序曲〜Overture
3


「副官の紹介が終わったところで、ニコル、あの件はどうなった?」
「はい。総務局に申請してあります」
「では、皆にも報告してくれ」
「了解しました」
 クルーゼが傍らの椅子に腰掛けると、ニコルがクルーゼのいた場所へと立った。
 ぐるりと皆の顔を見回した。
「え〜、ザフトの戦艦やコロニーはADの頃の人物の名前から名付けられたものが多いんです。例えば僕達が知っているヴェサリウスですが、16世紀の外科・解剖学者の名前です。また、ガモフは20世紀の物理学者の名前です」
 付け加えるならば、この話には出て来ないヴォルテールやルソーも18世紀に活躍した思想家の名前である。
「キラさんやアスランは知っているかもしれませんが、その多くは月クレーターの名前にもなっています」
 キラやクルーゼ……そしてどうやら自分の副官となったレイも関係しているようなので言わなかったが、メンデルもまた19世紀の遺伝・植物学者の名前であり、エンドウマメを用いた『メンデルの法則』は有名である。そして、この名もまた月クレーターの名前に使われていた。というより、月クレーターの名前から取ったものが多いのだろう。
 最も、連合のメネラオスやメビウスも同様であることに、ニコルは気付いていたが、とりあえずこれは省いておいた。
「人名以外では、これはイザークの方が詳しいんでしょうが、神話から名付けられたものもあります。新造艦につけられた『ミネルバ』もそうですよね、イザーク?」
「あぁ、ミネルバはローマ神話に出てくる技術と工芸の女神だ。後に、ギリシャ神話と混合された時には、戦争の女神・アテナと同一視されている」
 ニコルはイザークの自尊心をさりげなく満足させる。
「で、ニコルは俺達の戦艦(ふね)に人名をつけたわけ? それとも、神様?」
 ディアッカが焦れたように言うのを、ニコルはジロリと睨み付けた。
「人名です……が、月クレーターのことは考慮に入れませんでした。僕が選んだのは作曲家の名前です」
 らしい……らしすぎる。余りにもニコルらしすぎて、誰も何も言えなかった。
 というか、すでに総務局に申請させてしまっているのだから、いまさら否と言っても仕方がないのだが。
「まずはキラさんの艦ですが、『アマデウス』と名付けました。天才と言われたヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトのことです。名前としてはモーツァルトの方が知られているのですが、アマデウスというのは、洗礼名のテオフィロスをラテン語で意訳したもので『神に愛された』という意味があるんです。まさにキラさんに相応しい名前でしょう?」
 キラは、そんなことないだの、もったいないよ〜だの、言っているが、他の誰からも意義は出ない。
「俺はいい名前だと思うぞ?」
 そうイザークが言うと、キラは「そう?」と首を傾げ、エヘヘと笑みをこぼしながら頭を掻いた。
「え〜次にイザークの艦ですが、これには『ワーグナー』と名付けました」
「多くの歌劇を作曲された方ですわね」
 さすがは歌姫。歌劇のことはよくご存じである。『ターンホイザー』『トリスタンとイゾルデ』『ニーベルングの指輪』などが、ワーグナーの主な代表作である。
 ちなみに、『脚付き』の主砲『ローエングリン』や『ゴットフリート』も歌劇『ローエングリン』の登場人物なのだが、イザークはそんな名前が付いてることを知らなかったし、キラはその名の由来がそこにあることを知らなかった。
「何か意味はあるのか?」
「いえ、イメージです」
「ならいい。別に異存はない」
 主に聴く方ではあるが、クラッシック音楽もワーグナーもイザークは嫌いではない。
 特に北欧神話に題材を取った『指輪』は好きだった。
「えーと、ディアッカは『バーンスタイン』です。これもイメージなんですが、そのディアッカはクラッシックというイメージがないので……。バーンスタインは20世紀の作曲家で、クラッシックだけではなくて、ミュージカルの作曲も手掛けてるんです」
 その代表作『ウエスト・サイド・ストーリー』がディアッカのイメージに近いので、この名を選んだ。
「いいんじゃない? 知らねー名前よりは、知ってる方がいいし、あのミュージカルは俺でも見たことあるしな」
 ディアッカが了承したところで、ニコルはアスランに視線を向ける。
「アスランのは悩みに悩んで『ベートーヴェン』にしました」
 なんでも出来る同僚の唯一の弱点が芸術――その中でもとりわけ音楽が苦手だった。
 そのアスランに相応しい名前、それを考えるのに要した時間は全体の9割を占めたのだ。
 あれこれ文献を読み返し行き着いたのが、交響曲第5番『運命』に如実に現れている彼の作風『苦悩を突き抜け歓喜に至る』という図式。それがいかにも、アスランっぽい感じがしたのだ。
 どうでしょうか? とニコルはアスランに尋ねた。
 だが、アスランの方が固まってしまう。
「……………よくわからないが、異存はない」
 何を思ってニコルがそう名付けたのか、アスランにはとうてい理解できなかったが、ベートーヴェンの名前ぐらいは知っている。
 別段覚えにくい名前でもないし、悪い意味があるようにも感じなかったので、特に異存はなかった。
「この腰抜けには『サリエリ』の方がよかったんじゃないか?」
「それだと、イザークが『アマデウス』ってことになるじゃないですか! 貴方、器じゃないです」
 なにげに失礼ではあるが、そもそもイザークが言い出したのだから、ニコルは気にしない。
 当のアスランはと言えば……、イザークが言い出したのだから、良い意味じゃないということはわかるが、さっぱり意味がわからず傍観していた。
 アスランが何も言ってこないので、拍子抜けしたイザークもあっさりと矛先を引っ込め、ニコルに続きを促した。 
「最後に僕のを言いますと、『ショパン』です。どうでしょうか?」
「『ピアノの詩人』ですね。ニコルさんにぴったりです」
 ニコルのファンだというレイが、手放しで褒めちぎる。
「ありがとう」
 それに、ニコルは嬉しそうに微笑んだ。
 ……納得いかない。
 ニコルとレイ以外、全員がそう感じていた。
「な〜んか、納得いかねーのって俺だけ?」
「安心しろ。俺もだ」
「単に自分の艦にその名前を付けたかっただけだろう? 俺達のはついでだ」
「でも、よく考えてると思うよ。みんな似合ってるし」
 自分のだけは違うけど、とキラはまだ言っている。
 音楽の話題に入れないアスランは、黙って聞いているだけだ。
「ところで、ニコル。私のナスカ級には、なんと名付けてくれたのだね?」
「はい。いろいろ考えたのですが、ザフトにクルーゼありとまで言われた隊長の艦ですから、我々と同じというのも失礼だと思いまして、『マエストロ』と命名いたしました」
「……ふむ。悪くないな。では、宇宙に壮大な交響曲を奏でてやるとしよう。我等の艦隊は1週間後に進水式となる。それまで、編成を整え、訓練に励むように。以上、解散」
 至極、ご満悦な笑みを残して、出ていくクルーゼの背中を敬礼で見送り、姿が見えなくなると一同が一斉に溜息をつく。
 平気な顔をしているのは、クルーゼが後見人だというレイ、なぜだかあのクルーゼとタメ口をきけるキラ、そしてクルーゼのことなどなんとも思っていないラクスぐらいのものだ。
 それにしても、だ。『マエストロ』―――すなわち『巨匠』という意味の名を付けられて、「悪くない」と自ら言ってしまえるのもどうかと思うが、そういうところがクルーゼなのだと、紅の面々は自分達を無理矢理に納得させた。




タイトルが『旋律』なのは、こういうことです。
シリアスじゃないので、あまり深く考えないで下さい。
ちなみに、ニコル君は、本気で『自分の艦にショパンと名付けたかった』だけです(笑)。


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