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『父のダイヤモンド』盗難事件〜依頼編



依頼人プロフィール

名前
きょう

住所
浅草、浅草寺界隈

年齢
28歳

職業
帝丹高校音楽教諭




「はい。3時のお約束の方ですね?お通ししてください」
秘書のりゅうがコンシェルジュからの連絡に答える。
インターフォンを切ると、キッチンへ紅茶の用意をしにいく。
ここ、K.I.D.OFFICEでは、コーヒーでなく紅茶が主流だ。
それは、このビルのオーナーでもあるりゅうが、紅茶専門店をテナントに入れているためでもあるが、ここに集う人の半数以上―――つまり、新一以外の全員―――が紅茶党だったのだ。
コーヒー党であった新一も、快斗に「紅茶って新一の好きなホームズの国のもんじゃん!」と言われ、あっさり紅茶党に鞍替えした。




再びインターフォンが鳴った。
今度はコンシェルジュからではなく、このフロアのインターフォンだ。
先程の依頼人が着いたのだろう。
りゅうが玄関のドアを開けて、依頼人を迎え入れた。
K.I.D.OFFICEでは、先入観を持たないために依頼人のプロフィールや依頼内容などはあらかじめ所長である新一には知らされない。
これは、新一が事務所開設と同時に打ち出した基本姿勢であった。
だから、依頼人の顔を見た瞬間、新一は後ずさりした。
「こんにちは、工藤君。卒業以来かしら?」
「きょう先生?!なんでここに?」
「依頼に来たに決まってるでしょう?それとも実技指導して欲しい?」
さして古くもない記憶が新一の頭に甦り、新一はプルプルと首を横に振った。
その様子を見て、りゅうが尋ねた。
「所長、お知り合いですか?」
「きょう先生は、帝丹高校の音楽教師なんだよ」
苦虫を噛み潰したような顔で、新一が答えると、依頼人のきょう先生は楽しそうに
「工藤君には手こずらされたのよ〜」
と付け足した。
りゅうは先日、無理矢理新一をカラオケに付き合わせ、翌日寝込んだのを思い出した。
「きょう先生、大変だったでしょう?」
「そうなのよ、聞いてくれます?工藤君たらテストの日に…」
「うわぁぁぁ〜〜〜!きょう先生!依頼に来たんでしょう?りゅうさん!お茶の用意は?」
新一は盛り上がりかけてるきょう先生とりゅうの会話を慌てて遮った。
「あ、いけない!では、きょう先生、今度ゆっくり高校生の所長の話、聞かせて下さいね」
奥へ下がろうとするりゅうを、新一は呼び止めた。
「あ、りゅうさん。きょう先生って、甘いものダメな人だから」
「そうなんですか?」
「よく覚えてたわね、工藤君」
「だって、先生の家って人形焼き屋なのに、人形焼き食べられないって言ってたじゃないですか」
「あら、かわいそ〜!私はどっちかっていうと甘い物に目がなくって…」
「じゃあ、今度うちの店に来て下さいね。人形焼き大サービスしちゃいますから」
「きゃ〜♪行きます、行きます!」
年齢が近いせいか、初対面だというのにすっかり打ち解けて、話に夢中になっている。
またしても、二人で盛り上がりかけたので、新一はりゅうを睨んだ。
「りゅうさん!」
「はいはい。きょう先生、いま甘くないスコーンを焼いてますから召し上がってくださいね〜」
犯罪者がひれ伏すという工藤新一の睨みも、りゅうと奥でせっせと本日のおやつを作っている恋人にはまったく効いていないようだった。







「で、きょう先生の依頼っていうのは?」
「宝石を探して欲しいのよ」
「宝石?」
「そう、卵ぐらいの大きさのダイヤなんだけど…」
奥でスコーンを焼いていた快斗が、ピクリと聞き耳を立てた。
卵ほどの大きさとなれば、ビッグジュエルとして大きさは十分だ。
スコーンを作る手は休まず、耳に精神を集中させた。
りゅうが二人の前に紅茶のカップを置く。
ダージリンとウバ・セイロンのブレンドだ。
シュガーポットは置かず、暖めたミルクを入れたピッチャーだけをテーブルに乗せる。
その間も、きょう先生の話は続く。
「なんでも時価数億円らしいわ。私、宝石の価値に興味ないから、どうでもいいんだけど」
「興味がないのに探してるんですか?」
「しょうがないのよ、いろいろと訳ありで」
きょう先生は。
「昔、資産家の坊ちゃんが人形焼き屋の看板娘と恋に落ちたの。
当然、身分が違うと坊ちゃんの家族からは猛反対!いまどき何言ってんのよね。
坊ちゃんは家を捨てて、人形焼き屋の入り婿になり、家とは絶縁状態になったわけ」
「先生…結婚してたんですか?」
「ちっが〜〜〜〜〜〜う!!!もう、人の話は最後まで聞くように!!!これは私の父と母の話!」
どうも、きょう先生が相手では調子が狂うらしい。
苦手だった(今でも苦手だが)音楽の教師というのが、尾を引いているようだ。
「あぁ、びっくりした」
「なによ、私が結婚してるとおかしい?私だって、恋人ぐらいいるわよ!」
「え〜〜〜〜〜〜〜〜っ?」
「………工藤君、失礼じゃない?」
きょう先生の顔は笑ってるが、目は笑ってない。
「スミマセン…。で?」
「あいにくと父は一人息子だったのよ。つまり、跡取りがいなくなっちゃったわけ。
それで、どこでどう間違ってくれちゃったのか、私のとこにお鉢が回ってきちゃったのよ!
ったく、一度も顔を見たことがないジーさんに、何で人生決められなきゃいけないわけ?
しかも、多少育ちが悪くても、しっかりした婿をつければ、なんとかなるですって?
冗談じゃないわよ!誰が跡なんて継ぐもんですか!あ〜ムカツク!!!」
「きょう先生、落ち着いて!」
「落ち着いてるわよ」
きょう先生はけろっとした顔で答える。
(なんかなぁ…俺、遊ばれてるような…)
遊ばれているような…じゃなくって、遊ばれている。
「探して欲しい宝石は、次期後継者に代々受け継がれてきた…っていってもせいぜい2〜3代だと思うけど、後継者の証みたいなモノらしいの。父が生活に困ったら売るつもりで、持ってきたんですって。売るほど困ったことはなかったけどね」
「じゃあ、宝石は先生のうちにあるんですか?」
「そこなのよ!3日前に盗まれたらしいのよね〜」
時価数億円の宝石が盗まれたというのに、まるで100円玉をドブにでも落としたような呑気な口調に、新一は脱力した。
(きょう先生らしいっていうか…)
むしろ、きょう先生なら100円玉をドブに落とした時の方が悲愴な声を上げてるだろう、と新一は思った。
「どこで聞いたのか、『跡を継がないのなら家宝を返せ。さもなくば継げ』なんて認めた書面を
持った秘書は来るし、困ってるのよ」
「……………」
「困った時はお互い様って言うじゃない?
昔、単位が危なくなりそうだった工藤君を助けてあげたわよねぇ?」
たっぷりと恩を着せるように、きょう先生は笑った。
「わかりましたよ、この依頼引き受けますって」
「ありがと〜!やっぱり、持つべきは優秀な教え子よね〜!」
全然実感の隠っていない言葉に、新一は深く溜息を吐くしかなかった。

仕事の話が終わったあとも、快斗の焼いたスコーンと紅茶を前に、話は続いた。
快斗やりゅうが、高校生・工藤新一の話を聞きたがったからだ。
そして、たっぷり3時間、きょう先生は新一のあまり聞かせたくない話を全て暴露して帰っていった。













その直後から、K.I.D.オフィスはフル回転を始めていた。
りゅうと快斗は、パソコンを占領し、情報収集に時間を費やした。
りゅうは役所や企業など表に出ている情報を。
快斗はアンダーグラウンドな裏社会の情報を。
そして、新一は二人に指示を出しながら、パソコンから排出される資料を見比べ、推理に没頭した。













「ふぅ〜、大体わかったぜ」
新一が書類の山から顔を上げたのは、深夜になってのことだった。
3人は打ち合わせ兼用のダイニングルームに場所を移し、新一所長の推理を拝聴することにした。
「で?宝石はどこにあるの?」
「待てよ、一から説明してやっから」
急かす快斗を宥めながら、新一はオレンジティーに口をつけた。
「きょう先生の祖父・安藤重次朗は安藤グループの総帥だ」
安藤グループは造船や鉄鋼などの重工業をメインとしている。
戦前に軍需産業で財を作り、戦後の復興でさらにそれを大きくした。
だが、バブル崩壊以後、無謀な投資のツケがまわり、経営が危ぶまれていた。
「そこに現れたのが、こいつだな」
二人の前に、ある人物の経歴書が提示される。
「インサイト社の若き新社長ね?」
その資料を検索した、りゅうが補足する。
インサイト社は最近、通信販売をメインにして急激な成長を遂げている。
「安藤グループがインサイト社と業務提携することを発表したのが1週間前だ」
さらに別の書類を提示しながら、新一は続けた。
「インサイト社の新社長・喜多川征二は35歳独身。安藤重次朗が婚姻による更に深い関係を望むのも
無理ないだろうな」
「つまり、きょう先生との政略結婚を企んでるというわけね」
「そう、多分言い出したのは安藤の方だろうな。喜多川はそういうことを言い出すタイプ
じゃねぇみてぇだし。ったく、戦前生まれの考えそうなことだろ?」
「で、肝心の宝石はどこにあるのさ!」
焦れたように快斗が聞く。
新一は、我が意を得たりとばかりに不敵な笑みを浮かべた。
「探偵のカンだけどな、宝石はここにある」
最後に提示したのは、安藤重次朗の私邸の写真だった。
「ちょっと待って!安藤はきょう先生に跡を継ぐか、宝石を返すか、どちらかを選ぶように
迫ったんでしょ?自分の屋敷にあるなら、なんでそんなことをしたわけ?」
「茶番なんですよ、安藤のね。宝石とインサイト社との姻戚関係と、両方を手にするための茶番なんです」
「もう少しわかりやすく説明してくれる?」
「つまり、安藤は金に困っている。そこに喜多川というスポンサーが登場した。
彼にもっと金を出させたい安藤は、喜多川が独身であるところに目をつけた訳です」
快斗もりゅうも、ふんふんと相槌を打ちながら新一の説明を聞いていた。
「ところが安藤家にはちょうどいい年齢の女性がいない。その時思い出したのが、30年前に出奔し、
絶縁状態だった一人息子、きょう先生の父親のことだった。さっそく人を使って調べてみると、
きょう先生という喜多川と釣り合いの取れる娘がいたってわけ」
新一はオレンジティーで喉を潤すと、話を続けた。
「でも30年もなんの接触もなかったのに、血の繋がりだけで大人しく言うことを聞くとは
思えなかったんだろうな。調査の過程できょう先生の性格もわかってただろうし。
で、安藤は力で捩伏せる道を選んだんだ」
「安藤はどうやって宝石を盗みだしたのさ」
「ん〜、本人達に確認しないと確かなことは言えないけど、多分従業員の誰かを使ったんだと思う。
きょう先生の話だと、布に包んで仏壇に無造作に置いてあったらしいから、よく出入りいる者なら、
誰にでも犯行は可能だろう」
「すっげぇ〜、時価数億のダイヤを仏壇に!俺、きょう先生気に入っちゃった!」
日頃、宝石に目の色変えている輩を相手にしている快斗は、手を叩いて喜んでいる。
ただ「惚れちゃいそう」と余計な一言を言ったばかりに、新一に睨まれた。

「多分、安藤はほとぼりが冷めた頃を見計らって、ダイヤを闇ルートで売るつもりなんだと思う」
安藤が広域暴力団と繋がりがあることも、快斗が集めた資料の中に書かれていた。
「じゃあ、安藤はダイヤを手にしてることを隠してきょう先生を喜多川へ売り、
その後でダイヤを売って更に資金を手にしようって言うの?」
「おそらく」
「許せないわね!」
りゅうが静かに怒りを滲ませる。
「で?新一はどうすんのさ?」
「決まってるだろ!依頼人の利益が最優先さ」
新一の瞳が蒼く光った。
自信に満ち溢れ、何者にも負けない、強い光。
快斗が最も好きな新一の顔だ。
「でも、本当に宝石が安藤家にあるかどうかはわからないんでしょう?」
「聞いて、正直に言うような奴じゃないもんなぁ〜」
「新一君、何か手は考えてるの?」
「もちろん」
新一は短く答えると、快斗の肩をがっちりと掴んだ。
「快斗、よろしくな♪」
「へ?………って、あぁ〜〜〜〜〜っ!!!」
快斗は一瞬、きょとんとしたがすぐに新一の意味するところを汲み取った。
「もぉ〜!新ちゃん、人使い荒すぎ!!!」
「期待してるぜ!怪盗キッド!」
「なるほどね…」
アハハと笑う新一の姿を見て、りゅうも新一の企てた計画を漸く理解し、感心したように呟いた。
つまりは、怪盗キッドに安藤家へ予告状を出させ、安藤の出方を待つということだ。
政略結婚を諦め、警察に届け出るようなら、きょう先生の依頼は叶えられる。
警察以外の第三者(例えば探偵とか…)に、助けを求めた場合でも、大きく問題ないだろう。
そして……あくまでも宝石の存在を隠すならば、宝石をキッドが奪い、きょう先生に返還する。
きょう先生は堂々と、宝石を返すから跡は継がないと宣言できる。
「また、俺一人で準備すんのぉ〜?」
「頑張れよ」
ポンと資料の束を快斗に渡す。
「さて、帰って一眠りしてから、きょう先生のトコ行くか。りゅうさんもひと休みしてください。
んじゃ、快斗。あとよろしくな!」
新一は大きく伸びをすると、さっさと事務所を出ていった。
それに続き、りゅうもペントハウスへと上がって行く。
一人残された快斗は、「俺だって、徹夜で情報収集したのに〜」と泣きながら資料を読み、
予告状を作ったのだった。







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