未来(さき)を見往く 〜叛旗〜
「私はデスティニープランの導入・実行をここに宣言します」
モニターの中で声高らかに宣言する男――ギルバート・デュランダル議長の姿をイザークは、ぐっと睨み付けるように見た。
(議長の最終目的はこれだったのか……)
今回の戦争では最前線と言われた地球での戦闘ではなく、月方面艦隊へとジュール隊は配備された。
だから……と言い訳するつもりではないが、情報の不足はいかんともしがたかった。
アスラン・ザラがフェイスとなったことも。
『脚付き』とフリーダムが現れ、ミネルバと交戦したことも。
偽のラクス・クラインの存在と本物が襲撃されたことも。
アスランがミネルバから脱走したことも。
そして、先のレクイエムの発射も。
何もかも、事が終わってから、知らされたことだった。
(情報から隔離されていた気がしてならんな……)
イザークのこの考えは外れていないだろう。
意図的に、ジュール隊への情報は遅らされていたと思われるのだ。特にアークエンジェルの動きとミネルバの動きに関してだけ……。
議長が仕組んだシナリオの中で、ジュール隊は話の流れから外されていた、といまさらながら感じる。
与えられた役目は、アスラン・ザラをザフトに呼び戻すというものだけだった。
主役を貰えなかったことを僻んでいる訳ではない。
むしろ、道化役を与えたハズのジュール隊が、シナリオを大きく書き換えるチャンスをあたえられていると言うことだ。
「おい、イザーク」
「なんだ?」
「皆が浮き足だっている。お前、これからどうするつもりなんだ?」
「………少しは自分で考えろ、と言いたいが、そう言ってる時間もないな。クルーをレクリエーションホールへ集めろ。ブリッジには最小限の者が残るように。だが、ブリッジの者はモニターで話を聞くことを許可する。また、艦内通信での意見なども構わない」
「ラジャー!」
ディアッカはおちゃらけた敬礼を返し、伝令を走らせた。
レクリエーションホールでは、一般兵達があーでもない、こーでもないと意見を交わし合っていた。
だが、どの意見も決め手などなく、不安を煽るばかりである。
ディアッカを引き連れたイザークが姿を現すと、視線がガバッと集まり、縋るように意見を求めた。
イザークが片手を少し掲げると、ピタリと声が止む。
「隊長!」
シホ・ハーネンフースが全員を代表して、一歩歩み出た。
「議長の言う『デスティニープラン』とは一体どういうものなのでしょうか? 本当に、戦争のない、不安もない、皆が幸せになれる世界になるのでしょうか?」
「確かに戦争はなくなる。不安もない。だが、それを幸せと呼ぶか、それはわからん」
「戦争がなく、不安もないのに、幸せではないのですか?」
「ならばハーネンフース、この戦争はなぜ起こった?」
「それは……ロゴスが戦争を起こすために、連合にプラントを攻撃させたから……」
「その前にユニウスセブンの落下があるだろう?」
「ですが、それは!」
「プラントの総意ではない。ナチュラルと手を取り合うことを良しとしなかった者がいた。それは事実だ」
イザークの言葉に、ハーネンフースだけではなく、皆が俯いた。
「俺は、コーディネーターが戦争を始めた、と言いたい訳ではない。戦争は、今回に限らず、互いの欲望が衝突して起こるのだ」
皆が困惑したように、顔を見合わせる。
「あ〜、俺にもわかるように、もうちょっとわかりやすく説明してくんねー?」
ディアッカがおちゃらけたように言う。
ディアッカは、イザークの言うことを理解しているが、そうではない兵達のために、わざと恍けてみせるのだった。
「今回のことで言うならば、だ。先の戦争が終わって儲からなくなったロゴスは、なんとかまた戦争が始まらないかと画策していた。ブルーコスモスもまた、今度こそコーディネーターを殲滅するきっかけを探していた。そこへ、ナチュラルと仲良くなんてのは願い下げなコーディネーターがユニウスセブンを動かした」
そして、この『デスティニープラン』を実行させるため、議長は世界を壊したかった……と、いまのイザークにはわかっていたが、余りにも衝撃が強すぎる言葉であるため、いまは口にしなかった。
「つまり、これが議長の言う『人類最大の敵』である欲望だ」
なるほど……と皆が頷く。
「こんな大げさなものでなくても構わん。ハーネンフース」
「はい」
「恋人はいるか?」
「……はい?」
余りにも突飛な質問に、シホは上官に対しての返答には不適切な言葉を返してしまった。
「まぁ、どちらでも構わん。仮にだ。ハーネンフースに恋人がいたとして、その相手には別の女がいたとする。ハーネンフースはそれが許せるか?」
「……………仮にそうだとして、許せるものではありません」
「それがハーネンフースの欲望だ。もう一人の女も同じように思うだろう?」
「……はい。あくまで仮に、ですが」
「どちらにも譲れない想いがあり、互いを認めることなど出来ないでいる。だから諍いが起きる」
身近な例えに、兵達は深く頷く。
「議長はここに答えを提示したのだ。諍いを起こさぬために、遺伝子で解決するという……な。この例え話で言うなら婚姻統制とだな。遺伝子の相性が悪いから。それだけの理由で、ハーネンフースは恋人を失い、別の恋人を与えられる」
「……………」
シホにしてみれば納得のいかない例え話ではあるが、理解はしやすかった。
「ディアッカ」
「ん?」
「貴様、日舞が趣味だと言ってたな?」
んなこと、いまさら聞かなくたって知ってるだろう!と言いたかった。
「退役したら、そちらの道に進むのか?」
「そりゃ、そっちの才能があるならそうしてぇけど?」
「ならば、遺伝子解析で貴様にその才能はないから、さっさと止めろと判定されたら止めるか?」
「まっさか〜! それならそれで、趣味だけでやるって。俺、踊るの嫌いじゃねーし」
「それも貴様の欲望の一つということだな」
「……………」
言葉に詰まったディアッカにニヤリと笑い返すと、イザークは一同を見た。
「議長の言う『デスティニープラン』というのは、遺伝子解析によって、人の持つ欲望を徹底的に抑止・排除し、適正な道へと進ませるものだ。『遺伝子がそうだから』、それだけで職業も結婚相手も決まる。欲望がないから、諍いは起きない。遺伝子によって決められた道を歩むのだから、そこに失敗はないから、不安もない。それを幸せだと言えるか?」
自分の意志などない世界。それが『デスティニープラン』。
兵士達は皆、俯き黙り込んでしまった。
イザークは、ゆっくりと全員の顔を見回し、静かに口を開いた。
「皆に聞こう。ザフトとは何だ?」
「コーディネーターの尊厳とプラントの未来を守る軍隊であります!」
皆が声を揃えて答える。
アカデミーで一番最初に教えられることだ。軍服を着る者なら誰でも答えられなければ困る。
「ならば、もう一つ聞こう。『デスティニープラン』によって、コーディネーターの尊厳は守られるか?」
「……………」
今度は皆が沈黙する中、シホが声を上げた。
「コーディネーターの尊厳どころか、人としての尊厳すら奪うものだと自分は思います。自分は『デスティニープラン』を承服できません」
「ハーネンフース、議長は導入・実行を宣言された。すでに決定事項だ」
兵士達はざわめいた。
「先程のレクイエム発射は、議長が命令されたものだ。従わぬ者には死。そうでなければ、『デスティニープラン』は完成されないからな」
息を飲むもの、諦めたように肩を落とす者、悔しさに拳を握る者がいる。
「己の道を己で切り開いてこそ、生きる意味がある。決められた道など真っ平だ。俺はザフトの一員として、プラントの未来のために議長と、そして評議会と戦う。この刃は決して裏切りの刃ではないと俺は考える」
イザークは、もう一度全員の顔を見回した。
「ジュール隊はこれより、単独行動となり、『デスティニープラン』の実行および異論を唱えるものへの粛正を阻止する。だが、賛同できないものには退艦を許可する」
力強いイザークの言葉に、兵士達も最後の迷いを捨てた。
「自分は隊長に付いて行きます!」
「自分も!」
「真の未来のために!」
ディアッカも友人の決断に賞賛と苦笑を送った。
あれだけザフトであることにこだわっていたイザークが、叛旗を翻すとは思わなかったのだ。
だから、イザークの決断次第では、脱走兵でもなんでも構わないから、一人で行くつもりだったのだ。
だが、イザークがザフトとして議長や評議会と戦うと言ったために、吹き出しそうになるのをずっと堪えているのだ。
「で? まずはどうするんだ?」
「決まっている! 歌姫と接触する。必ずやあちらも動く」
数刻後、ジュール隊の旗艦ルソーは一つの通信をキャッチした。『真の歌姫が戻る。暗号座標―――。繰り返す、真の歌姫が戻る……』
調子に乗って第3弾。前作『〜混沌〜』とは続いてるようで微妙に続いていません。 暗号座標の座標軸、何度聞いても聞き取れなかった…… シホちゃんの名字は『ハーネンフース』だったのですね。『ハイネンフース』だと思い込んでおりました。 御指摘くださいました方、ありがとうございます。 訂正しておきましたが……、もし訂正もれがあったら教えて下さい。 (2005/10/31)