春は出会いの季節
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薄桃色の桜の花が霞のように広がっている。
東都の郊外にある広大な敷地を持つ学び舎、東都大学。
この4月から大学生となった工藤新一は、これから4年間ここへ通うこととなる。長々と続いた総長やら学部長の祝辞が終わり、新入生たちが講堂からぞろぞろと出てくる。
この後、各学部学科に別れてのオリエンテーリングとなる。
「こんだけ人がいると、服部がどこにいるかなんてわかんねぇよな」
新一は、特に辺りを探すでもなく、コキコキと首をひねりながら、指定された場所へと移動した。
西の高校生探偵と呼ばれていた服部平次も、大学生になるにあたり新一と同じ東都大学へ入学した。
「工藤のことや。法学部に行くに決まっとるやろ」と勝手に思い込んでいた服部は、自分も法学部を選んだ。
どのみち父親と同じ警察官になるつもりであったから、進路変更を強いられることでもなかった。
だが、受験の時に新一の姿を見つけられなかった服部は、すぐさま新一へ連絡を入れた。
「あぁ?法学部?行かねぇよ。はぁ?どこ?どこだっていいだろうが」
「そんなケチくさいこと言わんと。俺と工藤の仲やないか!」
「しょーがねぇなぁ。文学部だよ」
「ぶんがくぶぅ〜?」
「そう、心理学科。わりぃ、これから出掛けるんだ。じゃあな」
服部が一方的に切られた電話を呆然と見つめ、「俺も文学部に行ったるで〜!」と絶叫し、
入試日程を調べたら1週間前に終わっていて「なんでや〜!」と大泣きし、
母親に「鬱陶しい!」と、どつかれたことを新一は知らない。
心理学科のオリエンテーションが行われる教室に、新一は足を踏み入れた。
席は学籍番号順に決まっているようだった。
「え〜と、51037は…、あった…」
新一は机に突っ伏して寝ている男に声をかけた。
「隣なんだけど、通してくれない?」
「あぁん?」
面倒臭そうに顔をあげた男を見て、新一は絶句した。
まるで鏡を見ているように、同じ顔がそこにはあった。
「…くどうしんいち?」
「あ、あぁ…。なんで俺の名前…」
「俺の顔見てわかんない?俺、よく間違えられるんだよ。有名人だって自覚ある?」
「あ…、なるほどな」
「俺、黒羽快斗ってんだ、よろしくな」
ポンッという音でもしそうな感じで、快斗の手に紅いバラが一輪あらわれ、差し出された。
新一は目をパチクリとさせながら、そのバラを受け取った。
「黒羽…って、ひょっとして黒羽盗一の?」
「へぇ〜、親父のこと知ってんの?」
「ガキのころ、父さんに一度だけ連れてってもらったことがある。黒羽もマジシャンになるのか?」
「まぁね。それよか、快斗って呼んでよ。俺も新一って呼んでいい?」
「いいけど…」
新一にしては珍しく快斗のペースに飲まれていた。
黒羽快斗という男はとにかく良く喋る男だった。
しかも、絶妙なテンポとウイットに富んだ話し方は、聞いているものを飽きさせない。
気がつくと、新一は完全な聞き役になっている。しかも、上手に新一にも自分のことを喋らせるのだ。
(こいつ頭の回転がめちゃくちゃ早い)
それが新一の黒羽快斗に対する第一印象だった。
いままで新一のまわりにはいなかったタイプだ。
新一自身、頭の回転は早い方だ。
そうでないと探偵としてはやっていけない。
高校生のころ、クラスメートとも結局、深く付き合っていけるような友人関係が生まれなかったのも、
新一との会話についていけず、くだらないことしか言い合えなかったからだ。
唯一、ついてこれたのが西の高校生探偵と言われた服部平次だった。
しょーもない奴だと思いつつも、友人関係を築いてきたのは、探偵という共通点だけではなく、
新一の言葉を理解できるだけの知識を持っていたからだ。
しかし、この黒羽快斗という男は、新一を理解するだけではなくリードしている。
新一が好印象を持つのは当然のことだった。
一日が終わる頃、二人はかなりの親密度を見せるようになっていた。
「新一、この後予定ある?暇なら、どっか寄ってかねぇ?」
「わりぃ、俺約束があんだ」
「彼女?それとも仕事かな?」
「んなんじゃねぇよ、服部ってダチと待ち合わせしてんだ。そうだ、お前も来るか?」
「いいの?」
「あぁ、関西系のギャグが鼻につくけど、悪いやつじゃねぇし。紹介するよ」
「じゃあ、お邪魔しちゃおっかな」
「よし、決まりな」
そう言って歩き出す新一の横に快斗は並んだ。
二人は待ち合わせ場所の図書館のロビーで選択科目について話しながら、服部が来るのを待っていた。
「犯罪心理と異常心理、この二つははずせないんだよなぁ」
「へぇ、探偵さんらしいねぇ」
悪いか、というような視線を快斗に送りながら新一も尋ねた。
「快斗は何専攻すんだ?」
「べっつに〜。これって決めてるわけじゃねぇんだけど、どうせやるならマジックの役にたつのがいいよね」
「例えば?」
「さぁ?講議名だけじゃわかんねぇよ。履習届は4月中に出せばいいんだろ?ゆっくり考えるさ」
「そうだな」
「お!工藤、おまっとさん」
ひときわ大きな関西弁で名前を呼ばれた新一は頭を抱えたくなった。
「服部、少しは小せぇ声で話せよな」
「普通やんけ。それよか、おもろい奴に会うたんや。工藤にも紹介したるから、出れへんか?」
「いいけど、こっちも連れがいるんだ。紹介するよ、同じ学科の黒羽快斗」
服部に背を向けて座っていた快斗がゆっくりと立ち上がり、服部に向き直った。
「黒羽快斗。よろしくな」
服部は黒羽と名乗った男を見て、絶叫した。
「工藤、双児やったんか〜〜〜!!!」
「バカか、お前は。黒羽って名乗っただろう?姓が違うだろうが」
ばっさりと切って捨てる新一を、快斗は笑いながら宥めた。
「まぁまぁ、無理ないっしょ。俺も今日会うまでここまで似てると思わなかったしね」
「似てるかぁ〜?」
「まぁ他人が間違える程度には」
当事者達はそれ程似てるとは思っていなかった。
それは、明らかに違う身にまとう雰囲気からくるのだろう。
「確かに、最初は俺も鏡があるのかと思ったもんな」
「だろ?いままで散々間違えられてこなかったら俺もそう思ったと思うよ」
二人して笑い合う姿を見て、服部はなんだか面白くなかった。
新一の雰囲気が明らかに自分と一緒の時とは違うのだ。
「なぁ、自分ら知り合いやったんか?」
「いや」
「今日が初対面。新一の顔は知ってたけどね」
「その割にはえらい打ち解けてるやないか」
新一と快斗は目を合わせてきょとんとした。
「まぁ、ええわ。連れ、待たせとるし、行こうや」
服部はすっきりとしないまま、踵を返した。
服部が二人を連れていったのは、大学に程近いところにある洒落た雰囲気の喫茶店であった。
「なんか、服部らしくねぇ店だな」
「そりゃそうや。俺の趣味ちゃう。連れの趣味や。おまっとさん」
「それほど待っていませんよ。僕の予想より2分18秒ほど早いですね」
どこかで聞き覚えのある口調を耳にして、恐る恐る快斗は新一の肩ごしにその人物を見た。
「げっ!白馬ぁ〜?お前、なんでここにいるんだよ!イギリスに帰ったんじゃなかったのかよ」
「快斗、知り合いか?」
「元クラスメート」
ぶっきらぼうにそれだけを言うと、どっかりと腰を下ろした。
「やぁ、黒羽君。寄寓ですね。服部君、君の友人というのは黒羽君だったのですか?」
「ちゃうちゃう。俺のダチは工藤や。工藤新一。黒羽は工藤の連れや」
「工藤新一…?あぁ父から聞いてますよ」
「服部、こいつ誰?」
「白馬探。現・警視総監の長男や。こいつも探偵しよるんや」
「よろしく工藤君」
「……よろしく」
隣に座る快斗の不機嫌が気になりながらも、新一はにっこりと営業スマイルで返した。
3人の探偵と1人の怪盗の日常的な出会いだった。
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