宝石を盗み、検分する。
それは、もうだいぶ慣れた日常になっていて。
たとえ、結果が芳しくなくても、やめるわけにはいかないと、また、自分はやめられ
ないと知っているから、ため息に諦めを滲ませながらも、同じ行為を繰り返す。綺麗な満月。
キッドは、宝石越しに眺めていたそれに目を細め、やはりパンドラではなかったその
石を、ゆっくりと下ろした。
それを無造作にポケットへと突っ込んだとき、後方に凛とした気配が現れる。
キッドは、ふっと口元に笑みを浮べて、ゆっくりと振り向いた。「よぉ、名探偵。」
「・・・よぉ、キッド。」
皮肉なのだろうか。全く同じ言葉で返されて、キッドは苦笑する。
キッドが笑った気配を感じたらしい、名探偵と呼ばれた少年―――工藤新一は、キッ
ドを睨む視線をやや強くして、片手を差し出した。「・・・返せよ。」
いつも、このタイミングで現れる。
キッドが、宝石を確認したあと、ため息をつく間もないほどすぐに。
偶然だと、ずっと思っていた。
けれどある日、ふとそれ以外の可能性に気づいて。
・・・胸が、熱くなった。キッドは、ゆったりとした動作で、その石を探偵に向かって投げる。
月光を反射して、輝いたその光に、願いをかけたくなる・・・そんな想いを、何と言
うのか。
今はもう、知っているけれど。「拝借して悪かったって、伝えておいてくれ。」
「・・・おれは、パシリじゃねーぞ。」
「わかってるさ。でも、おまえは引き受けてくれるだろ。」
その言葉に、新一が頬をゆがめる。
クッと、キッドは笑みを零して、ふわりと新一の前に立った。
新一は、黙ったままでキッドを静かに見ている。
緊張感はあるくせに警戒心はない―――そんな対峙になったのはいつからだった?なぁ、なにを知ってるんだ?・・・名探偵。
どうして、目の前のおれを捕まえようとしないんだ?絶妙のタイミングに、いつだって期待してしまう。
―――おまえにとって、おれってなに?
手が届く距離まで進んで、キッドは立ち止まる。
1メートルも離れていない場所。
それは、いつもいつも、どうしても越えられないライン。なんで、おまえは逃げない?
あと一歩、おれが踏み出したら・・・おまえ、捕まるんだぜ?キッドはゆっくりと身をかがめて、そっと新一の左手を取った。
キスを落とす場所は、毎回決まっている。
言葉に出来ない想いを伝える、ただひとつだけの仕草。
新一は、気づいているのだろうか。
彼は何も言わない。
何もしないから・・・わからなくて。一瞬の触れ合いなんて、あっという間に終わってしまう。
触れた唇が離れてしまったら、それは別れのとき。離れることに、戸惑いなんて、絶対に見せない。
それがキッドとしての、―――探偵に惚れてしまった怪盗の、最後のプライド。一瞬で開く距離。
相変わらず無言のままに自分を見つめる探偵に、キッドは屋上の柵の上から、小さく
微笑んだ。「じゃあな、名探偵。お疲れさま。」
「本気でそう思うなら、少し控えろよ。」
―――そう、その目に引き寄せられる。
その不遜なまでの態度に、頭にくるほど惹かれてる。キッドは、口元だけで笑みを返すと、そのまま新一に背を向けて、夜の街に飛び立っ
た。「・・・臆病者・・・。」
誰も居なくなった屋上で、その呟きは風に吹かれて消える。
新一は、キッドの姿が見えなくなるまで視線で追うと、ふっと小さな笑みを零して、
屋内への扉を開けた。いつもキッドが目的を終えてから現れる、その意味がわからないなんて言わせない。
捕まえるつもりのない怪盗から、放っておいても返される宝石を受け取るためだけに
現れる探偵・・・なんて、普通いないだろ?
わかったら、早くあと一歩を踏み出せよ。
おれから、盗んでいってみせろ。・・・目を見張るほどに、鮮やかに。――――――もたもたしてっと、大怪盗の名が廃るぜ・・・?
逢瀬の済んだ屋上は、ただ風だけが音を立てる空間となる。
まぶしいほどに明るく光り、怪盗の顔を隠してくれていた満月は、その役目を終えた
ように、雲の合間へと消えていった。〜fin〜
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