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「おーいみんなー、キラが戻ってきたとよ!」
「ほんとか〜!?」
「あぁ、いまエターナルから連絡があったってブリッジからだ。これから、こっちにやってくるとよ。もう一人の坊主と一緒にな」
ブリッジからのコールを受けたコジロー・マードックが格納庫に向かって叫ぶと、作業員達から歓声があがる。
程なくしてシャトルが着くと、作業員達がわっと周りを取り囲んだ。
ドアが開いても、彼らの姿が邪魔をして、その人物の姿を見ることは出来なかった。
その様子を見ていたイザークは、呆れたように呟いた。
「なんなんだ、この騒ぎは!」
このヒドイ混戦をくぐり抜け無事に帰還すれば、確かに嬉しい。帰って来ない者も多いのだから。
事実、ここは先程まで『エンディミオンの鷹』の死に沈んでいた。
それが一転してこの騒ぎだ。
イザークが不可解なのも無理はない。
「ここのヤツラにとって、キラは特別なんだよ」
憮然としているイザークを可笑しそうに見ながらディアッカが言った。
「キラ?」
「あぁ、言ったろ? フリーダム、そして元のストライクのパイロットさ」
ストライク。
顔に走る傷に思わず手をやったイザークは、その手をグッと握り締めると、ディアッカが止める間もなく、その輪の中へと突進していった。
「貴様ぁーッ!」
アスランの隣に立つ、青い連合の少年兵の軍服を纏った人物の胸倉を掴み、拳を振り上げた。
「やめろ、イザーク!」
振り上げた手は、アスランによって阻まれた。
「手を離せ、アスラン! こいつがニコルを殺したッ! この傷だってッ!」
「わかってる! だが、それは俺たちだって同じだッ!」
「同じな訳がないだろうッ!」
「俺もアスランと同じ意見だぜ?」
「ディアッカッ! 貴様までもがッ!」
周囲の整備員達は、この騒動をただ黙って見つめていた。
「なぜ庇う!? コイツさえいなければッ!」
「黙れ、イザーク!」
「うるさいッ! 貴様もだ、アスラン! よくもこんなところで、おめおめとッ!」
イザークの激昂は収まるところを知らない。
それがわかっているディアッカは、とにかく二人を引き離すことにした。
「引け、イザーク! アスラン、コイツは俺がなんとかするから、キラを連れていけッ!」
「わかった」
ディアッカが後からイザークを羽交い絞めにするのを見て、ディアッカの意図を汲んだアスランは掴んでいた手を離すと、キラを自分の身で隠した。
だが、そのキラが自分から歩み出てきた。
泣き出しそうな顔をしながらも、かすかに微笑んで、イザークを見上げる。
「あの……デュエルの方ですよね? ありがとうございました、助けてくれて……」
キラはそう言って、ペコリと頭を下げると、アスランに引っ張られるようにしてその場を後にした。
イザークは茫然として、その背中を見た。
たった一言だけ聞いた柔らかなアルト。
後姿でもわかる丸みを帯びたライン。
それが指し示すものは……。
「ストライクのパイロットは……おんな……か?」
纏う服は少年のものだが、その身体つきは紛れもなく少女のものだった。
「なに? お前、気付いてなかったわけぇ〜?」
普通、一目で気付くだろう、とディアッカは呆れたように言うものの、あれだけ頭に血が上っていれば、それもありかとも思うのだった。
夜中になって、イザークはまた部屋の外へと出た。
昨夜はキラと話して夜を明かしてしまったため、変な時間に仮眠を取ったのが間違いだったかもしれない。
ザフトの軍人である自分が、みんなが寝静まった時間にうろちょろするのは好ましいことではないのは承知している。
自分の部屋であれば、こんな時には本を読んで過ごすのだが、ここには何もなく、時間の潰しようがないのだ。
あらぬ疑いを避けるためにも、食堂にでも行くかと歩いていると、展望デッキに人影が見えた。
「誰だ、こんな時間に……?」
そっと近付いてみれば、それはキラ・ヤマトだった。
「どうしたんだ?」
「イザークさん……」
「明日も、昼間はあちこちから呼ばれて大変なのだろう? 昨夜も寝てないのだから、早く寝ろ」
「はい……」
戦闘になることはないだろうが、いつ何があるかわからないのだから、取れる時に睡眠は取っておくべきだ。
だが、キラの表情の中に、何やら困ったような表情を見て取り、イザークは眉を顰めた。
寝ろ、と言われて困ることなど何もないはずだ。
キラのプログラミング能力があんなに高く、あんなに忙しいと知っていたら、昨夜だとて徹夜で付き合わせたりなどしなかった。
寝る間もなく働いていたキラが眠くないはずがない。
なのに、寝ろと言われて困るなんて……。
「……ひょっとして、眠りたくないのか?」
ふと過ぎった考えを口にすれば、キラの身体がビクンと震えた。どうやら図星だったらしい。
「ずっと寝れなかったのか?」
キラは小さく首を振った。
「昨夜も眠りたくなかったのか?」
今度は小さく頷く。
「だが、睡眠を取らねば身体が持たん。ここでもいいから、寝ろ」
そう言って、キラを無理矢理ソファに座らせると、自分もその横に腰を落とした。
キラがびっくりしてイザークの顔を見る。
「何も……聞かないんですか?」
「言いたくないのだろう? 聞いて言えることなら、一人でこんなところに居る必要などないからな」
キラは、また驚いた。
(なんで……、なんでわかっちゃうんだろう……? 感情の機微には疎いって言ってたのに……)
キラが一生懸命隠しているもの。
不安とか、辛さとか、困惑とか……。
自分ですらなんとなく感じている――はっきりしない感情なのに、なぜだかイザークには見破られてしまう。
でも、それがキラには心地よく感じられた。
誰も気付いてくれなかった自分に、気付いてくれる人がいることが嬉しかった。
キラはほんの少し甘えるように、イザークの方へ身体を傾けた。
「ラクスが……」
「ん? なんだ?」
「いつもはラクスが居てくれるんです。歌、歌ってくれて……」
キラは寂しそうに笑う。
戦闘中はエターナルにいたと聞いているから、キラが寝る時には、ずっとラクスが付いていたのだろう。
だが、ここへ戻って来て、誰にも助けを求められないまま、眠れない夜を一人でじっと耐えていたところへ、イザークがやってきた、ということらしい。
イザークは手を伸ばして、キラの頭を抱き寄せた。
キラもそれに抵抗することなく、イザークの肩に頭を預ける。
「傍に居てやる。ラクス嬢の代わりだと思えばいい。子守唄は歌ってやれんがな」
そう言って笑ったイザークの顔は、とても優しくて、月の光のように柔らかかった。
キラはされるがままに頭を預けた。
そして程なく、キラは心地よい眠りへと落ちていくのだった。
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