あ、れ?
なんかいつもと違和感を感じて、まじまじとその秀麗な横顔を覗いてしまった。
新一本人は覗かれていることなどまったく知らぬげに、いつも通りの読書タイムを満喫している。
あ、眼鏡だ。
違和感の原因は、かけているのを元に戻ってから一度も見たことのない眼鏡のせい。
以前見たことあるのは、彼がちいさかったとき。
色気もそっけもない、大きな黒縁の眼鏡だった。
まぁ、正体隠すための変装用のヤツだから、色気なんてものは皆無で。それに小学生の眼鏡に色気を求めるのはやっぱどうかと思うし。
それにしても、かれが今かけているのはあのダサかった黒縁眼鏡とはまったく違う、洒落たモノなのだ。
細いフレームは、銀色が渋い色合いだが、知性を感じさせる。
あまり度は強くないのか、レンズ自体も厚くなくて、すっきりとした印象を与えている。やや俯き加減で視線を本に向けている彼の姿は、かけている眼鏡のせいもあるのか、ひどく禁欲的だ。
もともと欲というものが希薄な質だが、尚いっそう拍車をかけているようだ。
なんだか犯しがたい世界がそこにはあって。
たったレンズ一枚、それこそ、厚さ数ミリのガラスに阻まれただけで、彼から拒絶されているような感じがする。
オレから見えるのは、レンズに反射した柔らかな春の日差しだけ。
おいおい、なにを気弱なことを考えているんだ、オレ?
たかが、ガラスじゃねーか。
んなもん、とっぱらっちまえば………それすら、出来なくて。
なんだか、雲の上のひとを見る感じだ。
このひとは自分たちとは違う世界に生きるひとなんだ、そんな感じ。ただし、雲の上というのは、俗世でいうところの雲の上、ではなく、ほんとうの雲の上。天上界に生きるひとのこと。
春の日差しを浴びて、新一の白い肌はいっそう白く、磁器のように艶やかで、絹糸のような黒髪はしっとりと艶を帯び、薄く開かれた唇は、ほんのりとピンク色。そして、このひとを生きた宝石と言わしめているその双眸は、やや伏せられているが鮮やかなコーンフラワーブルーの蒼の輝きを放っている。すべてが奇跡のような存在で。
届かない……
手の届かないその存在に胸が痛む。
その手を掴んでいたと思っていたのはまやかしで、罪人には過ぎたひとなのだ。
オレなんかが、手にしていい存在ではないのだ。
手を出すことも、まして声をかけることもできなくて、ただその姿を見ていることしかできないオレの気配に気がついたのか、新一は伏せていた顔をいきなりオレに向けた。
深い知性の煌めきをたたえる蒼に映るのは、どこか頼りなげな自分の顔。
なさけねーよな……
世紀の大怪盗がこれかよ。
いまならあの警部でも、捕まえられるかも。
でも、ポーカーフェイスなんか、どっかにいってしまっているから、もしかしたらわかんないかもな。鬱々と考え込んでいたら、頭の上になにかが載せられた。え、と思うまもなく、それはオレの髪をかき乱していく。新一の細い指先がオレの髪をかき混ぜていたのだ。
「おれは、ここにいるだろ?ちゃんと、おまえの前にいるだろ?ほかの誰でもない、おまえの前に」
オレの顔だけをその瞳にうつして、新一は言葉を紡ぐ。
「誰でもよかったんじゃない。おまえだけが欲しかったから、おまえの手を取った。ほかのヤツなんか知らない。おれには、おまえだけが必要だったんだから。わかってんのか、快斗?」
おまえにはなにも、隠せないんだな……
そう、でした。そうだった。
誰でもない。新一自身がオレを選んでくれたんだ。
数多くいた、ひとのなかから。
探偵と怪盗という、一番の敵だったのに、そんなものたいした問題ではないと言い放って、いまのふたりの関係が出来上がった。
そう、すべては新一が受け入れてくれたから出来たこと。
逆にいえば、新一がこの手を離せば終わってしまう関係なのだ。
だから、不安になってしまうのだろう。
砂上の楼閣なのだと。この手に掴んでいたと思っていたのは幻で、この手にはなにもないのだと。
「……おまえの頭は飾りか?それともIQ400っていうのは、嘘か?」
「な、失礼な。ちゃんとホンモノです」
「だったら、なにをそんなにごちゃごちゃ考えてるんだよ、月下の奇術師さん?おれはここにいる。それだけじゃ、不満か?」
「……だって、眼鏡が…」
その言葉にいまごろ気がついたと云わんばかりに、新一はかけていた眼鏡に手をやった。
「あ、なに?おまえ、こんなの気にしてたの?」
「だって……」
「へんなヤツ。これは、ただ単に見えにくいからかけてただけで、おまえが不安がる必要なんか全然ないだろ?逆にこっちが聞きたいよ。なんでこんなもので不安がれるのか」
「うっ、そ、それは……」
「なんだよ?いえねーのか??」
こ、怖いです、工藤さん。目が据わってます。
云わなきゃ、だめ、かな?
あぁ、完全に尋問モードに入っちゃったよ。ゲロするまでは逃がさねぇ、の眼つきで睨まれてしまう。
いつも綺麗な蒼が、真実を見極めるために煌めき、輝く。
あぁ、オレが惚れた蒼だ。
この瞳にオレは捕まったんだ……。
まいったよ、降参だ……
「見えなかったんだ……、新一の眼がガラスに邪魔されて」
「……」
「新一の視線がどこにあるのか解らなくて、不安だった……」
そう言い置いて、オレは新一を抱きしめた。なによりも大切なオレの宝物。
こうして抱きしめていても不安なんだよ、新一。
たぶんこの不安は消えることは無いんだと思う。
この腕にお前を抱きしめている限り、永遠に。
いつかこの手で、お前を引き裂いてしまうかもしれない……
高瀬様、ありがとうございました。 全然ダメダメじゃないですよ。 確かに、眼鏡一つで印象がガラリと変わってしまうことってありますよね。
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