五月雨は想いのメロディ

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思いもかけない服部平次からの告白を受けたのは、10日程前のことだ。
だが、快斗の時とは違いある程度、自分の気持ちを見つめなおした新一は、逃げ隠れするほどには困っていなかった。
(だけどよぉ〜、なんでよりによって男二人に告られなきゃなんねぇんだ?)
自分がフェロモンを振りまいているとは、到底考えが及ばない新一だった。
本格的な梅雨の到来となり、じめじめとした教室はほぼ満席だった。
4限の授業が終わり、特に呼び出しもないようなので、快斗は新一を映画に誘おうとした。
その時、新一は頬杖をつきながらはぁ〜っと大きく溜息をついた。
その姿に快斗は目を奪われ、誘いの言葉を飲み込み、別の言葉を吐いた。
「新一、そんなにイロっぽいと襲っちゃうぞ!」
「はぁ?」
間の抜けた返事をする新一に、クスクスと笑いながら快斗は続けた。
「だからね、そんな憂いを帯びたイロっぽい目つきでアンニュイって雰囲気漂わせて、溜息なんかつかれると、理性の箍が外れそうになるってこと」
「何、バカなこと言ってんだよ」
新一が呆れた顔を見せると、快斗は逆に真剣な顔になった。
「バカなことじゃないよ。愛してるって言ったの忘れちゃった?」
「忘れてねぇよ。バカはお前だけじゃなかったんだって呆れてたんだよ」
面白くなさそうに、新一は吐き捨てた。
きょとんとした顔で快斗が首を傾げる。
「なにそれ?」
「あ?あぁ、服部に告られた。男相手に好きだとかいうバカはお前だけで十分だってのによぉ〜」
「え〜〜〜〜!!!で?新一、なんて答えたのさ!!!」
狭くはないが広くもない教室には、まだ大勢の学生が残っていた。
それなのに快斗が大声をあげたので、二人は思いっきり注目を浴びた。
「お、落ち着け、快斗」
「新一の貞操の危機に俺が落ち着いていられると思う?」
「貞操の危機って…」
いくらなんでも大袈裟すぎる、と新一は思った。
あながち否定しきれないところがないわけではないが、結果としてそうはならなかったのだし、友人以上には考えられないとはっきり断ったのだから、服部ももう無謀な真似はしないだろう。
ただ、それを快斗に言うことはさすがに気が引けた。


「どこか、ゆっくり話のできるトコ行こうか」
言葉を失ってしまった新一に快斗はニッコリ笑ってそう言った。
途中、自販機で缶コーヒーを買い、二人は中庭のベンチに移動した。
いつもなら、多くの学生がいる中庭も、しとしとと降る雨のせいでまるで人気がない。
だが、四阿になっているここならベンチも濡れていないし、傘も必要ない。
新一は快斗に促されるまま座り、傍らに傘を置くと、プルトップを上げてコーヒーを啜った。
二人は教室からここまで始終無言だった。
四阿の屋根を打つ雨の音だけが響いている。


新一の中に一つだけ確かなことがあった。
それは、自分が快斗のことを恋愛感情で見ることができるのだ、ということ。
服部にキスされたときに、身体を駆け抜けた嫌悪感。
虫酸が走る、というのはああいうことなのだろうと新一は思う。
だが、キッドに…快斗にキスされた時には、そんな感覚はなかった。
突然の出来事に呆然とはしていたが、身体中の力が抜けていくような心地よさを感じていたのは確かだ。
だからといって新一は、それを快斗に告げることはできなかった。
快斗が自分に向ける想いの深さを知っていたから、中途半端な気持ちで答えたくはなかったのだ。


快斗は遠くを見ながら缶コーヒーを啜る新一の横顔を黙って見つめていた。
服部と新一の間に何があったのか。
それが気にならないと言えば嘘になる。
新一は「告られた」と言っていたが、それだけではないのは新一の様子を見れば明らかだ。
茶化してはいたが、貞操の危機と言ったのも本気でそう思っていたからだ。
わずか2ヶ月の間だが、新一を見る服部の目を見て、自分と同じような思いで見ているのはすぐにわかった。
(にしでも、服部のやつ、俺の新一に何しやがったんだ!)
懸命にも、快斗はそれを新一に問いただそうとはしなかった。
新一の様子を見れば、それを言いたくなさそうにしているからだ。


雨に包まれた静寂を壊したのは新一の方だった。
「なぁ…」
「ん?なに?」
「なんで…キッドになったんだ」
新一は遠くを見ながら、快斗に問いかけた。
「それは新一から答えをもらったら、教えてあげるよ」
快斗は口元を緩ませながら、そう答えた。
すると新一はちょっとムッとした様子をみせた。
「交換条件ってことか?」
「違うよ。答えはどっちでもいいんだ」
「どういうことだ?」
新一は首をわずかに傾げながら、快斗の顔を覗き込んだ。
今度は快斗の方が、視線をはずし遠くを見つめた。
「新一の判断を誤らせたくないんだ。いま新一が見ている俺のままで判断して欲しいから。俺の我が侭なんだけどね」
そういう快斗に苦笑を被せた寂し気な表情が浮かぶ。
「かい…と…」


ずっと新一は不思議に思っていた。
怪盗キッドの真の目的がなんなのかを。
盗まれたものはほとんど全て後日返還されている。
警察では愉快犯と見なされていたが、新一はどうしてもそうは思えなかった。
そして、そこにこそ怪盗の本質が隠されているのだと思っていた。
快斗が自分に有利にことを運ぶなら、それを明らかにすることが得策だろう。
だからこその問いであったが、快斗はそれを拒んだのだ。
どんな理由があろうとも、自分は犯罪者なのだ…と。
それでも探偵である工藤新一を求めてしまったから…。
そして、新一にも自分を選んで貰いたいから…。
快斗は新一の本質に切り込んだのだ。
探偵として、犯罪者を愛せるか…と。
なんという男だろう…。
新一は、自分の心が激しく揺さぶられているのを感じていた。






次の日、快斗は午後の授業をフケた。
理由は簡単。怪盗キッドの予告日だったからだ。
予告状がでていることは新一も一課に顔を出したときに耳にしていたから、代返を頼まれたときも何も言わずに二つ返事でOKした。
何しろ、日頃事件に呼ばれて飛び出していくたびに快斗が代返をしてくれているのだ。
いつもなら快斗と過ごす空き時間を新一は図書館で過ごすことにした。
閲覧室の席を確保すると、新一は美術書などの並ぶ棚を物色した。
いつものように推理小説に手を伸ばさなかったのは、次の授業の開始に合わせて読書を止める事ができない自分を充分に自覚しているからだ。
本に夢中になって頼まれた代返を仕損ねでもしたら……快斗は腹を抱えて笑い出すだろう。
それだけは新一のプライドが許さなかった。


2冊の本を抱え、新一は席に戻った。
あらためて手にしてきた本を見て新一は苦笑した。
「世界の宝石コレクション」と「王家の秘宝」と題された2冊の写真集。
心のどこかで快斗のことを気にしているのだ…と認めざるを得ないだろう。
パラパラとページを捲っていると、不意に肩を叩かれた。
「ここにいらしたんですか。探していたんですよ」
そう声をかけてきたのは白馬だった。
白馬は新一の手元を覗き込むと、わずかに首を傾げた。
「工藤君も今夜の警備に参加するんですか?」
「……いや」
「そうですか、僕はまた今夜の彼の獲物に関する予備知識を仕入れているのかと思いましたよ」
そう、怪盗キッドの今夜の狙いは東都近代美術館で展示中のN国王家の秘宝『セイレーンの心臓』と呼ばれる50カラットのダイヤだった。
「そんなんじゃねぇよ、単なるヒマつぶしさ」
「そうですか…」
そっけなく答える新一に、白馬はまだどことなく疑わしさを漂わせていた。
「で、なんなんだ?探してたんだろ、俺を?」
「あぁ、工藤君を誘いに来たんですよ。今夜の警備に参加しませんかってね」
(白馬が?俺を誘う?いったい、どういう風の吹き回しだ?)
新一が怪盗キッドに関わることを、白馬が快く思っていないことは知っている。
この自信家の探偵は、キッドを逮捕するのは自分でなくてはいけないと強く思っているからだ。
その割には、未だ獲物を死守できたことすらないことは棚にあげてあるらしい。
「遠慮しとくよ」
新一は冷たい一瞥と共にそう言い放った。
「なぜです?あなたもあの泥棒には興味があると思っていましたが…」
興味はある。
あれ程に興奮した現場を新一は他に知らない。
だが、白馬の采配する現場でその興奮が味わえるとは思えない。
それよりも白馬が熱心に自分を誘う意図がわからなかった。
「何があるんだ?」
「さすがは工藤君、察しがいいですね」
白馬は高慢な微笑を浮かべている。
「今夜は記念すべき夜になりますよ。何しろ、キッドがついに逮捕されるのですから」
「へぇ…、大した自信だな。で、その根拠は?」
「上層部が麻酔銃の使用を許可しました」
簡単にそう言ってのける白馬の顔を、無表情に見つめる。
しばらくして新一は手許の本に再び視線を戻し、静かに言った。
「やっぱりやめとくよ。最近やっかいな事件が続いて寝不足なんだ」
「そうですか。残念ですね、ギャラリーが多い方が盛り上がると思ったのですが」
白馬は踵を返すと、颯爽と立ち去っていった。
「あ、白馬」
ふと思い付いて、新一は白馬を呼び止めた。
「なんですか?」
「今夜の予告状、持ってる?」
「おや、気が変わりましたか?」
「んなんじゃねぇよ。今日の予告状、新聞に載ってねぇから。次の授業まであと1時間もあるんだぜ?暇つぶしにちょうどいいだろうと思ってさ」
白馬は黙ってバッグの中から、予告状のコピーを取り出した。
「サンキュ♪」
新一は、その紙を広げると、嬉々として暗号の解読に乗り出した。
















次の授業が始まる10分前に、新一は全ての暗号を解いた。
「この調子なら、いけそうだな」
そう呟いて新一は快斗の携帯へとメールを送った。






『杯戸シティホテルの屋上で待ってる。新一』





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