Save the one, Save the all


 コズミック・イラ72。地球とプラントの間に起きた戦争は休戦状態を保ってはいたが、残されていた戦禍の熾火はじわじわとその勢いを増していて、とても平和とは言い難い状態だった。
 休戦の隠れた立役者であるキラ・ヤマトは、戦後、オーブ本土の外れにある小さな家で、ラクス・クラインとひっそりと暮らしていた。
「困りましたわ……」
 穏やかな暮らしを過ごしていたある日、そのラクスが、パソコンのモニターを見ながら呟いたのを、キラは聞き逃したりはしなかった。
「何を困ってるの?」
「これですの」
 ラクスはモニターをキラに向けた。キラはモニターを覗き込んだ。
 それは、プラントに居る《クライン派》からの定期便だった。
 ラクスもキラも、休戦直後から、全てが終わり、平和が訪れたとは思っていなかった。穏やかな日常は上辺だけで、争いの芽を根絶できてはいないのだと。残念ながら、二人の懸念は、日々具体性を帯びてきている。
 だが、それを手を拱いて見ているだけの二人でもなかった。幸いなことに、それを受け入れてくれる仲間も居た。オーブでは、マリュー・ラミアスを筆頭としたアークエンジェルの仲間が、プラントではひっそりと《クライン派》が着々と準備をしている。
 今回のメールは、その《クライン派》の中でもリーダー格であるマーティン・ダコスタからのもので、秘密裏に開発しているモビルスーツに不具合が生じたというものだった。しかも、不具合が生じた箇所が、キラのプログラムと密接に関係していて、《クライン派》の技術者達では手の施しようがないというのだ。
「僕が行くしかないみたいだね」
 キラは何でもないことのように言うが、それは決して簡単なことではなかった。
「危険ですわ!」
 何のためにここで隠遁生活を送っているのか。それを考えて欲しいと、ラクスは切々と訴えた。
 ラクス・クラインは目立つ存在だ。クライン派の象徴でもあり、指導者でもある。そんな彼女を頼りにする者も多いが、旧・強硬派にとっては厄介な存在である。プラントでは歌姫として顔も名前も知られた彼女だが、地球での知名度は極めて低い。オーブでなら、普通に生活していられる。
 同様に、キラ・ヤマトは力の象徴だ。フリーダムというモビルスーツを操り、地球連合軍によるプラントへの核攻撃を阻止した。そんなキラを地球連合軍はマークしている。一方、プラントからは感謝されているかというと、そうでもない。ラクスと共に行ったフリーダム奪取により、マークされている。だが、どちらにもキラ・ヤマトの名は伏せられている。だが、誰も知らないという訳ではないから、どこかでそれがバレていなければいいのだが……。
「大丈夫! 普通の民間シャトルで行くし」
 ようやく以前ほどではないものの、民間機の定期シャトルも運行が再開されているのだ。
「ですが……」
「危険だからって、これをそのままにもしておけないでしょ?」
「そうですけど……」
「ラクスが言ったんだよ? 世界の混沌はまだ続いているって。表面だけの平和は、すぐに流れてしまうって。そのための準備なんでしょ? だったら、やらないと!」
「……わかりました」
 ラクスとしては納得しきれた訳ではない。だけど、キラの言うことも一理以上のものがあるのだ。
「必ず、ここへ戻って来てくださいね?」
「あたりまえでしょ? ここが僕の居場所なんだから」
 そして、キラはプラント行きの手配を開始した。






 キラを乗せたシャトルは、漆黒の宙を行く。  一日一便あるプラント行きのシャトルの搭乗率は50%程度。戦争前に比べたら、随分と少ないけれど、戦争直後のいつ飛ぶのかわからない状態に比べたら、かなりマシになった方だ。
 搭乗しているのは、ほとんどがコーディネーターのビジネスマンらしい。寝ている者、書類を読んでいる者、部下や上司と雑談している者など機内での過ごし方は様々だ。
 ナチュラルもチラホラといるようで、おそらく政府関係者だろう。一人はキラでも顔を知っているような、外交官だ。何人かの随行員を近くに座らせている。彼らの方は何をするでもなく、緊張した面持ちで座っている。
 軍関係者はいないようだった。それも自然なこと。このシャトルは民間機だし、軍の用事があれば、軍用シャトルを使うだろうから。
 それは、先程の政府関係者にも当て嵌まる。彼らは官僚とはいえ、大きな役職にはないはずだ。あれば、政府専用機を使用するだろうから。
 しかし、キラと同じくらいの女性の姿は見受けられなかった。まして、宇宙へ出るのに、緊張もせず、座っている姿は相当に珍しいのだ。
「ドリンクのサービスです。機内は乾燥いたしますから」
「あ、ありがとう」
 キャビンアテンダントから、ボトルを受け取り、キラは口をつけた。中身は宇宙用のゼリータイプのドリンクだった。これは軍で支給されるものと変わらない、キラにとっては、ちょっぴり懐かしい味だった。
(もうちょっと味に工夫してくれると文句ないんだけどなぁ……コレ。イチゴ味とかさぁ……。今度、ラクスに提案してみよ♪)
 実はクライン派の資金源の一つに、そういう企業があったりする。オーナーはラクスだが、隠れ蓑となる経営陣を据えて、プラントで普通に経営されている。そんな企業がいくつも存在するのだ。しかも、それぞれがそれなりに収益をあげて、新規事業を展開したりもしているため、いまや《クライン派》とは、巨大なコングロマリットでもあったりする。
 キラが戦艦とは比べものにならない快適な宇宙の旅を、まずまず楽しんでいたその時、ドォーンという鈍い音が響いて、シャトルが大きく揺れた。
 機内には酸素マスクの着用を促すアナウンスが響き、機内が騒然とする。
(いまのって……爆発!?)
 キラは確信する。これは事故ではない、外部からの攻撃だ。
 オーブのシャトルだとわかっていてこんな無茶を仕掛けてくるのは、地球連合軍か? それともブルーコスモスの残党か?
 いずれにしても、搭乗している多くのコーディネーター達には、絶望の色が浮かんだ。
 キラはコクピットへと向かって走った。
「お客様ッ!」
 キャビンアテンダントの制止を振り切り、コクピットのドアを叩く。
「死にたくなかったら、ここを開けて!」
 聞きようによっては、まるでハイジャックだ。だが、キラはポケットからIDを取り出し、追いかけて来たキャビンアテンダントに見せた。
「そのIDは……!」
 首長家の関係者のみに渡されるゴールドID。黄金に輝く獅子の紋章が意匠された普段使用しているものとは別のIDだ。
 カガリがこれをくれた時に、キラは「要らない」と断った。だけど、カガリは笑って言った。「いいから持ってろ。お前が無茶した時に、いつでもフォロー出来るとは限らないんだからさ」と。
 一生使うつもりはなかったけど、いまはそんなこと言ってる場合ではない。
「失礼致しました、すぐに、お開けします」
 ゴールドIDの効果は抜群だった。すぐ様、コクピットのドアが開けられる。
 中に入れば、パイロット達が蒼醒めた顔で為す術もなく座っていた。
「どいてッ!」
 キラがパイロットを押し退けようとすると、この期に及んでパイロットは自分のポジションに固執した。
「な……何だ、君は! 部外者は出て行け!」
「そ……その方はゴールドIDをお持ちです!」
 キラは再度、金色のIDを提示した。
「本当に存在したのか……。都市伝説だとばかり思っていた」
 パイロットは茫然とそのIDを見つめていた。
「キラ・ヤマトです。僕のことは、後でカガリにでも聞いて下さい。いまは、この危機を回避しないと! 出来れば僕に、その席を譲ってくれませんか?」
 穏やかだけど、凜とした声は、もの凄い威圧感を感じさせるもので、パイロットは先程の勢いなど全く失って席を譲った。
「シャトルの操縦が出来るのですか?」
 今更の質問に、キラも困ったように答える。
「シャトルは初めてですが、モビルスーツは一年近く」
 この答には、いろいろ矛盾があるのだが、いま誰もそれには気付かない。ただ、戦争という修羅場をくぐり抜けてきた少女なのだということだけを理解した。
「貴女はキャビンに戻って乗客にシートベルトをしっかり締めさせて! もの凄く揺れるけど、落ち着かせて」
「はい!」
「緊急救難信号を出して」
「はい」
「出力全開!」
「はいッ!」
「さっき被弾した箇所は?」
「第4燃料庫ですッ」
「弁を下げて流出を防いで!」
 キラの指示に従って、クルーが動き出す。
「行くよ!」
 キラは操縦管を握り直すと、シャトルを操った。
(機体が重い……それに出力もまだまだ……)
 キラはコントロールパネルを操作し、OS画面を呼び出した。さすがにこれには、クルーも慌てふためいた。
「な、何をするんですッ!?」
「スペック上げるために、OSを作り変えます」
「そんな無茶な……」
 飛行している最中のシャトルのOSを作り変えるなんて、聞いたことがない。だが、その間も少女の手は操縦管を握りながら、キーボードを操作していた。
「大丈夫だから。いまは僕を信じて! 必ず守りますから」
「……わかりました」
 いまはこの少女に生命を預けるしかなく、彼らも少女の言葉を信じるしかなかった。
「あぁっ、またッ!」
 オペレーターが攻撃に慌てふためく。
「回避します。しっかり掴まってて! まだまだ……いまッ!」
 ミサイルをギリギリまで引き寄せ、シャトルの機体を翻す。
「おぉッ!」
 それだけのことに、クルーからどよめきの声が上がった。
「とにかく攻撃を回避します。燃料は?」
「かなり漏れ出てしまって……アプリリウスまで、ギリギリ辿り着けるかどうか……」
「了解……」
(攻撃がこのまま止めばいいけど……)
 後は、緊急救難信号を早めにキャッチして貰えることを祈るしかなかった。






「隊長、緊急救難信号をキャッチしました」
 ザフト軍月方面部隊所属戦艦ヴォルテールのCICが、隊長にそう報告した。
「相手の所属はわかるか?」
「はい……民間機です。オーブのシャトルのようですね」
 そう報告を受けて、ヴォルテールを預かるジュール隊隊長イザーク・ジュールは、凜とした声で命じた。
「これよりジュール隊はオーブ民間機の救出に向かう。総員コンディション・イエローで配置に着け」
「了解!」
 統制された隊員達は、迷いなく動く。
「隊長! 件の民間機が攻撃を受けてますッ!」
「なんだとッ! 連合軍か? ブルーコスモスか?」
 プラントにとって、オーブは大事な生命線だ。そのオーブを怒らせるような真似をするザフト兵などいない。だから、オーブの民間機にちょっかい出すような阿呆は、地球連合軍かブルーコスモスに決まっている。
「機体はダガーです。しかし識別信号は出していません」
 識別信号がないからといって、ブルーコスモスと断定は出来ない。
「コンディション・レッドに変更する! ディアッカとシホは出撃しろ! 所属不明のモビルスーツの攻撃より、オーブ民間機を救出する」
『『了解』』
 通信機から二人の声が同時に聞こえた。
『ディアッカ・エルスマン、行くぜ!』
「システム・オールグリーン。どうぞ」
『シホ・ハーネンフース、出ます!』
「どうぞ」
 CICが2機の出撃を促した。
「隊長。光学映像、出ます」
 攻撃を受けているシャトルがモニターに映し出される。それを見たヴォルテールのブリッジクルーから、ざわめきが漏れた。
「なんか……凄くないか? あのシャトル……」
 シャトルとは思えない機敏な動きで、攻撃を回避している。
「シャトルであんなこと出来るモンなのか……?」
 イザークもその映像を見ながら、呆気に取られていた。そして……強いデジャヴュを感じる。ヒラヒラと舞うように飛ぶ、6枚の羽根を持ったモビルスーツが目に浮かぶ。
(まさか、な……)
 イザークは頭に浮かんだ考えを捨て去り、目の前の戦闘に集中した。
 攻撃を仕掛けているダガーは、全部で3機。どれも非武装のシャトルに攻撃を躱され続けて、躍起になっているようだ。
(民間人を攻撃するとは……許せん!)
 過去に知らなかったとはいえ、犯した過ちがあるからこそ、民間人を巻き込むことにはしたくなかった。まして、目の前の阿呆は、あの時の自分とは違う。民間機と知っていて攻撃しているのだ。
「ディアッカ、1匹でいいから、その阿呆を生け捕りにしろ」
『了解……って、相変わらず無茶言うよな……』
「出来ないとは言わせん」
 そんな無能な副長など要らん、と言えば、苦笑が返ってくる。
『やりますよ! やりゃいいんだろ!』
「当然だ」
 ディアッカが捕獲に向かった隙に、シホが残りの2機を撃ち墜としていく。ディアッカが対峙していた機体は四肢を落とされ、ザクにひきずられている。早々に戦闘は終了した。呆気ないものだ。だが、隊長であるイザークには、次の仕事がある。
「あのシャトルに回線を繋げ」
「回線、繋がります」
 イザークは通信機を手にした。
「こちらはザフト軍月方面部隊所属ジュール隊隊長、イザーク・ジュールだ。そこのシャトル、無事か?」
『えっと……こちら臨時パイロットのキラ・ヤマト。援護、感謝します』
「やっぱり貴様か……」
 先程、頭に思い浮かんだ人物の声がして、イザークは頭を抱えたくなった。
「で、被害はどうなんだ?」
『乗客・乗員に被害はないけど、燃料庫をやられて、アプリリウスまで辿り着けないんだ。乗せてってくれない?』
「ヴォルテールはタクシーじゃないッ! と、言いたいところだが、放置する訳にもいかないからな。仕方ないから乗せてやるが……運賃は貰えるんだろうな?」
『あ〜〜〜〜〜、カガリに頼んでおく……』
 モニターの中で、キラは天を仰いで仕方ないとばかりに肩を落として言った。
「いいだろう。ここまでは自力で来られるんだろ? 誘導させるから、後は何とかしろ」
『了解』
 ブリッジクルーは、かつて見たことがない隊長の楽しそうな表情をポカンとしながら見ているだけだった。






 ヴォルテールに収容されたシャトルから、次々と乗客が降りてくる。続いて乗務員が、そして最後にキラ・ヤマトが降りてきた。
 黒いミニ丈のプリーツスカートに5分丈のレギンス、スカートと揃いの黒いジャケット。ピンク地に黒のプリントのTシャツを合わせて、ガールズロックのイメージは、キラにはちょっとハードすぎる気もするが、よく似合っていた。だが、足許を見るとごっついブーツタイプの安全靴を履いている。ファッションとして、これはこれでアリなんだが……と、イザークはちょっと顔を顰めた。
「この度は、救助いただきありがとうございました」
 シャトルのパイロットが代表して挨拶して来るのを受けて、イザークも一同に対して挨拶する。
「戦艦ヴォルテールを率いるジュール隊隊長イザーク・ジュールだ。当艦が皆をアプリリウスまでお送りする。戦艦ゆえ、快適な旅とは言い難いが、認められる範囲で寛いで貰いたい。部屋までは隊員達に案内させる」
 イザークが言い終わるとすぐに、隊員達が動き出す。
「キラ、貴様はこっちだ。いろいろ聞かせて貰うぞ」
「え〜〜〜〜、言わなきゃならないことなんてないのに……」
「大アリだッ!」
 そう言って、キラを隊長の執務室へと連れて行った。






 イザークが初めてキラ・ヤマトに会ったのは、停戦直後の脚付き……アークエンジェルでの事だった。戦闘で動けなくなったバスターを送り届け、そこで停戦を知った。
 長居をするつもりはなかったのだが、デュエルの応急処置をしてくれるというので、頼むことにした。
 長らく敵として追いかけていた相手だという意識は、その時なかった。脚付きに馴染みまくっていたディアッカが、隣にいたせいかもしれない。
 待っている間に、イザークはディアッカと久しぶりに話をした。メンデルでも話はしたが、あんな漠然とした話ではなく、ここに到った経緯を詳しく聞いた。
「結局、貴様はどこに居ても女の尻を追いかけてるだけか。変わらんな……」
「そんなことねぇって」
「貴様のことはもういい。ストライクの……いや、いまはフリーダムだったか……。アレのパイロットの話を聞かせろ」
「あぁ……そうだな……」
 その時、脚付きのクルーがディアッカを呼んだ。
「すまねぇ、行かねぇと……。百聞は一見にしかず。後で会わせてやるよ! だから、ちょっと待ってろって」
 それだけ言い残してディアッカは行ってしまった。
 その後、ディアッカは脚付きのクルー達と忙しなく動き回っていて、イザークは一人取り残されていた。
「することがないというのは、苦痛なもんだな……」
 せめて本でもあれば退屈凌ぎになるのだが。そう一人ぼやいていると、そこに一人の少女が現れた。
「あの……イザーク・ジュールさんですか?」
「そうだが」
 ぶっきらぼうに応えれば、少女は固い表情で言った。
「キラ・ヤマト……フリーダムのパイロットです」
「誰が?」
 まさか目の前の少女がそうだとは思わなかったので、ついそう言ってしまった。
「僕です! あぁ、もう! こっちはいきなり殴られるかも……ってぐらい、決死の覚悟で声かけたのにッ!」
「女性をいきなり殴るほど野蛮ではないッ! って……貴様がフリーダムのパイロットだとぉ」
 こんな小さな……いや、女性としてはそこそこ高い方だが、それでも自分より小さく華奢な細っこい少女が、自分達4人を一人で退けたストライクのパイロットだったとは思えなかったのだ。
 衝撃が大きすぎて、いろんなことがどうでも良くなった。
「貴様……ヒマか?」
「ヒマっていうか、イザークさんに会ってくれってディアッカに言われて来たんだけど……?」
「ディアッカに?」
「うん。僕のこと憎んでるから……殺されはしないだろうけど、殴られるかも……って言われた」
(ディアッカめ……。貴様の方こそ、殴ってやる!)
 イザークは指をボキボキと鳴らした。キラが顔を引き攣らせて後退りする。
「俺は女を殴ったりなどしない。だから、そんな顔をするな。それより退屈で死にそうだ。話し相手になれ」
「それはいいけど……」
「貴様の話が聞きたい。何故コーディネーターのクセして、連合軍に居た? 何故、JOSHーAで俺を助けた? クライン派とは何なんだ? 貴様らは……何を見ているんだ?」
「長い話になりそうだね……」
「退屈凌ぎには丁度いいさ」
 二人は食堂へと場所を移し、延々と語り合った。話しているのは主にキラで、イザークは時々相槌をうったり、質問したりしていた。
 予想を遥かに越えたキラの話に、時に憤り、時に悔恨を感じ、自分の甘さを知った。
 互いが抱える蟠り……イザークの傷、ニコルの死、シャトルの撃墜についても話した。とても穏やかな気持ちで……。
 話の途中で、キラは泣いたり、痛みを堪えるように顔を歪ませたり、声をあげて笑ったり……と、コロコロと表情を変える。そのうちに、無邪気に笑う姿が本来のキラなのだと気付いた。余りにも壮絶な経験を短期間にいくつもしてしまったばかりに、彼女の姿を歪ませているのだと。それでも、時折こぼれる笑顔に昏い翳りはない。
「何故、そんな風に笑っていられる? お前ほどの経験をしたなら、もっと屈折していても不思議ではない」
「多分……ラクスが居たから。泣いて……迷って……わからなくなって……。そんな時に、ラクスが道を見せてくれたんだ」
 何となく心に引っ掛かる言い回しだった。機会があれば、ラクス・クラインとも話をしてみたい。
 だが、その機会はいまではないようだった。
「こんなトコに居た! 探したんだぞ、イザーク。デュエルの処置が終わったってさ」
「フン、別に隠れてなどいない。見つけられない貴様が能無しなんだ」
「ディアッカ、お疲れ〜♪ 僕か連れてきたんだよ」
「よ! イザークに殴られたか? 俺があとで診てやっから」
「もう、ディアッカのエッチ! ミリィに怒られ……」
 キラが全て言い終わる前に、横から出てきたイザークの拳がディアッカの鳩尾にバッチリ決まった。
「ッ……イザーク……に、す…だよッ……」
 猛烈に痛そうな顔でディアッカが崩れ落ちる。
「キラに適当なことを吹き込んでくれた例だ。有り難く受け取れ」
「有り難過ぎて、涙が出るぜ……」
 うずくまって鳩尾を押さえるディアッカを放置して、イザークは立ち上がった。
「キラ、デッキまで案内しろ」
「は〜い♪」
 肩を並べて歩く二人の後ろ姿を見ながら、ディアッカは思う。
(アイツ……ホントにイザークかよ? 別人じゃね?)
 痛む鳩尾がイザークに間違いないと教えてくれる。その痛みを堪えながら、ディアッカは立ち上がって二人の後を追った。
 イザークが脚付きに居た時間は、半日にも満たなかった。
「キラと話が出来てよかった。プラントに来ることがあれば連絡しろ。案内してやる」
「うん♪」
 無邪気な笑顔が最後に見れて、イザークは満足げに微笑んだ。
「で、貴様は戻って来る気はあるのか?」
 キラの後ろで、未だ痛そうにしている男に尋ねる。
「まぁ……戻れるなら」
「戻って来たならば、俺がこき使ってやる。覚悟して来い」
「ウゲェ……」
 キャットウォークを歩いて、コックピットのハッチまでやってくる。
「イザークさん……」
「イザークでいい。キラ、何時の日か、また会おう」
「うん……また、今度。イザーク」
 ヘルメットを冠り、コックピットへと乗り込む。キャットウォークが遠ざかり、デュエルが射出デッキへと運ばれていく。
「イザーク……元気でね!」
 もう、届かないだろう声を上げ、キラは大きく手を振った。






 話は現在に戻る。イザークの執務室で、キラは居心地悪く座っていた。
 前に出会った時は赤いパイロットスーツだったイザークは、いま白い軍服を纏っている。
 ザフトの軍服は、その色に意味があると知っている。前にディアッカやアスランが着ていた赤はトップパイロットの証。白は艦隊を預かる隊長職にあることを意味する。聞けば、ザフトの最年少隊長だとか。
 イザークの事は、アークエンジェルでの数時間しか知らないが、エリート・コースをまっしぐらに歩む彼を侮ってはいけないと思う。
「で、何が聞きたいの?」
 イザークが手ずから淹れた紅茶という、物凄く高くつきそうな一杯を飲みながら、キラは上目遣いに聞いた。
「キラ、お前は何故プラントへ向かってる?」
 相変わらず直球勝負なイザークに、キラは思わず笑ってしまった。
「ん……ちょっと気分で。レノアさんのお墓にも行きたいし♪」
 にっこりと笑って答えてみせたが、イザークは誤魔化されてはくれなかった。
「この時勢の、この時期にか?」
《血のバレンタイン》で犠牲になったレノア・ザラの命日は、当然2月だ。いまは8月。ADの日本なら《お盆》という風習があったが、CEのプラントにもオーブにも、そんな風習はない。
 墓参りをするのは、命日や故人の記念日なのが一般的。大体、レノア・ザラの墓参りならば、キラ以上にもっと来なくてはならない人物が来ていない。
 まして、一触即発な政治情勢でプラントに気分で行く奴など居ない。
「まぁ、いい。どうせ、俺には言えん用事だろう。無理に聞き出すつもりも、上に報告する気もないからな」
 キラは驚いてイザークをまじまじと見た。
「どうして……? イザークはザフトの隊長さんなのに……」
「何だ? 尋問されたいのか?」
「そういう訳じゃないけど……」
「キラが何も言わずとも、わかる事は結構あるぞ。キラはプラントに向かっていた。出来れば誰にも知られることなく。その用事は、クライン派が独自に開発している何かで……システムに問題が生じている。貴様があのシャトルに乗ったことを知っていたのは、ラクス・クラインのみ。アスハ代表は、今頃さぞ驚いているだろうな」
 どうだ、と言わんばかりの視線を向けられ、キラは観念した。予想以上に侮れない相手だった。
「ほとんど合ってる。けど……」
「何度も言わせるな。報告するつもりはない」
 なんで? と、口よりも雄弁な瞳が聞いてくる。
「前の戦争の……メンデルでディアッカと再会した時だ。奴が言った。『プラントを裏切ったつもりも、敵に回したつもりもない。ただ命令だからって、ナチュラルを殺せなくなった』と」
 イザークは苦虫を噛み潰したような顔して続けた。
「俺には奴が何を言っているのか、しばらく理解出来なかった」
 イザークは真っ赤な顔して付け加えた。
「いまの話、ディアッカには絶対に言うなよ!」
 キラは思わず笑ってしまった。
(イザークって……ちょっと可愛い?)
「言わないよ。約束する」
 キラの言葉に満足そうに頷いて、イザークは話を続けた。
「奴の言葉を正しく理解したのは、キラと話した後だ」
「え? 僕?」
「正確には脚付き……アークエンジェルの中で見たもの、聞いたことだな。中でもキラの話は大きな衝撃だった。戻ってから……実にいろんなことを考えた。そして、俺が辿りついた結論は……言葉は悪いが、必要悪だと思う」
「………………悪」
「勘違いするな。悪い意味ではない」
「じゃあ、どういう意味?」
「世界の枠組にとらわれず、世界にとって一番良い道へと導く。枠組の外に居たからこそ成し遂げられた。だが、外側に居るから出来るというものでもない。そもそも、外側の存在など、内側の指導者にとっては目障りなだけだ。だから、悪と言った。しかし、世界が混沌としている中では、枠に捕われない存在も必要とされる」
「だから……必要悪」
「そうだ。外側に居るだけじゃダメなんだ。プラントに大きな影響力のあるラクス・クライン、誰よりも平和の意味を知る戦士キラ・ヤマト。この二人だったからこそだ。代わりはいない」
 キラは息を飲んだ。まさか、こんな核心を突かれるような話になるとは思っていなかった。アークエンジェルで出会った時のイザークではない。あの頃の彼は、真っ赤に燃え盛る炎のようだった。ただ熱く激しく燃えるだけの。だが、いまのイザークは違う。熱く激しい炎に変わりはないのだが、蒼く静かな炎に見える。燃え残りでもなく、熾火でもなく、激しいのに静かなのだ。
(なんか……淋しい……)
 なんで、そんな風に思うのか、キラにはわからなかった。
「キラ、どうかしたか?」
「ううん、何でもない。えっと……そう、イザークの中で、オーブはどういう位置にあるの?」
「オーブか……。そうだな。オーブは枠の中に戻ってしまったからな。だが、糸は繋がっている。新代表は枠から出たそうだがな。それにキラを枠の中に入れたいと思っているが、弊害も承知しているからジレンマを起こしているんじゃないか?」
「………………」
 イザークは完璧に情勢を把握しているようだった。
 イザークもラクスと同じ、世界を見通す眼を持っている、とキラは思う。しかも、その目を開かせたのは、どうやらキラらしい。
「俺はキラとラクス嬢が何かしていても、上に報告する気はない。それはいつか必要だったとわかるはずだ」
 ホントのことを言えないのが苦しかった。
「ゴメン……ゴメンネ、イザーク……」
「そんな顔するな。俺はザフトの軍人であることを誇りに思っている。枠の外に出るつもりはない。だが、枠の外の存在を許容するぐらいのことは出来る。目を瞑るのではなく、見守ってやる。だが、お前達が表に出てきたとき、それがプラントのためにはならないと思えば……全力で廃除する」
 穏やかだったイザークの瞳に静かな炎が見えた。キラ達の理解者であると同時に監視者になるというイザーク。秩序という枠の中に留まりながら、同じ未来を願う。
「イザーク……」
「何も言わなくていい。尤も……無条件にという訳にはいかないがな」
 イザークは悪戯っぽく笑った。こんな笑い方も、キラは初めてだった。
「脅迫するつもり……?」
「人聞きの悪い。ギブ&テイクだ」
「要求は……何?」
「情報が欲しい。クライン派のネットワークには、ザフトとは違う情報が入るだろう? 全てとは言わん。流せるだけのモノで構わない。どうだ?」
 どうだも何もない。最大限に譲歩された大甘の条件だ。これを無碍になどすれば、いずれ、もっと大きな代償を支払うことになる。
「……わかった」
(あちゃー、ラクスに何て言おう……)
 そう言えば、さっきシャトルを収容して貰うために、運賃を要求されてカガリに頼んでおくとも言ってしまった。
(ラクスとカガリに借りを作っちゃったよ……。高くつきそ……)
 それもこれも、イザークが……いや、そもそも民間機にちょっかい出してきたあのモビルスーツが悪いのだ。
(フリーダムがあったら、こんなことにはならなかったのにぃ〜!)
「何か言ったか?」
「いいえ、何にも!」
「そうか。そういえば、お前が乗っていたシャトルにちょっかい出した阿呆に会うか?」
 まるで、キラの心の声が聞こえていたかのような申し出に、キラは大きく頷いた。
「直には会わせられんぞ。モニター越しに、だ」
「それでもいいよ」
「ならば、ついて来い」
 優雅に立ち上がり、白い軍服の裾を翻すイザークに見惚れつつ、キラはその後に続いた。






『もう一度聞く。所属と氏名はッ?』
 設置されたスピーカーから、怒鳴り声が聞こえてくる。どうやら尋問をしている兵士の声だ。
「どうだ、ディアッカ?」
「遅ぇよ、イザーク。よ、キラ。久しぶり♪ まさか、アレにキラが乗ってるとはな……。すっげー偶然だな」
「相変わらずだね、ディアッカ。ディアッカに会えるってわかってたら、ミリィから伝言貰ってきたのに」
「そいつは残念。後で俺の方から何かすっから、渡してくれるか?」
 キラが「いいよ」と答える前に、イザークの拳がディアッカの頭に落ちた。
「貴様、無駄口ばかりきいてないで、俺に報告しろ!」
 そういえば、アークエンジェルでも、イザークに、いきなり殴られていたっけ……。
 キラは堪えきれずにケラケラと声を出して笑いだした。
「やっぱり相変わらずだよね、ディアッカは……」
「笑うなよ、キラ……。コイツと付き合ってくのは命懸けなんだぜ?」
「ディアッカ」
 イザークが指をバキバキ鳴らしてディアッカを睨む。
「あ〜はい、報告ね。いまんとこ、収穫はゼロ。所持品もナシ。ドッグタグまでしてねーし」
「だからってブルーコスモスと決めつけるのは早計だよね?」
 軍人ならば必ず所持しているハズのものを所持していないから軍人ではないと決めつける訳にはいかない。
「少なくとも軍人として訓練を受けてはいるな……」
 イザークはモニターを覗きこんで、そう言った。
「え? なんで、そんなことがわかるの?」
 キラは軍事訓練を受けたことがないから、イザークが何を見て、そう思ったのかわからない。
「あぁ。ここを見ろ」
 イザークは、捕虜の踵を示した。
「軍人ならば日常的に敬礼をする。その際に踵を合わせるから、この部分が変形するんだ」
「なるほど……」
 その時、携帯端末のスピーカーから、イザークとディアッカを呼ぶ切羽詰まった声が響き渡った。
『ジュール隊長、エルスマン副長、至急ブリッジまでお願いしますッ! ジュール隊長、エルスマン隊長、至急ブリッジまで……』
 二人は思わず顔を見合わせた。
「何があった?」
「さぁな。こりゃ、行くっきゃないっしょ」
「だな。キラ、部屋に戻っていろ!」
 そう言い残して、イザークとディアッカが慌てて、部屋を出て行く。
「は〜い♪ ……って、部屋に戻ってろって言われてもね〜、どの部屋に行けばいいんだろ……?」
 もう、聞こえていないだろう二人の背中に、キラはそう呟いた。
 シャトルを降りてすぐ、イザークの執務室へと招き入れられ、その後、ここへやってきた。シャトルの乗客達が収容された居住区へは行かずに、ここへやってきたのだ。自分に割り当てられた部屋がどこにあるのか……そもそも、そんな部屋があるのかさえもわからないのに、どうやって戻れというのだろうか。
(う〜ん……誰かに聞いてみるしかないかな? ってゆーか、誰に聞けばいいんだろ……。とにかく、この部屋から出るしかないか。えっと、このモニターはつけっぱなしにしちゃマズいよね?)
 モニターの主電源に手を伸ばした時、さっきまでここで聞いていた人物の声が、スピーカーから聞こえた。
『コンディション・レッド発令! 全員、ただちに持ち場につけ!』
(コンディション・レッド!? 戦闘!? どこか状況のわかるところに行かないと……)
 見知らぬ戦艦ではあるけれど、戦艦の造りなどどれもさして変わらない。目指すなら、ブリッジか……もしくは格納庫だ。部屋の場所はわからないけど、格納庫ならなんとなくわかる。
 手を伸ばしていたモニターのスイッチを、今度こそ切ろうとした瞬間だった。
(え……? いま、この人……嗤った……?)
 だが、キラは余り深く考えずに、そのまま部屋を出た。






 イザーク達がブリッジに戻ると、敵襲を知らせるアラートが鳴り響いていた。
「何が起こっている?」
「敵襲ですッ! モビルスーツの大群ですッ! ダガーの数およそ300」
 ちょっとパニック気味に叫ぶCICに、イザークは落ち着き払った声で聞いた。
「母艦は?」
「艦影ありません」
 これだけの数のモビルスーツを運べる母艦もないから、この近くに隠された拠点があるのだろう。
 しかし、だ。現状、いまは戦時ではない。どちらの陣営も宣戦布告はしていないからだ。そのいま、これだけの数のモビルスーツを投入してくるのは何故なのか? いつもと違うことはと言えば……。
(オーブのシャトルを収容しているからか……)
 イレギュラーな存在はもう一人居るが、それは当のシャトルを狙っていたからだ。
(俺としたことが……シャトルのチェックを怠っていたな)
 隊長としてやらなければならないことは、山のようにあった。
「コンディション・レッド発令! 全員、ただちに持ち場につけ!」
「「了解」」
 イザークは黙ってモニターを見つめた後、自分のシートに身を沈めた。
「例のシャトルの乗員・乗客リストと積載物のリストをこっちに回してくれ」
「はい」
 手元のモニターに映し出されたそれを、素早くチェックする。
(積載物は問題なさそうだな……)
 プラントにとっては貴重な物資だが、地球連合各国にとっては全て自国で入手可能なものがほとんどだ。規制対象となる品もなければ、プラントの生命線となるようなものもない。このシャトルをプラントへ行かせられない理由となるものは、積載物の中には見つけられなかった。
(ならば……人か?)
 乗客の中には、オーブの外交官も居る。彼らが携えているかもしれない親書や情報まではチェック出来ない。また、個人レベルでの人となりを把握している訳でもないから、重要人物も不審人物も洗い出すのは無理だ。
 ある意味、キラが最も重要人物であり、最も不審人物でもあるのだ。
(奴らの狙いは、キラか……?)
 前の戦争で無敵の強さを見せたストライクとフリーダム。パイロットの名前は公表されてはいないが、じっくり調べれば隠していても解るものだ。味方になれば頼もしいが、敵に回れば脅威となるキラを手に入れようとしたのか、葬ろうとしたのか。おそらく、どちらでも良いのだろう。
 原因がわかったところで、どうにもならない。キラを差し出すつもりも、放り出すつもりもないのだから。
『隊長! 申し訳ありません!』
「どうした?」
『捕虜に逃げられました』
「なんだとッ!」
 この攻撃は捕虜を救出するためのものか? いや、それはない。イザークは、そう判断した。地球連合軍にしろブルーコスモスにしろ、ザフトと比して仲間意識は驚くほど希薄だ。なまじ数に勝るだけあって、兵士は使い捨ての資源に等しい。
 だとすると……。
「キラ・ヤマトはどこだ 大至急、彼女を保護しろッ! 捕虜に逃げられても構わん!」
 キラに何かがあってはいけない。保護しておきながら、このヴォルテールの中で害されるなんてことになったら、渋々送り出しただろうラクス・クラインに申し訳が立たない。それどころか、オーブとの外交問題にだって発展しかねないのだ。
「隊長、行って下さい。詳しいことは後で伺います。キラ嬢を一番ご存知なのは隊長でしょうから。ここは私が指揮を取ります。異変があれば端末から報告します」
 そう提言したのは、ヴォルテールの艦長を務める壮年の部下だ。真面目なのが取り柄の男で、息子よりも年下のイザークに対し、黙って従っている。華々しい戦績はないが、艦隊運用の腕は確かだ。
「頼む」
 一言だけ言い置いて、イザークはブリッジを飛び出して行った。






 その頃、格納庫では。
「あ、いた! ディアッカ!」
「キラ なんで、お前、ここに……? 部屋に戻れって言ってだろ!」
「だって、部屋がどこだかわかんないんだもん! それより、コンディション・レッドって……」
「あぁ。どちらさんか知らんが、ダガーの大量発生だ」
「副長!」
 長い黒髪の女性がペラペラと喋りそうなディアッカを牽制する。実際、キラと話している場合ではない。いつでも出撃できるようにスタンバっておかなくてはならないのだから。
「待って! 僕も出る!」
「や、ちょっと待った! んな訳にいかねーんだって! 頼むからせめて、イザークの許可貰ってくれ」
「そんなこと言ってる場合じゃ……」
「言ってる場合なんだよ! ここはアークエンジェルじゃねーんだぞ? ザフトの戦艦なんだ!」
「でも……」
「副長!」
 非常時なのに言い合いを続けるディアッカにしびれをきらしたのか、シホが横やりを入れる。
「あ〜もう! シホ、お前先に出ろ! コイツをこのままにしといたら、何すっかわかんねーからよ」
 このままキラを放置したら、勝手に出撃するに決まっている。それでザフトにとってマズイ事態にはならないが、ディアッカにとっては非常にマズイ事態となることもわかりきっている。
 シホは仕方なく、先に自分の機体へと乗り込んだ。
「キラ! 一刻を争うような事態なんだ。お前はザフトじゃねーんだし、ここは大人しくしてくれ、頼むから!」
「そんなに大変な事態なら、一人でも多い方がいい! 機体はあるんでしょ?」
「だから、そういう問題じゃねーんだって! 俺がそれを許可できる立場じゃねーんだよ! お前だって、一応、軍の中に居たんだから、軍人ってのがそういうもんだってことぐらい、わかんだろ?」
「わかんないよ! ムゥさんにだって、出来る力があるんだから、戦えって言われてたんだから……」
 あのおっさんは……と思いながらも、それは口にしなかった。もういない人物のことをアレコレ言っても詮無いし、そこへと追い込んだのは他ならぬ自分達だったのだから。
「ディアッカ! 貴様、何をしている! 出撃を命じただろうが〜ッ!」
 イザークの怒号が格納庫に響き渡る。ディアッカは肩を竦めたかと思うと、これ幸いと逃げた。出来れば、もうちょい早く来て欲しかったが、そんなこと言ってる場合でもない。敵モビルスーツの大群は、もうそこまで来ているのだから。
「いま出撃するって。キラ、イザークと話してくれ。じゃあな!」
 残されたキラはイザークと対峙した。先程までとは違い、いまのイザークは鋭いナイフのような雰囲気を纏っていた。
「ったく、何を考えてる! こんなところで、デカイ声であんな話をするな! 誰が聞いているかわからんのだぞ。自分の立場を考えろ。大体、俺は部屋に戻れと言ったはずだが?」
「ゴメン……でも、僕……コンディション・レッドって聞いて……居ても立ってもいられなくて……。お願い! 僕にモビルスーツを貸して!」
「キラ、ザフトに入る覚悟はあるのか?」
「え……?」
「いまのキラはオーブの民間人だ。そのキラをモビルスーツに乗せる訳にはいかない。それでもアレに乗るというならば、現地志願者として採用してやる」
 アークエンジェルの時とは真逆だった。あの時、乗りたくないキラにマリュー達は「乗らなければ護れない」と半ば脅迫してストライクに乗せた。いま、モビルスーツに乗って護りたいと願うキラを、イザークは拒んでいる。
 キラの躊躇いを理解しているイザークは畳み掛けるように言った。
「さっきも言ったが、お前は枠組みの外にあってこそ真価を発揮できる。ザフトに入るということは、枠の中に組み込まれるということだ。規律と秩序で動く枠の中に。キラは本当にそれでいいのか?」
「………………」
 キラは唇を噛んで俯いた。
「それに……だ。この艦の置かれた状況は非常に厳しい。正直、キラの手を借りたい気持ちはある。それでも、俺は……二度もお前を戦争に巻き込みたくない」
「僕はザフトには入れない……。でも……護りたいんだ……護れる力があるのに……」
「ったく……お前は……。いまぐらい、おとなしく護られていればいいものを……」
 いずれまた、キラ達の力なくして秩序を取り戻せなくなる時がやって来るだろうから。
 その時、イザークの視覚の隅で影が動いた。
「キラ、来い!」
「え?」
 キラの腕を掴んで、イザークは走り出す。駆け込んだ先は、パイロットの控室だった。
「そこに予備のスーツとメットがあるから、あっちで急いで着替えろ。着替えながら聞け」
 訳がわからないまま、キラは急いでスーツとメットを見繕うと、試着室のように仕切られた一角で着替え始めた。
「この機に乗じて阿呆が逃げ出した」
 歪んだ嗤い顔が、思い浮かぶ。
(やっぱり嗤ってたんだ……。何が起きているか、わかってて……)
 着替えを済ませて外に出れば、イザークも白いパイロットスーツに身を包んでいた。
「奴らの狙いは最初からキラだ。艦内でキラを拉致するか、最悪、消すつもりだろう」
「じゃあ……この戦闘も……?」
 ――僕のせい……?
 キラはガタガタと震え出した。護ることを強く願い、巻き込むことを極端に怖れる。それが何に根差したものなのか、イザークはまだ知らない。だから、キラの身体をグッと掴んで、視線を合わせた。
「大義名分をお前にやる。命を狙われ緊急避難としてモビルスーツのコクピットに入ったら射出されたことにしておけ。外に出たら出たで攻撃されるんだ。暴れていいぞ。キラはキラが護りたいものを護れ。お前が何をしても、俺がお前を護るから」
「イザーク……」
 キラの震えがピタリと止まった。
「行くぞ」
「うん」
 走り出したイザークの後にキラは続いた。






 ディアッカとシホは、既にダガーの大群と交戦していた。漆黒の宙には時折、ビームが輝きを放つ。
『待たせたな』
『やっぱし、キラを乗せたか』
『刺客がうろついてる艦内に置いて来る訳にもいかんからな』
「刺客……ですか?」
 シホ・ハーネンフースは目の前のダガーをトマホークで切りつけながら尋ねた。
『ディアッカが連れてきた捕虜が逃走した。艦の外に出る算段もないのにだ。狙いはキラ・ヤマトの暗殺だろう。この大群も、そのチャンスを作るためだ。どこに隠れたものやら、残念ながら、まだ捕獲には到っていない。そんな艦内に置いておくより、こっちの方がコイツにとっては安全だろう? 当人もそれを望んでいたんだから』
 シホは絶句した。一人の刺客がうろつくヴォルテールより300もの敵モビルスーツがひしめく戦場が安全だとは……。
『あ〜、モビルスーツならミリ単位で攻撃できるクセに、生身じゃノーコンだからなぁ、キラは……』
 副長は見たことがあるらしく、ケラケラと笑い声を上げる。
 生身でノーコンというのも軍人には有り得ない話だが、モビルスーツでミリ単位の攻撃というのも信じがたい。
 おちゃらけた副長のことだから、かなりの誇張が入っいるのだと思いきや、いつもなら小言の一つや二つを口にする隊長が、黙ったままだ。
「隊長、キラ・ヤマトさんは一体……?」
『シホ、貴様も見れば解る。コイツの戦いぶりをな。キラ、好きにやっていい。我が儘を通してやったんだから、存分に働いて貰うぞ』
『……わかった』
 汎用のザク・ウォーリアがバーニアを吹かして前に出る。そして、あっという間に目の前に居た10機程のダガーが戦闘不能に陥った。かと思えば、もう場所を移して、また数機を戦闘不能に陥れる。
「速い……」
 ザクにこれほどのスピードが出せるとは思わなかった。
「あ……」
 キラが乗るザクの背後に回り込んだダガーに、シホがライフルの照準を合わせる。しかし、次の瞬間、そのダガーが消えた。キラは切り掛かってきた別のダガーをトマホークで止め、シホが狙ったダガーを蹴り飛ばしたのだ。
「そういえば……」
 戦闘不能となったダガーは四肢を落とされたり、バックパックを破壊されたりしているが、コクピットは、どれも無傷だ。
(知っている……私は確かに、こんな無謀としか言いようのない戦い方をするモビルスーツを見たことがある……)
 前の戦争の初陣でもあった戦闘。地球連合軍が核ミサイルを放った。シホはジュール隊長の下で、着弾を阻止するためにモビルスーツを操った。けれど、間に合わない……そう思った時に光の雨が降った。無数に放たれたビームが、着弾前に核ミサイルを爆発させる。
 光の雨の源には、6枚の青い羽根を広げたフリーダムが居た。
(じゃあ……キラ・ヤマトというのは……)
 副長なら知っていて当然だ。ザフトレッドを許されたエースパイロットだったのに、副長となったいまモスグリーンを纏うことになったのは、あの時、ザフトではなく第3勢力――いまは三隻連合と呼ばれる彼らの側に居たからだ。
(しかし、隊長がどうして……?)
 副長よりも隊長の方がキラと親しげに見える。だが、もちろん隊長は三隻連合になど参加していない。あの時、シホの上官だったのだから。
『シホ、良く見ておけ。アイツは俺が負けを認めた唯一の相手だからな』
 負けず嫌いで知られる隊長の口から、そんな言葉が聞かされた。自分からすれば、隊長も尊敬に値するほど強い。
 シホはイザークの言葉に含まれる不整合性に気付いた。
(隊長はいつ、ヤマトさんと戦ったんだ……?)
 中立のオーブが前の戦争に介入してきたのは、地球連合軍の無茶苦茶な理由で本土を攻撃されてからだ。副長はその時、アークエンジェルの捕虜となっていたが、解放され、今度はオーブとアークエンジェルを護るために力を貸し、そのまま三隻連合に参加したと聞いている。
 そこでまた一つ、シホは思い出した。アークエンジェルは隊長や副長がクルーゼ隊に居た時に、ずっと追っていた戦艦だ。当時、連合軍から奪取した4機のGを駆った4人のザフトレッドをたった1機で退けた《連合の白い悪魔》。その戦いぶりを見た訳ではないから何とも言えないが……。
「隊長、もしかしてヤマトさんは……ス」
『シホ、言うな。貴様の考えは、おそらく正解だ。だが、口にはするな』
「わかりました」
 しかし、尚、わからなくなった。あの頃あった隊長の顔の傷は、言ってはいけないモビルスーツによって付けられたものだということは、割と有名な話だ。その張本人と、こんなにも親しげに話が出来るものだろうか? 
(ヤマトさんと隊長、二人は一体……? あとで聞いてみるか……。そのためには、こんな戦闘、早く終わらせないと!)
 シホはバーニアを吹かした。スピードには、シホだって自信があるのだ。鳳仙花のパーソナル・マークは伊達ではないのだから。






 数だけは多いが、奴らには指揮官という存在がいないらしく、こちらが猛烈な攻撃を仕掛けるとあっさりと崩れ始めた。
(こんな腰抜けが地球連合軍な訳ないな。あれは、もうちょっと粘る。やはり、ブルーコスモスか……)
 とはいえ、狂信者達はザフト軍など虫螻同然だと思っているから、襲いかかって来る。しかも、圧倒的な強さを見せるモビルスーツに搭乗しているのが誰か気付いたのか、次第にキラが集中砲火を浴びるようになってきた。
『キラ、奴らを引き付けろ! 纏めて始末してやる』
 ヴォルテールが主砲の用意をしていると、テキストオンリーの通信が入る。
「でも、それじゃあ……!」
 もう誰も殺したくない……と願うキラにとって、それは苛酷な要求だった。
『お前のポリシーは理解しているが、あいにく俺達にはそこまで余裕がない。協力しろ』
 そういうイザークの主張も理解できる。キラが誰の命も奪わないと決めていても、それをザフトであるイザーク達にまで強いることは出来ない。
 まして、この戦闘はキラが居たからこそであって、イザーク達は巻き込まれただけなのだから。キラは苦渋の決断をするしかなかった。
「……わかった」
『アルテミス・フォーメーションでいく。俺が合図したら、散開しろ』
『『了解』』
「………………」
 フォーメーションの名前で、イザークが何をしようとしているのか、キラにもわかった。その名前に駆け巡る複雑な想いはたくさんあるが、いまはそれよりも、この作戦で散る命があることの方が気掛かりだった。
『キラ。俺が命じたことだ。後で殴るなり罵るなり好きにしろ。だが、これだけは言っておく。十字架を背負うのは俺だ。お前ではない』
「イザーク……」
 キラは涙が出そうだった。
 キラはもう、誰の命も奪わないと決めた。けれども、イザークは違う。軍人である彼には、そんな決断は出来ない。だから、彼は散っていく命の重みを背負って生きていく覚悟を決めているのだ。
「……大丈夫、いける」
『よし、行くぞ!』
 4機のモビルスーツが1箇所に集まり、螺旋を描きながらダガーへと向かって行く。フォーメンションなど知らない烏合の衆は、身構え、自然、その軌道上へと集まってくる。
『散開!』
 イザークの合図とともに、モビルスーツは後ろに反り返るようにして、離れる。すると、そこにはヴォルテールから発射された巨大なエネルギーが、うねりを上げているのだ。
 一つ間違えれば、自分も道連れにされる作戦だが、4人の実力を考えれば、いけるとイザークは踏んだのだが、見事に的中した。
 集まっていたダガーは巨大なエネルギー砲に飲み込まれていく。わずかに軌道を外れていたものたちも、何がおこったか理解できずに、そこから離脱できなかったため、連鎖的に飲み込まれていった。
 そして……その後静寂が訪れると、300機は居たダガーは4人の両手の指にも満たない数しか居なかった。
 こうなると、烏合の衆は本当に脆い。我先にと戦場を離脱していく。
『追撃するか?』
『いや、そこまでする必要はない』
 さて……これで撤収となるのだが、艦にキラを戻してもいいものだろうか? それを考えていたところに、艦長からの連絡が入った。
『隊長、脱走した捕虜は捕獲しました。どうぞ、帰艦下さい』
『承知した。撤収する!』






 続々と機体が着艦し、パイロット達がコクピットから出て来る。シホやディアッカは早々にシャワールームへと移動した。しかしキラは着艦しても、コクピットから出て来ない。
「キラ、大丈夫か?」
 モビルスーツに乗ったのは久しぶりだろう。しかも、いきなりこんな激しい戦闘をしたのだ。体力の消耗も激しいに違いない。
 話で聞いただけだが、前の戦争では、戦闘後に心神耗弱状態にしばしば陥っていたというから、そちらの心配もあった。
 だが、すぐに元気な……というよりは暢気な声が返ってきて、イザークを呆れさせた。
『大丈夫〜♪ ちょっとね、アレコレ弄っちゃったから、元に戻さないと〜。アレ? ここ、何だっけ……?』
 キラの構築するプログラムは独特だという話だから、どうやらザフト式を構築し直すのに四苦八苦しているらしい。
「手伝ってやる。専門ではないが、不得手でもない。ディアッカよりは役に立つぞ」
『……お願いします』
 珍しく素直なキラが可笑しくて、イザークは思わず笑みを零した。
 整備クルーは、イザークの微笑にどよめいた。それでなくても驚きの連続なのだ。
 軍規を擬人化するとイザーク・ジュールになるとまで揶揄される隊長が、女性に優しくしたり、民間人をモビルスーツに乗せたり、微笑んだり……。
 余談ではあるが、この後しばらく、ヴォルテールのクルーの間では、天変地異が噂された。






 漸くシステムを元通りにしてキラとイザークがコクピットを出ると、既に着替えたディアッカとシホが待っていた。
「そんな狭いとこに二人っきりで何やってんだよ。キラ、イザークに変なことされて……いてぇッ!」
 全て言い終わる前に、ディアッカの脛にイザークの蹴りが入る。
「貴様じゃあるまいし、そんな真似するかッ!」
「ディアッカって、マゾ? イザークに殴られるようなこと、ワザとやってない?」
「ですね。自分もそう思います」
 キラに同意した女性に目を向ければ、キリッとした敬礼をしてくる。
「今更ですが、シホ・ハーネンフースです。よろくお願いします」
「キラ・ヤマトです」
「シホ、コイツを部屋に案内してくれ」
 自分で出来ればいいのだが、あいにく、艦を預かる立場ではやらなくてはならないことがたくさんありすぎた。だからいまは、キラのことはシホに託して、自分は山積みとなっているだろう任務を消化することにした。
「は! では、ヤマトさん。こちらへ」
 シホはイザークに敬礼を返し、キラへと向き直って誘導した。
「あ、はい。でも、あの……キラと呼んでください。名字で呼ばれることはほとんどないので。えっと……」
 シホの長い名字が覚えきれなかったキラが戸惑いを見せると、シホがよくあることだと笑った。
「自分のことも、シホと呼んでください」
 そう良いながら二人は肩を並べて歩いていく。
「あの……キラさん」
「ん?」
 そう言ってキラが首を傾げる姿は、女の自分から見ても愛らしい。
(隊長がメロメロになるのもわかるような気がする……)
 モビルスーツに乗って戦う姿は、戦女神のように神々しいのに、普段の彼女はそれらしさを微塵も感じさせない。ギャップが甚だしいのだ。
「その……隊長とは、どういう知り合いなんですか?」
「え?」
「副長はわかるんです。三隻連合に参加していましたし。でも、隊長は……。いつ、どこで、どうして知り合いになられてのかがわからなくて……」
 キラはマジマジとシホの顔を見た。真面目で聡明な女性だと感じた。好奇心はあるのだろうが、口は堅そうだ。誰にでもペラペラ喋るタイプではない。
 また、イザークのことを尊敬しているからこそ、という気持ちが窺い知れる。そのイザークが信頼している人物なら、問題ないとも思った。
「そうだね……長い話になるし……ちょっと立ち話で出来る話じゃないかな」
 戦闘が終わったとはいえ、ヒマになった訳ではない。軍人である以上、任務はこなさなければならない。
「では、休憩時間になりましたら、お部屋に伺ってもよろしいでしょうか?」
「うん。イザークも忙しいだろうし。逆に僕はすることなくて、ヒマを持て余しているだろうし。大歓迎だけどね。ただ、面白い話じゃないと思うよ?」
「面白いかどうかで、伺いたいわけではないですから」
 なんだか、イザークに似ているかもしれない。
「あ、こちらがキラさんのお部屋です。鍵は内側からしか掛けられませんが、問題はないかと」
「そだね。案内してくれて、ありがと♪」
「では、後ほど」
「お待ちしてま〜す」
 キラは気安い笑みを向けて、シホを見送った。






 大急ぎで任務をこなし、やっと訪れた休憩時間。シホはキラの部屋を目指して歩いていた。
 その時、挙動不審に辺りを見回しながら歩む人影が居た。
(確か……オーブの外交官に随行してきた……)
 シャトルの乗客の一人だ。数少ないナチュラルの一人だったので、覚えている。
 同じ居住区でも、この辺りは特別区で、評議会議員や政府高官が同乗した際に使用される。現在は、外交官やシャトルの機長、プラント企業の重役らが使用している。キラ・ヤマトもその一人だ。
(何をしているんだ……?)
 シホは姿を物陰に隠して、その人物の様子を伺った。一番可能性が高いのはスパイだ。ひょんなことからザフト艦に乗ったからには、この機会に何かことを起こそうとしている可能性は高い。
 それに、オーブは中立であるけれど、一枚岩ではない。首長家や閣僚の中には、地球連合寄りの人物も居る。そういう人物の息がかかった者ならば、職業スパイでなくても何か仕掛けようとしても不思議ではない。
(爆弾でなければいいが……)
 オーブでシャトルに乗る時にも、危険物のチェックは行っているだろうが、ヴォルテールに移った際にもチェックしている。だが、それでも見落としは起こり得る。
 男はある部屋の前で立ち止まり、また辺りを見回した。
(あの部屋は……)
 元々シホが目指していた部屋、つまりキラ・ヤマトに割り当てられた部屋だ。
(まさか……)
 シャトルへの攻撃も、捕獲したパイロットの脱走も、大群のモビルスーツも、全てキラ・ヤマト一人を狙ったものだと、隊長が言っていた。ならば、そのシャトルに彼らの仲間が搭乗していた可能性は極めて高い。
 男は部屋のインターフォンを押して言った。
「すみません、シャトルのことでお尋ねしたいことがあるので、ご足労頂けますか?」
 まるでザフトの兵士のような口ぶりだ。そう聞こえるように狙って言ってるのだろう。
『あ、はい』
 スピーカーからキラの声が聞こえてくる。
(マズイ……!)
 シホは通信端末をブリッジに繋ぐと、一言叫んだ。
「隊長! 至急、キラさんの部屋に来て下さい!」
 それだけで通信を切ると、銃を抜いてセーフティを外した。身を露わにして駆け出す。だが、シホが到着するより早く、男は開いたドアの隙間から中へ押し入った。
「何をッ……うぅッ……」
 キラの声がしたかと思うと、それは呻き声に変わって、消えた。
 シホは閉じかけていたドアに身を滑りこませて、部屋に入った。件の男は、キラの首に手をかけ、その手に力を入れていた。
 どんなに精巧な機械で危険物をチェックしようと、こればかりはチェックできない。人間の身体だとて、凶器となるのだ。
「キラさんから離れなさい!」
 銃口を男に向けるが男にはシホの声など耳に入っていないようで、キラの首を絞め続けていた。






『隊長! 至急、キラさんの部屋に来て下さい!』
 シホからの通信はそれだけで途切れた。しかし、切羽詰まった声音がイザークを動かした。
「ここを頼む!」
 それだけを言い残して、イザークはブリッジを飛び出した。
 キラがシホに何かするとは思えない。宇宙に居るキラは無敵だが、生身のキラはその辺の少女と変わらない。そんなキラが、ザフトレッドを着るシホを相手に何かするとは考えられない。
 しかも、キラの周りでは立て続けに事か起こっている。一連の事件は、まだ終わっていなかったと考える方が自然だ。
(良くもまぁ、次から次へと……)
 アレがダメならコレと、幾重にも罠が仕掛けられていて、余りにも用意周到だ。
(少しは頭の使える奴が居るようだな……。だが、戦場は知らんようだ)
 あれだけのダガーを動かせるならば、シャトルの時にしてしまえば良かったのだ。いくらキラでも武装していないシャトルでは、限界がある。
 また、ヴォルテールに……ザフトに仕掛けるのならば、あんな烏合の衆でなく、訓練され指揮された輩にすべきだ。
 数で勝るだけでは勝てない。それが戦場だということを、イザークは身を持って知っている。
 だからこそ、この計画の立案者は戦場を知らない頭でっかちだと思うのだ。
 居住区に入り、キラの部屋の前に辿り着く。ドアの隙間から中を窺うと、男がキラの首に指をかけていた。
「キラさんから離れなさい!」
 シホがそう叫んだ。
 パシュッと銃を放つ音がしたかと思うと、部屋の照明が消えた。「ヒィッ……」と、男がたじろぐ声がすると、ドンと鈍い音がした。
「確保!」
 シホの声がして、ドアを大きく開けると、通路の照明で部屋の中が再び明るくなる。
 イザークが銃で照明を撃ち、たじろぐ男にシホが当て身を食らわせ、キラから離れたところで確保したのだ。
 イザークはキラに駆け寄る。キラは、急激に入り込んできた酸素に噎せてゴホゴホと咳をしていた。
「キラ、大丈夫か?」
「ゴホッ……大丈夫……」
「医務室に連れていく」
 だが、キラは上体を起こすだけで立ち上がろうとしない。
「キラ?」
「ホッとしたら、力が抜けて……足に力が入んない……」
「仕方ない」
 キラの身体がフワリと浮いた。
「え? え? えぇ〜〜〜〜〜ッ ちょっ……降ろしてよ!」
(恥ずかし過ぎる……)
 イザークに横抱きに抱え上げられて、キラは足をバタつかせた。
「暴れるな。落とすぞ」
 脅されて、キラはピタリと動きを止める。代わりに顔を真っ赤に染めた。






 医務室で診療してもらい、特に異常は認められないとのお墨付きを貰うと、イザークの執務室へと場所を移した。今度は自分の足で歩いて。
 だが、執務室へと入った途端、もっと恥ずかしくなるような事が起こった。後ろからイザークに抱きしめられたのだ。
「イザーク……?」
「良かった……キラが無事で……」
 抱きしめられた身体かが、クルンとイザークの腕の中で回り、唇に熱いものが触れた。
(えぇ〜〜〜〜〜ッ)
 抱え上げられた時の比ではない驚きが、キラを襲う。
「キラ……愛している。キラが首を絞められてるのを見た時、逆上しそうだった。照明などではなく、あの男を撃ち殺してやりたかった……」
 キラを包むイザークの腕が小さく震えていた。
(ホントに……ホントにそう思ってくれてるから……?)
 再び、唇にイザークの唇が触れる。
「何故、抵抗しない?」
「え? 何故って……」
 キラは少し考えて言った。
「嫌じゃないから?」
「嫌でなければ、誰のキスでも受け入れるのか?」
「……わかんない」
 激ニブで超オクテだったキラに、思わず溜息をつきながら、イザークは問いを重ねた。
「ならば、アスランにされたとしたらどうする?」
「殴る」
 即答で返ってきた言葉に、イザークも苦笑を零す。キラの中では、本気で単なる幼なじみだったようだ。だが、アスランの方は違うハズだ。確かめたりはしたくもないから、していないが。
 推察するに、アスランは何度も告白したつもりなのだろうが、キラがいつもの挨拶程度にしか捉えていないのだろう。
「ならば……ディアッカではどうだ?」
「………………気持ち悪い。なんか、ミリィが可哀相になってきた」
 随分な言われように、ついイザークは腹を抱えて笑い出した。
「イザークが聞いたクセに……」
「スマン。余りにも傑作だったもんだから、つい……。で、アスランやディアッカはダメで、俺ならいいのか?」
「うん……イザークは嫌じゃなかった。なんで……?」
「それは自分で考えろ。だが、嫌でないなら、もっとしてもいいか?」
「そ……そういえば、傷……消したんだ……」
「気付くのが遅すぎだろう」
 やっぱりキラは激ニブだ、と思いながら苦笑を零したあと、イザークは有無を言わせずに唇を重ねた。
 キラは自分の気持ちも良くわからないまま、目を閉じた。






 数時間後、ヴォルテールはアプリリウス宇宙港に到着した。
 キラを狙ったダガーのパイロットとオーブ外交官の随行員は、二人ともザフト軍本部に引き渡された。オーブとの交渉の末、あちらに引き渡されるか、こちらで服役することになるか……どちらかだろう。
 オーブのシャトルが運び出され、乗員・乗客達は、ホッと一心地ついて、それぞれの場所へと移動していく。キラにはマーティン・ダコスタが迎えに来ていた。それは即ち、イザークとの別れの時間だ。
「イザーク、あのね……」
 キラは見送りに出ていたイザークの前で立ち止まって言った。
「僕、まだ良くわかんないけど……離れちゃうのが淋しくて、また会いたいと思ってる」
「いまはそれでいい。今度会う時まで考えておけ」
「うん」
 そう答えたキラにまたキスをした。
「い、イザーク〜ゥ!? お前、いつの間に……。ってか、何、一人で幸せなことしてんだよッ! 俺だってミリィに会いてぇ!」
「隊長とキラさんは、そういう関係だったんですね? 結局、キラさんとお話できませんでしたけど……」
 ディアッカは目玉が飛び出しそうなくらい驚き、そして喚き散らしていた。シホは……何故か喜んでいた。
「じゃあ……僕、行くね♪」
「あぁ。帰りはもう変なことに巻き込まれるなよ? 護ってやりたいのは山々だが、いつでも駆け付ける訳にはいかんからな」
 キラは嬉しそうな顔をして、歩き始めた。自分の世界へ。






 数日後、キラは無事にオーブへと帰還した。波瀾万丈だった往路に対し、復路は何事もなく、普通に帰って来れた。新カグヤへ降り立ったキラをラクスが迎えに来てくれていた。
「お帰りなさい、キラ。無事で何よりですわ♪」
「ただいま、ラクス」
「カガリさんがお見えになっておりますわ」
「え? カガリが? 何でだろ?」
 キラがきょとんと首を傾げていれば、カガリが肩を震わせながら、仁王立ちで叫んだ。
「何でだろ? じゃな〜〜〜〜〜いッ! 心配したんだからな! ザフトからの報告があって、どれだけ私が肝を冷やしたと思っている!」
「え? もう報告来てるの? さすがだね〜。で、結局どういうことだったの?」
「どういうことだったの? じゃな〜〜〜〜〜いッ! 私は……私は……」
 カガリがポロポロと涙をこぼした。
「カ……カガリ?」
「済まない……キラ」
「え? なんで、カガリが謝る訳?」
 ポロポロと涙をこぼしているだけのカガリに代わって、ラクスが説明を始めた。
「今回の一連の事件、黒幕はセイラン家のようなのです」
 セイラン家は、五大氏族の一つではあるが、前の戦争で大西洋連邦の保護下に置かれた際にオーブの理念よりも、オーブが存続することに重きを置いて……ようは擦り寄って行ったのである。その際に、ブルーコスモスとの間にも人脈を培っていたらしい。
「セイラン家の人って、僕がフリーダムのパイロットだったって知ってる訳?」
「いや、それは言っていない」
 カガリはきっぱりと言い切った。
「セイラン一族は、いまやすっかり反コーディネーター思想に毒されているからな」
「じゃあ、何で僕を狙ったの?」
「そこなんだが……。どうやら、私がキラに渡したIDが原因らしい……」
 それは、今回、シャトルの中でキラが使用した黄金の獅子が意匠されたゴールドIDのことだ。
「私がそれを渡したことでな……あのバカは、私がキラに懸想していると思い込んだのだ」
「は?」
 けそう? 消そう? あぁ、《懸想》か……。
「って、えぇ〜〜〜〜〜ッ なんで、そんなことになる訳?」
 確かに以前は性別を偽ってたし、それだから男に見えるような格好もしていた。けれど、オーブ本国に来てからは、IDだってちゃんと性別・女にしてあるし、スカートだって履かされて――自発的ではなくラクスに無理矢理なのは確かだけれど――いるのに……どこをどうしたら、女のカガリが女のキラに懸想したと思えるのか?
(ってゆーか、僕を男と思ったってより、カガリの性別を男だと思った方がありえるような……)
 そう考えた事はカガリには内緒だ。
「あそこまで馬鹿だとは、私も思っていなかったんだよ……」
 カガリは深い溜息をついた。
「ユウナ・ロマ・セイランは、お父様が決めた私の婚約者なんだ……」
「カガリ、婚約者なんていたんだ……。ププッ……似合わない……」
 キラは耐えきれずに吹き出した。男勝りなカガリと婚約するような奇特な人が居たとは、思いもしなかったのだ。キラは直接、ユウナを知らないが、時折見かける映像を見る限り、なよなよっとしたナルシストっぽい男だったように思う。とても、このカガリを御せるような人物ではない。
「ウルサイッ! 私だって、一応、この国の姫だったんだからな! 婚約者の一人や二人、居ても不思議じゃないだろッ!」
 どこの世界に、社会勉強のためにレジスタンスになる姫が居るというのか……。小一時間ほど問いつめたい。
「もっとも、今回のことで白紙に戻そうとは思っているがな。とにかくだ。そのIDを渡したことを、奴らなりに解釈したら、そうなったんだそうだ……」
「確か、現在の宰相はセイラン家の方でございましたわよね?」
 ラクスが口を挟んでくる。
「あぁ。ユウナの父親のウナトだ」
「罷免するわけには参りませんの?」
 そんな一族が宰相という重要なポストに就いていられては、今後も何があるかわからない。出来ることならクビにして貰いたいものだ。
「残念だが、そこまでは無理だな。ユウナは馬鹿だから、誘導尋問に引っかかって、あっさり認めたんだが、事を公にするには証拠がないのだ」
「そうですか……困りましたわねぇ……」
「あ、そうだ! 今回さ、シャトルを助けてくれたの、イザークなんだよね♪ で、プラントまで乗っけてって言ったら、運賃請求されたの。払っといてくれる?」
「………………」
 カガリからイザークへという個人的なものではない。オーブからプラントもしくはザフトへの、国家的な謝礼の話だ。それなのに、随分とあっさり言ってくれる。
「ところで、イザークって誰だ?」
「イザーク・ジュール。元デュエルのパイロット。ディアッカは、いまイザークの副官してた」
「いまは、隊長となられて艦隊を率いておいでですわ」
「そうか……デュエルの……」
 そういえば……と、カガリはヤキン戦のことを思い出した。あの時、カガリが乗ったルージュを助けてくれたのは、デュエルだった。
「わかった。考えておく」
 そろそろ戻らないといけないから……と、カガリが離れたところで待機していた護衛を引き連れて公邸へと引き上げて行く。
「私達も参りましょう」
「あ〜、ラクス。あのね……ラクスにもお願いがあるんだけど……」
「はい?」
 ニッコリと微笑んだラクスの笑顔がかえって怖い。
「イザークにね、全部バレてた。何も言ってないのに……。で、でもね! 僕たちがしてることは、黙認してくれるって……。必要悪だって言ってた。ただ……」
「口止め料を請求されたのですね」
「うん……」
「何を請求されたのです?」
「情報。流せるものだけでいいからって……」
 キラは小さくなってラクスを窺い見た。
「仕方ありませんわね、バレてしまったのでしたら。少しでもこちらに引き込んでおきませんと。あの方は、ザフトからお出になるつもりはないでしょうけど……」
 イザークという人物をラクスもよく理解している。
「私もキラに聞きたい事があるのです」
「何?」
「報告が入って参りましたの。キラがイザーク様とキスしてらしたと……」
 そんなことまで、報告しなくていいから! と、キラはプラントにいるダコスタに文句を言った。
「キラは、イザーク様と恋人なのですか?」
「……わかんない。告られたのはわかってるけど、でも、僕、そういうの……よくわかんない」
「そうですか……」
 ラクスは、イザークが可哀想になってきた。最初、報告を受けたときは、ちょっとばかりムッとしていたのだけれど、キラがこんなではキスをするのが精一杯だったに違いない。
「じっくり考えるとよろしいですわ。また、お会いできる機会もあるでしょうから」
「そうする……」
「では、帰りましょう」
「うん♪」
 二人はまた、あのオーブ本土のはずれにある小さな家へと帰っていく。
 夕闇に包まれた空には南十字星が、宇宙で命を散らした数多の人の墓標のように輝いている。
 平和と静かな生活を願う二人の想いとは裏腹に、世界の裏側ではそれぞれのエゴを剥き出しにした思惑が着々と進行しているのだった。







以前にオフで発行した『Save the one, Save the all』でした。
その後の2人を書いた『遠距離恋愛シリーズ』として、
キラがカガリの随行員としてアーモリーワンに行く『The party must go on』と
MIAになったイザークをキラが探しに行く『From dusk, till dawn』がありますが、
そちらはまだ在庫があるので、当分サイトにはあげないと思います。






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