あなたはオレを憎んでいた?



それとも―――――――






それは永遠の秘密

BY 友華様




 初めての出逢いも突然、別れも突然ならば、再会も突然のことだった。

 再びオレの目の前に現れて笑いかける『彼』は、記憶の中のそれとはまるで違っていて。あまりの変化にオレは困惑してしまった。
 だってかつての『彼』はあんなふうには笑わない。
 あんな――――誘うような妖艶な笑みは見たことがない。

 良きライバルであり、良き友人であったはず。少なくともオレはそう思っていた。
 彼はそうではなかったということなのだろうか?
 そう考えると無性に悔しくなる。それは、思い出の中の彼が穢されたと感じているせいもあるのかもしれない。
 オレは大人になって、彼も大人になって。
 いつまでも変わらぬままでいられるはずはないとわかっているのに。

 顔をあわせるために挑発され誘惑されているような気がする。
 その華奢な身体を、吸い込まれるような蒼い瞳を武器にして、血を塗ったような真っ赤な唇を歪め笑う。
 女よりも妖艶なその姿―――。

 "欲しいんだろう?"

 形だけでそう呟く。まるで獲物を誘う蜘蛛のようだ。
 そして彼の魅力という罠にはめられて抜け出せないヤツは、もう何人いるのだろう?
 他の男の腕に抱かれながら、それでも視線も笑みもオレに向けられて。
 オレは決してその手には乗らない。それがどんなに魅力的でも、その他大勢の1人なんてごめんだ。
 たとえ一時だけとはいえ彼を独占できるヤツへの妬みがたしかにあるのだとしても。
 オレが欲しいのは―――『彼』じゃないから。



「快斗?どうしたのよ、ぼーっとして」

 街中を歩く快斗の横には、いまだ『幼馴染』から前進できていない青子がついてくる。心配そうな顔が目の前に迫って、快斗はようやく現実へと戻った。
 今は大学の帰り、青子に付き合って買い物にきていたのだ。
 彼女も高校のときよりも少し大人びたけれど、その本質はほとんど変わっていない。それが素直に愛しいと思える。
 同時にとてもうらやましい、と。
 ボーっとしていると思ったら急に笑い出した快斗に訝しげな視線を向けてくる。
 それになんでもないとだけ応えた。

「そういえば快斗、最近付き合い悪いんだって?皆嘆いてたよ」

 まぁ、青子は家にいてくれるから嬉しいけど……

 照れながら付け加える青子にくすりと笑う。

「金がねぇんだよ。そうそう毎日遊んでられっか」

 もっともな理由だけれど、本当は違う。
 夜に街へ繰り出せば、必ずといっていいほどに彼と出くわしてしまうから。無視しようと思っても、できなくなる。
 彼の誘惑は強すぎて……屈してしまいそうになるから。
 逃げるようで癪だったけれども、最近は街へ行くことはなくなった。
 ―――――きっと、次に会ったら……

 そんなこと、青子に言えるはずもないけれど。

「今日夕ご飯どうする?またなにか作りに行ってあげようか?」

「あ〜そうだ、な…」


 次に会ったら自分は、耐えられるかわからない、のに………


 返事の途中で足を止め固まってしまった快斗を、青子は訝しげに見た。名前を呼んでも返事がない。
 ただ前を凝視したまま、表情までも硬く固まってしまっていた。
 そんな快斗の視線を青子は追い、その先に1人の青年がいることに気がついた。

 塀に寄りかかって笑う青年。快斗と似ているが、浮かべる笑みはまったく違う。
 まるで青子がそこにいない者であるかのように、彼の目には快斗だけが映し出されているようだった。
 そして先ほどまで話をしていた快斗もまた同じ。
 魂ごと彼に奪われてしまったかのように青年を見つめ動かない。青子が呼んでも身体を揺すっても、なんの応えもくれない。

「黒羽」

 青年が快斗を呼ぶ。そして片手を快斗へと差し出した。
 まるで催眠術にでもかかったように、快斗は彼のほうへと歩き出した。青子の引きとめの言葉も行動もまるで意味をなさない。
 やがてその手をとった快斗は、誘われるままにキスをした。
 ときどきふざけて青子にするような軽いものじゃない。本当に欲しいと望んでいたディープキスだった。

 青子にとっては気の長くなるような時間。けれど縫いとめられたかのように足は動かず、2人のキスシーンを目撃していた。
 男同士なのに……ソレはひどく艶かしいものとして目に映る。
 ようやく離れたと思ったら、頬を高潮させた青年は、快斗の首に腕を回して引き寄せると――――青子を見て、笑った。
 『これはオレのものだ』、とでもいうように。見せ付けるように。

 そのまま青子を残したまま、2人でどこかへと消えてしまった。


 悪魔のような男。
 青子がそう感じた青年が『工藤新一』であると知ったのは後のことだ。そのときはかなり驚いたものだ。
 青子が知っていた彼とはあまりにも違うから、だからわからなかった。

 それから快斗はほとんど毎日のように新一と会っているようだった。
 近くで見ているから、快斗がどんどんと彼に溺れていくのがわかった。そしてそれに苦悩しているということも。
 けれど会うことをやめられない。彼の誘いを断れない。
 まさしく『麻薬』のような存在だ。

 青子はそのまま、放っておくことなんてできなかった。
 夜毎出て行く快斗を引き止めることもできずにただその背を黙って見送っていたけれど、憔悴していく快斗の姿に、限界だ、と感じたのだ。

 だからその日は、青子も快斗についていった。

 ―――――新一に会うために。

 前の晩にそれは快斗と2人で決めたことだった。新一から離れて元通りに戻る、ということ。もう縛られないように。
 言い出したのは青子だけれども、快斗はそれにすぐに同意してくれた。
 朝までずっと傍にいて。不安がる子どものように快斗はぬくもりを求めていた。大丈夫と言いながら抱きしめる。
 これで終わる。快斗は自分のもとへ戻ってくる。
 子どものように擦り寄る快斗に、青子は喜びを感じていた。

 付き添い、というよりも、ずっと前を歩いていたのは青子のほうだった。快斗は黙って青子の後ろをついていくだけ。視線を落としたままで。
 新一の家に近づくにつれて、快斗の足は徐々に重くなったようで、気づいたら後ろを歩く快斗との距離が空いてしまっていた。
 慌てて戻って快斗の手を握り締め、引っ張るようにして目的地へ向かう。
 大きな大きな洋館についてチャイムを鳴らしたのも青子だった。
 しばらくしてから気だるげな声で返事があり、用件を述べると、またしばらくの後に新一本人が現れた。
 後ろの快斗が息を呑むのがわかる。青子も同じような状態だ。
 現れた新一はジーパンに軽くシャツを羽織っただけの姿。動作ひとつひとつが億劫そうで。ぼんやりとした瞳を2人へ向けてくる。
 だが2人が目を奪われてしまったのは、羽織られただけのシャツから覗く無数の『赤』だった。
 それがわからぬほどもはや子どもではない。
 快斗が固まっているということは、おそらく快斗がつけたものではないということ。

「……なんか用か?」

 寝起きなのだろうか、わずかに乱れた長めの前髪をかきあげながら、不機嫌そうな声を出す。そして小さな欠伸を1つ。
 夕方だというのに眠そうな新一を呆然と見つめていた青子は、我に返る。
 自分がここへ来た目的というのもを思い出したのだ。
 強気な目で新一を睨みながら、考えていたとおりのことを突きつけた。

 もう快斗に近づかないで。困らせないで。惑わせないで。

 続けられる青子の主張を、新一は無表情で聞いていた。途中口を挟むことなく、嫌な顔をするわけでなく、ただじっと。
 そして快斗は無意識にでもそんな新一を見つめてしまった。
 決して自分だけのものにはならない、かりそめの恋人。
 けれどこれでもう終わる。どうしようもなかった苦しみからも解放される。

 青子が主張を終えたとき、初めて新一は表情を動かした。
 何を言うわけでもなく、ただいつものように妖艶な笑みを浮かべ、青子を通り越して快斗を見る。
 新一は、快斗がその笑みで抵抗できなくなることを知っているのだ。
 決めたはずなのに、またその蒼の双眸に吸い込まれそうな錯覚に陥った。

「っ、快斗、帰ろう!」

 それに気づいた青子が、もと来た道をたどり始める。新一の応えは聞かないままで。
 快斗はそれに逆らうことなく歩きながら、門を出る前にもう1度だけ振り返った。
 新一は相変わらず玄関に気だるそうに立ったままで、相変わらず笑っていた。

 それから快斗は、以前と同じようにずっと青子の傍にいた。
 青子はいつ新一がまた目の前に現れるかと警戒していたけれど。快斗も心の中ではそう思っていたけれど。
 2人の予想を反して、あの日以来新一が現れることはなかった。
 それでも噂だけは届く。相変わらずの生活をしているらしい。けれど快斗の前に遠目でも姿をあらわすこともなくなって。
 そのことに少しの安心と虚しさを感じた。


 新一に再び会ったのは、それから3年も後のことだった。


 同じゼミの連中に誘われて、快斗は久しぶりに飲みに来ていた。その傍らに青子の姿はない。なんでも、父親に届け物をしなくてはならないのだと言っていた。
 快斗1人、というのもなんだか久しぶりで、友人たちに散々からかわれた。
 そんなことも今まで何度もあったので、快斗は曖昧に笑ってごまかすだけだ。

 最後に新一の姿を見てから3年。

 だからこそ、青子にも安心というものが出てきてしまったらしい。
 前はどこへ行くにも何をするにでも心配してついてきていたが、最近ではそこまではしなくなった。
 だからこそこうして飲みに来られるわけだが。
 再会のときは、またしても突然やってくるのだ。

「工藤君!?久しぶりじゃない〜v」

 店の女の子が明るく言った言葉に、快斗はグラスを持ち上げた状態で止まった。
 まさか、と思いつつ振り向く。
 そこには確かに、3年ぶりに見る新一がいた。
 向こうも快斗の存在に気がついたらしく、にやりと唇をゆがませる。そんな新一に、快斗は眉をひそめた。
 偶然出くわしたことに対してではない。新一のあまりの変貌に、だ。

 以前も結構長かったが、艶やかな黒髪はさらに伸びて前髪は顔のほとんどを覆っている。そして前はなかったメガネ。
 1番変わったのはその体型だ。もともと華奢であったのが、ますます細くなっているような気がした。
 ―――いや、気のせいではないだろう。
 病的なまでに、新一は痩せ細ってしまっていた。
 周りの者たちは気づいていないのか、それとも気づいているのにおかしいとは思っていないのか。
 とにかく新一の変貌に驚いているのは快斗だけであるらしい。
 新一も大学の仲間たちと来たらしく、快斗のグループが座っていた席と少しはなれた場所に陣取り、早速騒ぎ始めた。
 快斗は自分へかけられる声に応えながらも、意識は完全に新一の方へと向かっているのを自覚していた。
 男女関係なく新一に声をかけ、新一もそれらを邪険にすることなく応える。
 絶え間なく楽しそうな笑い声が嫌でも耳に入ってくる。
 もう振り切ったはずなのに―――こんなにも彼が気になる。


「わりぃ、ちょっと…」

 飲み始めてから30分ほど経ったころ、新一はトイレと言って席を立った。言葉どおり備え付けのトイレへと消えていく。
 だが新一が快斗たちの傍を通ったとき、彼の顔色が悪いことに快斗は気づいた。
 やはりなにかおかしい……
 そう感じた快斗は、自分もトイレだと言って席を立った。

「なに、やってんだよ……」

 入った小さなトイレの1つで蹲る新一を見て、快斗は呆然としながらも思わず呟いてしまった。そこに咎めが入ったのは仕方ないだろう。
 新一は今まで食べたものをすべて戻していたのだ。
 だが快斗に見られたというのに新一は焦ることもなく、吐き出したものを流すと洗面所にいって汚れた手や顔を洗い、そして前と変わらぬ笑みを浮かべながら快斗のほうへ振り向いた。
 だがやはりその面立ちは違いすぎる。
 先ほどはかかる髪やメガネではっきりとはわからなかったが、今でははっきりと窶れ具合が見て取れた。
 快斗が動けずに立ち尽くしている前で、新一の身体が大きく傾いた。

「おいっ」

 倒れそうになった新一に、快斗はとっさに手を差し伸べた。
 腕の中に落ちてきた身体は、やはり以前とは比べ物にならないほどに細くて軽い。
 抱きとめられた新一は、快斗を見上げながら、ふっと笑いをこぼした。

「……なに」

「いや。ようやくお前の顔が見れたな〜と思って」

 真っ青な顔をしながらも笑い続ける新一に腹が立つ。
 だがそのときは新一の言葉のほうが気になった。彼がかけていたメガネは、今は洗面台の上に転がっている。

「……目、見えてないのか?」

「見えてるぜ?黒羽の顔は、きちんと」

 これくらい近づかねぇと、わかんねぇけどな。

 言って、激しく咳き込んだ。抑える手には、わずかな赤が見て取れる。
 ソレを見て、快斗の中の憤りはますます大きなものとなった。

「あんたはっ…ッ!」

「……どなる、なよ……せっかく、また、会えた、のに……」

 話している途中、笑みを浮かべたままで新一は意識を失った。
 快斗は新一を抱き上げると急いでトイレから飛び出し、救急車の手配を頼んだ。店の人が呼んだ救急車で、新一はすぐに病院へと運ばれていく。
 驚いたり呆然としたりする新一の友人に混じって、快斗もただ赤い光を見送るだけだった。




「かいとぉ」

 病室の前、花束を抱えた快斗の服の裾を青子が掴んだ。不満なような不安なような、そんな顔をして見上げてくる。
 快斗は大丈夫、と言って笑ってみせた。
 ここは病院、相手は重病人。いくら個室だからってなにかができるわけもない。
 別に見舞うつもりもないのに快斗が心配でついてきた青子。彼女に待合室で待っててと伝え、快斗はその病室の中へと入っていった。
 扉が閉まるのをまだ不安げに見つめた後、諦めたように青子は待合室へと向かう。

 病室の中には快斗の他に見舞い客はいなかった。
 あれだけ人気者だった彼だから、きっとたくさんいる、とも思っていたのだが、誰もいなくて、ただ静寂が包み込む病室は淋しいと感じる。
 先ほどの新一の隣家に住む少女と廊下ですれ違ったけれど、彼女は快斗に一瞥くれただけでそのまま立ち去ってしまった。
 中央の白いベットに新一はいた。ますます白い顔をして目を閉じていた。
 だが扉の音に気がついたのか、うっすらと目をあけ、快斗を見る。

「……だれ。はいばら?」

 確かに快斗を見ているのにそんなことを聞いてくる。
 もう20代も半ばだというのにその顔はひどく、幼くて。昔の――会ったばかりのころの彼を思い出し、泣きなくなった。
 そういえば新一は、視力もかなり悪くなっていたのだということを思い出す。
 快斗は何も言わないままでベットに近づき、顔を覗き込んだ。
 ますます大きくなったように思える瞳が、驚きに見開かれる。

「あれ、くろば…?なんで…」

「なんでって…お見舞いに来たんだよ」

「へぇ?」

 意外だ、とその表情は物語っていた。それに苦笑いで返して、置いてあった花瓶に自分が持ってきた花束をいける。
 数本しかなくて淋しかったそれは、一気に賑やかになった。
 それでもその美しさを、新一は見ることができない。こんなに近くにあるのに。

「……もっと、見舞いがいると思ってた」

「おめぇくらいだよ。その場限りの付き合いだったからな。遊べなくなったら用なしなんじゃねぇの?」

「工藤…」

 なんでもないことのように言う新一に快斗の方が傷つく。とても、哀しいことを言っているのに―――まるで感情が麻痺してしまっているよう。
 快斗の心情を読み取ったのか、新一が小さく笑った。

「だから正直驚いたんだ。黒羽が来ると、思わなかったからな。でも……」

 嬉しいと思うよ。

 今度は快斗のほうが驚いた。まさか新一がそんなことを言うとは。
 だが当の本人は珍しいことを言ったという自覚がないのか、静かに目を閉じていた。
 その顔は、素直にキレイだと思える。

 新一の病状についてはまったく知らない。周りに知っているものがいなかったから当然のことなのだけれど。
 先ほどすれ違った少女ならば知っているだろうが、絶対に教えてはくれないだろう。
 でもこうして新一を見ればわかる。
 きっと彼は、そう長くは生きられないのだろう。
 人の死には何度も対面してきた。それは大事な人だったり、憎いヤツラだったり…。
 そのたびに心のどこかがちくりと痛んだけれど。
 今回は、今まで以上に重かった。

 快斗は再び覆い被さるようにして新一を覗き込んだ。
 閉じられた瞳が開くところを見たくて―――そっとキスを落とす。
 瞳に、頬に、唇に。
 心地よさそうな表情をしながら、新一はゆっくりと目を開けた。ようやく見れた蒼の輝きに魅せられて、快斗は深いキスを仕掛ける。
 抵抗することもなく、新一もそれに応えてきた。久しぶりの、キスだった。
 乾いた唇を潤すように舐めて、離れていく。お互いにお互いを見つめあったまま、しばらく沈黙した。

「……今度こそ、もう会わないよ。青子と、結婚するんだ」

「………そうか。オメデトウ」

 相変わらず表情を変えることなくあっさりと祝いの言葉を継げ承諾した新一に、快斗は少しの悔しさと哀しさを感じる。

「最後に1つ、聞きたいことがあって来たんだ。応えてくれる?」

「内容にもよるけどな」

「あんたは……オレのことを憎んでいたの?それとも―――――」

 快斗の真摯な瞳の中で、新一は笑った。
 そして快斗の頭を抱き寄せてもう1度唇に軽いキスをすると、そのまま唇を耳へと寄せる。
 返された応えに、快斗は目を閉じた。


 それが最後。


 言葉どおり快斗はあれから新一に会うこともなく、周囲に祝福されながら青子と結婚した。幸せだ、と素直に思う。
 あれから新一がどうなったのかは知らない。噂すら聞こえてこない。
 知っているのは、快斗の前にその姿をあらわさない、ということ。

 けれどときどき、青空を見上げると思い出す。
 最後に見た彼の『蒼』と、つむぎだされた言葉を。




―――それは永遠に、教えてやらない






END.
03/7/19







たまにこんな新ちゃんが浮かんでくるのはなんでだろう〜♪(爆)



という、友華様よりいただきました。
こういう壊れたカンジの二人、思いっきりツボです!
ありがとうございました。


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