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『父のダイヤモンド』盗難事件〜解決編



依頼人プロフィール

名前
きょう

住所
浅草、浅草寺界隈

年齢
28歳

職業
帝丹高校音楽教諭




「それでは、よろしくお願いします」
深々とお辞儀をしたあと、神経質そうに銀縁の眼鏡を指で押し上げると男は席を立った。
りゅうは男を見送るとニンマリと微笑んで、所長である新一の元へと戻っていった。
「ここまで思い通りにことが運ぶとつまんねーな……」
「新一君、それは贅沢ってもんじゃない?」
呆れたように、りゅうが呟いた。

先ほど、ここK.I.D. OFFICEに来ていた男こそ、きょう先生の祖父・安藤重次朗の秘書である。
怪盗キッドからの予告状を受け取った安藤は、3つの選択肢の中から『警察以外の第三者に助けを求める』という道を選んだようだった。
まぁ、それは妥当な選択だろう。
警察へ届ければ、ことが公になりやすい。
後ろ暗いところのある安藤にしてみれば、あまりおおっぴらには頼みにくいだろう。
だからといって、身内だけで宝石を守りきる自信もないだろう。
最初から、新一はこの『警察以外の第三者に助けを求める』という選択をするだろうことは予測していた。
別にそれがここK.I.D. OFFICEでなくてもよかったのだが、ここに来てくれれば後々のことが考えやすいというものだ。
「にしてもさぁ〜、快斗。この暗号手抜きじゃねーか?」
新一は予告状の白いカードをピラピラと指先で摘んで振ってみせる。
そこに書かれた暗号は、見せられた途端に解けてしまうような簡単なもの。
「しょーがないだろ?安藤が新一のところに依頼に来る保証はないんだし、暗号解けなかったらキッドが出張った甲斐がないじゃん〜」
椅子に逆向きに腰掛けた快斗は、背もたれを抱きかかえて拗ねる。
新一はそういうけれど、中森警部あたりなら1週間はかかるようなシロモノ。
新一以外の探偵なら……ピンからキリまでいるからなんとも言いようがない。
「俺の楽しみが半減した……」
新一はつまらなそうに頬杖をつく。
「だいたいなぁ〜、安藤が最初に俺のところに来なくたって、安藤が頼んだヤツがお手上げだったらいずれ俺のとこに来るかもしれないだろ?」
「ひょっとして、本気でキッドと対決するつもり?」
「とーぜん!」
快斗はガックリと肩を落とした。
元はと言えば、新一の頼みで出した予告状なのに、なんで新一と本気で勝負しなきゃならないのか。
(新一の楽しみ、ってのはわかってるんだけどさぁ〜)
愚痴の一つも言いたくなるが、あいにくここにいるのは当の名探偵とちょっとイジワルな年上の探偵秘書。
快斗の愚痴を聞いてくれるひとはいなかった。
「はぁ〜〜〜、わかりました。名探偵を存分に楽しませるために、頑張らせていただきます」
そうとなったら最初から作戦を練り直さなくてはならない。
「では、私は失礼しますよ。当日をお楽しみに。麗しの名探偵」
快斗の格好のまま、立ち上がって優雅に一礼する。
「おう!楽しみにしてるぜ〜!」
情け容赦ない恋人は、嬉しそうにニコニコしながら手を振って見送っていた。





















「ホントに大丈夫なんだろうな!」
イライラした様子で、安藤重次朗はビッグジュエルを入れた金庫の周りをウロウロしている。
予告時間まで、あと5分。
「多分……」
安藤の秘書も困ったようにそう答える。
「工藤君はどこにいるんだね?なぜここにいない!」
「はぁ……。なんでも別の場所から指示を出すとか……」
いま安藤邸にいるのは、私設の警備団ばかり。
警察へ話が洩れるのを嫌がった安藤が金で雇った連中だ。
皆、安藤の息の掛かった警備会社から派遣されてきているが、それぞれ普段は別々の場所で働いている為、お互い面識はないものばかりだった。
グループ分けされた警備団に新一の指示が飛んでいるが、統率されることに慣れた警官達とは違って反応が鈍い。
「あ〜ぁ、せっかくの新一の作戦なのに全然活かされてねーなー」
双眼鏡で安藤邸の内部の様子を探り見るキッド―――まるっきり素ではあるが―――は、やる気なさげに呟いた。
もともと人数に頼るような新一ではないが、今回はいつものような対決とは訳が違う。
最後にはキッドが盗んだ宝石を新一が奪還して戻る、というシナリオが用意されてるのだ。
そのためには、逃走経路に新一はいなくてはならない。
変装して堂々と脱出するならば、その場に居た方が有利なのだが、今回はグライダーを使うつもりだった。
そのことを新一には話していないのだが、どうやらお得意の推理でバレてしまっているようだ。
結果、新一は直接指揮を取ることができず、無線を通しての指示になるから警備団の反応は更に鈍くなっているようだった。
(そうそう新一にばっかオイシイとこ持ってかれたんじゃ、怪盗キッドの名が廃るってーの!)
キッドは双眼鏡をしまうと、シルクハットを目深に冠り直す。
時計の短針があと少しで長針と重なる。
「さ〜て、そろそろ参りますか……」
キッドは身を翻して、ネオンの海へとダイブした。









「そろそろ来るころだな……」
新一がキッドの逃走経路にあたるだろうビルの屋上で呟いた時、周りの空気が僅かに揺らいだ。
「お待たせしましたね、名探偵」
「チェッ、あっさりやられちまったな……。やっぱ、俄か仕立ての警備団なんて使いモンになんねーな」
ぼやく新一にキッドは苦笑する。
「ま、暇つぶしにはなったな」
「………私はその程度、ですか?」
「わりぃ」
と言いつつも、新一はクスクス笑っていて全然悪びれてはいない。
「いいから、とっととそれ確認して、行こうぜ?」
キッドはハァ〜ッと溜息を一つつくと、卵大ほどのダイヤモンドを月に翳した。
「ハズレですね……」
「そっか。ならそれ寄越せ」
伸ばされた手に、キッドはダイヤモンドを乗せる。
新一は無造作にそれをポケットに入れると、携帯で電話をかけた。
「りゅうさん、終わりました。いま、どちらです?」
『ビルの下にいるわ。きょう先生も一緒よ』
電話の向こう側で、「早く来ないといろいろ喋っちゃうわよ〜♪」と叫んでいるきょう先生の声が聞こえて、新一は顔を顰めた。
きょう先生を放っておくと何を喋られるかわかったものではない。
新一の顔がサァーッと蒼ざめる。
「快斗、早くしねーとおいてくぞ!」
快斗の方を振り返りもせずに新一は走り出した。
まだ白い衣装を纏っていた快斗は、慌てて黒いシャツとジーパンという姿になると、新一の後を追い掛けた。













「安藤さん」
りゅうの運転する車で安藤邸へと戻った新一は、イライラとしている安藤の元へと歩み出た。
「工藤くん!いままでどこにいたんだッ!家宝が…、時価数億ものダイヤがキッドに奪われたんだぞッ!い、一体、どうしてくれるんだッ!」
顔を真っ赤にして激昂する安藤に新一は落ち着き払って微笑み返す。
「ご安心を。ダイヤモンドはここにあります」
新一はポケットからダイヤモンドを取り出して見せた。
「おおっ!さすがは工藤君じゃ!」
安藤がガッハッハと笑いながら、ダイヤに手を伸ばしたところ、新一はその手をスッと引っ込めた。
「その前にお伺いしたいことがあるんですよ、安藤さん」
「な、なんじゃ!」
「安藤さんはこちらの女性をご存じですね?」
りゅうと一緒にきょう先生が安藤の前に姿を現した。
「お、お前は……」
安藤は驚愕の表情で、きょう先生を見ていた。
後ろに控える秘書も同じだ。
「お祖父さん……、て呼ばなきゃいけないのかしらね」
きょう先生は、感激ではなく、嫌悪を帯びた表情で安藤にそう呼び掛けた。
「安藤さん。貴方は、お孫さんにあたるきょう…さんに、家宝のダイヤを返すか、安藤グループの後継者となるかそう詰め寄っていられましたね。この通り、書面もありますし……」
きょう先生がハンドバッグの中から白い封筒を取り出し、中の書面を広げて見せた。
安藤の署名が黒々と認められている。
「きょう…さんがお持ちのはずのそのダイヤがなぜここにあるのでしょうか?」
名前のあと、一瞬間が開くのはどうやら先生と言うべきかどうか悩んでいるらしい。
「そ、それはじゃな……」
新一は弁解の隙を与えることなく容赦なく畳み掛ける。
「それとですね、3ヶ月ほど前に新しく入った店員がいたのですが、1週間前にこれまた突然に辞めています。彼の素性を調べましたら、面白いことがわかりましたよ」
それが、きょう先生のところへ秘書が安藤の書面を持ってきた日のことだとは、あえて触れなかった。
チラリと新一は安藤の後ろにいる秘書の顔を見ると、秘書は狼狽えた様子で目を反らす。
新一の言わんとしていることに、充分心当たりがある様子だった。
新一は一歩歩み出て、秘書の前に立つ。
「彼、あなたの甥にあたるそうですね。10万円であなたに頼まれたと言ってましたよ」
「クッ……」
秘書は唇を噛み締めた。
新一は振り返り、再び安藤に向き直る。
「まぁ、いいでしょう。きょう…さんには安藤グループの後継者になる意思はないそうです。この宝石はあなた方のお手元にお返しいたしますので、受領証を書いていただきましょうか?」
「……わ、わかった」
ガックリと肩を落として安藤は頷いた。
フーッと溜息をついて、新一は後ろを振り返る。
「じゃあ、行こうか?」
りゅうの車に乗り込もうとした時だった。
「きょうさん!」
「……高橋さん」
スーツ姿の男がこちらに走り寄ってくる。
「あの…、きょうさんのことが心配で……、その……」
頭を掻きながらしどろもどろになっている青年はどうやらきょう先生の恋人らしい。
新一たちが成りゆきを見守っていると、きょう先生がいままでに見たこともないような素敵な笑顔で微笑んだので、新一は目を瞠った。
「ありがとう……、でも、大丈夫だから……。じゃあ、工藤君……」
ここで失礼するわ、と言おうとして新一の方を振り返ったきょう先生は意地の悪そうな笑みを浮かべ、新一を見上げた。
「ちょっと、工藤君。何か言いたそうねぇ〜」
「いや、あの、その……先生も女だったんだなぁ〜と……」
「………ふ〜ん。今回のお礼にス・テ・キな物を送らせてもらうわ」
そう言いながら、きょう先生はニッコリと微笑んで恋人とともに夜の街へと消えて行った。





















「お疲れさま」
「「りゅうさんも、お疲れさまでした」」
二人はりゅうの車で米花町まで送ってもらい、玄関先でりゅうを見送る。
「明日、報告書しておきますから。何か事件があれば連絡しますし、所長はごゆっく〜りお休みいただいてもいいですよ?それでは……」
意味ありげな言葉を残して、りゅうの車が去って行く。
なにやら不穏なものを感じて新一が快斗の方を見ると、快斗がニマ〜ッと笑っていた。
「さてと、名探偵……」
姿は快斗でも、纏う雰囲気は先程対峙したばかりの白い怪盗のもの。
「な、なんだよ……」
「優秀な秘書サマのご理解も得たようですし、ゆっくりと暇潰しのお相手をさせていただきましょうね、名探偵。今夜は寝かせませんから……」
どうやら、先刻のキッドとの対決を『暇潰し』と新一が言ったのを根に持っていたらしい。
「え?ちょっ……、待て。悪かったってば、快斗っ!」
「悪いと思われてるなら、なおのこと。たっぷりと楽しみましょう♪」
新一は引き摺られるようにして、工藤邸の中へと入っていった。





















翌々日、きょう先生から『御礼』という熨斗紙のついた包みが送られてきた。
丁寧に包装紙を剥がすと、きょう先生の家の人形焼きと1枚のCD-ROM。
なんだろうと思って、りゅうがパソコンへセットすると、もの凄く音の外れた歌声が流れ始めた。
新一は読んでいた報告書にブーッとコーヒーを吹き出し、慌ててそのCD-ROMを取り出した。
その夜、その場にいた全員が魘されたことは、新一の名誉のためにお互い誰にも言わなかった。







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