SEVENDAYS

-Mon.-






窓から初夏の朝日が差し込み、新一に覚醒を促す。
新一は掛け布団の中に潜り込み、さらに惰眠を貧ろうとした。
追い撃ちをかけるように鳴り響く目覚まし時計に手を延ばした瞬間、人肌に触れる。
(ん……。母さんが止めたのか……?)
まだ覚めやらぬ意識の中でぼんやりとそう思った途端、傍らで何かがもぞもぞと動いた。
驚いた新一が布団を剥ぎ取ると、そこには黒羽快斗の小さい身体が丸くなって横たわっていた。
「なんでお前がここに寝てるんだぁ〜っ!」
新一の絶叫に、快斗が目を擦りながら起き上がった。
「ん……。あ、名探偵、おはよ」
「おはよ……、じゃねーよ!なんでお前が俺のベッドで寝てるんだっ?」
快斗はベッドの上にあぐらをかいて座り、ふぁ〜とあくびをした。
「だって寝れなかったんだもん!なんか人肌が恋しい時ってあるでしょ?だから、名探偵の傍なら寝れるかなって……、いてっ!」
新一にゴツンと頭をどつかれ、快斗は頭を抱えた。
「そーゆー事は恋人に言え!」
「いないって言ったじゃん。目下片思い中」
「……そっか」
恋愛ごとにはとんと不慣れな新一は何と言えばいいのか検討もつかず、黙りこんでしまった。
(ありゃりゃ……。これは相当難攻不落みたいだね)
昨日知り合った快斗の片思いの相手が誰かなんて興味がないだろう。
でも、悪いことを言ったように黙りこまれるような話でもない。
「クラスメートと恋ばなしないの、名探偵?」
「こいばな?」
なんだそりゃ、とオウム返しに聞かれ、快斗はアチャーと額に手を当てた。
「恋の話。略して恋ばな。わかった?」
「あ、なるほど。そーいやあんまりそーゆー話しねぇかも」
快斗は顎に手を当てて考えこんでいる新一を見ながら、妙に納得していた。
さすがは美人女優の息子というか、母親に似た顔立ちは、その辺の女など足元にも及ばない。
しかも、真実を追い求める瞳にはなにやら色気がある。
さらに言えば、コナンであった時間が孤高なストイックさに磨きをかけていた。
そんな新一に俗っぽい恋愛話や下ネタを振ることに抵抗を感じてしまうのだろう。
(まぁ、クラスメートの気持ちもわからないわけじゃないけどね)
だが、快斗はそんなその他大勢に足並みを揃えてやる気などさらさらない。
決死の覚悟で近づいたのだ。
何がなんでも、この1週間で名探偵を口説き落とさなければ怪盗キッドの名が廃る。
そう快斗が決意をあらたにしたところに、新一が叫び声を上げた。
「あ〜っ!やっべ〜!遅刻するっ!」
「なに?名探偵、俺を置いてガッコ行くわけ?」
「ったりめーだ!出席日数やべーんだよ!」
そう怒鳴ると新一は慌てて制服に着替えた。
「わりぃけど博士んとこでなんか食わせてもらってくれ」
ざっと身支度を整え、靴を履きながらそう言い放つ新一を見送る。
ドアノブに手を掛けた新一がふと手をとめた。
忘れ物かと快斗が首を傾げていると、その手が快斗の頭へと伸ばされる。
「いい子で留守番してろよ」
そう笑いながら新一はクセの強い髪を掻き回す。
「名探偵っ!」
いきなりガキ扱いされて快斗も思わず大声を上げた。
「ハハハ、じゃ行ってくるな」
手を振って出掛ける新一の姿を最後まで見送ると快斗は大きくあくびをした。
先程新一が触れた髪に手をやり、クスッと笑みを零した。
続いてファ〜〜と特大のあくびをもらすと、今度こそ寝るぞ、と新一の寝室へ向かった。
実を言えば、新一の寝息が妙に色っぽく聞こえて眠れなかったのだ。

それが怪盗と探偵の奇妙な同居生活3日目の朝だった。





















新一は放課後、警視庁へと寄った。
顔馴染の1課ではなく、怪盗キッドを専任で追いかけてるという中森警部を訪ねるために。
幸か不幸か、中森警部は外出中とのことだったので、新一はその場にいた刑事に頼んで資料を見せてもらうことにした。
中森警部がいたら、「子供が口出しすることじゃない!」と一喝されたうえに成果もなしに追い返されたかもしれない。
会議室の一角を借りて、資料を読み耽る新一に先ほどの刑事がコーヒーを持ってきてくれた。
「工藤君がキッドの資料に用事があるなんて、どうしたんだい?」
強面の猛者揃いの2課にしては珍しく温厚そうな顔をした刑事は、なかなか縁のない日本警察の救世主とお近づきになるべく声をかけた。
この高校生探偵は1課の仕事には、しょっちゅう顔を出すが2課の仕事にはほとんど関与していない。
過去にたった一度、時計台の事件の時にアドバイスをくれた―――中森警部の言を借りるなら、横からしゃしゃり出てきた―――だけだった。
と言っても、刑事達が知らないだけで、新一は過去に数度、コナンとして怪盗キッドと対峙しているのだが。
だが、この刑事にしてみれば、この美麗な名探偵と話をする機会など天から降って沸いたような幸運に思えるのだった。
そんな刑事の思いなど露知らず、新一は生真面目とも思えるぐらい刑事の質問に答えていた。
「別に何かあるわけではないんですけど、やはり興味がありますから」
稀代の名探偵もやはりまだ高校生なのだと思わせるあどけない笑みを浮かべて続けた。
「ちょっと聞いてもいいですか?」
「なんだい?」
「資料のあちこちに『白馬探』という名前が出てくるんですが……」
新一は一つの資料を手にして、指でその名前を指し示した。
「あぁ、彼は白馬警視総監のご子息でね。さすがの中森警部も強くは言えないみたいだよ」
白馬探。
新一はこの名前に覚えがあった。
『黄昏の館』事件で出会った自分と同じ高校生探偵。
怪盗キッドのことを「唯一思考を狂わせた存在」と言っていた男。
(ふ〜ん、警視総監の息子ねぇ……)
どうやら話好きらしい刑事は新一が聞かずとも、白馬のことをいろいろと話してくれた。
「中森警部のお嬢さんと同じ高校らしいですよ?えっと……、江古田高校だったかな?」
(え?)
新一は我が耳を疑った。
江古田高校と言えば、黒羽快斗が通っている高校ではなかったか?
(つまり怪盗とそれを追う刑事の娘と探偵が同じ学校へ通ってるってことか?)
小説かマンガのような展開に頭がクラクラしそうになる。
後で快斗の口から3人がクラスメートだと聞かされた時は、呆れ返って何も言えなかった。

資料を読み進めて行くと、白馬が勝手な振る舞いをしていることが判ってくる。
(親の七光りか、虎の威をかる狐ってとこか。大したヤツじゃなさそうだ。けど、一度会っておいたほうがよさそうだな)
新一は白馬の経歴を頭の中にインプットすると、資料をパタンと閉じて立ち上がった。
「あれ?工藤君、もう帰っちゃうのかい?」
お喋り好きの刑事は極上の話し相手が帰り支度をしているのを見て、残念そうに言った。
「えぇ、見たかったものは見せていただきましたし」
新一は丁重に礼を述べた。
「もうすぐ中森警部も帰ると思うけど?」
刑事の言葉に新一は苦笑するしかなかった。
中森警部が戻る前に辞するのは、勝手に部外者である新一に捜査資料を見せた彼に対する配慮でもあったのだが、どうやら新一の気遣いは通じていないらしい。
この様子では、中森警部が戻った時に、新一が来て捜査資料を見せたことを得意げに話しそうだ。
(この刑事さんに付き合って警部の雷をくらうのは勘弁したいな)
新一はかつて世の男性を魅了した母親似の笑顔を張り付けた。
「この後、予定がありますので」
「そうか残念だな。じゃあ、また遊びにおいでね〜」
暢気に手を振る刑事に見送られ、新一は2課を後にした。

エレベーターホールでエレベーターを待っていると、先程の刑事が新一を追い掛けて来た。
「よかった〜。工藤君、まだいて……」
息を切らす刑事の姿に新一は忘れ物でもしたか、と考えた。
「これ、あげるよ」
と、差し出されたのは無造作に折り畳まれた一枚のコピー用紙。
広げてみると、そこには読んだだけでは意味不明の文章が書いてある。
「これって……」
「そう、キッドの予告状のコピー。一昨日出たんだけど、まだ誰も暗号解読できてないんだ。だから工藤君、解けたら僕にだけ教えてね」
それだけ言うと、その刑事は立ち去っていった。
呆気に取られた新一の手に残された一枚の紙切れ。
新一はジッとそこに書かれた文章を見つめると、苦笑を浮かべてその紙を鞄にしまった。
ポーンと音がして、エレベーターの扉が開くと、そこには中森警部か立っていた。
新一は軽く会釈だけをしてエレベーターに乗り込んだ。

(あの刑事さん、いまごろ雷くらってるかな?)
黄昏に染まる警視庁を振り仰ぎ、新一はクスリと笑った。
日が長くなったとはいえ、すでに帰宅ラッシュが始まっている時間だ。
「アイツ、何してっかな?」
新一は一人で待っているはずの快斗を思い、家路を急いだ。





















「帰ったぞ!」
一人暮しの長い新一は「ただいま」というのも照れ臭く、横柄にそう言って家に入った。
だが、返る声はない。
新一は家の中を探して回った。
リビングにも、書斎にも、快斗に割り当てた部屋にもいない。
(アイツ、どこ行ったんだ?)
家の中にいるのは間違いない。
玄関に靴があるから。
いま、快斗が履ける靴は『コナン』愛用のキック力増強シューズしかないから、別の靴を履いているとは考えにくい。
(まーいいか。家ん中にいるならそのうち出てくんだろ)
新一はお気楽な考えに落ち着いたところで着替えのために自室のドアを開けた。
「……………」
新一はポカンと口を開けたまま立ち尽くしてしまう。
新一のベッドの上に、快斗の小さな身体が横たわっていた。
背中が小さく上下し、規則正しい寝息が聞こえてくる。
新一はクスッと笑いを洩らすと、ベッドの端に腰掛け、快斗の柔らかい髪を撫でた。
(俺もこうだったな……)
身体が小さくなって急激に落ちた体力に、気持ちがついていかず、夕方にはすっかり疲れきって毛利探偵事務所のソファで眠ってしまうことはしばしばあった。
蘭がその度に抱っこで階上の自宅へと連れ帰ってくれたのだった。
(屈辱だよなぁ〜、あれは……)
新一はちょっとした悪戯を思い立って、快斗の身体を抱き上げ、リビングへと連れていった。






リビングのソファで快斗を抱きかかえながら、新一は本を読み耽っていた。
快斗が起きるのを楽しみに待ちながら……。




お待たせしました。第3話です。
まだまだ先は長いなァ……。


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