その日服部平次は、相変わらず東京へとやってきていた。勿論、連絡無しのまま。
しかしこの日、彼は重大な決意をしていた。
今日こそ、想い人に気持ちを告げて恋人になってもらおう。
この時点で、彼の辞書に『玉砕』という文字は無かったので、その意味も当然、掲載
されていなかった。工藤邸へと向かう途中、花屋の前を通った。
そこで不図、目に付いた黄色。明るいその色は、ひどく彼の心を惹いた。
近寄ってみると、時期外れなチューリップ。
「この時期に珍しいでしょ。」
じっと見ている平次に、店主が声をかける。
平次は不意に良いことを思いついた、と思った。
(花持てった方が、様になるかもしれん。告白すると同時に、花を捧げる。シチュ
エーションとしては、最高や。)
「それは勿論。相手の方も花がある方が喜びますよ。」
(そやろ。赤い薔薇もあるけど、自分の柄やないし。ありきたりやし。)
「確かに赤い薔薇じゃ、新鮮味が無いかも知れませんね。」
(ほな、やっぱりこれ位の花が自分には合っとるな。)
心の呟きのつもりが、何時の間にか店員にも聞こえるような大声で呟いている。
賢明な店主は、そんな事を指摘せず、さり気なく合いの手を入れ、扱いやすい客を上
手に誘導していく。商売上手な店主の思惑通り、平次は黄色いチューリップを花束にして
貰った。そして肩に担いで店を出る。
白い怪盗と違って赤い薔薇が柄ではないことに自分で気が付いた点は、彼にしては上
出来である。だから優しい店主は、彼を傷付けないためにも、売上のためにも、噴出しそ
うなのを商人の意地で耐え、沈黙を守った。立派である。平次にとっての不運は、店主が沈黙を守ったことではなく、花言葉に詳しくなかっ
た、あるいは、知っていてもそれに触れなかったことである。
数十分後。平次はお化け邸と間違えそうな洋館の前に立った。花屋からここまで、頭
の中でこれからの予行練習を繰り返してきた。ついでに花を受け取り、頷いて、自分の腕
に収まる想い人まで練習していた。ぶつぶつと呟いたり、突然ニヤケタリする彼に、道行
く人が思わず変質者として警察に通報しようと本気で考えたことは、彼の名誉と家庭事情
を考慮し黙っておくことにする。ちなみに練習の中の想い人は、120%平次の想像ではな
く、創造したものであった。余談である。平次は、大きく息を吸うとチューリップを持ち直し、そのまま門をくぐった。
そしてインターフォンも鳴らさずにドアを開ける。
「くどー。俺や。」リビングで寛いでいた新一は、不機嫌に身体を起こした。
「『俺』なんて名前の奴は、知り合いにいない。」
低く呟いて、不法侵入者を迎えに行く。
大阪の彼といい、白い怪盗といい、この家には不法侵入者が多い。
セキュリティを見直すべきだろうか。真剣に考えてしまう。
「くどー」
どう見ても、尻尾を振る犬である。
「服部。何しに来た。」
「工藤に大切な話しがあって来たんや。」
新一の不機嫌さなど、お構いなし。或いは気付いていない。
「何だよ。くっだらない話しだったら怒るぞ。」
小さい『つ』を入れて、強調する。いつもの5倍は、不機嫌である。
しかし平次は、いざ告白、と思い緊張していて、周囲の気配が分からない。
深呼吸を何度かして、気持ちを落着けると一気に告げる。
「好きや。付き合ってくれ。」
黄色の花を捧げる。ここまでは練習通りである。後は彼が恥ずかしそうに微笑みなが
ら花を取り、自分の腕に収まってくれるだけである。
しかしそれは、平次の創造した新一である。
はっきり言って永瀬の書く新一に、そんな可愛らしい行動を取らせようとする方が間
違いである。真夏でも、2秒で凍りそうな瞳を花に向けると、出来た氷を有効活用した声
で、たった一言い返した。
「分かってるじゃねーか。」
そしてドアを閉め、厳重に鍵をかける。もう一人の不法侵入の常連ではないので、こ
れで入れないだろう。黄色のチューリップは、健気にも凍風に耐えきってみせた。凍風が持ち主に、100%
向けられ、余波しか来なかったことが幸いだった。
代わりに持ち主は芯まで凍りつき、言われた事さえ分からぬまま立ち尽くした。「意地悪だな。」
くすくすと笑いながら、かつて不法侵入の常連だった男が声をかけた。ちなみに現在
は、勝手に入っても不法侵入で訴えられることは無い。
「快斗。」
「服部クンが、黄色のチューリップの花言葉なんて知らないの承知であの一言だもん
な。お前、ほんとにいい性格してるよな。」
「お前に言われたくない。」
素っ気無く言い返すと、先程まで寛いでいた場所に座る。快斗のすぐ隣へ。
そして不敵な笑みを閃かせ、快斗の耳に囁く。
「せっかくの二人の時間、服部の相手しても良かったのか?」
質の悪い確信犯である。
快斗は一瞬言葉を無くし、けれどすぐに同じ笑みを返す。
「まさか。今日一日、名探偵の時間は俺のものだ。渡したりしないさ。」
甘いテノールで囁き返し、赤いチューリップを鮮やかに出して新一に捧げた。赤いチューリップは『愛の告白』。
黄色のチューリップは『望み無き恋』。
この花言葉は、当然、平次の辞書には載っておらず、また凍ってしまったため『玉
砕』という言葉も意味も追加されることは無かった。
ちなみに凍りついた平次を邪魔に思った原因は、恋人に命じて隣に住む可愛い少女の
皮を被った科学者に実験台として進呈した、と言う噂があるが真相は闇の中である。
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