は絶句したあと、爆笑した。
「なんか、すごく工藤君らしいね」
隣に座っていた名前も覚えていない女の子がヒィヒィ笑いながらそういうと、新一の眉間に深い縦皺が刻まれた。
(俺らしい?何が俺らしいんだ?そう言える何を知ってるってんだ?)
マスコミでの露出も多く、イメージや外見で評されることの多かった新一は、例えそれが図星であっても、よく知りもしない人にそう言われることを嫌った。
ましてやプライドの高い新一には、こういう形で笑いを誘うのは我慢がならなかった。
そんな新一の性格を充分把握している快斗は、さりげなく話題を変えた。
「みんなはさぁ、いつもどんな店で飲んでんの?」
「え〜、普通の居酒屋だよ」
「んじゃ、デートのときは?お勧めとか、連れてって欲しい店とか教えてよ」
「黒羽君、誰か連れて行きたい人がいるの?」
「まぁね」
快斗が軽くウインクしながら答えると、女の子達が騒然とした。
「ウッソ〜、彼女持ちなのぉ〜、ショック〜」
「誰、誰?うちの大学の子?」
「へっへ〜、ノーコメントだよ」
夜空を染める菊花の輝きに照らし出された快斗の顔はとても楽しげに見えた。











新一は、ぼんやりとスターマインが黒いキャンバスに花を咲かせるのを眺めていた。
この一際華やかな花火があがるということは、花火大会もクライマックスなのだろう。
なのに、周囲にはこの綺麗な花火を見るものは誰もいない。
会話に花を咲かせ、酒を飲み、自分や快斗の話に笑い転げているばかりだ。
噛み合わない会話に疲れながらも、新一は営業スマイルを振りまきながら、何本目になるかわからないカップ入りの日本酒をぐいっと飲み干した。






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