FIVE CARD

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presented by 真希悠






 ハンググライダ―の操作にはやや不向きな強い風の中を、キッドは巧みに飛行していく。
 獲物はタキシードの懐にしっかりと仕舞い込まれている。今夜も手ごたえが無かったなと、少々不謹慎なことを考えながら予定した中継地点へと目指していた。

 これが求めるものであるかどうか、早く確かめたい。落胆にも失望にも慣れきっているが、さりとてキッドは希望を無くしてしまってはいなかった。もし、この宝石がパンドラではなかったとしても、次の獲物ももうすでに決めてある。
 見つからないからと言って、落ち込む暇は彼には許されないのだ。

 目的地を視界に確認し、高度をゆっくりと落とす。
 と、徐々に近づくそこ――――――ビルの屋上に、人影が見えた。
 さては警察か?と思ったが、どうやら一人きりのようで、他に隠れている様子は見られない。偶然居合わせたのか……とは、一瞬思っただけだった。






(あいつが、偶然俺の中継地点にいたって?それこそ出来すぎだろ)






 冷たい風の吹き荒ぶそこで、一人ひっそりと佇むその姿を見つけた時、キッドは偶然などという都合のいい言葉を信じる気にはさらさらなれなかった。
 彼の頭脳と知略を認めているからこそ、何か裏があるのでは、と身構えてしまう。

 それでも、背中を見せて逃げるという考えはキッドの内には存在しなかった。
 彼の前で無様な姿を晒したくない。挑戦ならば真っ向から受けよう。それに値するほどの人物なのだから。






 キッドが唯一その力を認め、尊敬する名探偵。

 勝てるとも思わないが、負けたくもない。彼とはずっと対等でいたい。
 密かに心惹かれているからこそ。






 白いマントをはためかせて、キッドは音もなく屋上へと着地した。
 その気配を察して、月明かりに浮かび上がる彼――――――工藤新一が、ゆっくりと振り返った。
 白いシャツの襟や絹糸のような漆黒の髪が鬱陶しいほどの風に弄られているが、彼はそれに頓着することはなく、ひたと視線をキッドに合わせてきた。

 彼の右手に10cm四方の紙片が握られているのに気づいたが、おやと思う間もなく、キッドの意識は新一へと引き寄せられた。






 冷たい月の光の中で微笑む彼は――――――生ける宝石のような輝きを発し、視線を奪われたキッドは眩さに目を細める。






「また、警察はダメだったみたいだな」

 耳に届く凛とした声に聞き惚れる。

 けれど、彼の前では強くあらねばならないと、キッドは己を叱咤した。
 新一に認められる存在でいたかった。つまらない泥棒だと蔑まれたくはなかった。言葉では表されずとも、彼の瞳の語る賛辞がキッドには心地良かったから。新一に手強い敵だと認められることが誇りに思える。

「貴方が警備に参加していればどうなったか分かりませんがね。最近とんとお姿をお見かけしませんでしたが、私では貴方の好奇心を満たすことはできませんか?」

 泥棒には興味がない、と公言していることは知っていた。それでも、彼と何らかの関わりを持ちたくて、つい挑むような口調になってしまった。
 そんなキッドに何を思うのか、新一は苦笑を返す。

「お前との駆け引きは楽しいんだけどな、今は別件で手一杯でお前の相手をしてる暇はねーんだよ」
「……では、今日は何故ここにいらしたんですか?まさか偶然とは仰いませんよね?」
「――――――忠告だよ」






 蒼い瞳が強い輝きを帯びて煌めく。

 吸い込まれてしまうのでは、と思える程の魅惑がキッドの視線を縫い止める。気を抜けば呆となりそうな意識を、無理矢理引き止めてキッドは笑みを作った。

「忠告、とは?」
「お前の次の獲物――――――ホテルグランドセンチュリーのオーナー・有馬勇の持つビッグジュエル“アウィス・イグネア”だろ?」

 言いながら、新一は手にした紙片を指で弾いた。風に乗って宙を舞うそれを、キッドは白い手袋をつけた左手で掴み取る。
 見れば、それは新聞記事の切り抜きであった。
 白黒の写真が載っている。やや不鮮明ではあるが、それでもロマンスグレーといった感じの紳士然とした男の上半身が写っていた。

「大粒のファイアーオパール。その輝きから、ラテン語で“火の鳥”という名がつけられている」
「……私もその宝石の事は聞いたことがありますよ。ですが、それは確か、以前有名博物館に展示されていたのが盗まれてしまい、行方が分からなくなっているのではなかったのですか?

 誤魔化されてはくれないだろうとは思いつつ、それでもキッドは素知らぬフリを続ける。
 そんなキッドの反応は予想していたのか、新一は苛立つでもなく、ゆったりとした笑みを浮かべた。

「そりゃそーだな。こいつが盗んだんだろうからな」
「……」
「裏の世界じゃ有名な話だ。でも証拠を一切残さなかったから警察も逮捕できなかったんだよな。だけど、最近この“アウィス・イグネア”を外国のマフィアのボスに売るって噂が出ている。海外へ流れると厄介だから、お前ならその前に狙うだろう?」

 新一の整然とした思考過程にはキッドも舌を巻く思いだった。まさにその通りだったからだ。

「……で?忠告とは?」
「――――――悪いことは言わない。この件からは手を引け」
「……!?」






 新一の言葉に、キッドはポーカーフェイスも忘れて眉をひそめてしまった。






「お前もこの男のことは調べてるとは思うが、こいつ、相当腹黒くて切れる奴だ。裏の世界じゃその悪どさから“黒蛇”とも呼ばれている。ホテルのオーナーってのは表向き、裏じゃ際どい商売してるんだぜ」
「……知ってますよ」
「じゃあ、お前が“アウィス・イグネア”を狙っているのを知っていて、待ち構えているのは?」
「……!?」
「海外マフィアに“アウィス・イグネア”を売るってのはキッドを誘き寄せる為の罠だ。食えない奴だぜ、こいつは。闇で宝石の盗品をさばいているからな、お前の頭と腕が欲しいんだとよ」

 随分見くびられたものだ、とキッドは思う。“怪盗キッド”がそんなくだらない下働きをすると思われたのか。それは己に対しての侮辱でもある。
 そんなキッドの表情を読んだのか、新一が苦笑した。

「……といっても、引き下がりそーにねーな、お前は」
「私がこんな侮辱を許せるとでも?奴の思い上がりを叩きのめしてやりますよ」
「……ま、勝手にするんだな。俺は忠告はしたから」

 それでもう用件は済んだとばかりに話を終わらせると、新一は歩き出した。カツカツと固い靴音を響かせながら、ゆっくりとキッドの横を通り過ぎる。
 鉄製の扉に手をかけた新一を、キッドは振り返らぬままに呼び止めた。






「――――――何故、私に忠告をして下さったのですか?名探偵」






 その声に含まれる響きに何かを感じたのか、新一も扉の取っ手を握ったまま動きをピタリと止めた。
 しかし、彼も決して振り返らない。




 互いに相手を決して見ようとしない二人の間を、冷たい風が吹き抜ける。張り詰めた空気が、ピリと肌を刺激した。




 流れる沈黙。
 しかし、それを破ったのは新一の方だった。






 振り返らぬままに――――――彼は、クスリと笑った。






「……自分で考えろよ、それ位」






 そして今度こそ、彼は扉を開けてその奥へと姿を消した。
 階段を下る足音が遠ざかっていく。そして、音を立てて扉が閉じた。

 ……静寂の戻った屋上に、一人取り残されたキッドは、立ち尽くしたまま動けなかった。

(自分で考えろ、だって?)

 考えて、容易に答えが得られるのならば、これほど心がざわめくことはない、と思う。






 何故、彼は。

 キッドに忠告をしたのか。






 キッドを危険から遠ざける為?
 だが、手を引かないと断言したキッドに対して、それ以上引き止める気配はなかった。好きにすればいい、と彼の口調が如実に語っていたのだ。

 では何故だ?気紛れ?それとも――――――何か裏があるのか?

 人の心を手玉にとることを得意とするキッドも、新一のことだけは決して解くことの出来ない謎のように思えた。だからこそ、彼に執着するのかもしれないが。






(……答えが決して出ないのなら、悩んだって時間の無駄だな)






 新一の真意がどこにあるにせよ、キッドは己の目的を果たすだけなのだ。
 有馬勇の所有するファイアーオパール“アウィス・イグネア”を手に入れる。
 有馬が闇の世界の住人であることはとうに承知しているし、危険も覚悟の上だった。






(それに、待ちかねてくれてるんだ。行かなきゃ“キッド”じゃないだろ?)






 お前は、それをくだらないプライドだと笑うかもしれないな。





















 月齢15.0の満月の夜――――――

 ホテルグランドセンチュリーの地下には秘密の会員制クラブが存在する。盗品のオークションや賭博など、表沙汰にはできぬ遊びを、闇の会員達は危険というエッセンスをまぶして味わうのだ。

 キッドは従業員として地下のクラブに潜り込んだ。とは言っても簡単だったわけではない。一週間の下調べでようやく従業員らしき人物を探り当て、変装して何とか侵入できた。クラブに入る時も指紋チェックがあったりと、様々な小細工を施してキッドはようやく中へ忍び込むことができたのだった。

(奴が有馬勇……“黒蛇”か)

 カジノのテーブルに華やかな女性達が集っている。その中心に、一人の男性がいた。
 歳の頃は50代だろうか、長身で均整な体つきに洗練された身ごなしは、女たちの目を眩ませていた。加齢は隠し様もないがその端正さは損なわれておらず、女達に纏わりつかれるのも不思議ではなさそうだった。

 キッドが調べたところによると、この地下カジノの奥に事務所があり、さらにその奥の隠し部屋に“アウィス・イグネラ”が厳重に保管されているらしい。
 キッドは人目を忍んで事務所へと入った。当然のように強面の見張りがいたが、催眠スプレーで難なく眠らせてしまう。
 部屋をぐるりと見回して、壁にかけてある大きな絵が怪しいと狙いをつけると、そっと絵の裏を探る――――――思った通り、隠されたキーロックを見つけた。
 ロックをはずすと、絵毎壁が動くようになる。隠し扉だ。
 するりと扉の奥に身を滑らせる。警報装置が設備されているかとも思ったが、アラーム音も響かないし人が駆けつける気配も感じられなかった。

(ちょろいな)

 変装をといて白い怪盗姿に戻り、真っ暗な闇に包まれた隠し部屋内を、目を凝らしながら足音を立てずにキッドは進んでいく。そして、さらに奥に設置されている特殊仕様の金庫に辿り着いた。

(……電子ロックか)

 金庫の扉の表面にはアルファベットの入力プレートがはめ込まれていた。ロック解除キーはおそらく何かの英単語なのだろう。
 ただ、厄介な代物で、入力プレートが警備システムに直結しているらしく、入力ミスがあれば即座にシステムが作動するようだった。つまり間違うことができないのだ。

 しかし、キッドは慌てることなく、懐からPDAを取り出して入力プレートの配線と繋ぐと、見事なキータッチでボードを操作していく。

(……見つけた)

 システムを逆にハックし、解除キーを探り当てると、間違えることなくプレートに入力していく。
 カチリと、キーが開いた。
 音を立てずにゆっくりと金庫の扉を開いて――――――オレンジ色に輝く宝石が現れた。

 炎のような神秘的な輝きに、さすがのキッドも感嘆の溜め息を吐いた。

(これが……“アウィス・イグネア”……“火の鳥”……)

 ファイアーオパールに手を伸ばしかけ――――――チリッと皮膚の粟立つような嫌な予感に、キッドは無意識に床を蹴っていた。
 すると、金庫の前の床――――――すなわち、たった今までキッドが足を踏みしめていたそこが、突然パカリと更なる漆黒の闇を生んだ。床が消えて落とし穴が現れたのだとは、暗闇でもきく視界を持つキッドならでは見ることができた。
 しかし、さらに侵入者を追うように鋭く光るものが飛来してくる。二度三度と跳躍を繰り帰し巧みに避けるキッドの目には、それが鋭く尖った鋼の矢であるのがしっかりと見えた。

 そして、突如眩い光が室内を照らす。

「いや、本当に素晴らしい。噂通りの身ごなしだ」

 パチパチと手を打ち鳴らしながら隠し扉から入ってきたのは、有馬勇その人だった。
 端正な口元には感心した笑みが浮かんでいる。

 キッドは、警戒は解かぬまま、それでも有馬に向かってニヤリと笑った。

「やはり何らかのセンサーが取り付けられていたのですね。私が金庫を開けるのを見学していたのですか?」
「隠し扉のロックが外れると私の持つ警報装置が知らせるようになっているのだよ。とはいっても、この部屋の罠をかいくぐった者は今まで一人もいないのでね、ゆっくりと侵入者を見に来たのだが……さすがは怪盗キッド、見事だね」
「私が最初の一人というわけですか。光栄だと、言えばよろしいので?」
「いやいや、本当に感心したんだよ。さすがだね……これほど素晴らしい人材が手に入るとは、私は本当に幸運だ」

 キッドの白い装束を眺め回すその目は、確かに蛇と称されてもおかしくない、欲にまみれた粘ついたものだった。

「はて、スカウトですか?あいにくと私は貴方の元で働く気は毛頭ありませんよ」
「おやおや、ここから逃げられるとでも?もはや君は袋の鼠なのに?」
「この程度で私を捕らえた気になってらっしゃる?ならば、今まで警察が歯噛みすることはなかったでしょうね」

 言葉尻は丁寧だが、見えぬ棘が両者共に無数に散りばめられている。険のある台詞の応酬に、二人の間の空気が徐々に緊迫を帯びてきた。






「……ではこうしよう。私は宝石を、君はその身柄を賭けて勝負しないか?」

 面白そうに唇を歪めて、有馬が提案してくる。

「勝負とは?」
「私はギャンブル好きでね。趣味が高じてカジノまで経営することになったのだが、それで決着をつけようと言っているのだよ。君が勝てばこの“アウィス・イグネア”を君に進呈しよう」

 と、有馬は金庫内のファイアーオパールを手にとった。

「私が勝てば――――――君のその頭脳を腕前を、私の為に奉仕してもらおう」
「裏取引用の宝石を手に入れる人材に不足されているわけですか」
「話が早いな。説明する手間が省けて嬉しいよ。どうだね?」

 この油断のならない男が勝敗にきちんと準ずるとは思えない。もしキッドが勝ったとしても、易々と宝石を渡そうとはしないだろう。
 いや、そもそもキッドを勝たせるとは思えない。イカサマか何かは分からないが、絶対に勝つ為の何らかの手段が用意されているはずだ。

 こんな勝負を引き受ける方が馬鹿げている。






 それは分かっていたが、それでもキッドは笑みを深めた。






「――――――いいですよ。その勝負、お受けしましょう」






 こんな男に背を向けることはしたくなかった。勝負を受けなければ、負けを恐れた臆病者の烙印を押されることは目に見えている。そんな侮辱を許せるはずがなかったし、何より男のその絶対の自信をへし折ってやりたかった。






(奴がどんな卑劣な手を使おうと、勝ってみせるさ)





















 怪盗キッドに負けは許されないのだから。
















to be continued


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