ココロ
presented by 艶紫 titled by りゅう
ピンポーン
「こんにちは」
「哀ちゃん、いらっしゃい」
「工藤くんは?」
「残念。ついさっき(目暮警部に)呼び出されて、飛び出してったんだ」
「そう。それは良かったわ」
「?」「黒羽くん。あなたに、お話があります」
リビングに哀を通した快斗は、2人ぶんのダージリンをテーブルの上に置くと、哀の向かい側のソファに向かい合う。
「で? 哀ちゃんの話って何?」
ウエッジウッドのカップに注がれたそれを一口飲んで、哀は小学生にしては不似合いな光を放つ瞳を細めた。
「美味しいわね」
「え?」
哀の態度から、用件が深刻なものだと推測していた快斗は一瞬、哀の言った言葉が理解できなかった。それが紅茶のことだというのは分かるが、哀が社交辞令のような文句を口にするなんて思ってもみなかったのだ。
「料理も、上手なんですってね」
「それ、新一が哀ちゃんに言ったの?」
「ええ」
「そう」
快斗の顔はポーカーフェイスも忘れて、顔の表情を締まりのないものになった。
快斗が新一の家に住み着いてからもう2ヶ月あまりにもなるが、彼の料理の腕は日々向上している。日夜、新一のためだけに腕を磨いている快斗にとって、愛しい恋人の賞賛の言葉は快斗を充分に有頂天にさせた。たとえ、それが他者から伝えられたものであっても。
何故なら、恥ずかしがりやの彼は今まで一度として、快斗の料理を「美味しい」と言ってくれたことがないから。快斗が「美味しい?」と尋ねても、「不味くはないな」という実に素直でない応えしか返してくれないし。
顔が緩んでしまった快斗をちらりと見てから、哀は視線を大きなガラス戸越しの庭へと移した。
「最近では、ここ(工藤邸)もお化け屋敷と呼ばれなくなったわ」
「哀ちゃん?」
突然の話題転換に戸惑いながらも、快斗は哀につられるように庭を見やる。
そこはかつて伸び放題の雑草に覆われていたのだが、快斗自らの手で草刈され、今では芝生が緑の絨毯となって庭一面を覆っている。庭木はさすがに快斗一人の手では余ったので、業者に頼んでこの洋館に相応しい様相へと様変わりした。勿論、手配は快斗が行ったのだ。
「そういえば、よく買い物・・・」
「ねぇ、哀ちゃん」
哀の言葉を快斗は遮った。
「何が言いたいの?そんな遠回しな言い方、哀ちゃんらしくないよ」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・そうね。じゃあ、はっきりと言わせてもらうわ」
哀は、快斗の表情をひとつも逃さないように、ひたと見つめた。
「あなた、工藤くんをどうするつもりなの?」
「・・・どうって?」
「炊事、洗濯、掃除だけでなく、事件現場への工藤くんの送り迎えまで貴方しているそうじゃない?そんなに、なんでもかんでも甘やかしていては、本人のためにはならないのよ?」
今日はたまたま迎えが来たから、工藤くんだけ出かけたみたいだけど。
「どうせ、貴方のことだから時間を見計らって迎えに行くのでしょう?」
図星であったため、快斗は苦笑するしかなかった。
「オレは別に新一を甘やかすつもりはないよ。ただ、オレがしたいからしてるだけ」
新一がオレの作ったご飯と食べてくれるだけで嬉しいし、オレが洗濯した服を新一が着るんだと思うとその程度の労働は全然苦じゃないんだよ。
微笑んだ快斗を、哀は険しい目で見据えた。
「そんな言い訳で、私が納得すると思った?」
「哀ちゃん」
「私が望んでいるのはそんな優しい嘘じゃなくて、そう、工藤くんの言うところの残酷だけど真実の方なの」
「・・・・・・・・」
「黒羽くん」
「理解ってるんだろう?」
「ええ。でも私は貴方の口からはっきりと言葉として聞きたいの」
快斗は溜め息を零した。今、彼女の質問をはぐらかそうものなら、かなり手堅い報復を受けることになりそうだ。
それに、彼女は恐らく快斗の真理にも気づいていながら今まで何も行動を起こしていないのだから、今更白状したところで、新一にバラすなんてことはしないであろうし・・・・。
快斗は覚悟を決めた。
「哀ちゃんの推察通り、俺は新一が好きなんだ」
哀は「何を今更」などと呆れるような表情はしなかった。
「愛しているんだ。何時だってあの蒼い瞳に見つめられていたいし、オレの名前を呼んで欲しいし、抱きしめていたい。キスしたい。繋がっていたい。あいつの全てをオレのものにしたい。あいつがオレ以外のヤツと口をきくたびに嫉妬で気が狂いそうになるし、オレ以外のヤツを見ているだけでその場に押し倒したくなる。俺はあいつがいないと生きていけないんだ」
「だから、工藤くんにも貴方がいないと生きていけないようにしたいのね」
「そう。すんげー情けねーだろう?」
快斗の顔に自重の笑みが浮かぶ。
「そんなの、オレじゃなくったっていいんだけどな。たとえオレがいなくなったって、変わりをやりたがる奴はあいつの周りにはごまんといるんだ。そんなこと理解ってる。・・・・・・理解ってるけど、その程度の自己満足にでも浸っていないと、オレは何時かあいつを壊してしまう」
静かな声音だ。そこには葛藤も激情をも内包した響きを感じる。
危険だ、と哀は思った。
まるで追いつめられた獣のような危うさは、本当に近い将来、新一を襲う凶器になりかねない。
それは、かつて哀自身を苛んだ激情に酷似していた。・・・・新一が、快斗を選んだときに訪れた絶望と。
「だから、さ」
真摯な眼差しで快斗は、哀を見つめた。
「オレが新一に害を成す存在になった時は」
オレが狂ってしまった時は
「哀ちゃん、オレを殺してくれる?」
他の誰にも出来ないこと。新一には絶対に出来ないこと。でも新一のためには必要なこと。哀ちゃんになら任せられる。
「・・・・・・・・・・・・・・・いいわ」
「ありがと、哀ちゃん」
快斗は心の底から透明な、とても綺麗な微笑みを浮かべた。
「もっとゆっくりしていけばいいのに」
話を終えた哀は、すぐに暇乞いをすると言った。
快斗としては心の憂いを一つ無くしてくれたお礼をしたいところだが、哀に礼は不要を断られててしまった。
「黒羽くん」
玄関まで見送りについて来た快斗を振り返って、哀は意味有りげな視線を送った。
「私の口から言うのもなんだけど、もう少し工藤くんを信用しなさい」
「?」
「あなたの恋人は、あなたが想っている以上にあなたを想っているかもしれないわよ」
そう言って、哀が玄関の扉を開けると・・・・。
「!? し・・・ん、いち?」
玄関先には、現場に出掛けたはずの新一が立っていた。
新一は、まっすぐに快斗を見つめている。その瞳が僅かに揺らいでいた。
「ど・・・・して? 新一、事件で。現場はI市で、時間が掛かるって・・・・」
はっとして、哀を見やる。彼女は新一の横を擦り抜けるように出ていった。
快斗はようやく自分が担がれていたことに気づいた。
事件というのは、快斗を油断させるための嘘だったのだ。新一が出かけたと思わせて、快斗からその本音を聞き出すことが目的で。そして快斗は、哀と新一の計略にまんまと嵌まってしまったのだ。
実はリビングには新一には内緒で、隠しカメラが取り付けてある。万が一にでも新一に危険が訪れた時の為にと、快斗と哀それに阿笠博士が共同で開発したそのカメラは、作った本人たちでさえ設置場所を覚えていなければ気づかないほどの精巧さで、工藤邸の玄関や書斎など幾つかの要所に仕掛けられていた。快斗本人もカメラが回っていることを知ってはいたが、既にあることが当たり前になっていたため、気にも止めなかったのだ。
けれど、それを博士宅で新一が観ていたとしたら?
快斗は足元がからからと崩れ落ちる錯覚に陥った。・・・・嫌われ、た。当然だ。こんな独占欲にまみれたあぶねー男なんて嫌悪されて・・・・。
今の快斗に騙した哀に対する恨みなどという感情は一切思いつかなかった。ただ、もう新一の側にはいられなくなるという絶望だけが胸を占めている。
けれど、暗い思考は突然の衝撃に続けられなかった。
「え?」
腕の中には、温かいぬくもり。
「か・・・いと」
愛しい蒼の輝きが快斗をまっすぐに見つめている。
「しんいち?」
オレのこと、嫌いになったんじゃないの?
声に出して聞くのが怖くて目だけで訴えると、察してくれた優しい人は首を横に振ってくれる。
嬉しくて、新一をぎゅっと抱きしめた。
「かいと」
泣きそうなカオをしたオレの頬に、キレイな手が伸ばされて、
「オレも、快斗を、愛してる」
・・・・・・新一からのハジメテの言葉とキス。
快斗は幸福に目が眩みながらも、新一とのキスに没頭していった。
「新一」
心地好い疲労感にうとうとと微睡んでいた新一は、優しい声に覚醒を促された。
「快斗?」
いつも以上に愛しげな眼差しを向ける快斗は、新一が名を呼ぶとますます顔を綻ばせる。
「大丈夫?」
「平気だ」
それが全くのやせ我慢な台詞であることは、新一以上に快斗は知っている。
なにせ、あのあといつ何時来客が訪れるかも分からない玄関でコトにおよんだ二人は、一度身体を繋げてお互いの熱を開放しても高まった感情のままに、寝室に篭もり求めるまま求められるままに身体を重ねて。
気づけば日はすっかりと暮れて、開け放したままの窓の向こうには夜の白い女神が、部屋の中の二人を照らしていた。
「ねぇ」
新一の汗に濡れた髪を優しく梳いでいた快斗は、腕の中の宝石に囁いた。
「何?」
「オレのこと、恐い?」
応えはもう、もらっている。けれど今言葉にして聞いておかなければ、いつかまた同じ葛藤に陥ってしまう自分を快斗は知っていた。自分は新一に関することなら、いつでも臆病になってしまうから。
新一は首を横に振ると、快斗の背中に手をまわしてぎゅっと抱きついた。
「オレ、怖かった。いつか快斗に捨てられてしまうんじゃないかって」
「新一?」
意外という風に快斗が目をみはると、拗ねたカオを隠すためにますます胸にしがみつく。
「おめー、いつだって優しいから。オレがどんなに我が侭言っても、勝手に約束すっぽかしたりしても怒ったりしねぇし。オレがイイって頷かなきゃ抱いてもくれないし。」
いつも、新一が抱いて欲しいと思ったときを見計らったかのように、求められて。
いつも確認のように「いい?」と言われるから、試すように「イヤだ」と答えるとすぐにその腕を外された。その時、離れていくぬくもりに、新一が落胆の溜め息を零したことに快斗は気づいてはいなかったけれど。
「快斗は優しいから、もしかしたら同情されてるだけなんじゃねぇかと思ったんだ」
快斗を好きで、側にいないと泣いてしまいそうになるほど心の弱い新一を慮っていた。
いつだって労るように触れられて。
抱かれる時だって、無理強いなんて一度もされたことがない。
「だって快斗は優しいから。オレにだけじゃなくて、みんなに優しいから。だから、何時か快斗に本当に好きな相手が出来たら、快斗はオレから離れてしまうんだって思ってた」
自分1人にのみ向けられる優しさなら、新一も不安にかられることはなかっただろう。けれど万民に向けられるそれは目にする度に、愛しさとそれ以上の独占欲とで新一の心を引き裂いた。同時に「快斗の特別」という自信を少しずつ喪失させられて。
不安という名の沈殿物は心が悲鳴をあげそうな程重く溜まってきて、我慢できなくなった新一は、哀に頼んで快斗の本心を探ろうとしたのだ。
だから、嬉しかった。
快斗の言葉に、隠されていた本心に今までの物思いが消えていくのを感じた。
「快斗はオレのこと壊してしまいそうだと言ったけど、オレの方こそ快斗を縛り付けてでも放したくないって思ってる」
真摯な表情で見詰め合ったまま互いに近づいたクチビルは、貪るように絡められて、相手を抱きしめる腕の力を強くした。
お互いが相手を想いすぎていて、逆に相手からの想いに気づかないでいた。そんなことに、今ごろ気づくなんて・・・・。
これからはもっとお互いに我が侭を言おう。
コトバにしないで理解ってもらおうなんて傲慢な考えだと、気づいたから。
相手からのコトバをただ待つだけなんて、身勝手だと分かったから。アナタに私のココロを見せるから。
私にアナタのココロを聞かせて。
誰よりも愛しいアナタと約束しよう。
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