♪しずかな〜この夜に〜あなたを〜待ってるの〜


 ザフト軍事ステーションに16ビートの歌声が響き渡る。
 ピンク色に塗られたザクの手のひらの上を、露出度の高いドレスの裾をはためかせながら、ピンク色の髪をした少女が踊る。
 軍事ステーションに勤務する兵士達は、狂喜乱舞しながら、口々に少女の名を声にする。『ラクス・クライン』と……。
 だが、16ビートのリズムについて行けない一団が眉を顰めながら、司令本部ビルの中からその様子を見ていた。
「なんと言いますか……こういうのが現代風、なんでしょうかねぇ……」
「こういうのは、我々には理解出来ませんなぁ……」
「私は、以前のラクス様の方が好きでしたなぁ〜。癒し系……と言うんでしょうか」
 司令部のお偉方には、今のラクス・クラインの良さは、さっぱり理解できない。
「同感ですなぁ、こう聞いているだけで、優しい気持ちになり、生きる勇気みたいなモンが湧いてきましたからねぇ」
「確かに。今のラクス様は、安っぽいアイドルみたいで……なんか、こう心に染みないというか……」
「若いモンは、こういうのが良いんでしょうがねぇ」
「以前のラクス様の歌は、万人に向けたメッセージが感じられたんですけど……」
 ジジ臭さを撒き散らしながら、司令部のお偉方達は溜め息を吐いた。
「失礼いたします」
 プシューとドアが開いて白い軍服を着た人物が姿を現した。
「イザーク・ジュール、出頭致しました」
 お手本のような敬礼をして入ってきた人物に、司令部のお偉方は少なからず驚いた。
「ジュール隊長、慰問コンサートの後で構わなかったのだよ?」
「自分は興味ありませんので」
「しかし、歌姫のコンサートだよ?」
「あれは、歌姫ではありませんから」
 そう答えたイザークの言葉をどのように捉えたのか、お偉方達は複雑そうな表情をした。
 恐らくは、今し方話していたような事を、この若き隊長も感じていると思い、自分達が歳を取ったからではないのだ……と胸を撫でおろしているのが半分。もっとも、イザークはそういう意味で言ったのではなく、あれが『プラントの歌姫』ラクス・クラインなどではなく、真っ赤な偽物であると言っているのだが。
 お偉方達のもう半分の気持ちは、そういうイザークに対し、心苦しい頼みがあるからだ。
「そうか……。だが、少し辛抱してくれないか? 実は……」
 その後に続いた司令官の言葉に、イザークは絶句した。






「はぁ〜? あの偽ラクス・クラインと会食〜? 何の冗談だ?」
 執務室に戻って来たイザークがディアッカに司令部の依頼を話すと、案の定、ディアッカもマヌケ面で応えた。
「あいにく、冗談ではない」
「で? 当然、断ってきたんだろうな?」
「もちろん……引き受けた」
「だろうな……………って、えぇ〜〜〜〜〜ッ!? なんで?」
「司令官直々の依頼だぞ? 断れるものなら、貴様が断って来いッ!」
「あ〜、そりゃムリ!」
 ディアッカはあっさり白旗を掲げた。
「しかしまた、何でそんなことになったんだ?」
「知るかッ!」
 偽物のラクス・クラインがなぜ自分達との会食を望んだのか、イザークにもわからない。ジュール隊のメンバーの経歴をきちんと知っていれば、暴挙としかいいようがない。
「それよりも……どう対処するかが問題だな……」
 まったく厄介なことを……と、イザークは頭を抱えた。






 婚約者であるキラが、イザークの僅かな異変を感じ取るのに、大した時間はかからなかった。
「イザーク……何があったの?」
 そう聞かれたイザークは、最初は曖昧に答えた。キラに話すべきかどうか、わからなかったからだ。だが、悲しそうな顔をして「そう……」と呟くキラの顔を見ていると、黙っていられなくなった。
 イザークはキラを抱き締め、栗色の髪にキスを落とした。
「キラ、そんな顔をするな。ちゃんと話すから」
「いいの……? 僕が聞いても……?」
「別に隠している訳じゃない。ただ、俺も考えが纏まらないだげだ」
 イザークはキラを抱き締めたまま、ベッドへと腰をおろした。キラはそのまま膝の上に乗せられてしまう。
 キラはイザークにされるがままに、寄り添った。
「司令部の命令で、ラクス・クラインと会食することになった」
「え?」
「無論、本物のラクス嬢じゃない。あの偽物の方だ。何でとか聞くなよ? 俺にもわからんのだからな」
「あぅ……」
 聞こうとした事を先に封じられて、キラの目が泳ぐ。そんなキラの顔を見て、釘を刺しておいてよかったとイザークは思う。
「それでな……」
「うん」
「どう対処すべきか考えていた」
 キラは首を傾げた。対処も何も、偽物なんだから断ってしまえばいい、と思うのだ。
「司令部からの依頼だと言っただろう? そう簡単に断ることも出来ん。それをするには、アレがラクス・クラインではないことを証明しなくてはならんのだから。まだ、お前のことを公にするには時期尚早だ。議長の企みが何だかわかってないしな。かと言って、偽物の機嫌を取るなど我慢ならん」
 キラはイザークらしい言葉にクスリと笑いを漏らす。例え本物のラクスだって、機嫌を取るようなことをイザークはしないだろう。
「じゃあ、どうするの?」
「それを考えていたんだ……どうしたものか……」
 困り果てるイザークの膝の上で、キラも一緒になって考え始めた。
 そうして、しばらく2人して考え込んだ後、キラが何かを思い立った。
「あの偽ラクスが議長と繋がってるのは確かだよね? スポークスマンみたいなことしてるんだし」
「そうだな……」
「あのコなら、議長の思惑が何なのか知っていたりしないかなぁ?」
「可能性は低そうだが、何かしら見聞きしてはいるかもしれんな」
「でしょう? 偽物だってバラすよって言ったら、喋ってくれるかもしんないよ?」
 確かに。可能性がなくはない。上手く立ち回れば、こちらの思惑が筒抜けになる心配もないだろう。
「キラの言った方向で行くか……」
「僕も行く!」
「ちょっと待て! 向こうの指定は、俺とディアッカとニコルの3人だ」
「何それ……ヤなカンジ……」
「正確には『元クルーゼ隊の人にアスランの話を聞きたい』という依頼だそうだ」
「なら、いいよね? クルーゼ隊じゃないけど、幼なじみだから連れて来たって言えば」
 キラはイザークのアイスブルーの瞳を覗き込むようにしてニッコリと笑った。
「……キラ」
 どうやら、イザークは観念するしかないようだ。
 キラの笑顔に自分は弱い、という自覚はある。おまけに、いまのキラは静かに怒りを滲ませている。
 ラクス嬢とキラの絆は、イザークとキラの絆とは違う意味で堅く結ばれている。親友ラクスの名を騙り、議長の手先となっている存在が許せないのだろう。
 はっきり言って、こうなったキラは厄介である。暴力的になどならないが、もっと性質が悪い怖さがある。何しろキラは手段を選ばないのだ。それはイザークにも止められない。ならばいっそ、目の届くところに置いておいた方が安心できるというものだった。
「お前がやりたいようにしろ……。ただし、何をするつもりなのかは、俺に言え」
「ありがとう、イザーク……」
 何をするのか聞かされたイザークは、キラに許可を出したことを少しだけ後悔するのだった。






 キラが準備をしている間に、イザークはディアッカとニコルを呼んで、これから行う作戦の概要を話していた。
「お待たせ〜!」
 にこやかにそう言って現れたキラは男の格好をしていたのだ。
「なんで、そんな格好してるのですか?」
「作戦、作戦♪ さ、行こうかぁ〜」
 キラは楽しげにエアカーに乗り込んだ。
(なんか、キラ、性格変わってません?)
(そんだけ、アレに怒ってるんだろ? キラとラクス嬢は親友で盟友だからな)
(というか……むしろ、あれがキラの本性なんだが)
 さすがはイザーク。婚約者だけあって良くわかっている。
 儚げで可憐な印象の強いキラだが、戦争に巻き込まれ、戦場に放り出され、知りたくもなかった出生の秘密を知らされたりしなければ、そんな風にはならなかっただろう。
 本来のキラは、明るく無邪気な性格なのだ、とイザークは知っていた。
 大切な人を守るために発揮する強さと、許されない過去を憂うガラス細工のような脆さ。そのギャップがイザークを魅了して止まないのだ。
「みんな〜何してるの? 遅れちゃうよ〜?」
「すぐ行く」
 全員が乗り込むと、エアカーはゆっくりと指定されたレストランへ向かって走り出した。






「きゃぁ〜♪ お会いできて嬉しいですわ〜♪」
 4人を出迎えた偽ラクスの第一声に、キラは眉を顰めた。
(ラクスはそんなはしたない声、出したりしないよッ!)
 というキラの内心の声は、充分すぎるほど、イザーク達にも伝わっていた。だが、肝心の偽ラクスは何も気づかず、はしゃいでいる。
「ジュール隊は、現在のザフトでは最強だと伺ってますし、皆様、旧クルーゼ隊の所属で、前の評議会議員のご子息でしょう? 私、ずっとお会いしたいと思っていたのです」
「「「「……………」」」」
 現ジュール隊の4人は絶句した。キラの考えた『語るに落ちる』作戦は、作戦を実行する前に成功してしまったのだから。
 ラクス・クラインも評議会議員の……しかも元議長のご令嬢である。公式にではなくても、会ったことぐらいはあって当然だ。親しく言葉を交わす、ということがあったかと言えば、先の戦争の前にはなかった、というのが事実である。
(せっかく、いろいろ考えてきたのにぃ〜)
 思わずキラが泣きを入れたくなる気持ちもわかるというものだ。
 キラは親友ラクスのために、この偽者の仮面を剥ぎ取って、一泡吹かせてやろうと思っていたのに……だ。
(キラ、落ち着いて。でも、頭悪すぎですね、偽者のラクス・クラインは……)
(おい、どうするよ? このまま、エンディングへ突入か?)
(えぇ〜? そんなの、なんか……不完全燃焼ってカンジで、ヤダなァ〜)
(キラがそう言うなら仕方ない。茶番劇に付き合ってやるか)
(イザーク……ホント、キラには甘いですね)
(俺だったら、今頃ぶん殴られてるぜ?)
 彼らの目配せだけで行われる会話など知らず、偽ラクスは喋り続けていた。
「でも、クルーゼ隊で残っていたのは、ジュール隊長とエルスマンさんのお二人だけだったと聞いておりましたのに……」
「ニコル・アマルフィはオーブ沖で戦死と伝えられましたが、通りがかりの民間人によって救出され、つい先日ようやくプラントへ帰還したのです」
「まぁ! それは大変でしたわね」
「こちらのキラ・ヤマトは、まだルーキーですが、アスラン・ザラの話を……と伺っておりますので、同行させました。キラはアスランの幼なじみですから」
「まぁ、そうでしたの。よろしくお願いしますね。では早速、アスランのお話を聞かせてください。皆さんは私が知らないアスランをご存知なのでしょう?」
 相手は偽物。アスランのことを誉め讃える必要を感じない一同は、率直にアスラン評を述べた。
「いけ好かないヤツだな、アスランは……」
「以前は兄とも慕っていたんですけどねぇ……ちょっと考え直そうかと……」
「相変わらず、何考えてんだか……」
「過保護も過ぎるとねぇ〜鬱陶しいっていうか……」
「まぁ、皆さん、ずいぶんとヒドいことを言いますのね。でも、それだけアスランと信頼しあってる……てコトかしら?」
 それはない! と言いたいところだが、偽物にどんな誤解をされようと構わないので、放っておいて、話を本代へと向けていった。
「あなたは何故アスランのことなど聞きたいのです?」
「あら、婚約者のことを聞きたいという乙女心ですわ♪」
 やはり、この偽ラクスは頭が悪い。アスランとラクスの婚約は、クライン派が国家反逆罪に問われた時点で解消されている。婚約解消のニュースが流されていなかったとしても、パトリック・ザラによってラクスが国家反逆罪となったことはプラント中が知っている。アスランの父親がそのパトリックだということも。それでいて、婚約解消ということが思い当たらない方がおかしい。
 メインの料理を食べ終えた頃……偽ラクスはこう言った。
「今日は私の知らないアスランの話が聞けて、楽しかったですわ。皆さんも、いまは難しい局面だと思いますが、頑張ってくださいね。ロゴスを倒さなければ、平和な世界は訪れないのですから」
 4人が一斉に眉を顰めた。
「貴方は戦わないのですか?」
「私が?」
 偽物のラクスはきょとんとした後に、さも可笑しそうに笑った。
「私は歌姫ですもの。戦闘なんてできませんわ。戦うのはザフトの皆さんのお仕事でしょう?」
 ぷっち―――――ん。
 キラの堪忍袋の緒が切れた。がたんと音を立てて椅子から立ち上がり、銃を抜いて、偽のラクスへと銃口を向けたのだ。
 日頃は大人しいクセに、ラクスのこととなるとキラの導火線はえらく短い。ラクスの身の危険を感じて、半狂乱になったことも記憶に新しい。
 ディアッカ曰く、「ラクス嬢限定で、キラの導火線はイザークよか短くなる」である。
 そのイザークは頭を抱え、ひっそりと呟いた。
(キラ……自分で決めた段取りを台無しにしてどうする!?)
(台無しじゃないよ。予定が早まっただけ!)
 キラもひっそりと答えを返す。
 ディアッカとニコルはひそかに「似た者同士だ……」と思っていたことは、口が裂けても言えなかった。
「な、何なのよ! ジュール隊長、あなたの部下なんでしょう? 早く彼に銃をおろさせてッ!」
 無論、イザークはキラにそんなことはさせず、偽物のラクスを鋭い眼光で見据えた。
「そういえば、貴女の名を聞いていなかったな……」
「な、何を言ってるの!? アタシはラクス・クラインよっ!」
 イザークは悠然と立ち上がり、ニヤリと笑った。
「貴様がラクス・クラインなら……」
 キラを抱き寄せて続けた。
「キラを俺の部下とは言わない。彼とも言わない。キラは……れっきとした女性で、自分の婚約者だ。ラクス・クラインなら、それを知っている。何しろキラとラクス嬢は親友だからな」
「キラがザフトに居るのだって、ラクス嬢の代わりだしな」
 偽ラクスはようやく自分の失態に気付いたのか、真っ青になり慌てて席を立つが、すでに出入り口はニコルとディアッカによって封鎖されていて、逃げ場はなかった。
「あ……アタシは……」
 キラは銃を構えたまま、ゆっくりと彼女に近付いた。
「いやっ! 殺さないで」
「殺しはしない。いくつかの質問に答えてさえくれたら、我々は貴様が偽物である事を口外しない」
 偽物は必死に計算を働かせているのだろう。
「わ…わかったわ……」
 彼女は怯えながら席に戻る。
「貴様の名前は?」
「ミーア……ミーア・キャンベル……」
「どうしてラクス嬢のフリをする?」
「デュランダル議長が……ラクス様が行方不明で困ってるから……助けて欲しいって……」
 なるほど、想像はしていたが、偽物を仕立てたのはデュランダル議長に間違いないようだ。
「フーン、やっぱりあの人、クライン派じゃなかったね。クライン派なら、ラクスがいまどこに居るか、知らないはずないし」
 キラがわかりきっていることを敢えて口にしたのは、ミーアに教えるためだ。
「ウソッ! 議長は『クラインの後継者』よッ!」
「自称……でしょ? シーゲルさんもラクスも、そんなことは言っていない。シーゲルさんは亡くなってるし、ラクスは行方不明だから、それを証明する人も居ないしね」
 永遠に口を噤んでもらうつもりだったこともわかっているが、それは口にしなかった。
 このミーアと言う少女がデュランダルと繋がっている事は明白。いまは、この少女の議長への盲信に歯止めをかければ充分なので、必要以上に情報を与えることを避けたのだ。
「ミーア……とか言ったな」
 ミーアは声を発することもできずにコクコクと頷く。
「貴様は何もわかってないようだから言っておく。最初から我々は貴様をラクス・クラインでないと知っていて、ここへ来た」
「だから『初めまして』ってご挨拶したんですよ」
「アンタのこと『歌姫』とか『ラクス嬢』とか呼ばなかっただろ?」
「あ……」
 ミーアはようやくそのことに気付いたようだった。
「我々は全員、アスランだけでなく、ラクス嬢とも少なからず関わりがある」
「僕はラクス様のコンサートで伴奏を務めたこともありますし」
「俺が緑の制服を着ているのは、三隻同盟に加担したからだしな」
「僕は一つ屋根の下で生活してたし……」
「我々ですらそうなのだ。クライン派の人間が貴様をラクス・クラインだと思うはずがないだろう? それでも騒ぎ立てないのは、議長がクライン派だからではない。ヘタに騒ぎ立てて、本当のラクス・クラインに危害が及ぶのを避けているのだと、なぜ気付かん?」
「え……?」
「すでに、一度、議長はラクス嬢を抹殺しようとしてるしね。失敗したけど……」
「そんな……」
 ミーアはガクリと肩を落としたまま、俯いていた。
「もう、貴様に用はない。失礼する」
 イザークが部屋から出て行くと、残る3人もそれに続いた。
 最後にキラが振り返って、ミーアに声をかけた。
「そうだ……。今夜の事、議長に報告するのも止めた方がいいから。偽物だと知られたとなったら、君、殺されるよ?」
 ミーアは顔を上げて、キラを見る。
 ミーアは目を瞠り、大きく身体を震わせた。
「それとね……君が今後どうしようと構わないけど、いずれラクスは戻ってくるよ? その時、君はどうするの?」
「あ……」
 そんな簡単なことにも思い至らなかったらしい浅はかな少女をキラはもう顧みず、イザーク達の後を追った。





 意気揚々と会食の席を後にしたエアカーの中、ニコルが誰にともなく言った。
「これでもう、あのミーアという人がラクス嬢を騙ることもなくなりますね」
 だが、キラはそれを否定した。
「ううん。ラクスが現れるまで、あのコには……それでもラクスであり続けるしか道がないんだ。そう釘も刺して来たしね」
「どういうことですか?」
「議長のラクスが偽物だと、僕たちが知っていることを議長には言えないでしょ? 僕たちだって、まだ議長さんに知られたくないし……」
 仮に、ミーアが議長に「偽物だと知られた」と訴える。すると、議長にとっては手駒であった存在が、その瞬間から自分の地位を脅かす危険分子となる。
 だから、彼女は議長に相談する事も出来ず、本当のラクスが姿を現す日を怖れながらラクスで居続けることしかできない。
「なるほど……」
 ニコルも漸く納得した。
 そして、ニッコリと笑うキラを改めて見る。
「それにしても……ホント、どこからどう見ても男の子ですね……」
 ニコルはキラが男として振る舞っているのを初めて目の当たりにして、驚きっぱなしだったのだ。イザークとディアッカは、アークエンジェルでキラの男装姿を見ている。もっとも、その時着ていたのは、連合の制服ではあったが……。
 キラは普段から女の子っぽい格好をすることのない。ニコルがオーブで出会った時も、ボーイッシュは服を着ていたが、体型は女の子のものだ。
 ジュール隊では、女性パイロットもズボン式の制服を着ているが、体型が違うのだから、れっきとした女性用である。いま、キラが着ているのはニコルの予備用の軍服で、当然男性用だ。
 だから、ここまで見分けがつかなくなるとは予想してなかったのだ。
「へへッ♪」とキラは笑って言った。
「結構長い間、男の子のフリしてたからね」
「俺は姫のドレス姿が見たかったのになぁ〜。イザークに買って貰ったんだろ?」
 ステーションには商業地区もあり、そこにはエザリアが経営するブティックも軒を連ねている。シホ達にドレスの一着ぐらいは必要だと言われ、イザークに買って貰ったドレスがヴォルテールのクローゼットに確かに眠っている。だが、幸か不幸か、そのドレスを着る機会はまだなかった。
「どんなドレスなんだ? あの偽ラクス嬢みたいなエッチぃヤツ?」
 いつもの事ながら、ディアッカは一言余計な口を滑らせた。案の定、ディアッカの後頭部に激しい痛みが走る。
「貴様、俺がキラにそんなドレスを着せると思うか?」
 あんな品性の欠片もないようなドレスを! と、イザークは鼻息を荒くする。
「……思いません」
「はいはい。うるさいですよ、イザーク。エアカーの中は狭いんですから、そんなに大きな声を出さなくても、聞こえます。ディアッカも、もうちょっと考えてからモノを言ってください。学習能力というものがないんですか?」
 ニコルがそう言った時……。
「あ〜〜〜〜〜ッ!」
 キラがイザークよりも何倍も大きな声で叫んだ。
 キキィ
ィィィィッ! ゴンッ!
 ディアッカは思わずエアカーのブレーキを踏んだ。はずみで、全員が頭をぶつけた。
「何事だ、キラ?」
 頭を擦りながら、イザークがキラを振り返った。
「デザート食べ損ねたぁ〜」
「「「……………」」」
 全員が椅子からずり落ち、絶句した。
「だって、リサが絶品だって太鼓判押すほどなんだよ? 食べたかったよぉ〜」
「自業自得だ、馬鹿者。デザートが出る前にキレたお前が悪い」
 甘いものに目がないキラを知っているから、イザークはそれを見越して計画を組んでいたのに、台無しにしたのは当のキラなのだから。
「う〜〜〜〜〜」
 図星だと自覚しているからこそ、キラも反論できない。
 だが、半泣きになっているキラの顔を見てしまっては、イザークも強くは言えない。
「……ディアッカ。D5地区へ回してくれ」
「へ〜い」
 イザークの意図を悟ったディアッカはクスリと笑ってエアカーの設定を変更した。
「クスクス、イザークも、ほんとキラにだけは甘いですよね〜♪」
「ほぇ?」
「うるさいッ!」
 ザフト宇宙ステーションD5地区。商業地区の一角を占めるその地区には、エザリアが経営するパティセリーがあるのだった。


ミーアがコンサートしたのは、ディオキアだけじゃないはず……という妄想から捏造。


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