百  合

presented by 永瀬




月の鮮やかな夜。
何時も通り白い鳥は、工藤邸へと舞い降りた。
無人の部屋へと足を踏み入れた途端、甘い匂いが纏わりつく。
キッドは、僅かに目を眇めた。
「来てたのか?」
ドアが開き、バスローブを軽く羽織っただけの人物が入って来る。
「ええ。名探偵のご機嫌伺いに参りました。」
言いながら一礼する。洗練された動きである。
「俺の機嫌を伺いに来ただけかよ?」
クスクスと笑う姿は、妖艶である。
キッドは手を伸ばし、腕の中へ目の前の至宝を収めた。
甘い香りが二人に絡まる。
「百合ですね。」
芳香の正体は、部屋に飾られた白百合。
「服部が、持って来た。俺のイメージだとか言って。」
その時の事を思い出し、くすりと笑う。
「是非、見物したかったですね。残念です。」
花なんて雰囲気ではない西の探偵が、どんな顔で、この百合を持ってきたのか。
なかなかの見物であったに違いない。
「まだ、アイツは、俺に幻想を持っているからな。」
声に軽い嘲りが、散っている。
「確かに、幻想を持っているのでしょうが・・・。百合と言うのは、合ってると思い
ますよ。」
「そうか?」
小首を傾げる仕草さえ、官能的で。目を細めた。
「罪を犯し、罰を受けた女の涙から生まれた花。貴方に相応しいと思いますが。」
禁断の実を食べたイブが、楽園を追われる際に落とした涙から咲いた花。
「ああ、でも貴方なら朱色の百合の方がお似合いですね。」
「血から咲いたような百合か?」
キッドは愉しそうに笑む事で、首肯する。艶やかで、妖しく、美しい朱色。
「いいけどな。」
言いながら、まだ濡れた髪を掻き揚げる。
背筋に痺れる様な感覚が駆け抜けた。
乱暴と間違えそうな強さで新一を抱き締め、激しく唇を貪る。
甘い匂いが絡み付き、恍惚としてくる。
「質が悪い。」
口付けの最中に、思わず洩らした。
知っているのだ。
小首を傾げる仕草も、髪を掻き揚げる仕草も。どんな影響を齎すか知り尽くして。誘
いか
ける。
甘い匂いに絡め取られて、動けない。
情念の血。理性を突き破った感情の涙。
そこから生まれた、蟲惑の生き物。
残酷で。鮮やかで。傲慢で。艶やかで。
けれど。
「なに・・かんが・えて・る?」
僅かに息を乱して、途切れ途切れに訊いて来る。
「貴方のことを。」
さらりと答えて、二人、ベッドに沈んだ。



腕の中、あどけない寝顔を見せる彼。
完全な球形は、反ってアンバランスで、壊れやすい。
その脆さを自分で知っているくせに。
無防備に預けてくるから、支えるしかない。
そして、それを誰かに渡すつもりは無い。
甘い、魅惑の、自分だけのもの。
それは、真摯な誓いと同等の傲慢な我侭。

「おやすみなさい。」
魅せられた生き物に優しく囁き、額に口付ける。
甘い匂いが、二人だけを包み込んでいた。




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