OPERATION


「作戦開始5分前」
 腕時計を見て、キラは慎重に状況を確認する。
 廊下に見張りは二人。その先にも見張りがいるかどうかは、わからない。
 窓の外には一人しかいないけど、さすがに7階から飛び降りたら、コーディネーターの身体能力を持ってしても、無傷ではいられないだろう。
「トリィみたいに空を飛べたらよかったのに……」
 なぜ空を飛べるコーディネートをしてくれなかったのか、と遺伝子上の父親を恨んでみたり。
 ちなみに、そんなコーディネート技術は未だ開発されていない。
「やっぱ正面突破しかないか……」
 あと2分で、彼らのうち一人が休憩に入る。その1分後に作戦開始だ。
 作戦開始1分前。
 もうすぐこの幽閉生活ともサヨナラだ。
 キラはドアの側に立ち、カウントダウンを開始する。
(5…………4…………3…………2…………1…………)
「うわぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!」
 作戦開始とともに、キラは凄まじい大声を上げた。
「どうかなさ……」
 勢いよくドアを開けて入ってきた見張りの首筋に手刀を叩き落とし、一目散に駆け出した。
 彼には何の恨みもないが、これも事を成し遂げるためだ。
 だが……。
 ドスンッ!
「わっ!」
 長い廊下を曲がったところで、キラは誰かにぶつかって、尻餅をついてしまった。
 相手を見上げたところで、キラは凍った。
 煌めく銀髪、氷のように冷たい蒼い瞳、白いザフトの制服に身を包んだ軍人が、キラを見下ろしていた。
「なぜ、貴様がここにいる? ヤマト次席補佐官殿?」
 別にキラはザフトに捕われている訳でもなければ、連合に捕われている訳でもない。
 新議長となったラクスに請われて、キラはラクスのブレーンとしてプラントへやってきた。評議会ビルの中に一室を与えられ、ラクスの補佐として、毎日を過ごしている。
「貴様はいま、執務室にいる時間ではなかったか?」
 その通りである。
 ただ、言われた仕事が終わらなくて、ラクスに執務室に閉じ込められたのだ。いわゆる、缶詰というヤツだ。
「僕に予算案なんてもの作らせるラクスが悪いんだよ! 僕がそういうの苦手だって知ってるんだから!」
 本来、これはキラの仕事ではない。だが、政策担当である主席補佐官が風邪で寝込んでしまったため、キラにまわってきたのだ。
「馬鹿者! 貴様の苦手など、知ったことか! その予算が通るまで、我々は身動きが取れんのだぞ! とっとと仕事をしろ!」
「ってゆーか、ジュール司令官殿こそ、どうしてここに?」
 そう。銀髪のザフト軍人ことイザーク・ジュールは、ザフト最高司令官へ就任している。もちろんこれも、ラクス嬢の人事である。
 かつて遺恨のあった二人だが、現在は、それなりの友好関係を築いていた。
「フンッ、貴様がこうして抜け出すことなど、充分想定内のことだからな」
「イザ〜〜〜クゥ〜〜〜、見逃してよぉ〜〜〜〜〜ッ」
 こんな軽口を叩けるぐらいに。
「できるかッ!」
「うわぁ〜〜〜、離してぇ〜〜〜ッ!」
 キラは猫のように首根っこを捕まれ、執務室へと逆戻りさせられた。






 再び、キラは執務室で、仕事をするハメになった。
 入り口には、最高司令官直々の見張りが立ち、じーっとキラを見つめている。
 おかげで、ちっとも捗らない。
(う〜〜〜っ、気になるよぉ〜〜〜)
 ただでさえ苦手な数字が、まったく頭に入ってこない。
(お願いだから、そんなに見ないでぇ〜〜〜)
 イザークに見られている。ただ、それだけのことで、キラは顔から火が出そうになるのだ。
 だって、キラはイザークの事が好きなのだから。
 ごねるカガリを無理矢理説得してまでプラントへやってきたのは、彼がいるから。
 オーブへ帰ってしまえば、彼に会う事などもうできないかもしれない……そう思ったら、プラントに行く、と即答していた。
 チラリとイザークを見れば、途端に「余所見をするなっ!」と叱責が飛んでくる。
 時計はもうすぐ、20時になる。
(あ〜ぁ、もう……無理だぁ……)
 ここを抜け出して、キラには行きたいところがあった。
 明後日は、バレンタインだから。イザークへのプレゼントを買いたかったのだ。
 突然、クシャリと頭を撫でられる。
 いつのまにか、イザークが傍らに立っていた。
「予算案ができないくらいで、そんなに悲壮な顔をするな。それが終わったら、一緒に食事でもしよう」
「ホント!? よし、頑張る!」
 別に予算案ができないからじゃないけど、本当のことは言えないから、そういうことにしておく。
 それに、イザークが誘ってくれるなんてことは、いまだかつてなかったから。
 キラは、イザークの視線の本当の意味など気づかず、予算案と格闘するのだった。






(キラ、感謝してくださいね♪)
 キラの思考回路など、ラクスにはお見通しである。
 やむを得ないとはいえ、予算案の草案作りなどを命じたものの、キラがそれから逃げ出そうとすることなど。
 だが、草案がなければ政務にも支障が出るのは必至。
 何がなんでも、キラにやってもらわなければならなかったのだ。
 一計を案じたラクスは、イザークを差し向けたのだ。
 評議会の会議場で、ラクスはピンクのハロを手に微笑んでいた。