SEVENDAYS
-Tue.-
四日目の朝だった。
「退屈だ〜」
新一学校へ行ってしまうと、快斗はリビングで一人過ごした。
マジックの練習をしようにも小さくなってそのままここへ来たので、道具を持ってきていない。
隣家へ行けば、博士なり志保なりが相手をしてくれるだろう。
だけど、二人には二人のすべきことがある。
特に志保は微妙な解毒剤の調合に取り掛かっているのだ。
自分のために。
その志保の手を煩わせるようなことをすれば、それだけ解毒剤の完成が遅れる。
それは自分にとっても歓迎すべきことではないし、志保はロスでの生活を放り出して来ている。
彼女がロスでどんな生活を送っているのかはわからないが、それを自分の我が侭で振り回す訳にはいかないことはちゃんと承知していた。
いずれあの美人化学者とは、ゆっくり話をしたいと思っている。
(ま、焦らなくても問題ないでしょ。話をしたいと思ってるのは彼女もいっしょみたいだし……)
快斗と同じように、闇の世界の水を飲んだことのある者にしかわからない、葛藤を抱えているということでは、自分も彼女も同類である。
そして、彼の人に対する想いも……。
(悪いけど、新一はやれない……よ、宮野志保サン)
もっとも、彼女は全てを諦めてしまっていて、見守ることに徹しているようだが。
ふぁ〜と大きな欠伸を洩らすと、小さな身体をヨッと跳ね起こした。
「書斎で本でも読むか……」
工藤優作の蔵書はなかなかに見ごたえがあるものばかり。
暇つぶしには最高だった。
書斎のソファに蹲って、取りあえずと抜き取った1冊を1時間で読み終えてしまった快斗は、ふと夕べの出来事を思い出してしまい、一人で顔を紅くした。
(びっくりしたよなぁ〜、あれは……)
夕方、つい眠ってしまった快斗が目を覚ますと、そこはいたはずの新一の部屋ではなくリビングだった。
トクントクンという規則正しい鼓動が聞こえ、まだ完全に覚めきっていなかった脳が動き出す。
自分の鼓動がこんな間近で聞こえる訳がない。
ならば、これは誰か別の人のモノ……。
次に気付いたのは快斗を包み込むように回された腕だった。
決して逞しいとは言いにくい、でもしなやかな腕だった。
混乱しそうになる快斗の耳に自分に良く似た声が降ってきた。
「お、目覚めたみてぇだな」
振仰ぐとそこにあるのは、愛しい人の柔らかな笑み。
「え?あ。わぁっ!」
自分が新一の腕の中で眠っていたのだと気がつくと、快斗は目に見えて狼狽えた。
「おい、月下の奇術師がこんなことでそんなに狼狽えるなよ」
快斗は恨めしそうに、ハハハと悪戯が成功して喜ぶ新一を見た。
新一にとっては『こんなこと』かもしれないが、快斗にとっては大事だった。
子供の姿となってすら欲情してしまうほど、想いを寄せている相手の……しかも腕の中で眠りこけていたのだから。
(これが、新一が俺の腕の中で……ってんだったら、大歓迎なんだけどなぁ〜)
その逆というのは……ちょっと哀しいものがあった。
新一にしてみれば単に子供を抱っこしているだけのつもりなのだろうが。
快斗にしてみれば新一を抱っこしたいと思うことはあってもされたいなどとは露ほども思ったことはない。
だから、この思いもよらない事態に狼狽えもすれば、激しくプライドを傷つけられ、決意を新たにするのだった。
「元の姿に戻ったら、ぜって〜抱いてやる〜っ!」その頃、新一はつまらない授業を聞きながら、得体の知れない悪寒に襲われていた。
学校から戻ると、新一は書斎でパソコンに向かいながらデータ収集に勤しんでいた。
なにしろ相手はどこかの『組織』だ。
セキュリティのかかったページを次々と突破していく。
最高レベルのロックが現れたところでインターフォンが鳴った。
それを無視しながらキーボードを叩き続けていると、さらにしつこく鳴らされる。
「チッ!誰だよ、うっせーな。気が散るじゃねーか!」
新一がそう愚痴ったのが聞こえたわけではあるまいが、玄関のところで来訪者が声をあげた。
「ちょっと、新一〜!開けなさいよ!いるのはわかってるんだからね!」
響き渡る蘭の声に新一は顔を顰めた。
相手が蘭となると、新一はどうも弱い。
だが、いまはそれどころではないのだ。
新一がイライラを募らせていると、快斗の小さな手が横から伸びてきた。
「これって本来、俺の仕事でしょ?ここは任せて幼馴染みの相手してくれば?」
新一は快斗の好意に素直に甘え、玄関へと飛んで行った。だが、重厚なドアを開けた瞬間、新一は快斗こそが蘭の来訪の目的であることを悟った。
そこにいたのは蘭だけではなく、かつての仲間達が揃っていたから。
「こんにちは〜!蘭お姉さんからコナン君が来てるって聞いたんで連れてきて貰っちゃいました〜」
明るく言う歩美に、それどころじゃないと言う訳にもいかず、新一は引き攣った笑顔で蘭達を招き入れた。緊迫した時間は、賑やかな話し声に乗っ取られた。
快斗も突破しかけたセキュリティを諦め、コナンとして話の輪に加わっていた。
仮面ヤイバーの話に始まり、学校の様子など話は尽きない。
「ところでよ〜、コナン。おめぇいまどこに住んでんだよ?」
珍しく元太がするどいところをついてくる。
「いろいろ」
快斗はチョコレートを放り込みながら、曖昧に答える。
「それじゃあ、わかりませんよ」
納得のいかない光彦が口を尖らせる。
「そうだよ。あたし…、コナン君に手紙書きたい……」
少し涙ぐみながら訴える歩美に『コナン』はそっと肩に手を置いて宥めた。
(おいおい、俺はそんなことしねぇぞ……)
稀代の大怪盗が調子に乗って気障っぷりを発揮するのを見て、新一は心の中でツッコミを入れた。
『コナン』のことは快斗に任せて……とのんびり構えていた新一に思わぬツッコミが入った。
「新一なら知ってるんじゃないの?コナン君の連絡先……」
蘭がコワイ顔して詰め寄る。
「し、知らね……って……」
「ほんとに〜?」
疑わし気に、蘭がジロリと横目で睨んでくる。
「蘭ねぇちゃん、ほんとに新一にぃちゃんも知らないんだよ。僕ねぇ、いまいろんなところをいったりきたりしてるから……」
快斗がすかさずフォローを入れる。
またしても、はっきりしたことは言わずに。
この同居生活が始まってまだ4日目だというのに、快斗の機転のよさに新一は感心していた。
(まぁ、そうでなきゃ『怪盗キッド』はいまごろ監獄の中だろうけどな……)
魅惑的な暗号で書かれた予告状なんか送りつけるレトロな怪盗というだけでなく、この黒羽快斗という男の素顔にも新一は強く興味を惹かれて行くのだった。
結局、日が暮れるまで工藤邸は蘭と少年探偵団によって占拠された。
蘭は夕食の仕度の為に、少年探偵団たちもそれぞれ家に帰っていった。
嵐が去った後、残された二人はぐったりと疲れていた。
「……腹、減ったな」
「……うん。そう言えば、志保ちゃんが一緒に食事しようって」
「助かった〜。行こうぜ?」
新一はのっそりと立ち上がり、快斗を誘う。
快斗も、ゆっくりと立ち上がって、新一の後に続いた。
昨日、快斗は志保と組織のデータを交わし合った。
そして志保が出した結論は灰色。
APTX4869の流出経路が割りだせない以上、全くの無関係とは断言できない。
だが、快斗から聞く限り、怪盗キッドを追っていると言う組織は特徴的に『黒の組織』とはなんら重なる部分はないように思えた。
志保の見解は夕食後に新一に伝えられた。「結局『黒の組織』の可能性は捨てきれないってことか」
腕を組んで、ふぅーっと大きく息をつく。
志保もどことなく落ち着かない。
「そうね。同じ組織でないにしても、闇の世界に生きるもの同士。どこかで繋がっている可能性もあるわ……」
重苦しい雰囲気が場を支配する。
そんな中、快斗がおずおずと発言を求めた。
「あのさ……」
「なんだ」
「俺を追ってる組織が『黒の組織』ってのとおんなじかどうかってことと、誰が俺に薬を飲ませたかってことは別問題だと思うんだけど?」
新一は快斗の顔を見つめたまま、しばらくフリーズしていた。
確かに快斗の言う通りだった。
キッドを追う組織があるということと、キッドがAPTX4869を飲まされた、ということからそれが黒の組織であるかのような錯覚に陥っていたのだ。
「それにさ〜、俺がキッドだから襲われたってわけじゃないかもよ。だって俺、そん時キッドじゃなかったしぃ〜」
「なにぃ〜っ!ちょっ、どーゆーことかちゃんと説明しろっ!」
しれっとした口調で言ってのける快斗に、新一は詰め寄った。
「ん?だからさ、薬を飲まされたのって、お仕事終わって家に帰る途中だったんだよね。いきなり後ろから撲られてさ。なんか飲まされたって思ったら、気失って……」
気がついたらこうなっていた、と言う快斗の頭を新一は後ろから殴り付けたい衝動にかられた。
「テメェ!そーゆー大事なことをどーして先に言わねぇんだよ!」
「だって新一聞かなかったじゃん!」
快斗は見掛けに相応しく口をぷぅーっと膨らませた。
気まずい沈黙が流れた。
「……名探偵さんにしてはらしくない失敗ね」
そう志保に言われても、全く以てその通りなので返す言葉がなかった。
快斗の口から出た『組織』という言葉にかなり動揺していたらしい。
よほどあせったのだろう。
細かい経過や状況を聞く前に、『組織』という先入感を持ってしまったようだ。
志保の言う通り、新一らしくないミスであった。
さらに詳しく快斗の話を聞くと、場所は米花駅近くで、気を失ったあと近くの公園に運ばれたらしく、気付いたら公園のベンチで寝ていた、ということだった。
「貴方の家、この近くなの?」
「いや、駅二つ向こう」
志保の質問の意図を、新一も快斗も直ぐさま理解した。
快斗の本当の顔は知らないが、いまの快斗はコナンに瓜二つだ。
元の顔だって、新一にかなり似ているだろう。
親しい者ならともかく、メディアで流れた顔写真を見ただけでは区別はつかないだろう。
狙われたのは快斗ではなく、新一であった可能性もあるのだ。
「クソッ!快斗、現場見るから案内しろ!」
「え?いまから?」
「ったりめーだ!持ち時間、半分使っちまったんだからな」
それでも二人は食後のデザートまできっちり片付けて出掛けて行った。
だが、出掛けて行った公園で得られたものは何もなかった。
深夜近くになって帰宅した二人は、そのままベッドに入る。
新一の部屋のベッドに。
あれから毎晩(といっても今日が3回目だが)、快斗は新一のベッドに潜り込んだ。
快斗の見かけに、なんとなくそれでもいいかと思ってしまったのか、新一は口ではなんだかんだ言うものの、本気で快斗を放り出すようなことはしなかった。
新一はふと浮かんだことを、快斗に聞いた。
「そういや時計なくしたって言ってたよな?あれって、いつ気付いた?」
「あ、公園でだよ!目が覚めて時計見ようとしたらなかったんだ」
「ってことは、犯人に持ち去られた可能性が高いな。どんな時計だ?」
「どんなって、んーと……、黒のGショックだけど限定品でさぁ。結構高かったんだよね、あれ……」
本気で気を落としている快斗を見て、新一は楽しそうな笑みを浮かべた。(コイツ、結構喜怒哀楽の激しい奴だったんだな)
ポーカーフェイスが売りの怪盗でない、快斗の本当の姿を知ったことが新一には何だか嬉しかった。
「そういえば……」
天上を見つめながら、快斗はポソリと呟いた。
「ん?」
「ハッキング、途中でやめちゃったんだっけ」
「あぁ。お前を追ってる組織の仕業かどうかも怪しくなってきたしなぁ〜。快斗に任せる」
キッドなんてやってるだけあって、快斗はそういうことに長けている。
学業を疎かにするわけにもいかない新一は、残された時間を有効に使うためにも、快斗の手が借りられるところは借りた方がいいと考えたのだ。
新一がそう思ってくれたことが、快斗には何より嬉しかった。
怪盗である自分を、名探偵は信頼してくれたのだから……。(新一……、ずっと……ずっとこのままでいれたらって思うぐらい、好きだよ……)
快斗は心の中でそう囁くと、夢の世界へと誘われていった。
こんなに事件と無関係なシーンばかりで1日がおわってしまっていいのか? いいんです(開き直り)。だって、それがメインじゃないも〜ん! あと3つ……。やっぱり間に合いそうにないか……。
Mon. INDEX Wed.