未来(さき)を見往く 〜変化〜

 一般兵の休憩室に若い兵士達が集まってなにやら騒いでいた。
 その喧騒に、イザークは眉を顰める。
「なんの騒ぎだ、これは?」
「あ、ジュール隊長」
 厳しい隊長の名が聞こえた途端、兵士達はピタリと静かになる。
「なんだったんだ、さっきの騒ぎは?」
 改めて、最初に自分の姿に気付いた若い兵士に問い質す。
 若い、と言っても、イザークとはさほど歳が離れているわけではないのだが。
 ザフトは激しく若年齢化が進んでいた。
 というのも、先の戦争においてエリートパイロットとして生き抜いた自分は、すでに軍の中では中堅以上で、新兵として入ってくるものたちは、あの時の自分よりなお幼い者ばかりだった。
 新兵は緊張しきった様子で敬礼し、答えた。
「お騒がせして申し訳ありません。ラクス・クラインのライブが中継されておりましたので、ついハメを外してしまいました」
「ラクス・クラインの……?」
 見れば、休憩室のモニターにラクス・クラインが確かに映っている。
(だが、ラクス・クラインは……)
 イザークが再び眉を顰めるのに気付いた兵士は、さらに直立不動になって言った。
「申し訳ありません。今後このようなことがないように……」
「いや、いい。兵士にも娯楽は必要だ。軍規に反しない限りは好きに過ごすがいい」
 そう言って、踵を返し立ち去る隊長の後ろ姿に、兵士は安堵の溜息をついた。






「ディアッカ!」
「ん〜?」
 10メートル先からでも、近付いてきたのがわかるほど足を踏みならして、勢い良くドアを開ける自分の元同僚兼上司兼友人の癇癪に慣れっこなディアッカは、のんきな返事で答えた。
「貴様、だらけ過ぎだぞッ!」
 たかだか、机に足を乗せてグラビア雑誌を見ていただけなのだが……と思うディアッカと、軍規が服を着て歩いているようなイザークのモラルには、決して埋まらない溝がある。
 が、いまはそんなことを言い合いしにきたわけではなかったので、それ以上は何も言わずに本題に入った。
「ちょっとこれを見てくれ」
 ディアッカのパソコンに持ってきたディスクをセットする。
 モニターに映し出されたのは、先程兵士達が見ていたのと同じ、ラクス・クラインのライブ映像だった。
「なに、これ?」
「ラクス・クラインのライブ……だそうだ。面識はあるが、俺はラクス・クラインをよく知っている訳ではない。だから、貴様に聞きたい。あの時、アークエンジェルにいた貴様なら、わかるだろう? ラクス・クラインというのは、こんな下品な女だったか?」
 こうまで言われれば、ディアッカにもイザークの言いたいことがよくわかる。
 最初に映像を見せられた時、自分が知るラクスとの違いに、ひっくり返りそうになったのだ。
「俺が知っているラクス・クラインはもの静かで、芯の強いが人だったぜ?」
 そう言ってニンマリと笑う。
「では、貴様はこれがラクス・クラインだと思うか?」
「いや、全くの別人だな。確かに顔も声もラクスそのものだが、こんなえげつないことをやる人じゃない。第一……」
 ディアッカは言いかけた言葉をふいに飲み込んだ。
「第一……なんだ?」
「……わりぃ、忘れてくれ」
「無理だな。俺は真実が知りたい。お前の知っていることを全部吐け」
「勘弁してくれ。あいつらは、俺がザフトに戻るというのに、それでも信用して教えてくれたんだ」
「別に上に報告しようとは思わん。自分が考えるのに材料が欲しいだけだ」
「イザーク……」
 2年前、イザークにとって上の命令は絶対だった。
 評議会の言うがままに、ナチュラルと戦った。
 だが、いまさらながら「本当にそれでよかったのか?」と思う。
 現にディアッカは、捕虜の立場からそのままアークエンジェルと行動を共にし、ザフトでも地球軍でもない戦いをした。
 自分はただ知らなかっただけかもしれない。
 その機会を得られなかっただけかもしれない。
 戦争が終わろうとする、その最後の最後で、ジャスティスとフリーダムに危険を知らせ、ディアッカを援護した。
 たったそれだけだったのだ、自分がしたことは。
 いまの自分は多くの命を預かる白服を纏っている。
 だからこそ、上の思惑に踊らされて、若い命を散らすわけにはいかない。知らなかったでは済まされないのだ。
「オーケー、そうまで言うなら話すさ。ただし、他言はするなよ?」
「貴様、俺を愚弄するのか?」
 ギロリと青い瞳が光るのに、肩を竦めたのもつかの間。すぐに真剣な表情を浮かべていった。
「ラクス・クラインはオーブにいる。キラ……フリーダムのパイロットと一緒に。バルドフェルド隊長も同じだ」
「……そうか」
 イザークはそれだけ言うと、何やら考え込んでいた。






 それから1ヶ月後。
 またしても、ただならぬ気配をまき散らしながら、イザークがディアッカのところへやってきた。
「おい、聞いたか?」
「あのなぁ〜、いまの俺は赤じゃねーんだぞ? 隊長のお前が言わなきゃ、なんの情報も持ってないって」
「アーク・エンジェルが現れたそうだ」
「なにぃ〜ッ!」
「ミネルバと連合の戦闘に介入してきたそうだ。フリーダムとストライクに似た機体……なんと言ったかな? その2機も現れたそうだ」
「ストライク・ルージュだろうな。あのオーブのお転婆姫が乗る……」
「そういえば、あの姫は結婚式の最中にさらわれたとか聞いたな」
「アスランと……じゃねぇよな? 誰と結婚するハズだったんだ?」
「知るかっ!」
「けどなぁ〜、あの姫さん、アスランとできてたハズだぜ? って、ミネルバにはそのアスランがいるんじゃねーのか?」
「あぁ」
「おいおい、どーなってんだよ〜」
「こっちが聞きたい! なぜ、アーク・エンジェルは現れた? ザフトと連合の戦いになぜ介入してきた? そもそも、オーブはどうなってるんだ? オーブは連合に加盟したと言うじゃないか! アーク・エンジェルはザフトの敵か? それとも味方か?」
 はぁ〜、と溜息をついて二人は頭を抱えた。
 わからないことが多すぎる。
 わかっているのは……。
「アイツに聞かなきゃわからない、ってことだな」
「あぁ、そうだろうな」
「貴様、アーク・エンジェルにコンタクトできるか?」
「ここから〜? そりゃいくらなんでも無理ってもんよ。地球にいるってなら、方法がないわけじゃないけど……」
「よし。地球に降りるぞ。ジブラルタルでいいか?」
「は? って、ヴォルテールごと?」
「いや、俺とお前だけだ。名目はなんとでもつけるさ」
「はいはい。言い出したら聞かねーのは、変わってねーよなぁ」
「うるさいッ!」
「はいはい」
 ディアッカは苦笑して、仕事を片付け始めた。
 予定外の出張だ。
 今夜は徹夜になる覚悟が必要だった。












 ジブラルタルに降りたディアッカがコンタクトを取った相手は、アーク・エンジェルではなく、ミリアリアだった。
「よぉ!」
「相変わらず、ムダに元気ねぇ〜」
「ひでぇッ!」
「事実でしょう? で、ザフトの軍人さんが、フリーカメラマンに何の御用かしら?」
「愛の告白♪」
「あのねぇ〜。ヘタな冗談に付き合ってあげられるほど暇じゃないのよ、これでも」
「はいはい。さっさと本題に入ればいいんだろ? じゃあ聞く。ラクスはどこにいる?」
 お調子者の口調から一転、真剣な顔で単刀直入に切り込んだ。
「ザフトの軍人さんには教えられないわ」
 だが、ミリィはすげなく切り捨てる。
「ザフトは忘れてくれ。ディアッカ・エルスマン個人として聞きたい」
 真剣な眼差しがミリィを射る。
 かつて―――共に戦っているときですら、こんな顔は見たことがなかった。
「わかったわ。ラクスさん、アーク・エンジェルに居るわよ」
「なんでオーブを出た?」
「……………ザフトに襲われたから、だそうよ」
「なんだとぉ〜!」
 突然、後ろの席の人物がミリィの方を振り向いて、叫んだ。
 ディアッカが頭を抱えているところを見ると、彼の連れなのだろう。
「ちょっと、ディアッカ! どういうことなの? 私を騙したわけ?」
「違ーよッ!」
「何が違うのよ!」
「ミリィ、落ち着け! ちゃんと全部話すから!」
 ディアッカは必死にミリィを宥めた。






「で、こちらは誰なのかしら?」
 相手の素性がわからなければ、判断のしようがない。
「イザーク・ジュール。俺の元同僚兼上司で友人。ミリィにはデュエルのパイロットって言った方が、しっくりするのかもしれねーけど」
「デュエル……。そう、貴方が……」
 ミリィは少し辛そうな顔で呟いた。
 2年前の戦争の傷は、いまもまだ人々の心に残っているのだ、と実感する。
 が、イザークはそのことには触れずに聞いた。 
「いま一度、聞きたい。ラクス・クラインがザフトに襲われた、というのは本当か?」
「その前に教えて頂戴。ザフトの貴方たちが、それを聞いてどうするの?」
「2年前の過ちを繰り返さないためだ。あの頃は、上に言われたように戦って、そして戦争に勝てば、平和が来ると思っていた。そうではないと教えてくれたのは、お前達だろう? だから、いま知りたい。何が本当で、何が偽りなのか」
「ふ〜ん。いいわ、話しましょ。ザフトに襲われた、というのは本当よ。ラクスさん本人から聞いたわけではないけど、一緒に襲われた人から聞いた話だから」
「一緒に襲われたってのは、キラ……だな?」
「そうよ。ちなみにマリューさんとバルドフェルドさんも居たそうよ」
「なぜ、ザフトだと?」
「なんて言ったかしら……えーと、アッシュ? そいつでマルキオ様の家ごと破壊したって。あそこには小さな子供達が大勢いるのに……」
 イザークとディアッカは顔を見合わせた。
 確かにアッシュはザフトの新型機だ。
 まだ軍にだって全面配備されていない機体が、ジャンク屋や傭兵達に流出しているとは考えにくい。
「やはり、もう一人の方の裏を調べる必要がありそうだな」
「それって、この人のこと?」
 ミリィはカメラバッグの中から、何枚かの写真を取り出して見せた。
「ディオキア基地に慰問に来たわよ。ド派手なピンクのザクを引き連れて。誰なの、あれ?」
「まだわからん。プラントの者はこいつをラクスだと信じきっている」
「アスラン・ザラは知っているみたいだったわね……」
「ミリィ、アスランに会ったのか?」
「えぇ。アーク・エンジェルと繋ぎを取って欲しいと頼まれたわ。さっきの話はその時に、キラから聞いたのよ。あのラクスさんに成り済ました人のことを、確か『ミーア』とアスラン・ザラは呼んだと思ったわ」
「そりゃ、アスランをごまかすのは無理だろうなぁ。仮にも婚約者だったんだし」
「本当の彼女を知る人物なら誰でも気付くだろう。俺でもおかしいと思うぐらいだからな」
「ん?」
 テーブルの上に広げられた写真の一枚が、ふとイザークの目に止まった。
「議長とこのラクス・クラインは面識があったのか……」
 その写真には、ギルバート・デュランダルと談笑する、ラクスの姿が写っていた。
「それって意外かぁ〜?」
「当たり前だ。議長はクライン派だぞ? 本当のラクスを知っているはずだ。それなのに、この女に俺でも感じる違和感を議長が感じないということがあるか?」
「あ……。でも、クライン派でも、みんながみんなラクス嬢に会ってるとは限らねーんじゃ?」
「その可能性は否定できない。だが、飛躍しすぎかもしれないが、議長がクライン派ではない、と考えることもできる」
「クライン派じゃねーとすると?」
「クライン派に送り込まれたザラ派のスパイ……とか、何か別の目的があってクライン派を騙っている……とか、考えられることはいくらでもある」
「へぇ〜。アンタ達をちょっと見直したわ」
 黙って二人の話を聞いていたミリィが突然口を挟んできたので、二人は彼女の方を見た。
「アスラン・ザラはラクスさんが襲われた一件を聞いて、それでも『それだけで議長を疑うのはおかしい。ユニウスセブンの時のようにパトリック・ザラの言葉に惑わされた一部の兵士の仕業かもしれない』って、キラに食ってかかっていたわよ」
「アスランが言う通りなのかもしれない。だが、それで議長に対する疑念が晴れたわけでもない。やはり、真実を知って、自分で見極めるしかないだろう」
「イザーク……」
 元同僚の成長した姿に、ディアッカは涙ぐむマネをした。






 ピピピッと音がして、二人の通信機が緊急通信を受信した。
「なんだってッ!」
 通信内容を確認した二人はことばを失った。
『ラクス・クラインを騙る人物が宇宙船をジャックした。至急、帰還し、調査せよ』
 それが命令の内容だった。
「アーク・エンジェルの連中とも話がしたかったが、そうもいかなくなったな」
「調査するわけ?」
「あぁ。これが本物のラクス・クラインだ。直に話を聞きにいくさ」
「そう」
 二人は席を立ち、基地へと急ぐ。
「あ、ディアッカ!」
 ミリィがその背中を呼び止めた。
「アンタには言っておくわ。私、アーク・エンジェルに戻ったの」
 その言葉に、ディアッカは目を瞠った。
 が、すぐにクククッと笑い出す。
「過去形かよ……。ったく、お前らしいぜ」
 今日、自分達に会うために、アーク・エンジェルから出てきてくれたのだろう。
 だが、彼らがどこにいるのかは、聞かない。
「アンタが敵になることがないように祈ってるわ」
「あぁ、俺もな」
 それだけ言って、ディアッカはイザークと共にエアカーで走り去った。






 互いに違う道を見つけて別れた二人。
 再び、その道が交差する時がくるだろう。
 敵としてか、味方としてか。
 どちらになるのかは、まだ誰にもわからなかった。





ディアミリ風味です(笑)。でも、メインはイザですから。
本編にイザが出てこなくて悶々としている時に思い付いたネタです。
微妙に続きそうですが、とりあえずはこれで終わり。
ネタが出たら、考えます。

いばらき様が、ステキなタイトルをつけてくれました。どうも、ありがとうございます〜♪