〜1%の空間〜

by 深流様




パサリ、と本のページを捲る音だけしかない空間。
絶大なる存在感を誇るその部屋の住人はベッドに横になり
ひたすら読書に没頭していた。
他にすることと言えば時折サイドテーブルに置かれたマグカップに
手を伸ばす程度。
今も区切りの良いところで栞を挟み込んで閉じ、右手を伸ばした。
「ん?もうないのか」
掴まれたカップは既に空。
キッチンに置いてあるカップの中でも一番容量が大きいのを選んだつもりだが
頻繁に飲んでいれば減るのは当たり前。
どうしてもコーヒーが飲みたくなって渋々起き上がる。
んー、と背伸びをして時計を見る。
日付が変わって1時間、というところ。
「そろそろアイツも帰って来る頃だしなー」
新しいのを入れよう、と空になったカップを持ち部屋の電気を消す。
そのまま部屋を出ようとして「ああ、そうか」と何かを思い返し
ベランダに繋がる窓へ近寄る。
鍵の掛かってない窓をほんの少しだけ――風が微かに入る程度に開ける。
よし、とそのままスタスタと部屋を横切って階下へと降りて行った。

コーヒーメーカーをセットし、キッチンの椅子に腰掛けた。
やがて水が吸収され、フィルターを通ってコーヒーが少しずつ抽出される。
しばらくそれを黙って見ていた。
カタン、と微かだが何かが降り立つ音が聞こえた。
常人では気付かないほどの小さな『音』。
シューシューとコーヒーメーカが全て抽出し終えた合図を送る。
新一は2階に視線を向けながら、コーヒーメーカーのスイッチを切った。
それを2つのカップに注ぎ込む。
キッチンに香ばしい香りが広がる。
全部入れ終え、トレイに乗せて運ぶ。
1つのカップにはシュガーとミルクをたっぷりと入れて。
慎重に階段を上り、部屋の前まできて足を止めた。
開けっぱなしにしていたドアからは何も光が漏れていない。
電気も付けずに何してるんだ、と怪訝に思いながらそっと部屋の中へと足を踏み入れる。
予想通り、部屋の中には誰もいなかった。
トレイをテーブルに置き、そっとベランダへと近づく。
気配を消そうと思っていたわけではないが無意識に音を立てないように
歩いていることに気づき、苦笑する。
カーテンの隙間から覗くと、闇の中に白く浮かび上がる姿が目にはいる。
こちらに背を向け、月を眺めているようだった。
(まーたグルグルと何か考え込んでんだろーな)
「コーヒー冷めるぞ」
思いっきり不機嫌そうな声で話しかけ、乱暴にガラッと窓を開ける。
「お邪魔していますよ、名探偵」
振り向いた時にはいつものポーカーフェイスがそこにはあった。
「あまりに月が綺麗で見惚れていました」
でも貴方ほどではないですけどね、そう口にして笑みを浮かべる。
それが今は作り物めいて新一はますますムッとする。
「月見、って季節でもないぞ」
「少し考え事をしていただけですよ」
「へー今日の獲物についてか?」
「それもありますね」
当たり障りのない返答。
いまだに纏った衣装の雰囲気を崩さず。
「春とはいえ冷え込むんだ。いい加減中に入りやがれ」
そう言われても動かない快斗に新一がシビレを切らす。
「ったく仕方ねーな」
それまでの不機嫌な声音を一掃する。
「新一・・・?」
そんな彼の態度に快斗は思わず名前を呼んでしまう。
「いいか良く聞けよ。1度しか言わねーからな」
快斗の胸倉を掴むと
「1%の空間をお前にやる。だから気にせずに帰ってこい」
言われた言葉に思わず目を見張る。
「『ココ』に」
唇が触れそうな至近距離で告げられた言葉。
「返事は?」
「はい・・・」
「ならサッサと入ってこい!」
掴んでいた手を素早く離すと部屋の中へ姿を消した。
快斗が窓を閉めながら部屋に入ると新一が付けた照明の明かりで
一瞬だけ、眩しさを感じた。
「なあ残りの99%は?」
どこか嬉しそうな表情を浮かべた快斗を見てようやくホッとする。
「決まってるだろ?オレの『居場所』だ」
「それって一緒にいてもいいってことだよね?」
ジャレ付く快斗を払い除けながら「勝手にしろ」と。
「ねえ、そんな嬉しいこと言われたら良いように解釈するよ?」
フッと新一は不敵に笑うと
「思い込みはお前の専売特許だろ?それよりもその格好をどーにかしろ」
鬱陶しくて気分悪りいー、新一が続ける。
「あ、ゴメン。ゴメン」
慌てて謝り、指を鳴らした。
ボンと音がして白い衣装から普段見慣れた姿の快斗がそこに立っていた。
「どーせ帰っても寝ずにウダウダ考え込むんだろ。ならコーヒーでも飲んでいけ」
「うん♪」
快斗はテーブルに置かれたトレイを見る。
使い慣れたカップを取るとベッドに腰を下ろした。
「カフェオレだvv」
「甘くねーと飲まないだろうが」
新一は壁に寄りかかったまま自分もカップを手に取る。
元々は自分が飲みたくて淹れたもの。
冷めなくて良かった、と一口含んで香りを楽しむ。
少しだけ濃くした分、舌に程よい苦味を感じる。
「あーおいしかった」
「・・・もう飲んだのか」
新一が呆れる。
「たまには香ぐらい楽しんでから飲め」
「えーだって新一の愛情がたーっぷり入ってるんだもん」
一気に飲んじゃった、と悪びれた様子もなく。
「・・・相変わらずそんな恥ずかしいこと良く言えるよな・・・」
「本音だからね」
ウインク付きで返され流石はKIDを地でやる奴だよなー、
と一人ごちてはまたカップに口を付ける。
「何だかホッとしたら眠くなっちゃった」
んーと伸びをするとそのまま後ろへと倒れ込む。
「・・・今、カフェイン取らなかったか?」
呆れる、を通り越してもはや感心の域。
ベットへ視線を向けるとスースー寝息を立ててる姿が目に入った。
おそらくここ最近、熟睡することはなかったのだろう。
「まったく」
僅かに苦笑を浮かべながら毛布をかけてやる。
「お前が望むなら1%じゃなく100%だって与えてやるよ」
(今はまだ言ってやらないけどな )

逃げ場所は作ってやらない。
だけど羽根を休める場所ぐらいは与えてやる。
だから今は何も考えずに眠ればいい。
『ここ』で見守っててやるから。
次に目が覚めるその時まで―――。
                             おわり





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