快斗の意味ありげな行動から1週間、2人はどことなくしっくりといかないながらも、
何ごともなく大学生活を送った。
新一は何度となく何か言いたそうにしてはいたが、結局何も言わず世間はゴールデンウイークを迎えた。
ゴールデンウイーク中には、いろいろな催しが行われる。
それは、東都の美術館や博物館なども同様であった。
特に今年は某テレビ局のイベントにあわせたように、イタリア関連のものが多かった。
『イタリア・ワイン・フェア』
『ヴェネチアン・グラス展』
『フェラーリの軌跡展』
などは、その代表的なものであった。
しかし、いま警視庁に呼ばれた工藤新一が目にしてるのは、東都シティサイトで行われる『国際宝飾展』、
米花博物館の『ヴァチカン・コレクション展』、そして東都中央美術館の『メディチ家の秘宝展』の
3枚のチラシだった。
「佐藤刑事、まさかとは思いますが一緒に行こうとかいう誘いじゃないですよね?」
呆然とチラシを眺めた後、新一は目の前の女刑事に尋ねた。
「当たり前でしょ、工藤君。キッドよ、怪盗キッド!」
「キッドがどうかしましたか?」
「だからね、キッドの予告状が出たのよ!」
「それなら、2課の仕事では?」
新一は、キッド専任という熱血警部の顔を思い出しながら言った。
「たしかにそうなんだけどね、今回は特別なのよ」
佐藤刑事の話によれば、一度に3通もの予告状が届き、2課だけでは対応しきれなくなったらしい。
警備に割く人員、事前の準備や打ち合わせ、現場の下見、暗号の解読。
当日までにしなくてはならないことは、山のようにある。
それが全て中森警部の指揮下にあるのだが、さすがにほとんど日をおかずに予告日があるために、
中森警部もさすがに混乱し、疲労困憊だった。
そこで、白馬警視総監の鶴の一声で、3ケ所あるうちの最後の1つ『メディチ家の秘宝展』の警備が
1課の手に委ねられることになった。
中森警部は苦虫を噛み潰したような顔をして、渋々承知したらしいが。
困ったのは目暮警部をはじめとする1課の面々である。
こういう形で正式にキッドと対峙するのはほとんど初めてなのだ。
それで、目暮警部の発案により、新一がこうして呼び出されたのだった。
総指揮権は依然として2課にあるとのことだったので、新一はとりあえず挨拶をしにいった。
茶木警視に挨拶を済ませると、中森警部を探した。
中森警部はデスクでコーヒーを飲みながら、東都シティサイトの見取り図に目を通しているところだった。
「1課の助っ人というのは君のことか。頼むから、時計台の時のようなことはしてくれるなよ」
視線だけを新一に動かし、そう言うとすぐにまた見取り図に視線を落とした。
(ははは、何年も前のこと根にもってるなぁ)
ただ、新一は言われっぱなしでいるような性格ではなかった。
「警部も、小さな子供に先を越されるようなことがないよう祈ってますよ」
中森警部は飲んでいたコーヒーを吹き出した。
「おや?工藤君じゃないですか?」
声をかけられて振り返った先にいたのは、最近キャンパスでほぼ毎日顔を合わせる男だった。
「白馬…」
「工藤君もキッドの警備に参加するのですか?」
「あぁ、1課の方でな」
「あ、なるほど。ですが、キッドに関しては僕の方が一日の長がありますからね。君の出番がないようになるかもしれませんよ」
中森警部も白馬も知らないことだから仕方がないが、キッドと対峙したのは時計台の時だけではない。
コナンとして何度も対峙しているのだ。
経験なら新一だって負けてはいない。
(それに、経験だけで捕まえられるんなら、中森警部が捕まえてるさ)
キッド逮捕を生き甲斐というような警部なのだ。経験だけは豊富にある。
「白馬のお手並みをゆっくりと拝見させてもらうよ」
そう言って、新一は1課へと戻っていった。
怪盗キッドの出した予告状は全部で3通。
その全てがキッドらしい暗号で書かれており、大筋での解読は2課によって行われた。
予告順に並べると、4月29日の『国際宝飾展』、5月1日の『ヴァチカン・コレクション』、5月4日の『メディチ家の秘宝展』となる。
現段階でわかっているのは、予告日とターゲットだけで、細かい予告時間や侵入経路などの解読はそれぞれのチームに委ねられていた。
新一は1課で暗号文の全文を渡されると、すぐに解読に取りかかった。
予告状
法とKIDをとりもつ光がこの世に生を受けし時
その名の彼方より白き影翔け抜ける
蒼き宝石(いし)を我が手に抱いて「『法とKIDをとりもつ』ってなんだ?警察のことかな?」
隣で佐藤刑事と一緒に暗号文を見ていた高木刑事がそう言ったので、新一は思わず吹き出してしまった。
「違いますよ。『法』は憲法記念日」
「じゃあ、『KID』っていうのは?」
佐藤刑事が続けて聞いてくる。
普段、血腥い事件が多い1課の面々にキッドの暗号は難しすぎるようだ。
「同じように考えればいいんです。子供の日ですよ」
「して、『とりもつ』というのはなんだね?」
今度は新一の後ろから覗き込んだ目暮警部だ。
「間ってことですよ。つまり憲法記念日と子供の日の間、5月4日が犯行日なわけです」
さすがは工藤君!と3人がもてはやすのを苦笑しながら聞いている。
「だけど、この先がわからないんですよ…。光ってなんのことなんだ?」
光の正体がわからないと『その名の彼方』というのもわからない。
1課の応接セットで散々首を捻っていたが、結局わからずじまいのまま帰宅することになった。
5月1日、新一は米花博物館へと来ていた。
正確には少し離れたオフィスビルにあるラウンジに来たのだった。
20階にあるそのラウンジからは、米花博物館が一望にできる。
先日、警視庁からの帰り道、米花博物館へ立ち寄りこのビルを見つけて、予約を入れた。
窓側の一番東側にあるその席は、今夜のギャラリーとしてはロイヤルボックス並みに眺めがよかった。
「さて、白馬のお手並みを拝見させてもらうか」
今日、ここに来ていることは目暮警部にも話をしていなかったので、無線を傍受していない。
現場の様子がいまひとつ掴みにくかったが、大量に点るサーチライトのおかげで、視界は良好だった。
「あれ?」
出入り口や窓、非常階段の様子などを観察しながら、新一は奇妙なことに気がついた。
侵入を防ぐという警備体制ではないのだ。
博物館の壁からは垂れ幕などは撤去されているが、外側に警官の姿はあまり見られない。
「ってことは何か?人員のほとんどを割いてお宝を監視してるってわけか?」
バカじゃねぇか?新一は白馬をそう評した。
キッドが人混みに紛れて姿をくらますのは常套手段だ。
そんなことは、一、二度対峙すればわかる。
一日の長があると言った、白馬ならそれぐらいのことはわかりそうなものだ。
新一は鞄の中からコンパクトなオペラグラスを取り出した。
市販のものではない。
阿笠博士特製の高倍率オペラグラスで、暗闇でも使えるよう暗視機能もついている。
だが、ターゲットの宝石が置かれている部屋だけは灯りがついているので、暗視装置は必要なかった。
「なるほどね」
白馬の警備は、宝石の死守ではなくあくまでキッド捕獲を目的としているらしい。
展示台になにか仕掛けでもしてあるのだろう。
部屋には、中森警部とその部下が2名、他には白馬がいるだけだった。
試しに暗視装置に切り替えると、いるわいるわ両隣りの部屋に警官が20人ほどすし詰めにされている。
「俺の出番はちゃんとありそうだな」
結局、白馬も警察体質が染み付いているのだろう。
数と力にまかせた警備がそれを物語っている。
それがよいことの方が多いだろうが、キッドに関しては逆効果である。
時計を見ると、まもなく予告時間だった。
先程、覗いた部屋の灯りが唐突に消え、サーチライトがせわしなく宙を右往左往し始めた。
「来たな」
新一は席を立ち、非常階段で屋上へと向かった。非常用のドアを開けた瞬間、大きな白い鳥が目の前を通り過ぎていった。
「相変わらず、見事なお手並みだな。今度は俺が相手だ」
新一はそう独り言ちると、いま来た道を引き返した。
新一は激しく苛ついていた。
予告日となっている5月4日まで、もう12時間しかないのに、暗号がまだ解けないのだ。
予告時間が夕方ならいいが、深夜だともうあと僅かしか時間がない。
思い付く限りの言葉を当てはめてみたが、どれもピンとこない。
目暮警部からは、1時間置きに電話で催促されるので、なかなか集中できないのもあった。
またしても、電話のベルが鳴る。
「警部!いいかげんにしてください!わかり次第すぐに連絡…あれ?なんだ、蘭か」
「なんだ、蘭か…じゃないでしょ!もうず〜っとかけてるのにいつかけてもいないんだから」
「わりぃわりぃ、キッドの警備頼まれちゃってさ、今日もこれからいかなきゃなんねぇんだ」
「キッドの警備?目暮警部さん達って殺人の担当じゃなかったの?」
さすが、毛利探偵事務所の大黒柱、そういうことはよく知っている。
「まぁ、警察にもいろいろと事情があるんだよ。それより蘭、なんの用だ?」
「あ、ほら明日新一の誕生日でしょ?お祝してあげるから、夕飯うちで食べてってよ」
「そっか、俺の誕生日か」
「やっぱり、また忘れてたのね」
「ははは…。あ、でも明日がそのキッドの…」
(あれ…?誕生日…、すなわち『この世に生を受けし時』…)
「ちょっと新一?聞いてる?」
「あ…あぁ、ゴメン!蘭、かけなおす!」
電話を乱暴に切ると、新一は庭に向かって飛び出した。
切った電話の向こうで蘭が受話器を握りつぶさんばかりの怒りを露にして、
「かけなおすって、いつかけてくるつもりなのよ!アンタが思い出した頃には誕生日なんてねー、半年ぐらい過ぎちゃってるわよ!」
と絶叫していたことを新一が知る由もなかった。
工藤邸の庭に規則正しいリフティングの音が響く。
新一が思考を集中するときの癖だ。
(快斗がキッドかもしれないということを、俺はわざと考慮に入れないようにしてたんだ)
リズミカルに右、左、右、左と交互に足をあげる。
(でも、もし快斗がキッドなら、怪盗である自分を『白き影』と呼んで、
探偵である俺を『光』に喩える…っていうのはあるかもしれない)
それほどに2人は似ていて、それでいて正反対であった。
本当の意味はそれだけではないのだが、それはまだ新一の知るところではなかった。
(俺が『光』だとすると、『その名の彼方』は新一のイニシャルS。つまり南だ。あとは時間だ…)
新一は、家の中に戻り電話を取ると、国際電話をかけた。
「新ちゃん?珍しいわね?」
「母さん!俺の出生時間って何時何分?」
「新一の?0時33分だけど…?あぁ、そういえばもうすぐ新一の誕生日ね」
さすがは母親、19年も前のことがよくすらっと出てくるものだ。
「サンキュウ!」
プレゼント送ったから、という有希子の言葉を聞かず新一は電話を切った。
そしてすぐさま、目暮警部に連絡を取ると、警視庁へと出かけていった。
「はぁ〜、あと25分か…なんとか間に合ったな」
警視庁に着いたのは予告時間まであと7時間を切った頃だった。
予告時間がなぜ0時33分なのか説明を求められたが、それを言うことはできなかった。
とにかく今は時間がないから、説明は後でということにして、警備体制の練り直しにかかった。
現場に到着した警官達は持ち場に就き、新一は目暮警部とそれを確認したあと、
ノートパソコンとインカムを持って、別の場所へと移動した。
新一の中では、怪盗キッドは快斗であるという疑惑はすでに確信に変わっていた。
それでも、快斗に何も言わないのは白馬に言ったように証拠がないからである。
それに、快斗自身が新一だけがわかるように正体を明かしているからである。
新一にはその快斗の意図が読めなかった。
(快斗、なぜ俺に近付いた?なぜわざと正体を明かすようなマネをした?)
黒羽快斗、東都大学に入学してすぐにできた友人。
快斗が怪盗キッドなら、自分は彼を捕まえることができるのだろうか。
新一は初めて、探偵としての自分に不安がよぎった。
東都中央美術館の南2Hほどのところにある高層マンションの屋上に快斗はいた。
立て続けの仕事にもかかわらず疲れた様子はない。
むしろ、大きなヤマを前にしてるのに、気持ちはまるっきり違うところへと飛んでいた。
「新一があれで気付かないわけはないんだけどなぁ」
快斗が新一にだけわかるように仕掛けた会話。
あれから2週間たつのに、新一は何も言ってこない。
聡明な名探偵のこと、気がつかなかったということは万に一つも考えられない。
現に、新一はその後何度も話をしたそうにしていた。
それなのに、連絡一つしてこないことが快斗を不安にさせていた。
実際、自分の正体を明かすのは一つの賭けだった。
もしあの時、白馬のように所構わず証拠もなしに問いつめるようなことになれば、
言い逃れる自信はあっても、服部にまでいらぬ暗示を与えてしまう。
服部だって探偵を自称している以上、怪盗キッドに興味はあるだろう。
まだ、新一がコナンの姿だったころ、大阪で新一と一緒に追って来たことがあった。
それで済むかわからない。
新一が警察に話をもっていかない、とは言い切れなかった。
実のところちょっと早まったかもしれないと思っていた。
「予定がだいぶ狂っちまったよなぁ」
いずれ、自分のことを話すつもりではあったが、それはもっと後のこと。
新一の絶対の信頼を得て、『黒羽快斗』という友人を手放したくないと思わせてからの
予定だった。
それを、まだ1ヶ月もしないうちから、大きなヒントを与えることになってしまったのは、
焦りを感じていたからだろう。
快斗が新一に思いを寄せたのは、もう3年も前のことだ。
危険を承知で、それでも彼に近付いた。
間近に見る工藤新一の妖艶な姿にすっかり心を奪われていた。
性別も立場も、気持ちを押さえることはできなかった。
そうして彼の側にいるうちに、気付いた目の前にいるもう一人の男の視線。
友情以上の感情を持ち合わせているのは間違いない。
新一にそういった感情がないのは、わかってはいたが、それは自分も同じなのではないのか。
性別はともかく、その男には同じ探偵という利点がある。
そのことが快斗に焦りをもたらしていた。
その時、腕時計が0時を知らせる電子音をたてた。
「やべぇ、もうこんな時間か」
予告時間まであと33分しかない。
快斗は最後の準備にとりかかった。
0時15分、キッドは勢い良く高層マンションの屋上から飛びたった。
地表に向けて速度を増して落下していく。
ビル風に飲み込まれる手前でグライダーを開く。
風向きは良好。
風に乗って、目的地を目指す。
ネオンが煌めく夜の街には、人が大勢いるが闇に包まれて空を翔る白い怪盗に気を留める者はいなかった。
この日、キッドにしては珍しく一つだけミスを冒していた。
警察無線の傍受装置をつけずに飛び立ってしまったのだ。
(俺としたことがな…、新一に心奪われてこんな初歩的なミスを冒すなんて…)
装置は上着のポケットに入っていたが、飛びながらでは失墜してしまう可能性があった。
(しゃあねぇ、今日はこのまま行くっきゃねぇか)
中森警部の癖はもう頭に入っている。
白馬にしても然りだ。
警察無線を傍受することができなくても、なんら問題はなかった。
だが、飛び続けている内に様子がいつもと違うことに気付いた。
警備に隙がないのだ。
(中森警部の手じゃねぇな。だけど、2課にそんなキレ者がいたか?)
発煙筒を使って警備にわずかに隙をつくり侵入を果たし、目的の場所へと急いだ。
新一が東都中央美術館の北にある小学校の屋上に着いたのは予告時間5分前だった。
新一が予告状の暗号を解いた時、言わなかったことが一つだけあった。
それは怪盗キッドの逃走経路。
『翔け抜ける』とあったからには、犯行後そのまままっすぐ北へ向かって飛んでくるだろう。
地図で確認したなかで、ポイントになりそうな箇所は全部で3つ。
その中で一番近いのがこの小学校だった。
インカムからは忙しなく指示を仰ぐ声が洩れてきた。
「1階東側より煙りがあがってます!」
「全員持ち場を離れないように!それはキッドの罠です。C班、確認を急いで!」
「了解!」
「いまの騒ぎでキッドが侵入を果たした可能性があります。G班、屋上からの非常階段の施錠を確認してください」
「こちらG班、ロック外されてます!」
「高木刑事、佐藤刑事、通風口に注意して!」
新一は適格に指示を出しながらも思考の渦にながされていた。
まず間違いなくキッドは犯行を成し遂げここへ現れるだろう。
(そして、俺はキッドに会ってどうしようっていうんだ…)
ここまできて、新一はまだ迷っていた。
(やけにしつこいなぁ、今日の警備は。まるで、あん時みてぇだ)
新一と初めて対峙したあの時計台のヤマ。
今日の警備はそれを彷佛とさせる。
(やべぇな、新一のことばっか考えてるぜ。集中しねぇと)
新一のことを考え過ぎたあまり、集中力に欠けていたのかもしれないと、キッドは気を引き締めなおした。
だが、通風口に辿り着いた時、そこから見えた光景に愕然とした。
(あれは1課の目暮警部じゃねぇか。じゃあ、この警備は…)
トレードマークとなっている帽子とコートは見間違えようがない。
新聞に取り上げられた新一の写真によく一緒に写っている人物だ。
(新一が来てるのか?)
部屋全体を見回したが、そこに愛しい人の影はない。
無線傍受装置の存在を改めて思い出し、セットする。
するとそこからは愛しい人の声が流れてきた。
(しんいち…、って灌漑に浸っている場合じゃねぇ。もう予告時間まであとわずかだ!)
5…
4…
3…
2…
1…
照明が消える。
点された懐中電灯の明かりもトランプ銃で消される。
『バルコニー側、キッドを捕捉して!』
(新一、いい読みだが指示を出してる分だけ遅れてるぜ!)
展示台の宝石を掴み、バルコニーへの扉をあけるとそのまま手すりに足をかけ宙へ飛び出した。『バルコニー側、キッドの捕捉に失敗しました』
「了解、あとは僕に任せてください」
新一はそういって無線のスイッチを切った。
風が新一の頬をなでる。
給水塔の上に満月に獲物を翳す白い影があった。
「さすがだな」
キッドは声のした方へ顔を動かし、その姿を目に入れると音もなく飛び下りた。
「こちらにおいでとは、気がつきませんでした」
「何言ってんだ、自分で予告状に書いた癖に」
「一つ教えてくれ、どうしてお前が俺の出生時間なんて知ってんだ?」
一歩、キッドが踏み出す。
「わかりませんか?」
「あぁ、全く」
もう一歩、前に進む。
「愛した人のことを全て知りたいというのは、誰もが思うことだと思いますが」
「あ、愛したぁ〜?」
新一は何を言われたのか、理解できなかった。
いや、言葉の意味はわかる。
だが、なぜキッドの口からそんな言葉が自分に向けられたのかがわからないのだ。
そして、さらに一歩、キッドが近付く…。
「えぇ」
キッドは短くそう答えると、手を伸ばし新一を抱き寄せ、顎に手を掛けると、貪るようなキスをした。
(キッドが…俺に…キスしてる〜?)
新一は予想もしない展開にパニックをおこしていた。
キッドに好きなように唇を奪われ、されるがままになっていた。
気がつくと、身体中が甘い痺れに支配され立っていられなくなり、あろうことかキッドにしがみついていた。
「な…、離せ…っ」
新一が腕を突っ張ると、キッドはあっさりと新一を解放した。
「予告状のもう一つの意味も果たせました。お礼に宝石はお返ししますよ。私にはもう必要ないものですしね」
「なんのことだ?」
「知りたければ、またこうしてお会いしましょう」
キッドは、いままでに見たこともないような笑みを浮かべるとグライダーの羽を広げた。
「待て、キッド!」
「あ、言い忘れるところでした」
「え?」
「HAPPY BIRTHDAY!」
そうして、投げキスを一つ贈り、夜の闇の中へ消えていった。
新一は、ただひたすら脱力してその場にへたりこんだ。