「工藤君!?」
黒羽君が工藤君を抱きかかえてホテルの部屋へ現れたのは、もう陽が暮れようとしているころだった。
「心配いらない。疲れきって眠ってるだけだから……」
「そう、ならいいけど……」
「あ、でも。右大腿部に銃弾があたって肉抉られてるから、ちょっと診てあげて?」
私は眉を顰めて、黒羽君を睨み付けた。
「……………」
黒羽君は何も言わずに、神妙な顔をしている。
「とにかく中へ運んでちょうだい。それから……」
もう一度、黒羽君を睨み付ける。
「あなたにも聞きたいことがあるから、逃げたりしたら承知しないわよ?」
「俺はもう逃げたりしないよ」
彼は工藤君をベッドに横たわらせて、傍らにしゃがみこむと、額にかかる前髪を優しく梳き上げた。
その様子に、工藤君が彼の真実を手に入れただろうことはわかった。
††† 聖夜 ††† Holy Night〜side Ai
工藤君の治療を終えた後、黒羽君を診た。
そこには夥しいほどの切り傷や火傷。
けれど、どれも大きなものでないのは、さすがというべきだろう。
「イテッ、哀ちゃんもうちょっと優しくしてよ……」
消毒液をたっぷり浸した脱脂綿を傷口に宛うと、彼はさしてしみてるわけでもないのに、文句を言う。
「これぐらい我慢しなさい? 自業自得なんだから……」
「はーい……」
と、また不平そうに口を尖らせる。沈黙が流れる。
空調がことのほか耳障りに聞こえる。
カチャンとピンセットを置く音が重苦しい沈黙を破る。
「で……、結局どういうことなのか説明してもらえる?」
「ゴメン……。哀ちゃんにはホント迷惑かけた」
黒羽君は先程までのふざけた様子ではなく、しんみりと項垂れている。
本気で悪いと思ってるのだろう。
でも、私にはそんなことはどうでもよかった。
「別に謝ってもらわなくてもいいわ。私が知りたいのは……、そう工藤君が言うところの『真実』よ?」
結局、何がどうなってこうなったのか。
大体の検討はついているけど、やっぱり本人の口から聞きたいもの。
「うん……、新一にはもうちゃんと全部話して、謝ったんだけどね……」
彼は、ポツポツと話し始めた。随分、前から敵の全貌が見えてきていたこと。
黒羽君自身が、現地に乗り込む必要があったこと。
工藤君の側にいたくて、パンドラが見つかるまでは……、とそれを延ばし延ばしにしていたこと。
彼が消えた前日に、パンドラを見つけてしまったこと。
工藤君を巻き込みたくなくて、何も言わずに出て行ったこと。
そこで一度、私は口を挟んだ。
「バカね。工藤君がそれで納得する訳ないじゃないの」
「うん……。そうなんだけどね。でも、なんて言えばいいのか、なんてわからなかったし……」
「一緒に闘って欲しい、って言えばよかったのよ」
「そんなこと、言えないよ……」
黒羽君は唇を噛んで、俯いてしまった。
「なぜ?」
私は彼が口を開くのを待つことなく、問いつめた。
「だって……………、ヤツらを……生かしておくつもりなんかなかったから……。俺はヤツらを殺すつもりだったから……」
私は黒羽君をじっと見つめた。
けど、と言いかけてやめた。
これは私が言っていいことじゃないから。
「だから、置きざりにしたというの?」
「うん……」
黒羽君はただそう言って頷いただけだった。
「ねぇ、久し振りにあった工藤君はどうだった?」
話の鉾先を変える。
「痩せたね……。抱き上げた時、凄く軽くなってた……。俺の……せいだよね……」
黒羽君は済まなそうに言う。
「そうね。でも、私が言いたいのはそういうことじゃないの」
彼は訝し気に顔を上げた。
「どうせ、工藤君はなんにも言ってないでしょうから、私が言うわ。あれでも彼、この1週間で5キロ太ったのよ?」
黒羽君は瞠目しながら私を見る。
「あなたがいなくなってからの工藤君はとても見ていられなかった。かろうじて生を繋いでいられるぐらいにしか、食べないし、眠らなかった。いつ倒れてもおかしくないぐらいに」
「ウソ……、そんな風には見えな…い……」
呆然としている黒羽君を無視して言葉を続ける。
「けれど、沛T間前に貴方にあったって電話があって……。それからよ、工藤君が変わったのは。貴方から真実を貰うまでは下を向かないって、組織の情報を集め捲って。食事も3度きちんと食べて。貴方の足手纏いになりたくないからって、ホテルのジムにも通ってたわ」
そうなるように仕向けた一端は私にあるけど、それは言わなくてもいい。
そう決めたのは、工藤君自身なんだから……。
「わかった?工藤君がどれだけ貴方を思っていたか。どれだけ貴方を愛していたか。貴方、工藤君の何を見てたのよ!」
「あ……………」
黒羽君は何も言えずにその場にヘナヘナと崩れ落ちた。
その時だった───。「灰原、いいんだ……」
私も、そして黒羽君も声の方を振り返った。
「工藤君!」
「しんいちっ!」
黒羽君は、工藤君に駆け寄った。
それはもう、スマートさが売りの怪盗とは思えない程、無様に足を縺れさせて。
「しんいちっ、ゴメン……。本当にゴメン! どんなに憎まれてもいいから死なせたくない、なんて思った俺がバカだったんだ……」
黒羽君はまるで子供のように工藤君に縋る。
「快斗、もういいんだ。お前、こうして戻ってきてくれたし……」
「けど!」
工藤君は黒羽君をふんわりと抱き締めている。
まるで、聖母マリアみたいねって言ったら怒るわよね。
「灰原、いろいろとありがとな」
幸せそうな工藤君の笑顔。
仕方ないわね。
私としては、もう少し黒羽君を苛めてあげたいのだけど、工藤君にそんな顔されたら出来ないじゃないの。
「わかったわ……。でも、二度とこんなことがないようにしてちょうだいね?いいこと?」
「もう、ないよ……。二度と新一の側を離れたりしない」
黒羽君も幸せそうな顔をしていた。
「なら、いいわ。じゃあ、お邪魔虫は消えるわ」
二人っきりにさせるつもりで、私は立ち上がった。
「工藤君。黒羽君」
ドアの前で振り返ると、二人の距離は接触寸前だった。
ったく……。
そ〜ゆ〜ことは完全に二人っきりになってからして欲しいわね。
「な、なに?」
「まだ、なんかあんのか?」
慌てた二人に、私は意地わる〜くニッコリと微笑んだ。
「Merry Chrisymas! 明日は起こさないから、ゆ〜っくり過ごしてちょうだいね?」
「「……Merry Christmas」」
二人して顔を赤らめて……。
パタンと閉めた扉の向こうで二人がどうしてるかなんて、あまりにも簡単に想像できてしまう。
私はリビングになっている部屋の窓から、外を覗いた。
まっすぐに続く光の並木道を見下ろす。
聖なる夜に。
二人の幸せを願って───。
The End
終わった〜! よかった、間に合って……。
闘いの日〜side Shin-ichi Christmas