FIVE CARD

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presened by 真希悠






 促す有馬の後ろに立ち、キッドは再びカジノへと戻ってきた。

「勝負は何で行う?ルーレットでもカードでもスロットでも、好きなものを選びたまえ」

 余裕綽々と言った声に嫌悪感を感じながら、キッドはカードを選択した。ルーレットやスロットはマシンそのものに仕掛けが施される可能性がある。カードならば、いくらイカサマをしようと人の手によるものだ。奇術師であるキッドに見破れぬわけがなかった。
 案内され、カードのテーブルへと有馬と向かい合わせに座る。

「奇術師相手にカードゲームはいささか不利かな。ハンデを付けさせてもらうよ」

 有馬の指がパチンッと鳴らされ、それを合図に男が一人テーブルの側まで進み出てきた。

「うちで一番の腕前持つディーラーだ。彼と勝負してもらおう」

 有馬の自信満々な態度から、ディーラーの男は絶対の腕前を誇るのだろう。おそらく負け知らずに違いない。
 その男は均整の取れたスマートな身体に白いドレスシャツを身に纏い、ブラックタイでピシリと固めていた。黒いベストとスラックスで腰の細さが強調されている。細い黒縁眼鏡をかけるその端正な顔立ちに、前髪を整髪料で後ろへと撫で付けていて、白い額にはらりと一房零れ落ちている。その様は不思議な艶を感じさせた。






(――――――え……!?)






 有馬の前なのでそのポーカーフェイスを崩すことはプライドに賭けてもできなかったが、内心でキッドはこれ以上ないほどの驚愕に襲われていた。






(……何で、こいつがここに……!?)






 眼鏡の奥にあるにも関わらず、蒼い瞳の煌めきがキッドを真正面から射抜く。
 蠱惑に充ちた口唇は緩やかに笑みを形作っており、中世的な美しさで人々の目線を奪うその容貌は、間違えようもなく、彼、のものだった。











「ゲームはポーカーでよろしいですか?お客様」

 新一はカードを手に持ってキッドに優雅に微笑みかけた。
 結構です、と答えた声が震えていなかったのがキッドには不思議だった。胸の中では動揺と混乱が嵐のように渦巻いているのだが、マジシャンとして培われたポーカーフェイスがそれらを押し隠してくれたことに感謝してしまう。

 新一の繊細な指によってカードがシャッフルされる。フェロー・シャッフルという、プロのギャンブラーや奇術師が行う高度な技術である。もちろんキッドには容易なことではあったが、それでも新一の仕草は洗練されていて一瞬見惚れてしまった。

「では、カードを配ります」

 と、5枚ずつのカードがお互いに配られる。
 キッドはカードを開いた。ハートの2、4、6、9、そしてクラブのKである。

「ドローは?」

 ドローとはカードの交換のことである。捨てたカードの数だけディーラーが残りのストックからカードを配る。ドローが出来るのは一度だけなので、ここが勝負の決め手でもある。

「一枚チェンジ」

 と、キッドはクラブのKを捨てた。
 そして、代わりに来たのは――――――ハートのJ。

「私はノーチェンジで」

 と新一は一枚もカードを変えない。

「では――――――ショウ・ダウン」

 ショウ・ダウンは、5枚のカードでできた役(ポーカー・ハンド)を公開することである。
 キッドはカードをテーブル上でさっと広げた。

「こちらはハートのフラッシュだ」
「私もフラッシュ――――――スペードです」

 と、新一もカードを見せた。同位のポーカー・ハンドで引き分けということになり、自動的にゲームが続行される。






 勝負は長引いた。






(……強い!)

 思わぬ苦戦にキッドは手に平に汗が滲む。
 キッドのポーカー・ハンドが強くなる、という時に限って新一は「フォールド」と降りてしまうし、フルハウスやフォー・カードといったポーカー・ハンドを容易に作り出した。手札が読まれているとしか思えないが、だからといってカードのすり替えなどのトリックを行っているようには見えない。
 キッド自身も奇術師としてカードゲームの強さには自負があったのに、これほどまでに勝負が長引かされるのは初めてであった。

 中々つかぬ決着と緊迫した空気に、無関係の周囲の人間までもがゲームを息を飲んで見守っていた。
 当の有馬も、焦れた様子を見せながらも、ギャンブル好きを自称するだけあって目の前のゲームに目を奪われている。
 しかし、ギャラリーを気にする余裕も今のキッドの胸の内にはなかった。

「フォールド」

 ストレート・フラッシュがあと1枚で完成、という時にまたもや勝負を降りられ、キッドはチッと舌打ちした。

(本当に俺のカードを読んでいるのか?でも、どうやって?)

 シャッフルした時から全てのカードの並びを覚えて計算しているというのか?プロのギャンブラーではないのだが、新一ならばそれも容易くできてしまうような気がした。

 ……幾度目の勝負になるのか、配られたカードで7のフォー・カードが揃った。

「ドローは?」

 新一の声に、ノーチェンジと答えようとして。
 彼と、瞳が合った。






 ひたと見据える眼差し。まるで、何かを伝えようとしているような。






 キッドは再びカードに目を落とした。

(……何を企んでいるのかは知らないが、乗ってやるか)








 新一に、賭けてやる。











「1枚チェンジ」

 フォー・カード以外のカードを捨てる。どの道、フォー・カードというポーカー・ハンドは完成している。どのようなカードが来ようと、役が崩れることはない。
 ……だが、フォー・カードでは、相手がロイヤル・ストレート・フラッシュを完成させていれば負けてしまう。ロイヤルは最高位のポーカー・ハンドなのだ。

 ……そんな危惧を抱きながら、キッドはゆっくりと新たなカードをめくった。








(――――――えっ!?)








 驚愕に目が見開かれる。
 しかし、そんなキッドの様子に気づかぬわけはないのに、新一は素知らぬ振りでゲームを続けた。

「では、私は2枚チェンジ――――――それでは、ショウ・ダウン!」

 と、彼の優美な指が、テーブルに自らのカードを広げた。











 スペードの10、J、Q、KそしてA――――――スペードのロイヤル・ストレート・フラッシュである。











「おお!やった!!」

 興奮して立ち上がったのは有馬であった。
 ロイヤルの中でもさらにスペードが最強であった。焦らされたゲームだっただけに素晴らしい決着に喜びを隠し切れず、彼は勝利に酔いしれようとした。――――――が。











 キッドが、笑った。











「な、何がおかしい!?お前は負けたんだぞ!!」

「……勝負は最後まで分からないものですよ。ミスター有馬」









 そして、1枚ずつ、カードを開いていく。






 7のフォー・カードが現れ、

「はっ、何だ。たかがフォー・カードじゃないか!」

 と嘲る有馬の目の前に、最後のカードをかざした。






「な……何だと……!?」










 現れたのはジョーカー――――――――ワイルド・カードであった。











 ワイルド・カードとはどんなカードの代用にもなる。
 フォー・カードにワイルド・カードを加えれば――――――ファイブ・カードとなり、ロイヤル・ストレート・フラッシュよりも最強のポーカー・ハンドになるのだ。









 奇跡のような逆転劇に歓声が湧き起こった。

「バ……バカ……な……」

 興奮が場を占める中、有馬は蒼白になる。勝利に酔いしれようとしていただけに、その失望は遥かに大きい。

「……では、約束通り、“アウィス・イグネア”を頂きましょうか。ミスター有馬」

 カタンッと席を立って、キッドは有馬に一歩寄った。
 迫力に飲まれ一歩後退した有馬は、懐から拳銃を取り出してキッドへと突きつけた。

「動くな!!」

 その声に合わせたかのように、カジノの奥から黒服の男達が現れる。全員拳銃を手にしていた。何も知らない一般の客が悲鳴をあげるが、彼らは構わずにキッドを取り囲む。

「……やはり“黒蛇”は信用してはならない、という教訓ですね」
「何とでも言え!“アウィス・イグネア”をお前なぞにくれてやるつもりはハナから無かったさ!!」

 そうだろうと予想はしていたから、キッドの内には悔しさも怒りも無い。
 ただ、この場をどう凌ぐかが問題だった。

「もう一度だけ言う。私の手足となって働け。嫌だと言えば――――――ここで死ぬだけだぞ」

 十数人の銃の撃鉄がガチャリと起こされる。

 しかし、キッドは力に屈する男ではない。答えは決まりきっている。











「――――――No!」











 高らかな宣言に、有馬の目が血走った。











「では、死ね!!」











 そう叫んで引き金をひこうとした有馬の耳に――――――大きなサイレン音が飛び込んできた。

「な、何だ……!?」

 それはパトカーのサイレンであった。
 後ろ暗い身の人間はその音に過敏に反応する。有馬も例外ではなかったらしく、動揺を隠せずに周囲を意味なく見回してしまった。

「オーナー!警察が……キッドの逮捕に来たと……!」
「な、何だって……!?」

 飛び込んできた従業員の大声に、驚いたのはキッドも同様であった。
 今回の仕事は敢えて予告状を出さなかった。警察がキッドの出現を知るはずがないのだ。では何故―――――!?

 そこでハッとしたキッドは、腕をぐいと引かれて慌てて我に返った。

「何ボケっとしてやがる!逃げるぞ!!」

 見れば数人の黒服の男達を何らかの方法で床に叩きのめした新一が、キッドの腕を掴んで走り出した。
 キッドの逃走に気づいた連中が銃口を向けるが、彼らが打つよりも早くキッドは閃光弾を床に投げつけた。
 眩い光に視界を焼かれうろたえる有馬達を後にし、キッドと新一は騒然とするホテルを脱出する。











 ……人気のない夜の公園まで来て、ようやく二人は足を止める。
 ホテルからはかなり離れた。もう有馬の追っ手も警察も心配ないだろう。

「あ〜〜〜〜〜、肩が凝った!」

 撫で付けていた髪を手櫛でぐしゃぐしゃと掻き混ぜ、伸びをする彼はやはりいつもの新一で。カジノで見た雰囲気をがらりと変えていた。

「……警察を呼んだのはお前か?」

 そんな新一を眺めながら、キッドは先程浮かんだ疑問を口に乗せる。
 警察が現れたタイミングも良すぎるし、何より彼は唯一キッドが有馬の宝石を狙っていることを知っている人間だ。そうとしか考えられなかった。

「まーな。助かっただろ?ま、今夜現れるかどうかは賭けだったけどな。満月だったから確率は高いと思って」

 素直に認めた新一は、手にした小さな塊を指で弾いた。
 煌めく残像を映しながら、それは正確にキッドの手の平に落ちてくる。

「これ……!?」

 それは“アウィス・イグネア”であった。いつの間にか有馬の手からすり取っていたらしい。

 何故彼が?という新たな疑問を抱くが、キッドはまず宝石を月の光にかざした。
 何の変化もないことを確認して溜め息を吐くと、再び新一に投げ返す。

「……どういうつもりだ?」
「そうだな……礼代わりかな」

 わざわざ泥棒の片棒を担ぐ真似を何故したのか、そう問うたキッドに、新一は宝石をハンカチに包みながら答えた。

「礼?」
「俺、あの時言っただろ?別件で手一杯だって」

 それは確かに聞いた。聞いたが……だからといって、今回のこととどう繋がるというのだろうか?

「有馬には盗品売買や賭博だけじゃなくて、密輸に絡む殺人容疑もあったんだ。とはいえ、証拠が中々掴めなくてな……俺も一ヶ月前からカジノに潜入して探ってるんだけど、中々尻尾を掴まさなかったんだが……どんな形にしろ、警察が一度入れば賭博から色々な余罪が掴めるだろう。だから、きっかけを作ってくれた礼、だよ」

 新一の言葉を呆然として聞いていたキッドであったが、やがて眉を寄せて渋い表情になる。

「おい……あの夜の忠告ってまさか……」
「ん?」
「わざと俺を焚きつけて、秘密クラブに侵入するように仕向けたんだな!?」

 あはは、と声を立てて笑う新一によって、その答えに確信を得たキッドである。
 別にキッドの身を案じたとかそんな理由ではなかったのだ。あんなに心を揺さぶられたというのに、これはないんじゃないかと虚しく思う。

「だから、礼をしたじゃねーか。それに、ギャンブル好きの有馬があーゆー勝負を仕掛けるだろうって分かってたから、ディーラーとして潜り込んでやったんだ。お前、プロのディーラー相手だったらやばかったかもしんねーんだぜ」

 それはその通りである。が……何故だか釈然としない。
 いいように新一の手の平の上で動かされてしまったからだろうか。自分のペースを見失ってしまっている。自分がすでに新一に対して丁寧な口調をかなぐり捨ててしまっていることも、今のキッドは気づいていなかった。

 新一は窮屈なブラックタイを襟から抜き取り、シャツの首元をはだけさせている。
 そんなディーラー姿の新一の姿を視界におさめ、キッドは先程のカード勝負をありありと思い出した。

「……それにしてもすごいな、お前。カードゲームで俺が遅れをとったのなんて初めてだぜ」

 これは本心からの呟きである。あれ程に追いつめられた勝負は今までに経験したことがなかった。純粋な感嘆をキッドは表したが。
 何故か、新一はバツが悪そうな苦い笑みを見せる。

「?名探偵?」
「……黙ってるのもフェアじゃねーか……」

 と、眼鏡とトランプをキッドの手に投げやりな仕種でぽいっと渡した。
 これがどうしたのだろうかと首を捻りながら手の中の眼鏡とカードを見て。






「あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」






 キッドのあげた大声に、さらにあさっての方向を向く新一。






「お前、イカサマしてたのか……!?」






 眼鏡越しにカードを覗く。
 すると、裏の絵柄に薄く蛍光色でカードの数字と種類が浮かび上がっているではないか。
 特殊塗料に特殊レンズ。最初からモノそのものに仕掛けられていたのでは、いくらキッドとはいえ見抜けるはずがなかった。

「……あのなあ……奇術師相手に俺がカードで勝てるわけねーだろ……?」

 情けない声を零す名探偵にキッドは呆れつつも、次第に楽しげな笑みが浮かんできた。






(まいったな)






 キッドは力に決して屈する男ではない。
 だが、そんな彼も……心には容易に屈服してしまう。






(俺の完敗だよ。やられちまった)






 手強い敵だと新一に認められたかった。彼の前では強い己であろうと強いてきた。

 そうすることで、新一へ傾こうとする己の想いにブレーキをかけようとしていたのかもしれない。




 けれど、やっぱりダメだ。
 こんなにも彼に惹かれる心を、もはや自分でも止めようがなかった。

 もう、止める気にもなれない。








「……ダシにされたお礼は、これだけじゃ足りねーな」

 そんなキッドの声に、やはり少々罪悪感を感じているのか、新一はギクリとして彼を見やった。

「な……何をすればいーんだよ……?」
「名探偵は何もしなくていよ」
「はあ?」
「俺がもらいに行くからさ」
「……何を?」







 バサリ、とマントを翻して、キッドは月下にて優雅にお辞儀をする。






「至高の二つの蒼い宝石を、いずれこの手に貰い受けにきます」






 月明かりに浮かぶキッドの姿に一瞬見惚れたのか、新一が目を瞬く。

 その隙に、キッドはマントをハンググライダーに変化させ、夜空の風に乗って飛び立った。








 蒼い宝石が何を示しているか、彼は分かってくれただろうか?











(まあ、どっちでもいーや)











 その輝きを手に入れることは、すでにキッドの内では確定事項になっているのだから。
















 end




真希悠様の『CRUCIFY THE MOON』で7777を踏んだリクノベルです。

狙ったわけではないのに、某所の設定に似ていてなんとも私好みに仕上げて下さいました。

新一がとってもカッコよくってステキ♪

イメージ通りの素材が見つからなかったのでシンプルにまとめました。


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