疑惑は爽やかな風にのって

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中庭に出ると、この時間になると人影も疎らになって、昼休みのような賑わいはなくなっていた。
揃いも揃って長身で、タイプこそ違えど見目も良い4人が一緒に通れば、充分目立つ存在だった。
案の定、キャンパスの噂の中心人物たちを勧誘しようという輩は後を絶たなかった。
だが、すでに剣道部への入部を決めている服部はともかく、
他の3人も得意の営業スマイルで上手にあしらっていった。


「あの〜、工藤新一君ですよね?」
新たな勧誘者が声をかけてくる。
「えぇ、そうですけど」
「ミュージカル研究会に入りませんか?」
「へ?」
余りにも意外な名称だったので、新一は営業スマイルをするのを忘れていた。
ミュージカルといえば歌って踊って芝居するというやつだ。
(歌う?俺がか?んなことできるわけねぇだろ!俺は音痴なんだぞ!)
なんとなく快斗達の前ではそれを言いたくなくて、新一は黙り込んでしまった。
「私達、二年前の帝丹祭を見に行ったんですよ」
二年前…、その頃はまだコナンの状態だったはず…。
新一が怪訝な表情になっていると、もう一人の女性が目をキラキラさせながら話し出した。
「よかったわ〜!『シャッフルロマンス』。最後まで上演されなかったのは残念だったけどね」
「ほんと!黒騎士スペードに扮した工藤君を見て、ファンになっちゃったのよねぇ」
「一言も台詞言わないうちに、あんなことになっちゃったけど、もう登場したときのあの存在感!」
「もう芝居するために生まれてきたってカンジよね」
「さすがは藤峰有希子の子供よねぇ〜」
二人の勧誘者は新一の存在すら忘れたように盛り上がっている。
「だから、工藤君が東都に入学したって聞いたときはぜ〜ったいミュー研に入れようって決めてたのよ!」
さすがの新一も夢見るようなこの二人に対処しきれなくなってきた。
(あ〜、もう仕方ねぇ。こいつらの前で恥じ晒すか)
営業スマイルを取り戻し、ニッコリ笑って切り出した。
「先輩方、大変残念ですが,お断りさせてください」
「え〜〜〜〜〜〜、どうしてぇ〜」
「演劇部や映画研究会ならまだしもなんですが、ミュージカルだけはダメなんです」
「ミュージカルに偏見でもあるの?」
勧誘者達は口々に不平を漏らした。
「いえ、偏見なんてありませんし、見るのはいいんですけどね。
俺、とてつもなく音痴なんですよ(あ〜あ、言っちまった)」
二人の勧誘者は、余りにも意外なことを聞いたので、絶句してしまった。
その隙に新一はこの場から去ろうとして、「じゃあ失礼します」と歩き出した。
だが、服部が突然変なことを言い出した。
「先輩達、あの帝丹祭におったんやったら、俺のこと覚えてへん?」
二人の女性はまじまじと服部の顔を見ながら記憶をたぐっていた。
「ん〜〜〜〜」
「覚えてへんかなぁ、あん時起きた事件を工藤と一緒に解決したんやけど…」
「あ〜〜〜〜!思い出した」
「ほんまに?やっぱいい男は忘れられんもんやなぁ」
(バカ…)
というのは服部を除いた3人の心中である。
「あの時、工藤君の仮装してた子ね」
「あのコスプレなんだったの?」
「ブッ、アッハッハッハ」
大爆笑したのは新一である。
さもあろう、あの時も服部の格好を見て、仮面の下で笑いを堪えていたのだから。
新一の大爆笑を聞き、黒い顔を真っ赤にしながら服部が言い訳を始めた。
「仮装…コスプレ…。ちゃいます!アレはやな、訳あって工藤に変装しとったんや!」
「いくら私達が素人でも仮装と変装の区別ぐらいつくわよ」
「そうそう、関西弁喋ってる工藤君なんて怪しすぎるじゃない」
「だから、あれは変装じゃなくて仮装でしょ」
「東都祭でもなんか仮装してね!」
「皆さん、お引止めしちゃってごめんね」
「それじゃ、工藤君。勧誘は諦めるけど、公演とか招待券あげるから見に来てね〜!」
「はい、喜んで」
営業スマイルで二人が立ち去るのを見送った。
服部平次、聞かなきゃよかったものをみすみす墓穴を掘っていた。
喜んだのは新一である。
(こいつのバカのおかげで俺の恥が薄れたぜ)
プライドの高さなら誰にも負けない新一らしい思いだった。






話はその場限りでは終わらなかった。
3人は駅前のマクド○ルドに腰を落ち着けた。
白馬には、こういうところは不向きらしく、「僕はこれで」と帰っていった。
「新一ぃ〜、服部の仮装って何々?」
「なんもおもろいことあらへんわ!」
クククククと思いだし笑いをしている新一の前では、服部の言葉になんの説得力もなかった。
「あのな…。訳はちょっと言えねぇんだけど、服部が俺の影武者になろうとしてくれたんだよ。
なんだけど…」
そこまで言うとまた、新一は思いだし笑いをしてしまった。
「熱〜い友情の証やったんやで」
「そりゃ、わぁってるよ」
「でも、新一はその場にいたんでしょ?」
「あぁ、絶対無理だったことが無理じゃなくなったからな。でも服部はそれを知らなかったんだよ」
「でも、さっきの先輩達の話では仮装だって」
「確かにあれは仮装だよ。顔白塗りにして、髪形変えてってだけで関西弁丸だしなんだから」
新一の思い出し笑いは止まることがない。
「それで変装だっていう方が無茶だと思う」
「ほっとけ!工藤の関西弁やてメチャクチャやんか!」
「それとこれとは話が別だろう?」
「服部は黙ってて!」
「見たかったなぁ〜。白塗りの服部」
「写真あるぞ」
「ほんと?見せて見せて!」
「なんやて〜!誰がいつのまにそないなもん撮ったんや!」
服部が血相を変えて新一に詰め寄った。
「誰って園子に決まってるだろ。あいつは服部のこと知ってるし、あの舞台の脚本と舞台監督やってたんだから。
それに園子はオイシイとこは見逃がさない奴なんだ。快斗、今度持ってきて見せてやるよ」
「サンキュ!」
「あかん、工藤。あれは一生の汚点や」
「お前の汚点だろ。俺には関係ない」
「どないしても黒羽に見せる言うんやったら……」
服部は新一の汚点を一生懸命考えた。
だが、何も思い浮かばない。
そもそもプライベートなことはほとんど知らないのだ。
知っているのは江戸川コナンのことだけ。
それ自体が汚点といえば言えるのだろうが、さすがにそれは言うのが憚られた。
工藤新一という男を考えれば考えるほどパーフェクトに思えてくる。
「見せたらどうするって?」
新一にせかされて、服部はう〜んと唸りながら考え込んだ。
(工藤に弱点なんかないんやろか)
そう思ったとき、ふと思い出した。
「どないしても見せる言うんやったら、これからカラオケボックスに連れてったる!」
「へ?」
まさかそういう反撃に出てこられるとは予想していなかった。
だが、工藤新一、それで引き下がる男ではない。
「いいぜ、別に」
新一の頭の中では、意地でも歌わないか服部の耳元で思いっきり歌って連れて来た事を後悔させてやるか、
どちらにするかを慌しく計算していた。





1時間後、米花駅前のカラオケボックスでは、
新一の調子ぱずれの歌をさんざん聞かされてぐったりしている二人の姿があった。
「工藤〜、もう堪忍してや〜」
「服部もこう言ってるしさぁ、もうやめようよぉ」
新一は二人を一瞥すると、ワイヤレスマイクの電源をオフにした。
「もう二度と俺に歌わせようとか考えるんじゃねぇぞ」
「もう身に染みたわ…」
「んじゃ新一、服部の写真よろしくね」
「おぅ!」
「ちょお待てぇ、なんでそうなるんや〜!」
大声を張り上げた服部に二人は口々に言った。
「お前、俺だけに恥かかせて済むと思ってるのか?」
「そうだよ!新一に歌わせたのは服部なんだから、責任とらなきゃ!」
この二人に口で勝てる奴がおったら弟子入りしたい…と半ば本気で考えながら、服部は溜息をついた。
「あ〜。勝手にせい!」
「じゃあ、来週。またここ来ようね!」
「はぁ?俺はもう歌わねぇぞ!」
「誰も歌えなんて言ってないよ。服部の写真見るのに、服部が一緒にいた方が楽しいじゃん?
それに、喫茶店とかで見たら爆笑した時、周りにめ〜わくだし、知り合いとかいたら、訳聞きたがるよ?」
「それもそうや」
まだ写真を見ていない快斗が爆笑すると決めてかかっていることには疑問を抱かず服部は頷いた。
「オッケ〜。じゃ服部、逃げるなよ!」
「大丈夫、来なかったらその写真、大伸ばしにして、カラーコピーして、校内に貼り捲って、
大阪県警に送ってあげるからね〜!」
「悪魔や〜」
打ち拉がれている服部を置き去りにして、快斗と新一はさっさと出ていった。











「ギャ〜ハッハッハッハ!」
快斗が腹をかかえて大爆笑している。
そう、1週間前と同じカラオケボックスに入った3人は歌も歌わず、たった1枚の写真で盛り上がっていた。
「黒羽ぁ〜、そんなに大笑いすることないやろ!」
「だってぇ〜、これって変装って言わないよぉ。シロウトの俺が見たって新一じゃないもん」
「自分ではけっこういけてる思うとったんやけどなぁ〜」
「これで〜?この前のセンパイ達がコスプレっていうのもわかるよ。これでよく道化になんなかったね」
「………なったわ」
思い出すのも忌々しいといった感じで服部は舌打ちした。
その横でクックックと笑いを堪えている新一がフォローを入れた。
「和葉ちゃんって、コイツの幼馴染の女の子が来ててさ、
観衆の前で『平次、そんなかっこで何しとんの?』って言われたんだぜ」
「アッハッハッハ!よくそれでいけてるなんて思えたよね」
「うっさいわ!」
不貞腐れている服部をほったらかしにして、快斗はしんいち〜と新一の首にからみついた。
「今度影武者が必要になったら俺に頼めよ」
「快斗に?」
じゃれてくる快斗に冷たく視線を送りながら、聞き返した。
「だって、顔はそっくりだし、声質も似てるだろ?少なくとも服部よかマシだぜ」
「そりゃそうだろうけど…」
快斗はバッグをつかむと中からブラシと鏡を取り出した。
「快斗?」
「黒羽?」
その行動に疑問を感じて、二人が声をかける。
「まぁ見てなって」
整髪用のスプレーをしゅっしゅっと吹きつけ、ブラシを手早くいれる。
「どう?」
そういって振り向いたのは黒羽快斗ではなく、工藤新一だった。
「新一そっくりだろ?」
新一ですら、そこに鏡があるのかと思うぐらいよく似ていた。
服部も着ているものも同じだったら区別がつかないかもしれない、と思いながら二人を見比べていた。
だが、祖父譲りの負けず嫌いな性格がそれを認めようとはしなかった。
「な、なんや、たいしたことあらへん。俺とええ勝負やんけ」
「なんだよぉ〜、その言い草は…」



(え………?)



服部の挑発に返した快斗の言葉に新一は引っ掛かりを覚えた。
既視感(デ・ジャ・ヴ)のような感覚だった。



『なんだよぉ〜、その言い草は…』



自分らしいと言えば、自分らしい言い方だと思う。
それを自分に似せた姿で快斗が言うことに奇妙ななにかを感じたのだった。
どう?と顔を覗き込んでくる快斗に違和感を感じさせないように、新一は勤めてふざけた調子で言った。
「すっげ〜、快斗!似てる、似てるクリソツだよ!なぁ、もっと俺っぽく喋ってみろよ」
「いいけど…なんて言う?」
「なんでもいい」
「ん〜と、こんな感じかな?」
快斗は壁に凭れて横目で二人を見た。
「毎日、毎日事件続きでさぁ。今日もこれから行かなくちゃなんねぇんだ…」
記憶をくすぐる快斗の台詞。
それは…、まだ自分が偽りの姿だった頃の…。


(あ………、わかった既視感の正体……)


   『なんだよぉ〜、その言い草は…』


(じゃあ、まさか…快斗は…)


『毎日、毎日事件続きでさぁ。今日もこれから行かなくちゃなんねぇんだ…』


(快斗…お前、ほんとは……そうなのか……?)


新一と蘭ともう一人の人物しか知ることのない会話。
ピッタリと重なる言葉。
白馬が言っていた言葉が思い出される。


   『僕はね、怪盗キッドの正体は黒羽君だと思ってるのですよ』


(白馬が言っていたのは本当なのか…?)


だからと言って、新一は白馬のような浅慮なことはしなかった。
単なる偶然かもしれない。
証拠は何もないのだ。
それに、快斗が真実、怪盗キッドだったとしても、自分にそれと知れるような行動をとる
快斗の意図が見えなかった。



(なぜ…なんのために…?あ〜、チクショウ!考えがまとまらねぇ)



「…ぅ、…ど…う」
「…え?あ、なんだ?」
「工藤?どないしたんや?」
黙り込んでしまった新一を訝し気に服部が顔を覗き込んでくる。
「あ、わりい。ちょっと考え事しちまった。そういや、おめぇら歌わねぇの?」
「あ、忘れとった!」
二人は慌てて分厚いリストをめくりはじめる。
新一は、そんな二人の様子を眺めながら、再び物思いへと耽っていった。












その夜、新一はベッドの上で答えの出ない問いを何度も何度も繰り返した。
開け放された窓からは、爽やかな緑の薫りをのせた風が入り、新一の身体を優しく撫でていった。







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