疑惑は爽やかな風にのって
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午前中の授業を終えて文学部棟から出てきた新一と快斗は目の前に広がる光景に愕然とした。
所狭しと並べられた机と椅子。
色とりどりの看板やポスター。
メガホンを片手に声を張り上げる学生達。
ここ東都大学でも、今日から学内のクラブとサークルの新入生勧誘が解禁となったのであった。
「新一はクラブとか決めてんの?」
「別に〜。クラブ活動なんてしてるヒマねぇし」
「じゃ、メシ行こう!今日、白馬達と約束してたもんな」
「快斗はいいのか?」
「ん?あぁ、俺もこれで結構忙しいんだよ」
待ち合わせ場所になってる図書館前のベンチへ行こうと歩き出した瞬間、無数の人の群れが二人を囲んだ。
「黒羽君だよね?ちょっと寄って話聞いてよ」
「工藤君、珈琲研究会だけどさ、おいしいコーヒーごちそうするからおいでよ」
「あ、抜け駆けはズルイぞ!ちょっとメシでも食いながら話させてよ。おごるからさぁ〜」
「なんだぁ?お前こそ食いもんで釣ろうなんて反則だぞ!ぜひうちに入って!女の子いっぱいいるし」
「だめだめ!こいつんとこはブスばっかなんだよ。女の子ならうちが一番!ぜひテニス部へ!」
「野郎にそんなこと言われたって説得力に欠けるわよねぇ。アイドル研究会にいらっしゃい!」
- 容姿端麗で、成績優秀、その上すでにマスコミに名前が出てる有名人という二人が
- いまやキャンパスの話題の中心となっていることに、快斗も新一も自覚などなかった。
もみくちゃにされながら、待ち合わせのピッツァテリアへ到達した。
窓際のテーブルにピザを一人で食べている白馬がいた。
「お待たせ〜♪あれ、白馬一人?服部は?」
「服部君なら剣道部の方達に連れていかれましたよ。先に食べてて下さいとのことでしたので」
そう言って白馬はピザを指さした。
「ふ〜ん、じゃ俺達も新一何食べる?」
「マルガリータとアイスティー」
「んじゃ、俺も」
快斗が注文を済ませると、ふぅ〜と大きく溜息をついた。
ふと、食事の手を休めたまま快斗を見ている白馬に気付いて新一が尋ねた。
「どうした白馬。快斗の顔になんかついてんのか?」
「いえ、黒羽君があんまりお疲れのようなんでね、さては昨夜の捕物が原因かと勘ぐっているのですよ」
「はぁ〜?白馬、お前まだそんなこと言ってるわけ?俺は違うって言ってんだろ!」
「捕物?何のことだ?」
話が見えない新一はどちらにともなく聞き返した。
「工藤君は今朝の朝刊を読んで来ましたか?」
「そりゃ目を通しては来たけど…」
「でしたら、昨夜…正確には今日の午前0時半ですが、怪盗キッドが現れたことをご存じですよね?」
「その記事なら読んだよ。だけど、それが快斗とどういう関係があるんだ?」
昨夜、キッドの予告状が届いていたことは目暮警部から聞いているので知っていた。
ただ、2課から要請も来ていないし、1課に呼ばれていたので独自に乗り出すこともしなかった。
「僕はね、怪盗キッドの正体は黒羽君だと思ってるのですよ」
「快斗がキッド?」
新一は隣に座る快斗をまじまじと見つめた。
「やぁ〜だ、新ちゃんたら。そんなに見つめられたら快斗君テレちゃう〜」
その言い種に新一はブッと吹き出した。
「こいつがキッド?こんなふざけた奴が?」
「新ちゃんヒドイ…」
泣き真似をしてみせる快斗の頭をコンと軽く小突いた。
「そう言えば、工藤君はキッドと対峙したことがあるんでしたね」
「………あぁ」
「でしたら、僕の考えに同意していただけると思いますよ」
「で、白馬がそういうからにはちゃんとした根拠があんだろうな?」
アイスティーを一口含みながら、新一は白馬に聞き返した。
「ありますよ。以前に髪の毛が採取されてるんです。そのデータから割り出した該当者が黒羽君なんです」
「………それだけか?」
「えぇ、ですがデータの信用性は高いですよ。これ以上の根拠があればとっくに黒羽君を逮捕してますよ」
「だからぁ〜、俺は違うってばぁ〜!ね、しんい…ち…?」
快斗が新一に向き直ると新一は目を閉じて、腕を組んでいる。
「白馬、お前が快斗を疑うのは勝手だが、俺の前で2度とその話をするな」
新一は怒りを通り越して呆れていた。
根拠なんてないに等しい。
状況証拠にすらなっていないではないか。
その髪の毛が快斗のものであった確率は高いだろうが、
それがキッドのものだと断定できないことは以前に調書を見ているので知っている。
これが、警視総監の息子のいうことだろうか。
ましてや探偵を名乗っているのだ。
(例え快斗が本当に怪盗キッドであったとしても、こいつにだけは知らせるものか)
快斗はこの時、一つの確信を抱いていた。
白馬は新一にある意味、暗示をかけてしまったのだ。
快斗が怪盗キッドであるかもしれない…という暗示を。
根拠もなく否定も肯定もするような新一ではない。
いずれ新一は真実を突き止めるであろう。
そして、それを怖れていると同時に望んでいる自分がいるのを知っていた。
(新一が真実を知った時、新一はどうするのだろうか…)
『お前を巨匠にしてやるよ。監獄という名の墓場に入れてな…』
パンドラを見付けずに逮捕されるわけにはいかない。
本当はこうして出会ってはいけなかったのだ。
(親父、ゴメン…。それでも俺はこいつの側にいたかったんだ…)
快斗は心の中でそう呟くと、手にしていたピザを口に放り込んだ。
ギクシャクとした重苦しい雰囲気がその場を支配する。
黙々とピザを口に運ぶ3人の緊張は、服部の登場によって断たれることになった。
「おまっとさ〜ん。もう腹ペコや〜。お、うまそうやな。ネェちゃん、俺にもこれ頼むわ」
「よぉ、剣道部に拉致されたんだって?」
「どうせ入部するつもりやったし、面倒やったから先行ってきたんや。お前らは?どこ入るん?」
「え?どこにも入んないよ」
「俺も」
平次は声を揃えたように言う快斗と新一にちょっとむっとしていた。
「なんで入らへんの?」
「「忙しいから」」
今度はピッタリ息の合っている二人にますますむっとした。
「工藤はともかく、黒羽は何がそんなに忙しいんや?」
「ま、いろいろとね」
怪盗キッドで忙しいのだろう、と言いたくなった白馬だったが、新一の嘲りを含んだような視線に口を噤んだ。
白馬自身は、なぜそんな視線を浴びているのかまるっきり自覚はなかったが。
「しかし、しもうたなぁ〜。てっきり工藤はサッカーやると思うとったから、後で連れてくる言うてしもたんや」
「なに〜!お前…勝手なことすんなよな…」
あの、騒ぎを思い浮かべて新一はどっと疲れてしまった。
「でもさ、逃げ回るより先にばっさり断っちゃったほうが後々楽なんじゃない?」
「そっか…、しゃぁねぇな。この後行ってくっか。おい服部、てめぇのせいなんだからしっかり付き合えよ」
「わかっとるって。ほんまにスマン!」
そう言って新一は、手を合わせて頭を垂れる服部の頭を、グーで小突いた。
キャンパスに戻った4人は、なぜか揃ってサッカー部の勧誘デスクへと来ていた。
「あ〜!!!工藤君!よかったぁ〜、入部してくれるんだね」
「いえ、断りに来たんです(キッパリ)」
「なんで〜???」
新一は平次の腕をグイと引っ張り、自分の前に立たせた。
「こいつが何を言ったか知りませんが、どこにも入部するつもりありませんので」
「そんなぁ〜。3年前の高校サッカー全国大会で見せたあのミラクルシュートがあればプロだって夢じゃないのに!」
「3年前?ミラクルシュート?」
自分の知らない新一の過去に興味を示したのは快斗だった。
「そう、凄かったんだよ。ロスタイムで残りわずか15秒って時に、イレギュラーしたボールをオーバーヘッドシュートでゴールさせちゃったんだよ。それもセンターのとこから」
「へぇ〜!じゃあ帝丹高校は優勝したんだ」
「それがね2回戦負けなんだ」
「なんで?」
「だって、工藤君が2回戦の日来なかったんだ」
「へ?」
みんながいっせいに新一の顔を見た。
「な、なんだよ。しゃあねぇだろ?目暮警部に呼ばれちゃったんだし」
「「「やっぱり…」」」
「と、とにかく、俺はプロサッカー選手になりたいわけでもないし、入部する気はありませんので」
失礼しますとものすごい勢いで踵を返し、立ち去っていった。
が、何を思ったのかふと立ち止まり振返った。
「思い直してくれたの?」
「いえ…、こいつが適当なこと言ってご迷惑かけたんで、お詫びと言ってはなんですが、こいつを好きにしちゃってください」
そう言って服部の胸を両手でドンと押した。
ふいを突かれた服部はよろよろと後ろへ後ずさり尻餅をついた。
「じゃあな、服部。また、後でな」
すでに剣道部に入部してしまった服部は、世にも恐ろしい体育会の洗礼を受けたのだった。
「新一、2外の選択決めた?」
「フランス語」
「どっち?小早川?今井?」
「今井」
「やったね!よし、これでこのコマも一緒…と」
4限の授業が終わった後、教室に残って快斗と新一は履修届の記入をしていた。
「快斗、自分の取りたい授業取りゃいいんだぞ。俺に合わせるなよ」
「そうしてるよ。ドイツ語よりはフランス語の方が得意だし、文法中心の小早川よりは、
リーダー中心の今井の方がいいなって思ってるんだから」
「ならいいけど。こうして見比べてみるとほとんど同じじゃねぇかよ。違うのは体育の後期ぐらいだぜ」
「あ、ほんとだ」
大学生にまでなって体育があるのか、とカリキュラムを見たときがっかりしたものだ。
比較的暖かい前期は基礎体力ということで学内で授業があるが、
寒くなる後期はサボりが増えることもあって短期集中のコースが設けられていた。
新一はその中で一週間のスケート合宿を選択した。
一方、快斗は新一と同じコースを選択したかったのだが、
新一がスケートを選択するとその考えを捨てざるをえなかった。
スケートを選択してもよかったのだが、滑れない快斗としては新一の前で無様な姿を晒したくはなかった。
かといって、水泳合宿は伊豆七島のどこかまで行くというので却下した。
島で合宿ということは、当然日々の献立にはアレが出てくるだろうし、
遠泳なんていうのもあるらしいので泳いでる最中に万が一にもアレに出会ってしまったら、
それこそ命を落としかねない。
残っているのはスキーか基礎体力だったので、迷わずスキーを選んだ。
「同じ授業が多いほうが何かと都合いいじゃん。
課題も一緒にできるし、休んだときのノートとか見せ合えるし、あと代返とかね」
代返と聞いて、新一はピクリと反応した。
代返なんかダメだ!とまともなことを言って快斗に説教するつもりではない。
むしろその逆で、事件があれば授業を抜け出してでも行きそうな自分を知っているから、
代返は非常にありがたいものになるだろう、ということがわかっていたからだ。
「新一の代返なら俺がしてあげるよ。声質似てるし、やりやすそう。俺、けっこう物真似とか得意なの」
物真似じゃなくて変装だけどね、と快斗は心の中で舌を出した。
「お!おったおった。白馬〜、ここや!二人ともここにおんで!」
快斗にとっての二人きりの楽しい時間を邪魔してくれたのは、またしてもこの男・服部平次だった。
「探したで〜。5限はないっちゅうとったのに、学食にも図書館にもおらんかったからなぁ」
「わりぃな。履修届書いてたんだよ」
「もう、あん中通るの嫌だったかんね〜」
サッカー部の誘いを断った後、他にも勧誘があったのだ。
「黒羽く〜ん!マジック研究会なんだけどぉ〜、お願い!入部して!
新進気鋭の若手マジシャンが入部したってなったら、もう注目の的よ〜!
あ、黒羽君は部費とかいらないから。だからお願い!入部して!」
「工藤君。君こそ我が部に必要な人材なんだ!なってったって、平成のシャーロック・ホームズだし、
お父上はアノ推理小説家・工藤優作だし、君自身もものすごい量の本を読みこなしているって聞いてるよ。
それも原書で。すごいよねぇ。だから頼む、入部してくれ!」
白馬は自分ではなく新一がホームズに喩えられたことが不満ではあったが、
マスコミがそう言っていたのだからと諦めることにした。
そういう白馬にも勧誘の魔の手はやってきた。
「白馬君。イギリスからの帰国子女なんですって?しかも、お母様がイギリス人とか。
ぜひ、そのすばらしいクイーンズイングリッシュを私達ESSで役立てて欲しいの!」
まだ、英語の授業は始まっていなかったから、そのクイーンズイングリッシュを披露していないのだが、- なぜそれをすばらしいと表現できるのか。
- 白馬はそれを真剣に考えていた。
- 3人とも多忙を理由に断ったが、ツボな勧誘であっただけに相手もなかなか引き下がらなかった。
- 他の生徒ならこんな勧誘のされかたはしないのだろうが、
- 快斗も新一もその方面では名を挙げているだけに、どうしても欲しい人材だったし、
- 白馬は一目でその育ちの良さが―――新一に言わせると嫌味なくらい―――わかる。
- 各部にとって、そういう人材を確保できるかどうかは死活問題なのだから仕方がないだろう。
- 結局3人とも、正式に入部はしないけど、ときどき顔を出すということで了承してもらったのだ。
- 「せやけど勧誘は6時まで許可されてんねんで。それまで、ここにこうしておるつもりなんか?」
- まだ時計の針は4時半を過ぎたばかりである。
- 「どうでもいいけど、俺腹減ってきた」
- 「俺も〜」
- 「マクドでもいこか?」
- 4人は鞄を掴むと教室を後にした。
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