春は出会いの季節 

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――――――白馬探。
新一はその名を忘れたわけではない。
むしろ良く覚えていた。
ただ、工藤新一としてではなく、江戸川コナンとして出会ったのだから仕方がない。
知らないふりでいるのは当然のことだ。
「はじめまして、工藤君。君の噂はかねがね聞いてますよ」
差し出された手をしばし見つめながら、新一は白馬の顔に目を向け差し出された手を取った。




新一は白馬を舐めるように見つめた。
容姿はいいほうだ。日本人離れした彫りの深い顔立ち、薄茶色の髪と瞳。
警視総監の奥方は英国人だと聞いているから、母親譲りなのであろう。
背も高く、スラッと手足が伸びて、均整の取れた身体付きをしている。
頭脳の方も、この東都大に現役合格しているのだから悪いということはないはずだ。

だが・・・・・・。

過剰とも言えるほど自信に満ちた眼光。

自分の正しさを信じて疑わない高慢な態度。

血筋や育ちの良さをひけらかすような口調。

その全てが新一には気に入らなかった。
黄昏の館では、一夜限りのことだったからさほど気にかけなかったが、
こうして服部から友人として紹介されたとなれば話は別だ。
それに快斗ともクラスメートだったという。

(もっとも快斗は嫌ってるようだけど)

傍らで仏頂面している快斗の顔を横目で見た。

(確かに、友人になりたいタイプじゃないな、俺も。それよりも・・・・・・)

服部の話では警視庁に顔を出しては、探偵として事件解決に協力しているという。
いままで顔を合わせなかったことが不思議なくらいだ。

「いままでにどんな事件を?」
「そうですね、なんでも引き受けますが、強いていえば窃盗や強盗などが多いでしょうか」

顔を合わせないはずであった。
新一は泥棒に興味はない。
ただ一人を除いては。




「白馬はなぁ、キッドを追っとるんやて」

服部の口からそのただ一人の人物の名がでると、新一は柳眉をピクリと動かした。

「キッドを?」
「えぇ、なんといっても確保不能の怪盗ですからね、彼は」

そう言えば…、と新一はキッド専任となっている、熱血警部の言葉を思い出した。

『前にもいたんだよ、あんたみたいな探偵ごっこの好きなガキがね!』

まだ、キッドの現場へ顔を出すようになったばかりの頃、中森警部に嫌味たっぷりに言われたものだった。
その後、何度か顔を出すうちに、新一も中森警部の扱い方がわかってきて、彼の顔を潰さないように
気を使ってきたため、その存在を快くは思っていないのは変わらないが、
少なくとも罵倒されることはなくなった。
中森警部が白馬のことを語る時の、あの苦虫を噛み潰したような顔を思い出した。

(この態度のでかい男がどんな顔して現場にいるのか見てみたいものだな)

新一はその推理力もさることながら、演技力と美貌(美貌のほうは本人はまるで意識していないが)により、
現場の警察官から非常に頼りにもされていたし、かわいがられていた。

(現場でもこんな調子なら、現場の刑事さんたちに同情するな。まして相手は警視総監の御子息となればな)

新一の中にある感情が生まれた。
いつかこの男の鼻をへし折ってやりたい。
うちひしがれて、頭をさげる姿を見てみたい。
同じ探偵として、新一のプライドを刺激し、そういう闘争心を抱かせる男だった。
その考えに新一はワクワクしていた。









(彼が工藤新一君・・・)

英国から戻って再び探偵としての活動を始めた白馬の耳に何度となく飛び込んできた名前であった。
どんな人物なのかと中森警部に尋ねたところ、黒羽快斗に瓜二つだと聞かされた。
快斗がキッドだという疑いを捨てていない白馬は、
それを聞いたとき捜査を混乱させるためのキッドの変装なのではないかと疑った。
しかし、いまこうしてこの場に黒羽快斗と工藤新一が並んでいるのを見れば、その疑いは捨てざるを得ない。

(確かに黒羽君に似ている・・・。でも、工藤君のほうが・・・)

快斗の纏う雰囲気は人目を奪うような華やかさを持っている。
一方、新一のそれは艶やかとでもいうのだろうか、人目を釘付けにさせるのだ。
それほどに、白馬は新一のその容貌に魅せられていた。
陶器のように白い肌。
深い湖を思わせるような冷たく蒼い双眸。
それを隠すような長い睫毛。
紅く濡れた唇。
華奢な体躯。
自分の手を握るしなやかな指。
妖艶・・・という言葉がこれほど似合う男に会うのは初めてだった。
だが、白馬は新一の容貌に気を取られるあまり、その内に秘める気性の激しさや、
プライドの高さなど新一の本質には、気づかなかった。








この無言のやりとりを、やはり黙って見ている男がいた。

(勝負あったな)

快斗の目には、新一の勝利が見えていた。
新一が白馬の本質をきっちりと見切っているのに対し、
白馬は新一の容貌に魅了され、本質にまで目がいっていない。
二人ともそんなこと一言だって喋ってはいないのだが、二人の目の輝きを見ればそれは充分にわかった。
キッドとして二人の探偵と駆け引きだらけの対峙をしてきたからこそ、わかることであった。

(さすがは俺が惚れ込んだだけのことはあるよな。まぁ新一の場合、容姿が一番の武器なんだけどな)

本人がそんなつもりではないことはわかっているが、周囲は勝手に降参してしまうのである。
かくいう快斗本人もその一人であった。




時計台で自分を窮地に陥れた人物に興味が湧いた。
白馬ですらついに成し遂げなかったことをした人物を。
調べてみると、自分や白馬と同じ高校生であることにも驚かされたが、何よりもその顔立ちに驚いた。
何しろ自分に瓜二つなのだ。
同じ顔を持つ探偵と怪盗。
その皮肉な偶然を快斗は面白く思っていた。
しかし、ある時急に工藤新一の名前がメディアから姿を消した。
彼を炙り出すつもりで仕掛けた鈴木財閥の秘宝『ブラックスター』。
だが、工藤新一は現れなかった。
代わりに現れたのが、どこか工藤新一を思わせる双眸を持つ少年・江戸川コナンだった。
小学生の容姿に時折浮かぶ大人びた表情。
そのアンバランスさが気に入って、彼につきまとった。
そうして知ったコナンの秘密。
彼・・・江戸川コナンこそが工藤新一だったのだ。
それを知ったときは、ありえないと思った。
だが、もう一人コナンと同じアンバランスさを持つ少女を見た時、それが真実なのだと悟った。
そして、工藤新一が戻ってきた。
初めて顔を合わせた時、身体中に電流が走るような感覚を覚えた。
同じ顔なんてとんでもない。
その溢れる色香に悩殺されたのだ。
一目惚れ、いや二度惚れだったのかもしれない。
だから、どうしても快斗として出会いたかった。
たとえそれで正体がばれるようなことがあっても、構わなかった。
新一との接点を作りたくて、この東都大学へと入学した。
今朝の出来事は嬉しい偶然だった。
快斗の4年間は楽しくなりそうだった。
(だけどなぁ〜、こいつらは余計だよなぁ〜)
この場に集った三人の探偵の顔を見比べて、深い溜息をついた。






そして、何も考えていない男がここに一人いた。
(ほんまに工藤は別嬪やなぁ〜。和葉なんぞ勝負にならへん)
新一と白馬の静かな戦いも、快斗の激しい熱情も気づくことなく、
目の前に座る新一の顔をニタ〜ッとしながら眺めていた。
(コナンやったときは可愛え感じやったけど、大きゅうなってからは別嬪ゆうんがピッタリや)
服部は、新一と過ごす4年間のキャンパスライフにすっかり心を奪われていた。









数時間後、4人はそれぞれ帰宅の途にについた。
新一は米花駅の改札を出たところだった。
「しんいち〜!」
振返ると快斗が手を振り回しながら駆けて来る。
「・・・・・・快斗って、米花町に住んでんのか?」
「ん?違うよ。新一を追っかけてきただけ」
「わざわざ?」
「だって〜、新一と全然話しできなかったんだもん!」
拗ねたような表情をする快斗に新一は思わず吹き出した。
「いいぜ、どうせ家帰っても一人だし、メシでも食いに行くか?」
「やったね!」









米花駅の近くのレストランで快斗はパスタを頬張りながら聞いた。
「新一から見て、白馬ってどうなのさ?」
「ん?」
人を中傷するようなことを言うのが好きなわけではない新一は、なんと答えようか考えた。
だが、この恐ろしく切れる男には曖昧な答えは通用しないだろうと感じていた。
「そうだな・・・。暇つぶしになりそうな奴ってとこかな」
「・・・・・・なにそれ」
「楽しませてくれそうな奴ってことさ。友人はできれば遠慮したいがな」
快斗が白馬を嫌っていることは明白なので、あえて心情を隠したりはしなかった。
「ハッハッハ!新一って見かけに寄らず辛辣なんだね」
「悪かったな」
「いい、すっごくいい!俺、新一のそういうとこ気に入っちゃった」
「俺も快斗のそういうとこ好きだぜ」
「え〜〜!好きだなんて、どうしよう快斗照れちゃう・・・」
少女のようにもじもじとして見せる快斗に、新一は爆笑した。
「バ〜ロ!何考えてんだ、てめぇは」
「新ちゃんのこと〜」
まだ、身体をくねらせて恥らってみせる快斗を見て、新一は笑い続けた。









服部・・・・・・白馬・・・・・・そして、快斗。
おそらくこの4年間は彼らと過ごす時間が多くなるのだろう。
なかなか楽しい4年間になりそうだと、新一は快斗と笑い転げながら思っていた。







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