FILE#002

『ジェミニの星』誘拐事件〜捜査編



依頼人プロフィール

名前
藤堂怜悧

住所
杯戸町

年齢
13歳

職業
帝丹中学校 生徒




 翌日、新一と快斗は歩美を伴って、依頼人・藤堂怜悧の案内で藤堂邸へと赴いた。
 広い応接室へ通され、怜悧が双子を連れて来るのを待つ。
 家政婦らしき女性が紅茶とお菓子を出しては部屋を辞すのと入れ代わりに、怜悧が戻ってきた。
「お待たせしました〜」
 明るい快活な声に、真っ先に歩美が振り返り、叫び声を上げる。
「コナン君ッ!?」
 その言葉に新一達も、怜悧の後ろに立つ双子を見た。
 確かに。
 メガネを外したコナンに似ている、と快斗も思う。
 ただ、コナンとは違って普通の子供であるから、あの特有の瞳の輝きはなく、あどけなさが倍増されていた。
 その双子達と怜悧は、何を言われたかわからなくて、きょとんとしている。
「歩美……?」
「ゴメンね。昔のお友達にあんまりそっくりだったから……」
 歩美がいまにも泣き出しそうな声で言う。
 新一は何も言わずに、その様子を見つめていた。
 歩美にとって『江戸川コナン』は特別な存在なのだ。
 初恋の相手であり、もう一度会いたいと願ってやまない人なのだ。
 それがわかっていて、願いを叶えてあげることも、新一が実はコナンなのだと告げてあげることもできない。
 心に痛みを感じながら、ただ黙っているしかできないのだ。
 ふと、隣りに立つ快斗を見れば……。
(……おいおい)
 なんと快斗までが瞳をウルウルさせているではないか。
(このショタコン野郎ッ!)
 こちらはなんの遠慮をする必要もないのだから、後ほど足蹴りの刑に処することにして、新一は一歩前に歩み出た。
「こんにちは。工藤新一です。あと、怜悧ちゃんのお友達の吉田歩美ちゃんと俺の……手伝いをしてくれる黒羽快斗だよ」
 双子の前で膝をついて視線を同じにすると、二人を警戒させないように柔らかな微笑みを浮かべて言葉をかける。
 ちなみに快斗の名前を言う前に間が空いたのは、『助手』と言おうとして、子供にはわからないかも知れないと思ったからだ。
「こんにちは。僕は藤堂翠(すい)。こっちは兄貴で蒼(そう)って言います」
 はっきりとした声が返ってくる。
「お兄さん達も双子なの?」
 翠と名乗った少年が新一と快斗の顔を見比べて尋ねてくる。
「よく言われるけど、違うんだ。さっき名前言ったよね? 名字違うだろう?」
 少年はそうだったとコクンと頷く。
「さて、怜悧ちゃんから聞いたけど、怪しい人を見たんだって?」
 尋ねられた翠が蒼の顔を見ると、蒼がコクンと頷いた。





















 いつまでの立ったまま話を続けるわけにもいかないので、一同はソファに座り直して話を始めた。
「初めは、学校の帰り道に同じ人に良く会うねって、蒼と話してて……」
 蒼が翠の隣で頷く。
「でも、最近は朝良く見るようになって……。いっつも僕達のこと見てるみたいで……。怖くなって、怜悧お姉ちゃんに話したんだ」
 怜悧も双子達の言葉に同意を示すために頷いた。
「どこで見たのか覚えてるかい?」
「いろんなとこ……。家の前とか、学校の近くだったりとか。」
「どんな人だったのか、話してもらえるかな?」
 新一の言葉に、改めて双子は頷いた。
「え〜と、男の人。おひげのある……」
 何を言えばいいのかわからないようで、ぽつりぽつりとしか言葉が出ない。
 そう言えば、少年探偵団も最初はこんな感じだった、と新一は思い出す。
 やたらと事件に巻き込まれるようになって、あっという間に慣れていったけれど。
 新一は双子が答えやすいように質問の内容を具体的にしてみた。
「その男の人は、いくつぐらいだと思った?」
「……お父さんと同じぐらい」
 藤堂氏は40歳になったばかりだから、その前後だろう。
「どんな服着てたか覚えてる?」
「お父さんみたいなの。お仕事行く時の服」
 スーツを着てるということは、サラリーマンだろうか?
「痩せてる人? 太ってる人?」
「う〜ん、ふつう……だと思う」
 体型は中肉。
「背は高い? 低い?」
「……………」
 そこで翠は答えに詰まって、蒼の顔を見る。
 双子は二人とも顎に手を当てて考えこんでいた。
 そして蒼が何かを思い付いたように小声でなにか囁くと、翠が立ち上がった。
「一緒に来て?」
 促されるままに新一は翠の後に続く。
 快斗と歩美もその後に続いて部屋を出ていった。

 翠は家の外へと皆を連れだし、少し離れた所で立ち止まる。
「お兄さん、ここに立ってくれる?」
 電信柱を指差して翠が言う。
 新一は翠の言うとおり、その場所に立った。
「なるほどねぇ……」
「快斗お兄さん、なにかわかったの?」
 快斗が感心したように呟くと、何もわからないままの歩美は快斗に聞いた。
「あの子達はさ、その男を遠目にしか見てないんだよ。だから、どのぐらいの身長なのか説明できなかったんだ。だから、実際にその男が立っていた場所に新一を立たせて、比べてるんだ」
「そっか〜! 頭いいね、あの子達」
 遅ればせながら歩美も感心して、パンッと手を叩く。
 双子達の様子を快斗は、じっと見ていた。
 双子だから見た目がそっくりなのは当然だが、中身は正反対のようだ。
 翠は人懐っこいようで、初対面の新一とも物怖じせずに話す。
 一方、蒼はさっきから一度も話をしない。
 最初は障害があるのかとも思ったが、翠とは普通に話していたから、そういうわけではないようだ。
 だからと言って人見知りしてる様子でもない。
 どうやら、二人には暗黙の役割分担があるのだ、と快斗は考える。
(まるで、俺と新一を見てるみたいだ……)
 本来、独りでじっと考えることが好きな新一と、社交的で身体を動かすのが好きな快斗と。
 新一と快斗は生まれた時から一緒だったわけではない。
 二人が出会ったのは、ほんの数年前だ。
 出会う前には二人とも重い枷を背負いながら、一人戦っていたのだ。
 だからこそ、本来苦手なことも克服しなくてはならなかった。
 出会って、こうして一緒にいるようになって、お互いを補うことができるようになったのは、いろんな意味で幸福なことだった。
 けれど、双子達は生まれながらにしてお互いを補う片翼を持っている。
 それが幸福なことか否かは、快斗にはなんとも言えなかった。
「お兄さんの方が高いね!」
 翠の言葉に蒼が頷く。
「お兄さんは後ろの壁より高いけど、あの男の人はちょっと低かったモン♪」
「ってことは165センチぐらいか……」
 新一が壁を見ながらそう呟いた時、黒い車が藤堂邸の前で停止した。
「あ! お父さんだ! おかえりなさ〜い♪」
 翠が蒼の手を引いて、車の方へと駆け寄って行く。
 車から降りてきた男性は、双子の頭に手を乗せて微笑んでいる。
 やがて、新一達の方を振り返ったので、3人は静かに会釈した。





















「貴方が工藤新一さんですか。お噂はかねがね伺ってます。お若いのに大変優秀な探偵さんだとか」
 先程の応接室で、新一達は藤堂大和氏と向かい合っていた。
 双子達は、歩美や怜悧と共に自室にいる。
「ですが、今回の事は子供の戯言ですよ。貴方にご協力をいただくようなことはないですから、どうぞお引き取りください」
 決して、激しい口調ではなかったが、有無を言わせない力強さが藤堂氏の言葉にはあった。
 だが、新一は怯むことなく、藤堂氏を見据えていた。
「僕はそうは思いません。二人が見た怪しい男は実際にいると思います」
「あの子達はまだ7歳です。想像したことも、まるで現実にあったかのように話すんですよ?」
「そんなことはありません。子供達は大人が見ていないものを見、気付いてないことに気付いてます。ただ、それを正確に伝える言葉を持っていないだけなのです。僕はそれを経験で知っています」
 それは新一が『江戸川コナン』だった時のこと。
 歩美を始め、少年探偵団達は何度となく新一が気付かなかったことを教えてくれた。
 時には強すぎる好奇心が、彼らを暴走させることもあったけれど、逆に助けられたこともあった。
 だからこそ、『江戸川コナン』でなくなっても彼らと繋がっていたいと思ったのだ。
「仮にあの子達の言う男がいたとして、その目的はなんです? 営利誘拐ですか?」
「それも考えられます」
「……それも?」
 藤堂氏の眉がピクリと動いた。
「ええ。狙いは他にも考えられます。例えば『オルフェウスの竪琴』……」
「な! なぜ、それを!? まだ、どこにも発表していないのにッ!」
 あからさまに藤堂氏の顔色が変わる。
 別に子供達の事を軽んじているわけではない。
 万が一に営利誘拐が目的だとしても金さえ惜しまなければいい、と藤堂氏は考えていた。
 だが、『オルフェウスの竪琴』となると話は微妙だ。
 子供達は何物にも代えられない大事な宝だが、『オルフェウスの竪琴』を差し出してしまったら藤堂宝飾の従業員達が路頭に迷うことになってしまう。
 藤堂氏は苦渋の選択を迫られることになるのだ。
「僕が知っているぐらいです。他にも知ってる人はいるかもしれませんよ? 例えば『怪盗キッド』とか……」
 チロリと快斗が横目で新一を見る。
 新一もそれに気付いているが、いまは何も言わない。
 快斗も何も言えない。
 ここは新一の戦場なのだから。
 新一には新一の考えがあるのだから。
 快斗には新一を信じて、ただ黙って事の成りゆきを見守るしか術はなかった。 
「キッドがあの子達を狙ってるって言うんですかッ!?」
「いえ、それはないでしょう。キッドは人を狙いませんから」
 目の前に当の本人がいるとも知らず狼狽する藤堂氏に、新一はしれッとした顔で答えた。
「『キッド』のことはものの例えです。ですが、他にも狙ってる人はいるかもしれませんよ?」
 藤堂氏はきゅっと口を結んで考えた。
「今日はこれで失礼いたします。ですが、ぜひお子さん達の話を一度じっくり聞いてあげてください」
 そう言って、新一はゆっくりと席を立った。
 快斗もその後に続く。
 藤堂氏は見送りも忘れて、ソファに身を沈めていた。
「ヒゲを生やした40歳前後の小柄で中肉の男性に心当たりはありませんか?」
 ドアノブに手をかけたまま新一は藤堂氏に問いかける。
 藤堂氏は、ハッと顔を上げた。
「子供達が見たと言う怪しい人物の特徴です。いつもスーツを着ていたようですから、貴方の知り合いの中にいらっしゃると思います」
 では失礼、と新一は頭を下げて藤堂邸を後にした。





















「新一、なんでキッドのこと言ったの?」
 帰り道、歩美と別れた後で、快斗は尋ねた。
「ん? まぁ、いろいろと理由はあるんだけど……。けど、仕事がやりにくくなるわけじゃないだろ?」
「そーだけどね……」
 なんとなく釈然としない気持ちが残る。
「早めに予告状出した方がいいぞ? 双子を狙ってるヤツが動き出したら却って面倒だからな」
「……だね。で、その男って誰なんだろ?」
「さぁな。いまの段階じゃなんにも言えねーって。さっそく、りゅうさんに当たって貰うけどな」
「じゃあ、新ちゃん、今夜手があく?」
 確かに、今夜新一にできることは何もない。
「まぁな」
「やった〜!」
 まさに喜色満面という顔で快斗が手を叩く。
 だが、新一は冷たい視線を快斗に返した。
「お前は予告状作れよ?」
「えーっ! せっかくラブラブエッチな夜を過ごせると思ったのに〜!」
「ば、ばーろ!」
 まったく往来でなんてことを言うんだか!と、新一は顔を真っ赤にする。
「じゃ、手伝ってよ〜!」
 どうしてもラブラブエッチな夜を過ごしたい快斗は、まるで駄々っ子のように拗ねてみせる。
 けれども、新一にその手は通じない。
「んなことしたら、解読する楽しみがなくなるだろーが!」
「新一に回ってくるとは限らないよ?」
「回させるためにも、藤堂氏に布石打ったんじゃねーか」
 まったくもって用意周到である。
「……………新一のバカァ〜!」
 沈む夕陽に叫びながら、快斗は走り去って行くのであった。

















 けれども、その夜快斗が泣きながら作った予告状が出されることはなかった。






今回、怜悧様の出番が少なくてすみません……。


BACK  OFFICE  NEXT