五月雨は想いのメロディ

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快斗と新一、二人が心の内を吐き出した嵐の日から数日後───。
昼休みに雨で混雑する学食に4人は集まっていた。
「ふぁぁぁぁ〜〜〜〜」
その顔に似合わぬ大きな欠伸をしたのは、東の名探偵こと工藤新一である。
「工藤君、お疲れのようですねぇ」
「寝不足なんだってさ。今日1限からずっとこんな調子」
快斗が面白そうに口をはさむ。
「ああ、昨夜遅くに目暮警部から呼び出しくらってさぁ、帰ってきたの朝の5時だったんだ」
眠そうに眼をこすりながら、新一が答える。
「今朝のニュースをかざってたあの事件ですか?」
「ああ、ちょっと関係者が多くってね、事情聴取するだけで3時間もかかっちまった」
「なんや、工藤。大変やったんなら、なんで俺を呼ばへんかったんや?」
「はぁ?なんで服部を呼ばなきゃなんねぇんだ?」
寝不足で不機嫌な新一がジト眼で服部に視線を投げる。
「なんでって…、水臭いやんか!すぐ近くに住んどるんやから、誘ってくれてもよかったやろ!」
「だから、なんで服部を誘わなきゃなんねぇんだ?」
「せやから、いままでも一緒に事件解決したやんか。
一人より二人でやった方が効率もええやろ?俺と工藤が組めば解決でけへん事件なんぞないで」
「あのなぁ服部、一緒にいる時に事件が起きたんならともかく、
依頼された事件に関しちゃこれからもお前を誘うつもりはねぇよ!」
新一の不機嫌はますます度を増していく。
この2ヶ月ですっかり新一の性格を把握した快斗は、「触らぬ神に祟りなし」とばかりにちょっと離れてニヤニヤしながら二人を傍観している。
どんな時でもマイペースな白馬は、我関せずといったスタンスを崩さず、快斗のかたわらで紅茶を啜っている。
服部は新一がなぜ頑なな態度に出るのか解らず、熱くなっていた。
「なんでや?なんで誘うつもりはないなんて言うんや?」
「なんでって、守秘義務ってもんがあんだろ。探偵なら常識だぜ」
「守秘義務…って、コンビ組んどったら関係あらへんやろ?」
「コンビって、俺がいつお前とコンビを組んだんだ?」
「そない細かいこと気にせぇへんでもええやろ」

軽い感じで言う服部に、新一は一つ大きな溜め息を吐いた。
「あのなぁ服部…。お前いったい何がしたいわけ?」
「何って、俺はまた工藤と一緒に事件を解決したいだけや」
コナンだった新一と解決した事件の数々に思いを馳せ、服部は目を輝かせていた。
一方、新一の不機嫌はたちまち氷点下に達した。
絶対零度の視線を返し、今までより一段低い声が響く。
「服部、お前なんか勘違いしてねぇか?」
爆発を起こさなかった所を見ると、まだ理性は働いているようだ。
「勘違い…やて…?」
「ああ、前に『推理に上も下も、勝ったも負けたもねぇ』って言ったのは真実は一つしかないからだ。だが、探偵に関しちゃ話は別だ。名探偵もいればとんちんかんなヘボ探偵だっているさ」
「あ、あぁ…」
服部には新一が何を言い出そうとしているのかわからない。
「世間は俺を名探偵と呼んでくれる。自慢じゃねぇが、自分でもそう呼ばれるだけのことはしてると思う」
「それは、よう知っとる…」

(新一は唯一無二の名探偵だよ。怪盗キッドが唯一認めた名探偵だからな)
傍で二人の様子を見ていた快斗はそう心の中で呟いていたが、声には出さず楽しそうに二人の成りゆきを見守っている。

「だけどな、お前や白馬みたいに警察官の、それも警察官僚の親族でもねぇ俺にとっちゃ、黙ってても事件が転がり込んでくるわけじゃない。多少のコネはあったが、そこから先は俺のココで勝ち取ったんだ」
蒼い瞳を熱く燃えさせながら、新一は自分の頭を指さした。
「助っ人なんかいらねぇんだよ。工藤新一って名前が俺の看板なんだ」
「………くど……ぉ」
服部は何も言う事ができなかった。そこまで考えた事などなかったのだ。単純に一緒にいたい、工藤が推理するのを見ていたい、というだけだったのだ。
「高校生んときは、お前も知ってるように信用される大人なパートナーが欲しい時期もあったさ」
それが、新一がコナンだった時のことを言ってるのだということは服部にもわかる。
「近い将来、それでメシを食おうと決心したからには、馴れ合った関係はごめんだね」
商売敵(ライバル)を作るような真似はしたくないのだ、新一はそう言った。

工藤と共にあることが、同じ大学へ進んだ目的だった服部は諦めきれなかった。
「…将来、俺は探偵はせんって言うたら?」
「それでもだ」
「………」
「そんなに一緒にやりたいのか?」
「そうや…」
「……………どうしてもってんなら………条件がある」
「なんでも言うてや!」
「依頼を受けるのは俺だ。お前は俺をサポートする。勝手な行動は許さん。情報収集も、関係者への聴取も、警察との接触も全ては俺の指揮の元に行われる。推理に関しても同じだ。推理を披露する事は認めない。俺に対してもだ。俺がお前に聞いた時だけ、推理しろ。もちろん、俺は基本的に単独行動だ。お前を連れて行くのは、俺が『来い』と言った時だけだ」
要は表に出るのは工藤新一ただ一人、服部は影でサポートをするのみというのだ。
対等な立場などかけらもない、その総てを新一のコントロール下に置くものだ。
さすがに、この時ばかりは白馬が口を出した。
「工藤君、服部君は探偵としても優秀ですよ。いまの条件では彼の良さがなにも発揮できないのでは」
「白馬、悪いがこれは俺と服部の問題だ。余計な口を挟まないでくれ」
「しかし……」
新一の冷たい目線に抑えられ、白馬もそれ以上は言わなかった。
服部は俯いたままだ。
「どうだ。お前にこの条件が飲めるか?」
飲めるわけがなかった。
それは服部が望んでいた姿とは180度違う条件だった。
新一にしても、とても服部がこの条件を飲むとは思えなかった。
『西の名探偵』と呼ばれ、自分に挑戦するために上京してきた服部ならば、これほどプライドを傷つけられる条件はとても承服できるわけがない。
新一はわざとそういった苛酷な条件を出したのだから。
しかしそれは不機嫌からくる意地悪でも嫌がらせでもなかった。
新一の蒼く輝くサファイアの瞳が激しく燃えていることで、いかに新一が探偵という職業について真剣であるかを物語っている。
「返事はいつでもいい。よく考えろ」
新一はそう言って傍らに置いてあった傘を持ち、席をたった。
結局、新一は快斗に代返を頼んで、家に帰っていった。









夕方、その日のノートを持って快斗が工藤邸に来ていた。
たっぷり昼寝をした新一はすこぶる上機嫌だった。
「快斗のノートってほんとにわかりやすいよな!」
教授が黒板に書いたことだけでなく、教授のコメントや関連事項、参考文献など注釈が細かく書き込んである。それもただ、闇雲にかかれているのではなく、読んでいくとどれも必要なことばかりなのがわかる。
これで普段は授業を聞いてるのか聞いてないのかわからないのだから、IQ400というのもうなづける。
「愛する新一のためだもん!リキも入るって!」
「また、そーゆーコト言う!」
「だって本気なんだよ〜」
情けない顔で縋ってくる快斗を見て、クスクスと笑った。
「とにかくサンキュ!夕メシ奢るよ」
「メシよか新一が食べたい!」
ゲシッ!
黄金の右足が炸裂する。
こういうときの新一は容赦がなかった。
快斗はその場に蹲りながら、搾り出すような声を出した。
「…メシ、ご馳走になります…」
「よろしい」
新一は極上の笑顔を返した。

ピンポーーーーン。
「工藤、おるんやろ?俺や…」
「服部?鍵あいてるぜ。入って来いよ」
しばらくして、服部は思いつめた顔でリビングに入ってきた。
快斗の顔を見るなり、気まずそうな表情で呟いた。
「なんや、黒羽。おったんか…」
「今日のノート届けに来たんだ。これからメシ行こうって言ってたとこ。服部も一緒に行く?」
「俺、工藤に話があるんや。黒羽、スマンけどちょっとはずしてもらえんやろか…」
新一が快斗に目配せする。
「んじゃ、俺帰るわ。新一、また明日学校でな。服部、なんか知んねーけどガンバレよ。じゃあな」
「黒羽、スマン」
「サンキュ、快斗」
ひらひらと手を振りながら快斗は出ていった。

「で、話ってなんだ?」
「…返事しにきたんや」
「返事?」
「昼間のや…」
たっぷり昼寝をして上機嫌にだった新一は昼間のことをすっかり忘れていた。
服部の一言で、再び機嫌は急降下した。
「ああ、で?」
「条件…全部飲むわ…」

あり得ないはずの答。
新一は呆れる以上に怒っていた。

「な…、お前バッカじゃねぇの!」
「バカでも…ええわ…」
「探偵したいんだったら、いくらでも他に道はあるだろ!なんで、あんな条件飲むなんて言うんだよ。お前の人間性とか、探偵の資質とか全然認めない条件なんだぞ!」
「工藤、時々めっちゃ無茶するやろ?心配でみてられへん。側に居って守ってやりたいんや」
「大体お前、俺をなんだと思ってんだよ!お前に守ってもらわなきゃなんねぇほど俺はバカでもねぇし、弱くもねぇ!!!」
「好きなんや…」
「はぁ?」
「せやから、好きやから…、工藤と一緒にいたいんや!!!」

服部の想いが暴発する。
新一の体を引き寄せて、強引に唇を重ねる。
強い力で激しく押し付けられる服部の唇。
新一は何をされたのかわからず、抗うことも忘れていた。
黒く逞しい服部の腕が、新一の身体を激しく包み身動きがとれない。
「何しや…んっ…」
抗議の声をあげようとした途端、服部の舌が新一の口腔内に侵入する。
すばやく舌を絡めとられ、唾液が流し込まれる。
熱い雫が口角から流れ落ち、首筋へと伝う。

(キモチ…わる……)

生暖かい唇も、差し込まれた舌も、新一の身体を撫で回す指も……。
全てに嫌悪感が沸き起こり、身体中に鳥肌がたつのを感じた。

(なんかナメクジが這い回ってるみてぇだ…)

新一がそんな風に思ってるとは露ほども知らず、服部は構わず新一の唇を貪り続ける。
いつしか、服部の右手が新一のシャツのボタンを慣れたようににはずしていく。
だが、そのことで新一は身動きがとれるようになり、すかさず服部の身体を蹴り飛ばした。
「服部!ふざけんのもいいかげんにしろ!」
強烈な蹴りをお見舞いされて、服部は床に蹲っている。
痛みを堪えながらも、服部は激しく叫んだ。
「ふざけとらんわ!なんでや?黒羽にはキスさせとったやないか!なんで俺はあかんのや!」
新一は呆然とした。
快斗にキスされたのは2回だけだ。
しかも、そのうちの1回は快斗ではなく怪盗キッドなのだから、服部が見たのはあのゼミ室の時に違いない。
そう、誰にも知られてはならない快斗の秘密。
「………服部、盗み聞きしてたのか?」
凍り付くような冷たい声で問われ、服部は少し冷静さを取り戻した。
「ちゃうわ…。たまたま通りかかったら、工藤の声が聞こえたんで覗いたら、キスしとんのが見えたんや」
「そうか…」
快斗の秘密を知られた様子ではないことに新一はホッと胸を撫で下ろした。






外は霧雨。
街並は雨に煙っている。
二人が俯いたまま、静かに時が流れていった。
「工藤は黒羽んことが好きなんか?」
「………好きだぜ、友人として」
「そやなくて、恋愛対象としてや」
「………わかんねぇ」
新一の素直な感情だった。
「ほな、俺は?俺のことはどない思うとる?」
「友人だろ」
「恋愛の対象にはなれんか?」
「ならない……」
「さよか……」
再び沈黙が二人を包んだ。

視線を合わせぬまま、新一は服部に問い掛けた。
「で、どうする?」
「ん?なにがや?」
「探偵の話…」
「白紙に戻してくれへんか?ちょー頭冷やさんとな。ほな、俺帰るわ…」
ゆっくりと立ち上がり玄関へと向かう服部の後に新一は続いた。
ほな、と言って玄関のドアノブに手をかけた服部を新一は呼び止めた。
「なぁ、服部…」
「なんや…」
「いや…、なんでもない」
と、俯きがちに答えた新一に服部は、溢れる想いを抑えることができなかった。
服部の腕が新一の体を包み込む…。
「服部!」
「スマン、もう、なんもせんから少しだけこのままでいたって…」
新一はもう抗わなかった。









「まいったなぁ……」
霧雨の中、傘もささずに去っていく服部の背中を見送りながら、新一はそう呟いた。








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